5:春(二度目)(8)帰ってくるから
ごとん、とご飯の入った茶碗が、荒めに置かれる。
「どおぞ。お食べください」
当番のウガルルムは、明らかに機嫌の悪い声色でそう言った。
え、怒ってる?
てか、ルルがご飯の時に機嫌悪いなんて……。記憶にない。
ちらりとハナに視線を送る。
じとり。
……。
ハナちゃんまで、怒ってる?
ばくばくばくばくと、ウガルルムがホイコーローと総菜のから揚げを一口ずつだけ食べ、「ごちそうさまでした」と言って、あっという間に自分の皿を流しに置き、寝室の方に引っ込んでしまう。
めっちゃ怒ってる……。
呆気にとられた近嵐は、一口だけご飯を口に含む。
味気ない。
「ルル、怒ってるよな、あれ……」
「……お父さん、ちゃんと聞いてきた方がいいよ」
ハナはそう言ってホイコーローのキャベツと肉と口に含んだ。
……。
何か、このままじゃ美味しくないしな……。
うん、美味しくない。
「分かった。聞いてみる」
近嵐は箸を置いて、ウガルルムの居る寝室に向かった。
寝室のドアを開けると、ウガルルムが、積み上げた布団にもたれ掛かって座っていた。
「……ルル」
「何ですか」
振り向きもしない。
沈黙。
リビングの方で、かちゃり、と食器の音がした。
ふと、寂しい空腹感を近嵐は感じた。
「あのさ、ご飯が美味しくなくて、さ」
「……味付けはいつもと同じですけど?」
「味付けじゃなくてさ、その、落ち着かないっていうか、ルルが食べてるの見ないと、何か食べた気がしないっていうか」
「どういうことですか?」
「だから……」
えーと、だから……。
「その、一緒に食べたいんだけど」
ぴくり、とウガルルムが肩を震わせる。
「……私と、食べたいってことですか?」
「だから、そう言ってるじゃん」
ゆっくりとウガルルムは近嵐の方を振り向く。眉はしかめながら、口元は若干緩んでいる。
「……そこまで言うなら、一緒に食べてあげなくもないです。ないですけど……」
「けど……?」
「私怒ってるんです」
「うん、それは分かってる」
顔、怒った記号になってるし。
「何でか分かりますか?」
ルルを振り払って、金堂さんを追いかけたからなんだろうけど……。
「……すんません、分かりません……」
ウガルルムはため息をつく。
それから、息を吸い込んで、意を決したように近嵐を見すえた。
「……近嵐さん、あの女の人のこと、好きなんですか?」
「は?」
「職場でずっと一緒だし、その、綺麗な人間だと思うし……あんなに一生懸命追いかけるとか……」
「ちょっと待て。何だその話?」
「何だって、何ですか?」
「……マタタビを振りかけたのは、確かに悪かった。ごめん、ひどいことして……」
ガシャンと、台所で食器が落ちる音がした。
「うーん? えーと……。そうじゃなくて! だから、近嵐さんは、あの人が好きなのか嫌いなのかを聞いてるんです!」
公園での金堂の言葉を思い出し、近嵐は胸が塞がるような息苦しさを感じた。
「そりゃ……嫌いなわけないだろ」
「!!」
どたん、とダイニングキッチンの方で何かが倒れる音がした。
「ほんと、仕事頑張ってくれるし。良い後輩だと思う。うちの事情も分かってくれるしさ」
近嵐は、自分に言い聞かせるように言った。
「……それって……。あの人と……うぅ……」
「お、おい、どうした?」
泣き始めたウガルルムに、近嵐は慌てふためいた。
「あの人と、結婚したいってことですか?」
近嵐は耳を疑って硬直した。
「……何でそうなる?」
「だって……嫌いじゃなくて、好き……なんでしょう?それだったら……」
「いやいやいや、そうじゃなくて……だから、人として、後輩としてってこと!」
「あの人のところに……この家からいなくなったり、しないですか?」
ウガルルムは立ち上がって、近嵐の両肩を掴む。
「それは、ないよ……」
途端に、ウガルルムはその場に座り込み、だらんと両肩を下げて、声を上げて泣き始めた。
「ちょっと……ルル……」
「良かったぁ……。近嵐さん、この家からいなくなっちゃうのかと思って……」
「そんなわけないだろ。ハナちゃんだって居るんだし。俺がどこか行くなんて……」
「だって、そんなの分かんないじゃないですか……。近嵐さんの気持ちとか、全然分かんないです。分かんなくて、不安なんですっ」
ぽろぽろと泣きじゃくるウガルルムを見ている内に。
近嵐は、また胸が苦しくなった。
俺は……。
この気持ちを何て呼べば良いか、俺は知ってる。
でも、賭けとか関係なく。
そんな怖いこと、俺は。
いつのまにか、近嵐は手を伸ばして、ウガルルムの頭をさするように撫でていた。
「悪かった。あの、俺はちゃんとここに帰ってくるから。そんな心配しなくていい」
「……」
ウガルルムは、目を見開いて、ぼうっと近嵐を見つめていた。
ぐぅ、と近嵐の腹が鳴った。
「あのさ……」
ウガルルムの腹も、共鳴するように鳴った。
「ご飯食べない?」
「ご飯食べません?」
近嵐とウガルルムは、ほぼ同時に言って、笑った。
***
「うわぁぁぁああん!」
居酒屋の個室に、金堂の泣き声が響き渡る。
「偉いエライ、良く言ったじゃん」
金堂は、急遽呼びつけた、友人2人の前で泣きじゃくる。
「やっぱり好きだった~! うぅぅうううう~係長~! 最後、いい子ぶっちゃったー!」
「そんな、女子大生とイチャイチャしてる人なんてろくでもないって」
「吹っ切れたら、次の夏は良い出会いあるから」
「もう恋愛なんてしない~。うぁ~」
金堂はビールの残りを一気に飲み干した。
***
佐藤は、社内異動、班の再編成の通知を確認していた。
金堂先輩は、近嵐係長の島から離れ、新規案件のプロジェクトリーダーになる。
そのチームへの参加希望、良かった、一年目は一人だけしか入れないって言われてたけど、叶った。
暑くなってきたな。
この夏のうちに、少しは振り向いてもらえるよう、頑張らないと。
佐藤はため息をついた。




