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6:夏(二度目)(4)プールに行きましょう④/こんなの、ずるいよ

 「まったく、何でそんなにこれ着せたいんですかね……」 

  ウォータースライダーの順番待ちの列に、ギルタブリルと並びながら、ウガルルムハ怪訝な顔でラッシュガードの袖をつまむ。

 ギルタブリルは再びため息をついた。

 「本気で言ってる?」

 「え? どういうこと?」

 はっ。 そうか、ルルは近嵐の意図に気づいていない。どう考えても、他の男にルルの水着姿を見せたくないという独占欲。

 独占欲や束縛が強い男は嫌われると、何かの本で読んだ気がする。もしかしたら、これはチャンスでは? 近嵐の意図をタネ明かしすれば、「え、き、気持ち悪い」的な反応になるのでは?

 賭けてみるか……。

 「知りたい? どうしてか?」

 「え、リルちゃん、分かるの?」

 「当り前よ」

 あれ、何か嫌な予感がする。

 ……ええい、だが迷っている時間などないのだ。

 「ち、近嵐は、ルルの水着姿を他の男に見られたくなかったのよ」 

 「え? どういうこと?」


 「人間のオスは、自分のものだと思っているメスを他のオスから守ろうとするらしいわ。そういう傾向が強い男は着るものとかにもうるさいらしいの。そのうち、どこに行くのかとか、誰に会うのかとか、いろいろ束縛してくるに違いないわ」


 「……!」


 あれ……?

 なんか、ルル、目を見開いて真っ赤になっているが……。

 

 「じ、自分のもの?」

 

 しまった! そっちか!

 「そ、それってさ……その、つまり……近嵐さんが……わ、私の事……」

 「そ、それは……」

 「はい、次の方……!」

 「あ、順番よ! ルル!」

 ギルタブリルは、話題を打ち切れることにほっとしながら、ウガルルムの手を引いて、ウォータースライダーの階段上部から手招きする係員の方に駆け出した。

 階段の上のウォータースライダー入り口で待機していた監視員の学生は、視界に現れた金髪と長い黒髪の美しい二人の女性に目を奪われ、硬直した。

 CG? AI画像?

 艶やかな髪や肌の輝き、整った、少女のような可愛らしさと大人の女性らしさが瞬間瞬間に、交互に浮かんでは、周囲に美しさを散りばめていく。

 「これに二人で乗ればいいの?」

 茫然とした表情の学生監視員に、ギルタブリルが笑顔で語りかける。二人に目を奪われ、完全に。受付業務が頭から飛んでいた。

 「は、はいっ、どうぞお使いください!」

 「ありがとう。ルル、行こう!」 

 「あ、じゃあ私後ろねー」

 二人乗りのウォータースライダー用ボートに順番に乗り込む。

 「リルちゃん、スピード出していいからねー!」

 「了解!」

***

 学生監視員は、ギルタブリルとウガルルムが滑り出していくのをぼんやりと見つめていた。

 あ、しまった。スピード上げて、ブレーキ紐を急に引くと危ないですって言わなかった。

 まぁ、そんな無茶な操作、する人いないけど……。

***

 「あ、あれ、ルルちゃんとリルちゃん! 私も乗りに行きたいな」

 「お、じゃあお父さんと行くか。結構人気みたいだから、並びに行くかぁ」

 近嵐は、遠目で、太陽の光を吸い込んで輝く、ルルの金色の髪を見つめた。

 ……ラッシュガード着ろとか、うざかったかな……。

 何の権利があって、って感じだよな。

 彼氏とか、旦那でもあるまいし……。

 いや、あいつ何か外にいると目立つし、今時はラッシュガードとか着るの一般的だし。別に独占欲みたいなものじゃない。断じて違う。

 「お父さん日焼けしたね! 顔真っ赤!」

 「ん、あ、ああ、日差し強いな」

 近嵐はごまかすように頬に手を当てた。

 遠目に、ウガルルムとギルタブリルが乗ったゴムボートが巨大なウォータースライダーを滑り降りていくのが見える。

 この施設の目玉のアトラクションで、幅広のコースを1組ずつボートで滑り降りていく。

 ……あれ?

