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雨が上がり、天使は無事に鳥籠へ。

思い出すのは、あの温かい雨の日。

あなたと出会った、忘れがたい思い出。


思い出すのは、あの温かい雨の日。

運命を知った、取り戻したい思い出。


トップアイドル・観世アミカが突如結婚を発表した。パニックに陥るファン、卒倒するグループメンバー、狼狽するスタッフ、アミカの身辺を探り始めるマスコミ。

必死の調査によってようやく彼女の自宅を突き止めた雑誌記者が中に踏み入るも、そこは既にもぬけの殻で……。

「突然ですが! わたし、アミカは! ずっと大好きだった人と結婚します!」


 トップアイドル・観世(かんぜ)アミカが結婚を発表したのは、彼女の所属するユニット「雨の夕焼けに天使のキスを」の初となる全国ツアーが終わり、万雷の拍手に包まれた中だった。それまでドーム全体を覆っていた拍手は一瞬のうちに止み、あっという間にどよめきへと変わっていった。

 ファンはもちろんのこと、メンバーもスタッフもその兆候を知らなかったためにその場は混乱した。そしてファンたちは与り知らぬことだが、そもそも「雨の夕焼けに天使のキスを」が事務所内でアイドルを目指すうちアミカのファンとなっていた少女たちがアミカをセンターとして戴くために結成したユニットだったこともあり、中にはこの結婚報告を受けてステージ上で卒倒するメンバーもいる始末。


 あまりに幸せそうに、嬉しそうに告げるアミカの顔は、常日頃ファンたちの抱く「クールビューティー」なイメージすら覆すほどに可憐で、その顔を見た誰もが「恋する乙女」と彼女を形容しただろう。それほどにまで想っていた相手と結ばれたなら、それは喜ばしいことなのだろうか。


 祝福すべきか、驚くべきか、悲しむべきか。

 動揺と困惑の渦巻くライブステージの中。


 ただひとり、混乱を引き起こしたアミカだけは恍惚に彩られた満面の笑みで虚空を見つめていた。

 愛おしげに潤んだ紫水晶(アメジスト)の瞳。ライトを浴びて太陽よりも眩く見える亜麻色の髪。

 誰もが目を奪われていたにもかかわらず、その口元がなんと呟いていたか、誰一人として知ることは叶わなかった。


   ● ● ● ● ● ● ●


 芸能界のみならず日本全体すらも揺るがす結婚発表から遡ること半年ほど前。

 日本から遠く離れたリヒトシュテルン王国にある豪奢な宮殿の広間で、ひとりの少女がその麗しい顔を引き()らせていた。

 少女と相対するのは、冷徹な顔を疎ましげに歪めて立つ美貌の青年──アルベルト・リヒトシュテルン。現代においても封建制の存続するこの王国を継承する定めを負った第一王子だった。少女は、吐き捨てるように発せられた言葉を飲み込むことができず、その青い瞳を(しばたた)くことしかできなかった。


「…………今、なんと仰いました?」

「聞こえた通りだが? リーゼロッテ嬢、私は貴女との婚約を解消したいのだよ」


 言っている意味が分からないのか?と問うような声音と眼差しに、少女──リーゼロッテは激昂しそうになるのをどうにか堪え、ウェーブを描く白銀の髪が逆立ちそうな怒りを胃の腑に飲み込みながら、努めて冷静に反論する。

「しかしながら殿下、私たちの婚約は個人でなく両家の結びつき。利害が一致する以上(たが)える余地などないと……そう仰せになったのは殿下では?」


 いや、飲み込めてなどいない。

 少なくとも広間でふたりの様子を見守っている貴族たちには、リーゼロッテの身体から憤怒の瘴気じみたものが噴き上がっているのを幻視することが容易かった。およそ平穏に過ぎていった彼らの生涯の中で、このときほど緊迫した空気は後にも先にも味わいえなかったというほどに。物語の中でしか見ないようなスキャンダルを前にして、そちらを直視することすら躊躇ってしまうほどに。

 そう、隠せていると思っているのはリーゼロッテ本人だけなので、アルベルトにも彼女の怒気は突き刺さるように伝わっている。小さく「ひえっ」と声を漏らしながらも、そこは王子たるもの、対面でも現代の象徴たるSNSでも怒気を浴びることには慣れているのだろう。軽い咳払いで「ひえっ」を誤魔化し、あくまで傲然とした態度で言い返す。


「貴女の家と繋がる利点が、もうなくなったのだ。もしや、貴家は重大なことを身内にすら隠したがる卑賎な家柄なのかな? もうニュースサイトにも纏められているが、貴女だけは知らないとでもいうのかな!?」

「ぐっ……!」


 このボンボン、周りに聞かせるように……!

 記事の差し止め依頼も出しているところなのに、このボンボン!!

 リーゼロッテは内心激しく毒づきながら、ざわめき出す聴衆を鎮める方法を考える。

 だが、勢いづいたアルベルトはそんな隙を与えない。


「お父君がタチの悪い連中に騙されたそうだな! それで貴家の財政状態は完全に破綻しているのではないか!? かつては国家の金庫番と謳われた財務卿、公爵の血筋が泣いているぞ! そのドレスだってよく見たらだいぶ綻びているのではないかなァッ!?」

「この……っ! 言わせておけば……!」


 生来の激しい気性が顔を覗かせるのをどうにか抑えて、今度こそは言葉を飲み込む。

 リーゼロッテだって、アルベルトの人前で暴露すべきではない面をたくさん知っている。何かの漫画でハマったのか寝室には彼自身用のベビー服だらけなことや、ナルシストを拗らせたあまりベビードール姿の自撮りをリーゼロッテに送って、思い出すだけで鳥肌の立つような気色悪い文言まで添えていたこと。いわゆる赤ちゃんプレイに夢中で、気分が入るとリーゼロッテのことを「ママ」と呼び始めること。

 愛情よりも家同士の利害で結び付いている関係とはいえ将来を誓った仲、そういう諸々の醜態を黙ってやっているというのに……!


