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悪辣皇帝と妖精姫の契約結婚

妖精姫と呼ばれるほどに可憐で可愛らしい少女、シェライラ。

しかしそんな繊細な見た目とは裏腹に、彼女は髑髏や竜といった死や暗黒を彷彿とさせる不吉なモチーフが大好きな人間であった。


そんな彼女が目をつけたのが、『悪辣皇帝』と呼ばれ畏怖されているルキウスだ。

威圧的で冷酷に振る舞う彼は、シェライラの作った作品の魅力を引き出すこの上ない逸材であった。


「陛下、私と契約結婚いたしましょう?」

「何を、馬鹿なことを……」


苦労性で色々一人で背負いがちの悪辣皇帝が、見た目サギでマイペースな妖精姫に振り回される契約結婚ラブ・コメディ、ここに開幕!

「わかっているのか。このままだとお前は、(オレ)の花嫁となるのだぞ」

「ええ。むしろ(わたくし)、シェライラ・リンゼはそれを望んでここへやってきたのです」


 そう言ってにっこりと笑う少女を前にして、ルキウス・クルエントゥスは戸惑いを隠せなかった。彼女の反応が、あまりにも自分の想定と異なっていたからだ。

 恐怖に声を上擦らせることも身体を震わせることもなく、彼女は至って自然体の様子でルキウスの前に立っている。そのことが、彼には理解できなかった。



 悪辣(あくらつ)・冷血・暴虐――周囲が自分をどう思っているかなど、とうに承知している。特に『悪辣皇帝』の異名は、今や民衆の口にものぼるほど。


 実際、逆らう者に容赦しない苛烈なルキウスの治世は、血の歴史で彩られている。自らが切って捨てた人間の数も、両の手では到底数え切れまい。

 そんな悪辣皇帝の呪われた緋色(ひいろ)の目に睨まれれば、大概の人間は狼狽えて平常心を失ってしまうものなのだ。


 それなのに。


 あらためて、目の前の少女に目をやる。

 不吉な赤い瞳を向けられたというのに、彼の視線を受けてシェライラは花が綻ぶように可憐に微笑んだ。


「っ!」

 その微笑みに謎の動悸を覚えて、ルキウスは反射的に目を逸らした。

 相手から目を逸らすなど悪辣皇帝の名折れにもなりかねないが、それほどまでにその衝撃は凄まじかったのだ。


(一体……何が起こった?)

 自分の感情を理解できず、ルキウスは呆然と瞠目(どうもく)する。


(『妖精姫』が嫌われ者の悪辣皇帝に向かって微笑むなど、そんなハズが……)


 硬直して動かないルキウスを前に、シェライラは不思議そうに首を傾げる。

 柔らかな金色の髪が肩からこぼていく。可愛らしさと美しさが同居した、どこか儚さを感じさせる佇まい。

 小さくて華奢な身体は、風に揺れる花びらのように繊細で美しい。その背中には、本当に羽が生えているのではないだろうか。『妖精姫』という称号がこれほどまでに相応しい存在もないであろう。

 ――触れたら簡単に壊れてしまいそうな危うさ。手を伸ばすことも許されぬ、汚れなき無垢の化身。



「あらためて申し上げます。このお見合いは、(わたくし)が望んで父にととのえてもらったのです」

 深い森のように澄んだ緑の瞳をまっすぐにルキウスに向けて、シェライラはきっぱりと述べる。鈴を振るような涼やかで心地好いその声には、一切の迷いがない。

 まっすぐに自身に向ける彼女の翠玉(エメラルド)の瞳を覗き込み、ルキウスはその言葉が噓ではないことを悟った。


「何故、そんなことを……?」

「それを語るために、ルキウス様にお見せしたいものがあるのです」


 長い睫毛(まつげ)を伏せ、シェライラは自分の足元に指を伸ばす。それはちょうど、地面に落ちた何かをつまみ上げるような動作であった。

「なっ……!?」

 


 そこから「ここにはない景色」が見えはじめて、ルキウスは驚きの声を上げた。まるでベールをめくってその裏に隠れたものを露わにしていくかのように、彼の目の前に小部屋が姿を見せていく。

 信じがたい光景を前に、ルキウスは思わずうめき声を上げた。


「これは……まさか、魔女の工房……?」

「ええ。そして、そこに並んでいるものを貴方はよく知っているはずです」


 ふらふらと工房の近くまで歩み寄る。ルキウスの紅い瞳に、そこに並ぶ品々が映る。

 猛々(たけだけ)しいドラゴンの描かれたマント、神を(あざむ)くヘビが絡みついた(つるぎ)、堕落を囁くガーゴイルのピアス、毒針を刺そうと尻尾を上げる(サソリ)の指輪、地獄の屍者たちが絡みつく(チェイン)――等々。