 なんか、スピード速くね?

 ***

 「いいですよ! ギルタブリル! 速い速い!」

 「ふふ……これで加速、これで減速、と」

 シンプルな造りね。しかし、人間というのは、あれこれと遊びを考えるものだ。戦争のことばかりを考えている神々とはそこが大きく違うな。

 「! ギルタブリル! 止めて!」

 「?!」

 ウガルルムの慌てた声に視線を眼下に送ると、滑り降りるコースの先に、小学生らしき男子二人が上がり込んでいた。

 しょうがないわねぇ。

 これがブレーキ……。

 ギルタブリルは手元の緑色の紐を勢いよく引っ張った。

 「えっ」

 「あっ」

 急激なブレーキがボートの前側にかかり、ボートが急減速したことで、後部に座っていたウガルルムは投石機の岩のように、空中に放り出された。

 「うわわわわっ!」

 「ル、ルルっ?!」 

 ***

 ボートから放り出され、プールに向かって落下していくウガルルムの姿を目の当たりにして、近嵐は反射的にプールに飛び込んだ。

 ライオンって、泳ぎが苦手だったんじゃ。

 「ルル!」

 激しい水しぶきを上げて、ウガルルムがプールに着水し……そのまま浮かんでこない。

 「おい、ルルっ!」

 プールは近嵐の肩くらいまでの深さだった。

 ウガルルムに近づくと、近嵐は両脇を抱えて水面に引きずり出す。

 重い。

 「おい、ちょっと! ルル?!」

 ぐったりして、反応がない。

 あのスピードでこの深さ。

 頭を打った?

 「大丈夫か?! ルル?! くそっ」

 近嵐は全力で引きずるようにプールサイドまでウガルルムを運ぶと、プールサイドに設置されたパラソルの下にウガルルムを横たえる。

 「ルル!」

 真っ白な顔で目を閉じたまま、微動だにしないウガルルムを見て、近嵐は真っ青になる。

 「ウガちゃん?!」

 駆け寄ったハナが不安気な声を上げると、その後ろにすたすたと歩み寄ったギルタブリルが何かをつぶやいた。

 「誰か、AEDと救急車を!」

 近嵐が叫ぶと、何人かの監視員が慌てた様子で、事務所の方に走っていく。

 「ルル! おい!」

 胸元に耳を寄せる。

 ひんやりしたラッシュガードの感触が頬に伝わるが、呼吸をしている様子がうかがえない。

 嘘だろ?

