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6:夏(二度目)/(5)めっっったにないチャンス

 「……キャンプ?」

 「うん! ツムギちゃんが行かないかって」

 「あー、確かに、この温泉の辺りにキャンプ場あったなぁ……」

 キャンプなんて、小学生の時の行事以来だけど……。

 「行きましょう! こないだテレビで見ましたよ! 花火して、歌を歌って、カレー食べるんですよね?」

 うーん、まぁ遠からずだけど……。

 「でも、うち、キャンプ道具なんてないし……」

 「ツムギちゃんのお父さんと金沢さ…じゃなくて、お母さんが用意してくれるって」

 ハナちゃん、時々、ツムギちゃんのお母さんのこと、名字で呼ぶよな。変なの。

 「まぁ、それなら……ちょっと申し訳ないけど……」

 いつもお世話になってるし、そういえばツムギちゃんのお父さんには会ったことなかった。日頃の俺もしなくちゃな。

 「カレーのレシピはばっちりです。あ、せっかくなのでギルタブリルも呼んでいいですか?」

 「俺は良いけど……ツムギちゃんの方は?」

 「喜ぶと思うよ! 話しとくね」

 「まぁ……良いなら、良いけど……」


 ***


 紳士、というのはこういう人のことを言うんだろうと、近嵐は緊張しながら考えていた。

 前髪を軽く立ち上げ、サイドは短くさっぱりと整えられた髪型は、引き締まった縦長の輪郭に良く似合う。少し前髪に混ざった白髪も、銀色のメッシュのようで、老いを感じさせるよりも威厳と品位を醸し出している。おそらく定期的に鍛えているのだろう、黒いタイト目なTシャツと質のよさそうなジーンズが、贅肉の無い筋肉質な、すらっとしたスタイルに似合いすぎていて、雑誌の一ページを切り抜いたかのようだ。近嵐もやせ型ではあったが、最近気になりだしてきた、自分の右わき腹をつまみ、その柔らかさにため息をついた。

 「いつもありがとうございます。ツムギのこと、本当に良くしてもらって」

 ほんの少しの鋭さを残したまま、笑顔で差し出された右手は思いのほかがっしりしていた。

 ……やっぱ、良い男って全然違うな……。

 ほんの少し引きつりながら、近嵐も「いえ、こちらこそ本当にいつもお世話になっています」と絞り出した。

 ツムギの父親の目が、一瞬、近嵐の目の奥を覗き込んだ。

 不意に、ツムギの父親の目から、わずかに残されていた鋭さが消え、柔らかい笑顔に変わった。

 「お世辞ではないんですよ。近嵐さん。ツムギにとって、近嵐さん達の存在がどれくらい大きいか。本当に感謝してるんです」

 「そんな、とんでもない。うちはその、一人親……あ、いや、最近は……というか、この1年半は、その……まぁ手伝ってもらえてますけど……」

 「ああ、あの親戚の、宇賀さんですね」

 「ええ、そうなんです。あれ、あいつどこ行ったんだ? キャンプだからって、はしゃいじゃって…」

 「お好きなんですか?」

 「へ!?」

 「ん? キャンプ、お好きなんですか?」

 「あ、ああ。あはは。なんでもイベントごとが好きなんですよ。子供みたいで……」

 焦った……馬鹿か俺は……。

 でも、何かこの人、全部見透かしているような……。

 「近嵐さんが、ご家族のことを大切にされているのは、良くわかりました」

 再び、ツムギの父が近嵐に笑顔を向けた。

 ***

 炭火でことことと煮込まれたカレーは、キャンプ場近くのアスレチックや水場でさんざん遊びまわった一行の食欲を激しく揺さぶっていた。

 「……こ……これは……」

 飯盒で炊いたご飯は宝石の様に輝いていた。

 「ルル……よだれが垂れているぞ……」

 「だ、だって……近嵐さん……」

 「ほれ」

 「はあああああ!」 

 紙皿によそわれた輝くご飯の上に、じっくりと煮込まれたカレーが注がれる。

 「ああ、こんな贅沢をしていいのでしょうか……」

 「大げさな……熱いから、舌。火傷しないようにな。まさに猫舌なんだから」

 ツムギの父親は、にこにこしながら、ウガルルムと近嵐のやりとりを見つめていた。

 「リルさんには、私から。さあどうぞ」

 ウガルルムの後ろに並んでいたギルタブリルに、ツムギの父が話しかける。カレー鍋は二種類あり、それぞれ違うルーで味比べをすることになっていた。

 「あら、どうも」

 ギルタブリルは、ツムギの父親が、自分の目を覗き込んでいるのに気付いていた。

 「目が良いのね」

 「おかげさまで、50歳を超えましたが、左右2.0ですよ。ただ、最近は近いものが見えにくくてね」

 「そう? 私には、いろいろなものが見えているように思えるけれど」

 「面白いことを言われますね。おいくつですか?」

 「あら、女性に年齢を聞くだなんて。紳士な見た目とギャップのあることをするのね」

 「いえ、失礼がないように、年齢差を正確に知りたいと思ったのです」

 「へぇ。そう。18歳よ娘くらい、歳が離れてるわね」

 「確かに、私はあなたくらいの娘がいても良い年齢だ」

 ツムギの父親は、ルーをよそいながら笑った。


 ***


 「美味しい~!」

 な、泣いてる……。

 近嵐は、カレーをバクバク口に運びながら涙を流すウガルルムにドン引きしていた。

 「お……おかわり……ありますか……」

 「たくさんあるから……今度は違う種類にする?」

 「もちろんです! うぁ~……これがキャンプですか……ずるいですよ、こんなのを隠してるなんて……」

 「これはキャンプっていうか、カレーだけどな……俺も小学生以来なんだけど」

 「ずっとしてないってことですか? もったいない! またやりましょう! 何なら毎週でも……」

 「そりゃさすがに無理だろ! ……まぁ、そんなにやりたいなら……」

 しかし、本当に楽しそうだな……。

 あれ、そういえば、今日は何か、ツムギちゃんのお母さん、静かだな。

 にしても、結構……ていうか、かなり歳は離れてるよな。ツムギちゃんのお母さん、多分俺より年下だろ? 顔は分かんないけど……声とか服装とか、下手したら20代だよな……。


 ***


 ツムギが金沢の脇腹をつつく。

 「ひゃっ、な、何ですか……何?」

 「この後、私とハナは、花火をしに行くわ。リルさんとウガちゃんも誘って」

 「え、じゃあ私も……」

 「お父さん、花火苦手でしょ。だから、金沢はお父さんと一緒にいて」

 「ええ?! そ、それは……二人っきりにする気ですか?」

  金沢が、母親の振りを解いて小声でツムギに話しかける。

 「めっっったにないチャンス」

  そうつぶやくと、ツムギはカレーを食べ終えた紙皿を持って、ハナの方に駆け寄って行った。


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