6:夏(二度目)/(6)彼女も苦労する
ギルタブリルが、線香花火をじっと見つめているウガルルムにそっと近づいた。
「にゃあ!」
ギルタブリルに気付いて驚いた表紙に、線香花火が落ちる。
「あー、長く続いてたのにー……」
「本当に満喫してるわね……」
「リルちゃんも楽しいでしょ? カレー、めっちゃ美味しそうに食べてたじゃん」
「あ! いつの間に!」
ウガルルムがデジカメに収められた。カレーを食べるギルタブリルの横顔を見せる。
「こんな顔、前は見れなかったなぁー」
「もう、からかわないで。食べてる時くらい、気も緩むわ」
「昔は、食べてる時も気を張ってたのにね」
「……ルル?」
「ね、ギルタブリル」
「?」
「もし、ここにずっと居られるとしたら……。ううん、ギルタブリルは、ここにいるの、嫌?」
不意に見せた、ウガルルムの真剣なまなざしに、ギルタブリルはうろたえた。
「私……この世界、好きなんだ」
「……知ってる」
「ギルタブリルはどう?」
考えたこともなかった。
と言えば嘘になる。
そして、それは、あまり認めたくない感情だった。
「……悪くは、ないわ」
そう言うのが精いっぱいだった。
「ルルがいるならね。だから」
「じゃー、やっぱり近嵐さんに、プロポーズしてもらわなきゃだね」
その笑顔に、ギルタブリルは胸が苦しくなった。
「ウガちゃん、花火もう1セットあるって!」
「え、そうなの! やろう!」
ハナがウガルルムのTシャツの袖を引いた。
***
「こ、コーヒーで良いですか?インスタントしかないですが……。それとも、お茶になさいます?」
少し緊張した金沢は、間を持たせようとガスコンロに点火した。
「子供たちの相手と料理で、疲れただろう? 私が淹れるから、君は休んで」
「あっ。えーと……」
金沢は、火にかけようとしたケトルを取り上げられ、不意に距離が詰められたこと、少し指が触れたことで落ち着かなくなり、逃げるようにガスコンロから離れた。
ツムギの父は、ケトルを火にかけた。
「久しぶりに楽しかった。いい人達だ。ツムギは運が良い」
「ええ、本当に。あんなに明るい顔を見れるようになるなんて、思ってもみませんでした」
「そこもこれも、ずっと、君が居てくれたからだ」
焚き木のぱちぱちという音が静かに響いていた。
金沢は、雇い主であり、ツムギの父親であり、そして10代の頃から、恋心を抱き続けてきた男性の視線を感じていた。
「あ、あはは。えーと……」
「金沢君、私ももう、はっきり言うと若くない。端的に言ったら、あんまり時間はないと思っている。それにしては時間をかけすぎたとは思うんだが」
金沢は、自分を見つめる視線を感じて、鼓動が早まっていくのを何とか抑えようとしていた。
「だ、旦那様。その、火が……、お湯が……」
「そうだね。コーヒーを入れないと、でも、その前に」
金沢は、自分の手を握る、少し大きく肉厚な手の感触に頭が真っ白になった。
「リスクのあることを言おうとしているのは分かっている。だが……私の気持ちを聞いてほしい。これ以上、自分をごまかしていてもしょうがないと、そう思ったんだ」
「あ、あの……」
「君に、ツムギの母親になってほしい」
「それなら、今でも……」
「すまない、この歳になっても、こういうのはやっぱり緊張するな……」
「あの、旦那様……」
「はっきり言うよ。私は、君が……」
「ツムギちゃんとハナちゃん、ここにいましたよ!」
「はぁっ?!」
「あっ! ウガちゃん!」
「ハナ、逃げるわよ!」
ガサガサと、藪の中で音がすると、走り去る二つの足音が遠ざかって行った。
「あ、すみません、花火してたら二人とも先に戻るって……危ないので追いかけてきたんです」
笑顔のウガルルムに、金沢は引きつった笑顔を返した。
「特殊な警備機器の会社をしててね」
子供たちが寝静まった後、近嵐とツムギの父親は、焚火をつまみにウイスキーを飲んでいた。
