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3 秋(1度目)(1)/これはカメラ

 比較サイトを利用して、最安値で借りた軽自動車は、加速がスカスカで高速道路の合流には苦労するし、強風が吹けばガタガタ揺れるしで、とても快適とは言えなかった。

 「うあー、しかし面白い物作りますねぇ、人間は……」

 助手席のウガルルムは、流れる景色を興味深そうに眺めている。

 高速道路で30分ほどの距離を走り、3つ目の出口で降りて、海沿いに20分ほど、田舎道を走る。田圃の合間を抜けて、少し高くなった丘の方に、染まり始めた紅葉のアーチを抜けて登っていくと、目的の寺と墓地にたどり着く。

 「カメラ持ってきたかったですねぇ」

 「あ、そう言えば、明日引き取りの日だ。カメラ、取りに行かなきゃな」

 「お父さん、箒とちりとり持って行くね」 

 「ああ、ありがとう。助かるわ」

 近嵐は、寺に備え付けのバケツに水を入れながら、ハナに笑顔で答える。

 今日はハナの両親であり、近嵐の双子の兄とその妻、そして近嵐の両親が火事で亡くなった、命日だった。

 墓前に線香を上げ、手を合わせる近嵐とハナを、ウガルルムは不思議そうな顔で見つめていた。

 「何をしているんですか?」

 「あ、そうか。まぁ、お祈りかな」

 「この石にですか?」

 「いや、この下に、亡くなった人が眠ってるんだ。まぁ、分かんないだろうから、目をつぶって、手だけ合わせてくれりゃ良いよ」

 「そうですか。では、そうします」

 素直に手を合わせるウガルルムを見て、近嵐は、少し胸が暖かくなるのを感じ、身震いした。

 いかん。

 おかしくなってるぞ、俺。

 化け物に抱く感情じゃないだろう。

 少し前の、音楽発表会の一件以来、どうも調子が変だ。

 「ウガちゃん、リンゴとオレンジ、どっちにする?」

 帰りの道すがら、ハナがポシェットからグミを取り出し、ウガルルムに尋ねる。

 「あ、リンゴが良い!」

 笑顔で手を差し出すウガルルム。

 こいつが来てから、本当に、ハナちゃんは笑顔が増えた。

 そして、こないだは俺も、完全に、完膚なきまでに助けられた。

 今年も、もう11月。

 3人での生活が始まってもうすぐ1年。日に日に、いつの間にか、家族の中でウガルルムの存在は欠かせないピースになっていく。それはもう否定しようがない事実だった。

 近嵐は、9月下旬の、音楽発表会を思い出していた。

 ***

 「それ、何ですか?」

 9月下旬に開催される、小学校の音楽発表会のため、近嵐はリビングのソファでデジカメの起動確認をしていた。

 「あ、これ?カメラだよ。写真を撮る機械。今度の音楽発表会を撮影したいからさ。俺の安物スマホより画質良いし。ほれ。あ」

 「みぎゃっ!」

 フラッシュがたかれ、驚いたウガルルムは身を翻し、宙返りをしながら、リビングのタンスの上のスペースに降り立ち、カメラに対して眼を見開く。

 「シャー」と威嚇する。 

 「……猫みたいだな……」

 「ライオンです。」シャー。

 ウガルルムにタンスから降りるよう促し、近嵐は一通りカメラの使い方を説明した。

 「ああ、スマホに付いてるフラッシュ機能と同じですね。理解しました。へー、まぁ、確かにこっちの方が画像綺麗に写ってますね。」

 「ああ……あれ?これ、お前の頭の上、ライオンの耳写ってるじゃん」

 「あ、ほんとだ。何ででしょう?出してないのに。実験してみましょう」

 「あ、こら、何だ、近づくな。」

 ウガルルムは、カメラを片手に近嵐の脇に座り、近嵐と自分が収まるように2人にカメラを向け、シャッターを切る。フラッシュがたかれ、二人とも一瞬眼がくらむ。

 「あ、やっぱり耳がでる。へー、不思議。光で無意識にびっくりするからかな……」

 ウガルルムは、しげしげとカメラの画像をのぞき込む。

 ……どんな顔で写ってるのか、ライオンの耳しか見えないんで分からんが……想像すると、ライオンの耳を付けた若い女性と並んで映っていることになる。

 これは危険だ。

