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3. ようやくの自己紹介

 

 完全に居座るつもりの男に、マレはどのように対応すべきか決めかねる。


(無視すれば消えるのかしら。いえ、それなら私が昨夜放置して眠った時点でどこかに行っているはず。何日も無視し続ければ飽きて消えるかもしれないけれど、その前に私がしつこそうなこの男に我慢できなくなるわね)


 であれば、適当に男が求める情報を与えて自ら早々に出て行かせた方が良いだろう。

 大した話もしていないマレを友人認定できるほど社交的な男ならば、外で別の友人をすぐに作り、マレのことは忘れるはずだ。


 ただ問題は、この男が持つ不思議な力だ。

 マレの目的を達成する際に障害になりかねないそれに関しては先んじて対処しておかねばなるまい。近くに置いておきたいとは思わないが、彼の能力は未知数だ。追い出した先でマレに不都合なことが起こらないとは言い切れない。


「いいでしょう、この国での一般常識程度ならば教えるわ。ただその前に、一つ条件が」

「お、願いが思いついたのか?」

「ああ、そうね。では、『この先私が、私の目的を達成するために取る行動を一切妨害しないでほしい』という願いを叶えてくださる?」


 マレがそう告げると、男はひとつ瞬きをしてからニヤッと笑いながら首を傾げた。


「そなたの目的とは?」

「それを言わねば願いは叶えてもらえないのかしら」


 であれば交渉は破綻だというマレの考えを読んだのか、男は「ふむ」と言って首を振った。


「否。良いだろう、そなたの願いは聞き届けた。契約が結ばれたから反故にすることはない。安心するが良い」


(契約……よくわからないけれど、嘘を言っているようには見えないわね。まあいい、あくまでこれは保険に過ぎないのだから。とにかく、この男が今後私に関わらないようにすれば良い)


「とはいえ、そのような願いを期待していたわけではないのだがな……他に願いが思いついたら叶えてやることに(やぶさ)かでないので覚えておけ」

「……あなたはなぜ、私の願いを叶えたいの?それが仕事なの?」


 願いを言えとあまりにしつこいので聞いてみたが、男はきょとんとした顔をした。

 そういう顔をすると普通は多少なりとも親しみやすくなるものだろうが、男の場合は世間知らずの高貴な方という感じになっただけであった。ちなみにそうなるのはマレも同様だが、マレは外で気を抜いた顔など晒したことがない。


「そういうわけではないが。人間は自らの欲望に素直で、それをいかに努力せずに叶えるのかということに固執している。フィラン以外の人間は皆そうだった。カナンサジュをはじめとするフィランとて、私を呼び出すのは知恵を授けてほしいとか天災があったから助けてほしいとか、そのような願いがあったときだ。だから人間は願いを叶えてやるのが良いのかと思っていたのだが。そなたは普通の人間たちと違うのだな?」


 そもそも、先ほどから出てくるカナンサジュが誰なのかこちらはわかっていないのだ。


「カナンサジュとは?」


 男が驚いたように「は?」と言ったので、マレも何がおかしいのかと疑問に思う。


「そなた、カナンサジュの子孫であろう。なぜ知らぬ?」

「子孫?」

「そうだ。その瞳、私と同じだろう?明らかではないか」


 話が全く掴めないが、やはり瞳が似ているのは偶然ではないらしい。


「私の父神が作り出した始祖の民の血を引くカナンサジュ。そしてそなたはその子孫だ」

「……フィラン一族の初代当主はケニン・フィランよ。そして、歴代当主およびその配偶者にカナンサジュなどという名のつく者はいない」

「ああ、そのケニンがカナンサジュだな。カナンサジュは神の与えた名だ。そのまま名乗ることはしないだろう。そなたとて真名と周囲に名乗る名は異なるだろう?」

「…………」


 それを聞いて、マレはその男を軽率に外に送り出す考えは誤っているかもしれないと思った。

 一族の者がマレを除いて誰ひとり生きていない現在、男が今言ったことを知っている者はマレ以外に存在しないはずなのだ。

 マレが不信感を高めるなか、それに気がついていない男は話を続けた。


「そなたの名は?」

「……エメリア」

「うん?そちらではなく真名の方だ。ああ、安心しろ。私は神だからそなたの真名を名乗って良いのだぞ?」


(この男……)


 本格的に関わりたくなくなってきた。なぜあの文言を読み上げてしまったのか。

 昨夜のパーティーでどんな狸や狐と会話をしていても決して微笑を崩さなかったマレが、全てを見透かされているような感覚に本能的な恐怖を覚え、顔を強張らせてしまう。


「…………マレ」

マレ()か。良い名だな」

「……は」


 一瞬動きを止めてしまったマレは、すぐに扇で顔を隠す。


(久々に名を呼ばれた程度で、私はなぜ動揺している)


 マレは強くあらねばならぬ。名など呼ばれる必要はない。人を近くに置くことで得られるものなど、何もないのだから。


「私の名はゼイアルガルディリオだ。よろしく、マレ」

「……ゼイアル、ガルディリオ。古語ね……ゼイラディロム……ゼイロ……息子?」

「おお、よく知っているな。父神の息子だからゼイアルガルディリオ(息子)だ。カナンサジュには安直な名だと言われたな。思わずといった感じで言った後に謝られたが」


 ははっ、と笑いながら言う男を見て、マレは神々の名付けの才を疑う。


「長いからズィでいいかしら」


『息子』と呼ぶのも嫌だし、適当に省略した呼び方を考えると、男は「は」と言って沈黙する。


「……なに?駄目なら結構よ。ゼイアルガルディリオ」

「ああ、いや!いや、構わない!そういうのは初めてだったから、少し驚いただけだ……ズィというのは、最初の音からとったのか?」

「そうね。それに、響きの近いズィーラには突然、急に、という意味があるし、あなたにぴったりだわ」

「ズィーラ。奇跡、か……」

「え?ズィーラって奇跡という意味があるの?あ、もしかして『アンディニヤウェ創国記』第一巻第三章のあの段落ってそういう……」


 意味が上手く通らないと思いながら読んでいた数百年前の書物の謎が解き明かされる。


 マレは思わず部屋を出て、寝室の床のどこかにあるはずの写本を確認しに行ってしまった。


 一方残されたズィは、初めて貰った渾名に呆然とする。なぜか熱くなった頰を押さえ、ソファの上に小さくなるのであった。


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