1. 真夜中の出会い
「さあ願いを述べるが良い!この私がなんでも叶えてやる!」
「帰ってちょうだい」
「——ん?ああ、私としたことが聞き間違いをしてしまったらしい。もう一度述べよ」
「帰ってちょうだい」
聞き間違いではないということを理解した不審者は、美麗な顔に不似合いな間抜けな表情を浮かべ、再度「ん?」と告げた。
***
その日はマレの誕生日だった。
王城で開かれた誕生パーティーの主役として、数時間前までは煌びやかな大広間にて豪奢なドレスを身に纏い、婚約者であるこの国の王太子と共にワルツを踊っていたのだ。
会場に招待されていたのは、近隣諸国の代表や国内の大貴族、政治闘争における各派閥のトップである。
マレに近づくことで自らの権力を強めようとする者には擦り寄られ、国王および王太子を支持する者には微笑みの裏にある侮蔑の視線を浴びせられた。
彼らを相手にするだけでも面倒なのに、今夜は隣国の年若い王がパーティーに参加していた。マレの何に興味を惹かれたのか知ったことではないが、優秀な統治者らしく思考を読むことができない彼と会話をするのには非常に頭を使った。
パーティー会場から退場して自室に戻ることができたのは夜も深くなった頃。すなわち、マレはとても疲れていた。
すぐにでもベッドに入ってしまいたい今、突如室内に現れた人間とは思えない美しい相貌を持つ不審者——彼は実際に自らを神であるとしているが——の相手をする気力はないのである。
「ん?」
「神というのは随分と理解力に乏しいようね。それとも下等生物たる人間の言うことは理解できないということなのかしら。私は帰ってちょうだいと言ったの」
高貴なる令嬢の部屋に見知らぬ男が現れたとなれば、通常はすぐにでも暗殺か夜這いを疑い、声を上げて兵を呼ぶべきなのだろう。
マレがそうしなかったのは、不審者の持つ雰囲気があまりにも浮世離れしており変質者として認識できなかったこと、現時点においてマレを暗殺することで利を得る者が思い当たらないということが主な理由である。
したがって、部屋に兵を呼んでベッドへの道がさらに遠のくよりも、男に自ら、今すぐに部屋を出て行ってもらいたい。
「おお……そなた、言葉の刃を研ぎ澄ましすぎだぞ……そなたが私を呼び出したから現れたのだ。私とてすぐに帰るのではつまらない。なんでもしてやると言っているのだから素直に願いを言えばいいではないか」
「あなたを呼んだ記憶はないけれど、わかったわ。帰ってほしいという願いが駄目ならば願いを変えましょう。私はすぐにでも寝たいの。そしてあなたが今立っている場所はベッドに辿り着くための通路。どいてちょうだい」
「うん?ああ、すまないな——ほら、これで通れるか?」
室内に山と積まれている本や紙を倒さないように移動した男は、持っていた火を吹き消して無言のままベッドに横になり、頭まで上掛けを被ったマレを見て、本日何度目かの「ん?」を発した。
「待て待て待て。まさか『どいてくれ』が願いか?そんな馬鹿な。え?寝てるのか?おーい……」
マレが寝ているのに配慮したのか、あれこれ言いながらも不審者は段々小声になっていった。
マレは「ええ……」という一声を最後に声が止んだのを認識し、疲れすぎると幻が見えるのね、と思いながら睡魔に身を任せた。