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5:春(二度目)(7)誰を好きになっても

 がたっと、金堂は椅子から立った。


「あ、ち、近嵐係長……」

「金堂さんか?! あ、やっぱルルもいるのか。え、どういう状態?」

「あの……途中で会って、入れていただいて……。その、あの、これ、社用携帯です。それじゃ、私、帰ります。失礼しました!」

「え、金堂さん? ちょっと……」


顔を伏せて、逃げ出すように玄関から金堂は出ていった。


「どうしたんだ一体……って!」

近嵐は机の上に置かれた写真に気付き真っ青になる。

「ルル! 何だこれ! 金堂さんに見せたのか?」

「近嵐さんと映ってる写真、見せて欲しいと言われたので……」

「なんだそりゃ! こんなの見せたら……」

 これは親戚と撮る写真じゃねーだろ!

 やばいやばい!

 え?あれ?近藤さん、カバン忘れてってるし。

 「ちょっと、俺追いかけてくる。カバン忘れてったし、なんか物凄くやばい勘違いされてる気がする」

 近嵐が慌ててスニーカーに足を突っ込む。

 その背中を見て、ウガルルムは、何故だか妙に胸がざわついた。

 駆けだそうとした近嵐の右手を、ウガルルムの左手が掴む。

「な、何だ?どうしたんだよ」

「……その……。ちょっと……」

「?」

 ウガルルムは顔を赤くして俯く。


 「行って欲しくないです」


 「は? もう、忘れ物も届けなきゃだし、ちょっと何か誤解も解かないといけないし……」

 「……嫌です、行かないでください」

 「あーもう、力が強い! 離してくれ!」

 「……う~……」

 「どうしたんだよ、何で……」

 なんだっていうんだ、ルルのやつ。こんなことするなんて……。

 「……あの人の……」

 「?」

 「……私、近嵐さんに、あの女の人のところに、行って欲しくない、ここに居て欲しいです。」

 「へ?」

 怪訝な顔の近嵐。

 一方で、真っ赤な顔を手で抑えるハナ。

 それ、もう、こ、告白じゃん、ウガちゃん……。

「あーもう、えい」

「ふにゃ!」

 近嵐は、玄関の棚に置いてあったマタタビを掴んでウガルルムの顔の前でぱっと開く。

 驚きと刺激でウガルルムが手を離した隙に、近嵐は玄関を出て走り出した。

 「ず、ずるいですよ……」

 とろんとした顔のウガルルムは、玄関にへたり込んだ。

***

 金堂さんが出てって、まだ3分くらい。

 もしあのスピードで走ってても、公園あたりで追いつくはず。

 息を切らしながら午前中の住宅街を走り抜けて行くと、公園のベンチに座って肩を落とす、見覚えのある後ろ姿を視界に捉えた。

 「金堂さん!」

 びくっと肩を震わせて、金堂は近嵐の方を見ると、慌てて立ち上がり、足がもつれて転んでしまう。

 「うわ、大丈夫? 金堂さん、これ、忘れ物……」

 「大丈夫ですっ!」

 思った以上に大きな声が出て、金堂は自分でもびっくりしながら、スカートに付いた砂埃を払い、立ち上がる。

 「……ありがとうございます。忘れ物、すみません。それでじゃ、帰りますので」

 近嵐から視線を逸らしつつ、金堂はカバンを受け取り、駅の方に歩き出そうとする。

 「金堂さん、あのさ、あの写真、見たかも知れないけど……その……。そういうんじゃなくて……」

 「そういうんじゃなくて?」


 金堂は立ち止った。


 「係長、すみません、あんまり嘘は聞きたくないです」

  

 「う……」

 これは、誤魔化せないか……なんせ、あんなライオンの耳……。

 だが、金堂の質問は近嵐にとっては予想外だった。


 「係長、あの子のこと、どう思ってるんですか?」


 「え?」


 「それだけ、ちゃんと教えてください。お願いします」

 近嵐に背を向けたまま、沈黙する金堂。

 近嵐は、答えに窮した。

 それは、ずっと、考えないようにしていた、考えるのを先送りにしていた気持ちだった。


 俺は。


 俺はルルのことを、どう思ってるのか。

 もし、ルルのいない生活に戻れって言われたら、俺はどうするんだろう。

 

 「あれは……親戚の……」

 「嫌いになりますよ」

 

 ……。

 

 近嵐は、頭を掻いた。


 「大事な……存在」


 近嵐は、ゆっくりと、自分に言い聞かせるように言った。

 

 金堂は、それを聞いてため息をついた。

 「誰を好きになっても、それ、自由ですから。人に話すことでもないですし。まぁ、女子大生と付き合ってて、小学生の子供がいながら結婚しないで同棲してまーす、は確かに社会的に言いづらいのは分かりますけど。お子さんも懐いてるみたいですし、その、ウェディングの準備も進んでるみたいですし、特別休暇とか、取るときは早めに行ってくださいね。業務のスケジュールもありますから。よろしくお願いします。それでは。」

 「ち、ちょっと……金堂さん……」

 背中を向けた金堂が、2歩、3歩、と歩き、立ち止って振り返る。

 

 金堂が深呼吸をした。


「私、近嵐係長が好きだったんです。」


 涙目記号で自分を見つめる金堂に、近嵐は動揺して硬直した。

 「……ごめん。俺……」

 「大丈夫です!」

 金堂は、明るい、大きな声を出した。

 「最後まで、言わなくて大丈夫です! 私もういい大人ですし。でも、ほんと、今後は部下にももう少し、プライベート話してくださいね。チャンスあるかもって思っちゃう子、いるかも知れませんよ? 係長、結構モテ、るんで……す、から! それじゃ!」

 言葉に詰まりながら、早口で言い放った金堂は、近嵐に背を向けて駅の方に走り去った。


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