 くそ、会社で救急救命の講習は受けた、あれだAEDが届くまでは、心臓マッサージと人工呼吸を……

 近嵐が意を決して、ウガルルムの顔に自分の顔を近づけたその時。

 「ルル、早く起きなさい」

 いつのまにか、ウガルルムの脇に腰掛けていたギルタブリルが、ジト目で見下ろしながら、そうつぶやくと、びくりとウガルルムが反応した。

 「……あ、近嵐さん」

 「……ルル……」

 ギルタブリル同様のジト目で近嵐がウガルルムを見下ろした。

 「あ……さ、さっきまで意識が無かったのは本当ですよ。近嵐さんが……その……か、顔を近づけて来るので、びっくりして動けなくなっちゃって……」

 近嵐は大きくため息をついた。

 「人間じゃあるまいし……プールの底に頭をぶつけたくらいで、私たちがどうこうなるわけないでしょ?」

 「……そりゃそうか……」

 ギルタブリルのジト目が近嵐にも向けられ、近嵐は肩を落とした。


 ***

 「じゃ、私は先に帰るから」

 水色のワンピースに着替え、長い黒髪をポニーテールにまとめたさわやかな装いで、ギルバルリルは近嵐たちと別れようとした。

 「え、何だよ。どうせなら夕飯一緒に行こうぜ」

 近嵐の申し出に、ギルタブリルは動揺した。

 「夕飯?」

 「なんか予定あんの?」

 「別にないけど」

 「じゃあいいじゃん」

 「そうだよ、リルちゃんも行こうよ」

 ハナがギルタブリルのワンピースの裾を引っ張った。

 「ここら辺、ラーメンが有名なんですよ! 17時開店! ギルタブリルもラーメン好きでしょ?」

 「……うん」

 結局何にも上手くいかなかった。

 でも、夕食を一緒に食べるのは悪くないな。

 「今日は、良い車だからな。4人で5人でも余裕だ」

 ニコニコしながらレンタカーを指さす近嵐に、ギルタブリルは動揺した。

 「……近嵐は人が良すぎるわ」

 思わず口をついてでた言葉に、自分でさらに動揺しながら、ギルタブリルはすたすたと車の方に向かった。

 ***

 ラーメンを食べ終え、後部座席で何やら最近のボカロの話や洋服の話をしていたハナとギルタブリルは、バックミラーを覗き込むと、いつの間にか眠っていた。

 「ギルタブリルまで寝ちゃった」

 ウガルルムがくすくすと笑った。

 「珍しいですよ、この娘、外で隙を見せないから」

 確かに、ギルタブリルらしくないなと近嵐も思った。

 まぁ、一日遊んで、お腹も膨れて疲れたんだろうな。

 ほんと、変な奴らだけど、なんか憎めないというか。

 近嵐は、自分がギルタブリルにまで、奇妙な友情のような感情を抱いていることに、少しおかしくなって、苦笑した。

 「……あの……今日はありがとうございました」

 「? ああ、別に、みんなで遊べて良かったじゃん。いい企画だったよ」

 「そ、そうじゃなくて……その……プールに落ちた時、すぐ駆けつけてくれて……」

 「あ、ああ。びっくりしたよ。まぁ、でも、無事でよかったけど」

 そういや、おれ、人工呼吸するとこだったな……。

 え、あ。

 も、もしかして、あれ、やばかった?

 いや、そうか。そうだよな、おっさんに顔を近づけられて……。

 しかも、その前にラッシュガード着ろだの、うざい話もして……。

 も、もしかしてキモイと思われてる?

 「その……近嵐さん」

 「は、はい…」

 やばい……あれか、今日の不快だった話をされるのか……。

 「その、どうして、ラッシュガード、着ろって言ったんですか?」

 来た!

 やっぱりか!

 き、気持ち悪かったか……。

 「ご、ごめん……いや、その、なんていうか……」

 どう言ったらいいんだ。ていうか、何で俺は……。

 何でって言われたら……。

 「その……日焼けが……」

 「私、日焼けはしないって言ったじゃないですか」

 赤信号で、車が止まり、アイドリングストップ機能のせいで車内は静まりかえった。

 ウガルルムの視線が横顔に突き刺さり、近嵐は観念した。

 嘘をつける状況じゃない。

 「……ごめん……その……何か、気持ち悪いかも知れないけど……その……嫌だったんだ、他の……他の男性客もいっぱいいただろ? そこで……何か、その、ルルの水着姿はさ……あんまり見られたくないっていうか……」

 言ってて気持ち悪い上に、死ぬほど恥ずかしい。

 これじゃ、まるで俺が……。

 たまらず、コーヒーを一口飲み、チラ見したウガルルムの表情は、近嵐の予想とはまったく違い、顔を真っ赤にしてうつむいていた。

 「……そ、それって独占欲ってやつですか?」

 「ごほっ!」

 近嵐はコーヒーを喉につまらせてむせかえる。

 「な、何だよそれ……」

 自分でもうまく言葉にできていなかった感情を言語化され、近嵐は激しく動揺した。

 けたたましくクラクションが鳴る。

 信号はいつの間にか青になっていた。

 「ちょっと、運転に集中してくれる?」

 いつのまにか目を覚まして、バックミラー越しに冷たい視線を送るギルタブリルに、近嵐は、「はい、すみません……」とつぶやいて、アクセルを踏み込んだ。

 ***

 帰宅してシャワーを浴びたギルタブリルは、月の良く見える窓際に腰掛けた。

 ふと浮かんでくるのは、ウガルルムだけではなく、近嵐やハナの笑顔、一緒に食べた御菓子やラーメンの温かい記憶だった。

 「……」

 ギルタブリルは、月を見上げた。


 「……こんなの……ずるいよ……」


 ギルタブリルの頬を、一筋の涙が伝った。


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