4 冬(1度目)4/何の前触れもなく、不意に急に、失われてしまう
「と、いうことがあったので、気を付けて」
そういって、近嵐家の炬燵に座ったギルタブリルは、ハナから受け取った蜜柑を剥き始める。
先日、夜道で襲われた話を、かなりかいつまんで説明したギルタブリルは、蜜柑の甘さにうっとりとした表情を浮かべる。
「ルルが襲われる可能性があるってことか?」
「そうね。まぁ、ルルが負けることはないにしても、鬱陶しいじゃない?」
「あー、そうですねぇ……。特異日以外なら……」
目を細めて顔をしかめながら、同じく炬燵に座ったウガルルムは緑茶をすする。
「何だそれ? 特異日?」
「あ、やべ。え~、言いたくないです」
「そうね、言う必要はないわ。そういうの、詮索するもんじゃないわ。いやらしい」
「そうだそうだ~、近嵐さん、いやらしい」
「な、何だよ! じゃあ聞かねぇよ!」
何やら、男子が聞いちゃいけないことと解釈した近嵐は、さっさと話題から撤退した。
ウガルルムは、100円羊羹をつまようじで食べながら、ギルタブリルにウインクした。
ギルタブリルは、蜜柑の白い筋をぴろぴろと剝きながら、小さく舌を出す。
1年に一度、能力が薄れる日が、ウガルルムとギルタブリルにはあった。
その日がいつかは、毎年変わるが、時期が近づいてくると、あとどのくらいだな、というのが分かる。
ウガルルムは、後7日後だと分かっていた。12月24日、ちょうどクリスマス会の日だ。
その日に限っては、通常の力の100分の1程度しか使えない。
ギルタブリルには伝えてあった。もしクリスマス会がなくとも、ギルタブリルは、その日はウガルルムの傍にいることにしていた。
「それより、ケーキ、どれにします??」
「チョコがいいなー」
「えー、おれチーズが好きなんだけど……」
「私はイチゴがいいんですけどねぇ……、ハナちゃんは?」
「えっと……この切り株みたいなの、ちょっと気になるな……。ツムギちゃんにも聞いてみて良い?」
「……決まったら教えてくれ。予約だけしてくるわ……」
最も発言力が低いことを悟った近嵐は、ソファに引き上げ、米か商品券でも当たんないかなと思いながら、ナンクロ雑誌を解き始めた。
***
結局クリスマスケーキは、「切り株みたいなの」に、チョコもイチゴも乗っかったバージョンがあることが分かり、「ハナの食べたいケーキなら、何でも」と述べるツムギの後押しもあって、ブッシュドノエルに決まった。
近嵐は、奮発して買ったビーフシチュー用牛肉の塊肉を切り分け、大きめにカットした玉ねぎと人参とともに、厚手の鍋で炒め、火が通ったところで、計量カップの水を注ぐ。
12月24日。時間は16時12分。
クリスマス会は18時30分から開始。近嵐は予定を逆算し始める。
オードブルはツムギちゃん達が持ってきてくれるらしいし、ギルタブリルも果物、ハム、お菓子を持ってくるような話をしていた。
「あ、これブドウジュースですか?」
「げ!待て……」
「ん?」
ウガルルムは、コップに入った赤ワインを飲み干した。
「おお~……こ、これは……美味しいですが……濃い……」
「お前、それワインだぞ……!」
「……何かふらふらしますね……」
ぼふんぼふんと、ライオンの耳としっぽが現れ、真っ赤な顔でケタケタ笑う。
……こいつも、酔っ払うのか……。
あれ、そういや、一応……。
「ルルって何歳なの?」
「何歳?」
「えーと、どのくらいの時間、生きてるんだ?」
「む……難しい質問ですね……時間ですか……。ウガルルムとして最初に造られたのは、人間の文明で言ったら、砂漠で大きな石を運んで塔とか墓とか作ってるころかな……」
愚問だった。
そもそも、法律とか人間のルールとか、どうでもいいんだろうな。
近嵐は改めてコップに赤ワインを注ぎ直す。安売りしていた輸入ワインだが、飲んでも普通に美味しい。
「あ、そろそろケーキの時間でーす! 私取りに行ってきますよ!」
「え、今日は外出たくないから、留守番するって言ってなかったっけ?」
「なんかぽかぽかして、外出たくなりましたのです! 散歩がてら行ってくるのです!」
何か、顔は赤いし、口調も若干怪しいが……ビーフシチュー作りに家の掃除もしたかったので、ありがたいはありがたい。
「じゃあ、頼むわ。これ、ケーキの引き換え券だから」
近嵐はエプロンのポケットから紙片をウガルルムに渡す。
「がってんしょうちであります!」
……やっぱ日本語変だな。
ひったくるように引換券を掴み、玄関に駆けていったウガルルムの背中を、近嵐は呆然と見送った。
ハナは午前中からツムギの家に行っており、近嵐は一人ビーフシチューの番を始めた。
不意にスマホが近嵐を呼ぶ。
ギルタブリルだ。
「予定通り、フルーツ盛り合わせとハムとチョコレートを用意したわ。時間になったら行くけど、ルルはそこに居るんでしょうね?」
「いや、ケーキ取りにでかけたけど」
「え、何で? 外に出たの?」
「ああ、何かワイン飲んだら変なテンションになって、出てったぜ」
「駄目よ! 行先は? すぐに連れ戻して!」
「へ?何で?」
「良いから早く! 私も今からそっち向かうわ! どこなの、行先!」
「川向こうのケーキ屋だよ、こっから歩いて15分くらいの……」
住所を聞くや否や、ギルタブリルはすぐに電話を切った。
何だって言うんだ。
でも、えらい必死だったな。
シチューは、もう少し煮込みたいが……。
お玉を持ったまま腕を組んで、数秒思案した後、近嵐は火を止めた。
何か、武器とかあるか?
コンロの脇の調味料棚に置かれた、激辛唐辛子粉末を入れた瓶を掴み黒のチェスターコートを掴み、急いで外に駆け出した。
急に怖くなった。
当然のように、側に居るような気がしていた誰か。
そういうのは、何の前触れもなく、不意に急に、失われてしまう。奪われてしまう。