 「何かコスプレした人と写ってるみたいに見えそうだから、消しといてくれよ」

 「コスプレ?  なんですかそれ? せっかく撮ったのに、もったいない。気が向いたら消しておきます」

 「……まぁ、別に良いけどさ……」

 「お父さん。」

 「ん?」

 近嵐が声の方に振り向くと、くたびれたライオンのぬいぐるみを抱えたハナが佇んでいた。

 「音楽発表会だけど……、あの……仕事大変だと思うし、その……無理しなくても大丈夫だから」

 絞り出すように、俯いたままそう話したハナに、近嵐はすっと立ち上がって近寄る。

 「今年はちゃんと行く。仕事もその日に合わせて全部整理してるから。絶対大丈夫」

 半ば、自分に言い聞かせるようにそう言って、近嵐はハナの頭に手を置いた。

 ハナは、一瞬固まって。

 「…………うん!一人で吹くところもあるから、聴いてね!」

 そう言って、近嵐に笑顔を見せた。

 「え、一人で?凄いじゃん」

 「うん。ほんと、とっても短いけど」

 そう言うと、ハナは近嵐に背を向けて、リビングから寝室の方に小走りに去っていった。

 ドアが閉まるのを見つめながら、近嵐は、カメラを持つ手が汗ばんでいるのに気付いた。

 1年前、ハナが小学4年生の時の音楽発表会に、近嵐は辿り着けなかった。

 その日は午前中に隣の県に出張があり、出張先から直接小学校に向かう、はずだった。

 しかし、使うはずだったローカル線の電車が、車両に故障が起きて運休になり、振替のバスも渋滞に巻き込まれ、予定の新幹線に乗り遅れた。

 新幹線に乗った時には、もう小学校の下校時間だった。

 「ハナちゃん、泣いちゃって……顔も真っ青だったので、休ませましたけど……。忙しいのは分かります。お父さんお一人で大変なのも分かります。でも、約束の仕方は考えてあげてくださいね」 

 近嵐は、ハナが横たわる保健室のベッドの脇で学年主任の教師から説教されたことを思い出していた。

 本当に、最悪な日だった。

 帰り道のスーパーで、値引きされたおにぎりを買い、二人とも無言で家に帰った後の、ぱさついた米の味が、やけに記憶に残っている。

 毎年、この秋から冬にかけては特に悪いことが起こる。呪われてるんじゃないか、と思うほど。 

 これが初めてではない。3年生の時も、2年生の時も、ハナが来てほしい、と言った行事に限って、近嵐は辿り着けなかった。

 そして、去年の4年生の時、ハナが泣いたのはその時が初めてだった。

 もう二度と、同じことを繰り返すわけにはいかない。あんな悲しそうな顔を、ハナちゃんにさせるわけにはいかない。

 そのために、近嵐は今年の音楽発表会に向けて、入りそうだった全ての出張の予定を調整し、当日は内勤の業務だけにし、部長や金堂、他の調査班の職員にも「この日の午後はいませんから」と丹念に根回しし、昼休みと同時に有休に入る段取りとしていた。

 今年は絶対に大丈夫。

 「音楽会、私も行きます!」

 「へ?」

 「人間のなまえんそうでしょう? 私初めてです! 楽しみです!」

 「いや……お前は家で待ってろよ。関係性を説明しづらいだろ?」

 「えー?嫌です。児童館だって行ってるじゃないですか。「近嵐さんと同居している大学生のメイでーす」って言えばいいんでしょ?」

 「やめろ! 違う! 何か女子大生と怪しい関係みたいになるだろ! 「近嵐の姪で大学通ってます」だ! 説明の順番! そこ大事だから!」

 「むむ……相変わらずこの国の言葉はややこしいですね……まぁ分かりました」

 ***

 「ウガちゃん」

 「ん?」

 「もしも、ね。お父さんと一緒に学校に来るとき、何かあったら……お父さんを助けてあげてくれる?……去年も途中で怪我してて……あの、これ……食べたいって言ってたチョコあげる!……だから…」

 「え、良いの? でもこれ高いやつ…お小遣いで買ったんでしょ? 良いよ別に……私が人間の演奏を聴きに行きたいだけだから。……うー、あー……じゃあ、は、半分もらおうかな」

 「うん! 食べて!」


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