「あんまり一つの場所には長く住まないんだ。だから、多分中学に上がるタイミングでこの街を離れると思う。もしかしたら、それも早まるかもしれない」
「え、そうなんですか?」
「そのうち、ツムギからハナちゃんにも言うだろうから、それは本人のタイミングに任せようと思っているけど」
「そうですか……」
正直、ちょっとショックだな。ハナちゃんも寂しがるだろうし。
「なんでも、変わるときはあっという間だから。少し年上の知恵として、酔った勢いで言いますが、気がかりなことは先に残さない方がいい。半分、自分に言っているんだけど。例えば、そう、異性への気持ちとかね」
「がはっ」
ウイスキーが器官に入り、近嵐は激しくむせた。
「いやー、今はそういうの全然……」
「自慢じゃないが、金沢は綺麗でしょう?」
「??」
「私たちは、表向き、結婚してることにしてますが、本当は雇い主とお手伝いさん、まぁいわゆるメイドさんの関係です。ツムギの母は、ずいぶん昔に他界してます」
あうあうあう……。
何か、急に重い話が始まったぞ。
「亡くなった妻は金沢を見つけてきて、家で雇い始めて……まぁ、そういう気まずさみたいなのもあるんですけど。でもねぇ……ツムギをあれだけ大事にしてくれて、仕事も有能で……そりゃ、一生お金を払い続けて雇い続ければいいのかも知れないですけど。まぁ、ほら、いくら理屈を並べたって、もう、好きになったらしょうがないでしょう?」
「あ、はぁ……まぁ……」
こんな話聞かされても……どうすりゃいいんだ俺は。
「それから、あの黒髪の娘さんも。私、世界中で女優さんやモデルさんの知り合いがいますが、遜色ないどころか、ドレスアップしたら、ちょっと大変なことになるでしょうねぇ」
「あ、ギルタブリルですか?」
何かそうらしいな、顔分かんないから、この話題も……。
「なのに、近嵐さんは、金沢も黒髪の娘さんもろくに見ないで、宇賀さんばかりを目で追ってる」
「ごほっ」
近嵐は再び盛大にむせた。
「そ、そんなこと……」
「私に隠し事は無理ですよ。仕事柄、結構な修羅場をくぐってますからね。親戚って、嘘でしょう?」
あ、これは駄目だ。
目を見た瞬間、近嵐は悟った。嘘をついてもすぐにばれる。
「黙っててあげますから、私の家のことも黙っていてください。交換条件です」
この人だけは敵に回したくないな、と思った。
でも、何で、わざわざ自分の話を?
「面倒くさい人間ですみません、私なりの、友達になりましょうという申し出です」
「くだらない秘密の共有ですよ。お互いばらしたって、本当か嘘か分からないような話じゃないですか」
何を気に入られたのかは分からないが、多分、相当に警戒心の強い人が、少なからず気を許してくれたんだろう。
「ありがとうございます」
近嵐は、改めて、ツムギの父親とグラスを合わせた。
「だから、告白するなら早い方が良いですよ。時間なんて、あっという間に過ぎてしまうんだから」
「で、ですから……俺は……」
「好きなんでしょ? 事情はいろいろあるんでしょうけど」
「……分かりません」
分かりません、というか。
認めるのが怖い、の方が正しいか。
「じゃあ、もし彼女が近嵐さんを好きだったら、どう?」
「え?」
考えたこともなかった。そんなこと。
「彼女の視線は、いつも近嵐さんを追ってるよ」
「え、いや、それは……何か食べ物でももらおうと思ってるんでしょ」
「ご飯を食べて、お腹いっぱいの時も?」
「へ?」
「なるほど。自分もたいがいだけど、近嵐さんは相当だねぇ。これは彼女も苦労するわ」
「か、からかわないで下さいよ」
「でも、嫌じゃないでしょう?」
「え?」
「もし彼女が、近嵐さんを好きだったら」
近嵐は、酒以外の要因で血流が激しくなるのを感じていた。
「ち、ちょっと酔いが回りました。風に当たってきます」




