5:春(二度目)(6)ヘアピン/付き合ってますよね
ペタリ、ひんやり。
ハナは、額に触れる心地よい冷たい感触に目を覚ました。
「あ……ごめんなさい。起こしちゃった……。その、熱下がったみたいだなと思って」
「あ、ウ、ウガちゃん、おはよう。うん、かなり楽になった。ありがと」
ハナは顔を赤くして、恥ずかしそうに俯く。
「あれ? え、まだ頭痛い? 大丈夫?」
「違う…。あの、何か……」「
「?」
「熱でぼうっとしてて、変な呼び方したから……」
「え?」
「その……ママって……」
あ、ママかぁ。お母さんってことだっけ。ハナちゃんのお母さんか。
あれ、何だろ。くすぐったいような、恥ずかしいような。
これは、何て言うんだっけ。
「嫌じゃなかった?」
「嫌なわけないよ! うーんと…何か、嬉しかったみたい。その…また呼んでもいいよ。」
「…」
ハナは目を丸くして、顔を赤くした。
「ハナちゃん、これ」
「ん? わ。かわいい。ヘアピン? 私にくれるの?」
ハナは、ウガルルムに手渡された、四葉のクローバーがあしらわれたヘアピンをしげしげと見つめた。
「良くない魔法とか、呪いとかを寄せ付けないよう、おまじないを掛けてあるから」
「あ、ありがとう……もしかして、病気とかも?」
「うーん、人間の病気はよく分からないんだけど……。魔獣とか、魔法使いが襲ってきたら、守ってくれるの。少し予測して、先回りしてくれるから。もしかしたら今回の風邪も、何かの呪いかも知れないし……」
腕組みをしながら、ウガルルムは目をつぶって思案する。
「うん……ありがとう……。何かすごいね。大事にする……。かわいいし」
ハナはとびっきりの笑顔をウガルルムに向けた。
***
金堂は、近嵐の会社用スマホを握りしめて、電車の一番前の車両の、更に端っこの座席に小さく座っていた。
今週は、客先からの電話番の土日当番が隣島の係長だった。が、金曜日の夜に家族の急病で交代の申し出があった。結局、部長の指示で、金曜日に残業していた金堂が持ち帰り、土曜日の午前中に近嵐の家に届けることになった。
近嵐が金堂の家に取りに行くという案もあったが、それは関係者一同、どうにも世の中的に良くないだろうという点で一致した。
約束は10時30分。
金堂は、8時30分に、近嵐の家の最寄り駅に着いた。
自宅に居ても落ち着かなかったからだ。とはいえ、早すぎるのだが。
近嵐の家に行くのは初めてだったので、迷うんじゃないか、と思っていた。だが、駅から徒歩10分のアパートは教えてもらったとおり、途中の公園の真ん中を通り抜けて、後は一本道で、迷いようもなかった。
年季は入っているが、しっかりしたレンガ調の壁面が印象的なアパート。ここの3階の角部屋。
一応、表札を確認しよう。それで、間違いなかったら、駅前の喫茶店チェーンで時間をつぶそう。
「!」
金堂の右足が、何かに乗り上げて滑り、バランスを崩す。
「え……!」
金色の糸。大量の。
……ナニコレ、ゴミ袋から出てる。
え、ちょっと、このゴミ袋、全部……。
これ、毛……髪の毛?