「当家で対応できることでしたので、余計なご心配をかけたくなかったのですが……。殿下はよほど私の身を案じてくださっているみたいですね? それで婚約を解消なさるなんて、何か不自然な気が致しますが?」

 どうにか言い返すリーゼロッテだが、人には口を開けば開くほど自分の首を絞めるタイミングというものがあり、彼女にとっては今がそれだった。アルベルトは勝ち誇ったように リーゼロッテを嘲笑い、「伴侶とするならより誠実な子女をと思うのは自然ではないかな?」と告げる。

 その段階になって、ようやくリーゼロッテは気付く。アルベルトの背後で俯く、同性であるリーゼロッテすらも庇護欲をそそられる、まだ幼さの残る少女の存在に。


「おいおい、私の妻をそんなに睨まないでくれよ? 権謀術数に長けた貴家なら、何をしでかすかわかったものじゃない! おっと、そんなコネも財力ももう尽きていたんだったかな?」

「アルベルト様、もうお止めください。リーゼロッテ様が、その……っ、」


 慌てたようにアルベルトの腕にそっと触れ、リーゼロッテを一瞥してから目を逸らしたのは、ベアトリス・アイゼンガルド。彼女の祖父にあたる初代アイゼンガルド侯爵が一代で財を成し、その偉業を引き継いだ息子──ベアトリスの父が中心となってリヒトシュテルン王国の近代化政策を推し進めた、王国でいま最も有力とされる家の令嬢だった。

 かなり前に父に連れられて侯爵邸へ赴いたときにはまだとても小さい子だったのに可愛くなっちゃって! 時が経つのはなんて速いのかしら──そんなリーゼロッテの眼差しを知ってか知らずか、どこか申し訳なさそうに目を逸らすベアトリス。


 なるほど、ベアトリス本人はともかく侯爵家ならやりかねない。きっと父が巨額の損失を出してしまったことも、そのことを周囲に気取(けど)られる前にどうにか婚姻を進めようと画策していたことも、何もかも調べて報告したに違いない。

 ……万事休す。

 こうなっては打つ手がないと悟ったリーゼロッテは、勝ち誇ったように笑うアルベルトとすっかり縮こまってしまったベアトリスを一瞥し、広間中の誰もが見惚れるような恭しい一礼をした。

 そして最後に「ベアトリス様」と声をかける。


「は、はい」

「その男、とてつもなく気味の悪い写真を送ってくるでしょうから、画像付きで何かきたらお気を付けて。貴女のその愛らしい瞳があんな汚物に触れるなんて、想像するだけで胸が痛みますから」


 さっきの恨みくらいは返してやるわ!

 かつて王立歌唱大会でスタンディングオベーションをも巻き起こした美声で、リーゼロッテは心からの忠告を送る。


「写真?」

「な、なっ……! ななな、ななな、なななっ!」


 きょとんと首を(かし)げるベアトリス、そして危うく「Bounce with me bounce!」と叫びそうなリズムで色をなすアルベルトを置き去りに、颯爽と踵を返すリーゼロッテ。

 その顔はどこか晴れやかにさえ見えた。


 が。


「参りましたわ……」

 そのわずか数日後、リーゼロッテは困窮した日々を送っていた。公衆の面前で自家の窮状を事実上認めたこと、更にアルベルトを侮辱する捨て台詞と共にまだ挽回できたかもしれない婚約関係を自ら手放したと判断した現当主の叔父により、父もろとも放逐されてしまったのである。


『リズ、さすがにあれは駄目だよ。……すまないが、これも家のためだ』

 憔悴した叔父の声と共に生家を追われ、いま住んでいるのは王都からだいぶ離れた、寂れた地方に用意された集合住宅。住むところを一から探さずに済んだのは、叔父のせめてもの温情だったのだろう。それも酌んで前向きに暮らそうとしたが、ここで問題がひとつ。


 それは何をするにも金銭が必要なこと。

 現代社会では娯楽にすら金銭を要求されるということを、家を追われてほとほと痛感したリーゼロッテ。贅沢な暮らしを忘れられず高い酒を買い漁る父に目眩すら覚えながら、どうにか現状を打開できないものかとネット求人を漁っていたとき、ある広告が目に入った。

 デビューから半時経たずに日本のアイドルシーンを塗り替えたと評判のグループの記事。そのサムネイルに映し出されていた少女に、リーゼロッテは確かに見覚えがあった。


「……アミカ?」

 記憶に甦ったのは、幼い頃に出会った少女。

 家を抜け出して町を散策していたリーゼロッテと、家族旅行中にはぐれたアミカ。出会いは偶然だったが、まるで血を分けた姉妹のように意気投合したふたりは、小雨が降るのも構わずあちこち遊び回った。別れ際なんてお互い大泣きしてしまったっけ。


「……連絡先、変わっていないといいのだけど」


 少し、懐かしい友人の声を聞きたい。

 そんなささやかな願いが更に自分の運命を転がすなど、当時のリーゼロッテには知る由もなかった。

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