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7 秋(2度目)(3):何度でも

 「ハナちゃん、あのさ」

 「え?」

 ウガルルムに、ドラッグストアまでのお使いをお願いした、土曜日の午後。

 リビングで宿題とにらめっこをしていたハナに近嵐が話しかけた。

 「その……大事な話っていうか……先にハナちゃんには言っておこうと思うんだけど」

 「う、うん」

 「お父さんさ、ルルに……プロポーズをしようとおも……」

 「きゃー!!!」

 ワークブックと鉛筆が宙を舞った。

 

 「結婚式は!? どこでやるの!? 新婚旅行も行く?! わ、私も行っていい??」

 「ち、ちょっと、まだ何にも考えてないよ。指輪でもうお金カツカツだし……」

 「ゆ、指輪っ!買ったの!?」

 「そりゃ、そういうもんだろうから……」

 「わー!! す、すごい……!!」

 ハナのハイテンションに、近嵐はたじろいだ。

 「ハナちゃんは、その……本当にいいの?」

 「良いに決まってるじゃん! だって……」

 赤くなって、ハナは俯く。

 「ウガちゃんがお母さんだよ。お父さんと、お母さんで、そんなの……最高じゃん」

 

 私の、一番の願いだもの。


 「え?」

 

 「何でもない、プロポーズしたら、すぐに教えてね! あ、絶対振られちゃだめだからね!」


☆☆***********


 ぽっかりと、胸に穴が空いていた。

 穴の縁を触ると、傷口からぬるりとした液体が流れていた。

 体全身から力が失われていく。

 「全然ダメだったよ」

 「喋らないで」

 身体中が穴だらけになり、翼がむしり取られたライオンの隣に、ギルタブリルは、人間の姿で立っていた。

 「ごめんね、ギルタブリル。終わりにできなくて」

 「良いの。そんなの。だから、忘れないで。私を思い出して」

 「うん……約束だね。時間がかかっても、思い出すから」

 傷口が広がり、ドロドロとした血のような液体が、ウガルルムの毛皮を汚しながら、飲み込んでいった。

 「ルル!」

 ギルタブリルの叫び声が、青空に吸い込まれて行った。


***


雨が降っていた。

ギルタブリルは血のこびりついた瞳で、ぼんやりと空を眺めていた。

そこには、ギルタブリルの蠍の尻尾を、腕を、足を引きちぎらり、蹂躙した魔獣が、ムシュマッヘとの戦いに向かって飛んで行く姿があった。

 

 全身を苛む激痛よりも、達成感の方が上回っていた。

 やっと一周した。

 ウガルルムが帰ってくる。

 700年、ギルタブリルを破壊することしか考えない魔獣達と戦い続けてきた。

 ずっと、この時のために。


 どれくらいの時間、横たわっていただろう。引きちぎられた全身が再生したころ、雨が止んだ。

 

 ギルタブリルの住む神殿の周り一面に、花が咲いた。


 ギルタブリルは、空を見つめた。

 白い光が、近づいてくる。

 

 「ルル」


 翼の生えたライオンが花の咲き誇る野原に降り立つ。

 「ありゃ、すごいね」

 花を踏まないようにステップを踏むと、「こっちの方がいいね」とつぶやき、ゆったりとしたローブを着た人間の姿に変化して、ギルタブリルの前に立った。

 


 「あなた、ギルタブリルでしょ」


 ギルタブリルは、はっとした表情を浮かべた。


 「ルル……あなた……」


 「ごめんなさい。私、あなたと会ったこと、あるよね。ここも来たことがある。でも……ほとんど覚えていないの」

 

 記憶が消えているわけではない。

 再生に時間がかかっているのか。

 それでも。


 「何かね、私、あなたと大事な約束をした気がする。少しずつなら思い出せそうな気がするから……」


 申し訳なさそうな顔を浮かべながら、ウガルルムは、ごそごそと、ローブの袖から果物を取り出した。 

 「これ、ここに来る途中で見つけたんだ。……とりあえず、いっしょに食べない? っわ」

 

 ギルタブリルは、ウガルルムを抱きしめた。


 「いいの、1ミリでも覚えていてくれたなら、それでいい」

 

****


 ぽっかりと、胸に穴が空いていた。

 穴の縁を触ると、傷口からぬるりとした液体が流れていた。

 体全身から力が失われていく。

 「ごめんね、ギルタブリル……」

 ギルタブリルは力なく首を振った。

 「約束、守ってくれたじゃない」

 「時間かかりすぎだよ、全部思い出すまで」

  

 ウガルルムの傷口が広がっていく。

 「いやだ……ルル……」

 一人にしないで。


 「また、戻ってくるから」

 

 大量の血。

 

 「いつか、抜け出そうよ」


**********************☆☆


 「どうした? ルル?」

 ハナの隣で寝ていたウガルルムが、急に上体を起こした。

 それに気付いた近嵐も目を覚ます。枕もとの時計は、深夜2時。

 「あ……いえ……」

 ほんのりと、カーテンの隙間から月明りが差し込んでいる。

 「何でもないです」

 近嵐の方から目を逸らして、ウガルルムはカーテンの方を向いた。

 頬を一滴、涙が伝った。


 思い出した。

 

 これ、3回目だ。

 

 ギルタブリル。

 

 私の大切な、友達。


 「すみません、ちょっと……ギルタブリルのところに行ってきます」

 「え? この時間に?」

 「……ん……ウガ……ちゃん?」

 「あ、ごめん、ハナちゃん、起こしちゃった」

 

 ぼうっとした顔のハナが、ウガルルムを見つめていた。


 「ウガちゃん、どこか、行くの?」

 ハナがウガルルムのパジャマの裾を掴んだ。


 「……うん、ごめんね。朝には戻るから」

 

 ハナは不安そうな瞳で、ウガルルムを見つめていた。


***


 時計は、6時30分を回っていた。

 それから、寝付けなくなった近嵐とハナは、何をするでもなく、しばしば時計を見ながら、時間を潰し続けていた。

 「ちょっと、連絡してみる」

 近嵐が、スマホに手をかけ、ウガルルムにメッセージを送った。

 

 すぐに返信があった。

 

 すみません……ギルタブリルが見つからなくて。

 先に朝ごはんを食べていてください。

 

 「ギルタブリルが、見つからないんだって。朝ごはん食べてろって……」

 「……待ってる」

 

 クッションを抱きしめて、俯いたまま、ハナがつぶやいたのを聞いて、近嵐はため息をついた。

 

 同じ気持ちだった。

 

 胸がかきむしられるほどの、圧倒的な不安。

 

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