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終章(3) 私が、あの人を好きだったのは、間違いない。

 無数の光が、真っ青な空に放射線を描く。金色のライオンは、翼をはためかせながら、ごつごつとした岩肌の上を、風の様な速さで滑空していく。

 

 ライオンの通りすぎたすぐ後に、次々と光の槍が降り注ぎ、岩肌を粉々に破壊していく。

 

 ライオンは、右腕を地面に叩きつけ、翼を羽ばたかせ、その反動で空の方へ、打ち上げミサイルのような速度で上昇する。視界に捕らえた、青空を背にした黒い影。光りの槍の放出源であるその影をめがけて、ぐんぐん距離を縮める。

 

 黒い影を陽光が照らす。その姿は7つの頭を持つ竜。その一つ一つの口が開く度に、光の槍が現れて、ライオンを貫くために射出される。その全てを、翼をはためかせて軌道を微修正しながら、わずかな隙間をすり抜けて、ライオンは七首の竜との間合いを詰める。

 

 至近距離に迫ったライオンに竜の頭の一つが噛みつこうと襲いかかる。噛みついたかに見えた瞬間、空中でくるりと回転したライオンの牙が、逆に竜の首の一つに噛みつき、突き立てた牙は竜の鱗を突き抜け、その首を噛みちぎった。

 

 噛みちぎられた頭部が、遙か下の海面に向けて落ちていく。

 

 「ルル。ここまで抵抗するとは思わなかった。」

 

 戦いが始まってから、3時間ほどが経過していた。

 竜の6つの首から声が響く。

 

 「私は、お母さん、あなたを倒して帰る」

 「どこに帰る? ここがお前の家だ」

 

 「違う、私には、帰る家がある」

 

 「人間が、お前を待っているとでも? ライオンの化物のお前を?」

 

 「……。」

 

 嚙みちぎられた首から流れ出していた赤い血が、ぼこぼこと泡立つと、ちぎれた断面が隆起し、首が再生した。

 

 翼をはためかせ、ウガルルムは7つの首を持つ竜、ムシュマッヘを睨みつける。

 

 「人間の真似事をして、楽しかったか? 家族にでもなったつもりでいたか? だが、どうだ。結局、その人間はお前に求婚などしなかったではないか」

 

 「違う! 近嵐さんは、私を好きだって言ってくれた!」

 

 「言葉では何とでも言える。言葉は何でも言える。甘い囁き、ごまかし、嘘。それなら、ちゃんと聞いたのか? ライオンの化物のお前が、人間に求婚されたのか?」

 

 「……うるさい!」

 

 「お前、本当は怖かったんだろう? 結局最後は、期待を裏切られるのが。ライオンのお前など、人間には愛されない。愛してもらえない。うすうす感づいていたんだろう? だからお前は……」


 「うるさいうるさいうるさいうるさい!!」

 

 ウガルルムは怒りに任せ、大きく翼をはためかせると、弾丸の様にムシュマッヘへ飛び掛かった。

 

 「おお、速い!」

 

 ウガルルムは、目の前のムシュマッヘの首に次々と噛みつき、嚙みちぎる。青い空に、ムシュマッヘの鮮血が散り、三本の首が遥か彼方の海の方へ落ちていく。

 

 「がああああああ!」

 ウガルルムが、ムシュマッヘの本体。最も大きな首の根元に噛みつく瞬間。

 

 「人間の世界に居すぎたのだ。そんな、怒りの感情など覚えてしまって」

 「!」

 

 ウガルルムの脇腹に、光の槍が突き刺さった。

 槍は、ウガウルムの血を滴らせながら、銀色に鈍く、硬化していく。

 

 「それは、もう抜けない。怒りで周りを見失うから、そうなる。やり直しだ」

 がくんと、斜めになったウガルルムは、よろよろと翼を動かしながら、徐々に高度を下げ、錐揉状に落下していく。

 

 分からない。

 誰かの気持ちなんて、結局分からない。

 でも。

 私が、あの人を好きだったのは、間違いない。

 それは、産まれてきて、一番素敵なことだった。

 

 ムシュマッヘは落下していくウガルルムが、人間の姿に変化していくのを眺めていた。

 「馬鹿だな。最後はその姿が良いのか?」

 

 *** 

 

 「ギルタブリル!」

 近嵐は、ギルタブリルのアパートのドアを、叩き壊すほどの勢いでノックした。

 「ドア、破壊する気?」

 

 思いのほかすんなりとドアを開けたギルタブリルに、近嵐は拍子抜けしたが、すぐに気を取り直す。

 白いワンピース姿のギルタブリルは、近嵐とハナをちらりと見ると、長い黒髪を翻して、山のような本が積まれた部屋の真ん中の椅子に座った。

 

 「ルルは……ルルは何処にいる?」

 

 「記憶、戻ったのね。信じられない。一体どうやったの?」

 「お願い。会わせて」

 

 ギルタブリルはハナを見つめた。

 「ルルは、神様と戦ってる。今日がその日だから」

 

 ギルタブリルはため息をついた。

 「特別よ。二人とも、ついてきて」

 

 ギルタブリルは、部屋の奥に向かい、ベランダに出る窓ガラスに左手を当てると、その手が窓ガラスを突き抜ける様に、吸い込まれていく。

 

 「ハナは私の手を掴んで、近嵐はハナの手を掴んで、目を瞑って歩いてきて。私が良いと言うまで絶対に、目を開けず、手も離さないで。手を離したら、その瞬間、手が切断されるわ。目を開けたら、目が潰れるから。」

 ごくりと唾を飲み込んで、ハナはギルタブリルが差し出した右手を掴んだ。


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