尋常ではない量の髪の毛が、多数のゴミ袋に詰められ、ゴミ捨て場を埋め尽くす勢いで捨てられている。
……。
忘れよう……。
あれ、でもなんか、この髪の毛の色、見たことあるような……。
もやもやした気持ちのまま、近藤はアパートの共用玄関を開ける。
エレベーターはないことを確認し、階段をゆっくり上がる。3階まで上がった時、心臓がバクバクと鳴っているのは、階段が思いのほか急だったこと、だけが原因ではなかった。
角部屋の前にたどり着く。
近嵐、と表札に書いてある。
心臓は落ち着くどころか、高鳴るばかり。
8時45分。
まだ全然早い。今チャイムを鳴らすなんてあり得ない。
一度、駅に戻ろう。
階段の方を向いた瞬間。
「あれ、もしかして近嵐さんの会社の人ですか?」
「!」
差し込む日差しに照らされて輝く、金色の髪に金堂は思わず見とれてしまう。
そこにはウガルルムが立っていた。
「今日午前中にお客さんが来るって言ってました。近嵐さん、ハナちゃんと駅前の朝市にお菓子とか買いに行っちゃってて……。多分、後30分くらい帰って来ないと思います。中で待ちますか?」
「え、いや……」
「あ、今開けますから、ちょっと待ってくださいね」
ウガルルムがポケットからさっとカギを取り出す。
あー、本当に一緒に暮らしてるんだ……。
「どうぞどうぞ~」
そう言って、ウガルルムはすたすたと家の中に入っていく。
「……」
この状況で入らないのも、不自然。
それに、ちゃんと聞きたいこともある。
いい加減、はっきりさせなきゃ。
「良かったです、ちょうどごみ捨てに行って戻ったところで……。あ、えーと。」
「金堂と言います」
「金堂さん。お茶で良いですか?コーヒーにします?」
「お気遣いなく……。その、近嵐係長にお会いしたら、すぐに帰りますから……」
「そうですか……。あ、まぁ、じゃあとりあえず座っていてください」
ウガルルムは、台所のダイニングテーブルに金堂を案内する。自分も飲みたかったので、パックの加糖アイスコーヒーを二人分コップに注ぎ、金堂と自分の前に置いた。
金堂はテーブルを見つめた。
椅子は三脚。
がっつり、3人で生活してる……。
1脚、色違いで茶色い。これが、この人の椅子なんだろうな。
ウガルルムが、その椅子に座ったので、金堂は、これは近嵐の椅子なんじゃないかと、躊躇する気持ちを抱きながら、白い椅子に腰かけた。
ほんの少しの沈黙。
金堂が口を開いた。
こんな機会、もうない。ちゃんと聞かなくちゃ。
「あの、失礼ですが、お名前は」
「あ、ウガルル……えーと、ウガです」
「宇賀さん……。あの……近嵐係長とは、どんな関係何ですか」
「え、関係性?」
シンセキノメイ、シンセキノメイ。
ウガルルムは心の中で何度も暗唱する。
「えーと、シンセキノメイです」
「ほ、本当に親戚なんですか?」
「え?あ……ほ、本当ですよ!」
「親戚だったら、その、近嵐さんと映ってる昔の写真とか、あるんじゃないですか?」
「近嵐さんと……私が映ってるやつですか?」
「そ、そうです! 例えばの話ですけど……」
「あ~……。ちょっと待ってください……」
ウガルルムは、棚からアルバムを取り出す。
「あ、これとか、これもか」
2枚の写真を持って金堂の座るテーブルに戻る。
「はい。こんなので良いですか?」
「げっ!」
1枚目。ライオンの耳が飛び出した状態のウガルルムと、密着した近嵐。
……。
キツメのコスプレさせてるじゃん!
しかも全然親戚の距離感じゃなーい!
「あ、これは最近のです」
「がはっ!」
2枚目。ウェディングドレス姿のウガルルムと、タキシードの近嵐。
金堂の口からコーヒー交じりのよだれが垂れた。
「……宇賀、さん……。あの……。確認しますけど、親戚、の、姪、なんですよね?」
「はい。シンセキノメイです!」
違う、これ、絶対ちがうやつだ。何で隠すの?
金堂は、わずかに残った自制心を、ついに追いやることにした。
「……近嵐係長と、付き合ってますよね?」
リビングに沈黙が訪れた。
「付き合う? あ、買い物とかですか?」
「あー……もう、そういうのじゃなくて……」
金堂は頭痛を抑えるように額に手を当てた。
「近嵐さんのこと、どう思ってますか?」
「え?」
「……近嵐さんのこと……。好き……ですよね?」
ウガルルムは凍り付き、途端に赤くなった。
「あ、いや……その……。それは……」
火照った顔に右手を添え、俯いたウガルルムは、一拍置いた後。
「……はい。そうなんです」
金堂が、激しい頭痛と動悸を抑えながら、もう一つの質問をしようとした瞬間。
玄関の方でガチャリ、と鍵を回す音が響いた。
「ただいまー。 ルル? 居るのか? ん?、この靴は……」