 どれも不吉で、相手を不安にさせるものをモチーフにした装飾品だ。



「どうして、これを……」

 それらを、ルキウスはよく知っていた。

 それもそのはずだ。それらはルキウスが悪辣皇帝のイメージに相応しいように自分で選び、身に着けていたものと同じなのだから。


 周囲を威圧し、悪辣皇帝としての印象を強める――そのためにルキウスはわざとそういった振る舞いや外見を演出していた。

 そんな彼が重宝していたのが、魔女の工房で買い集めた装飾品だ。ルキウスにとってこれらは魔道具というよりも装飾として非常に有用な品であった。

 工房の品はどれも冒瀆的(ぼうとくてき)で不吉で邪悪なものばかりで、彼の「悪辣皇帝らしさ」を補強するこの上ない逸品だったからだ。


 一般的に魔女の工房というものは場所が安定しておらず、何度も訪れることはできないものとされている。だからこそ、ルキウスは求めているものが手に入るこの工房に出会えることに己の幸運を嚙み締めていたのだが……。



「陛下には御贔屓(ごひいき)にしていただき、感謝しております」

「まさかあの工房の主人はお前、なのか……?」

「ええ、おっしゃるとおりですわ」

 状況的にはそうとしか受け取れないが、工房の禍々(まがまが)しさと眼前の妖精姫の純粋無垢な愛らしさはどう考えても結びつかない。にこにこと邪気のない笑顔を浮かべるシェライラに、ルキウスは頭を抱えた。


「まさか、妖精姫が魔女とは……」

 魔女とは教会から認められていない、旧き(わざ)を使う女性の魔術師のことだ。彼女たちが扱う口伝の魔術は謎も多く、その威力は一個師団に匹敵するものもあるとすら言われている。

 ただし魔女となれる才能を持つ者はごくわずかなうえ、現代魔術と相性の悪い旧き魔術は敬遠されがちだ。さらに教会から迫害されることもあって、昨今の魔女はずいぶん数を減らしているという。


「で、わざわざ正体をさらして妖精姫ならぬ魔女殿は何が目的だ」

「話が早くて助かります」

 気を取り直して尋ねれば、実は、とシェライラはそっと目を伏せた。

 長い睫毛が桃色の頬に影を落とすさまは、庇護欲を掻き立てるほどに愛らしい。桃色の小さな唇が紡ぐ言葉を、ルキウスは知らず知らずのうちに固唾を呑んで待ちわびる。



「今まで家族以外に告げたことはないのですが……実は(わたくし)、こうした暗黒を思わせる格好良い装飾が大好きなのです!」

 スゥと大きく息を吸ってから覚悟を決めたように告げる彼女の言葉に、ルキウスは咄嗟(とっさ)に反応ができなかった。


「格好良い装飾、とは?」

「ドラゴンや地獄の炎(インフェルノ)、一般に邪とされている生き物など……陛下も(わたくし)の作品をご存じなら、おわかりでしょう?」

 ね、と愛らしくシェライラは小首をかしげてみせる。言っている言葉とその可憐さがあまりに釣り合わなくて、ルキウスはくらりと眩暈を覚えた。


「それで幸いにも(わたくし)、魔女の才能があったものですから。その(わざ)を使って自分の好きなものを生み出すことにしたのです。でも、どうしても一つままならない問題がございまして……」

 憂いに満ちた溜め息を吐き出すと、シェライラは残念そうに自分の身体を見下ろす。

(わたくし)、こんな容姿(ナリ)でしょう? ……どう足掻いてもこういった装飾が絶望的に似合わないのです」

「…………」


 話の流れが見えないルキウスは、沈黙を貫く。そんな彼の反応を気にせず、シェライラはにこやかに言葉を続けた。

「だからこそ、陛下が(わたくし)の作品を身に着けてくださったときは感動しました。(わたくし)の実現したかった芸術がそこにありましたから。それを見て、貴方と共にありたいと思うようになったのです」

「くだらん」

 ばっさりと切り捨てるが、彼女の言葉は止まらない。


「……ねぇ、陛下。(わたくし)たち、相性が良いと思いません? (わたくし)は自分の好きなものを陛下の存在で実現できますし、陛下は陛下で周囲に『悪辣皇帝』の印象を強められますもの」

「なっ」

「ふふ。貴方がわざと『悪辣皇帝』として粗暴に振る舞っていること、気づいていないとお思いでした? そんなこと、貴方が私の工房に来るようになってすぐ気がつきましたとも」


 だから陛下、とシェライラはほっそりとした人差し指を立て、いたずらに微笑む。

(わたくし)と契約結婚、しましょう? ――お互いの都合が、良いように」




 ――明確な同意をしなかったにも関わらず、シェライラは自分の言いたいことだけ言ってしまうとあっさりと帰っていった。テーブルに、署名済みの婚姻届だけを残して。

 それがなければ幻だと思えたのに、紛れもない証拠を前にルキウスは愕然と項垂れる。


「なんなのだ、あの女は……」


 ルキウスの唸り声に合わせて、彼の苛立ちに呼応するかのように黒炎が彼の周囲を走り抜けていく。

 皿を下げに来た使用人が、それを見てびくりと身を竦ませる。それを睨みつければ、使用人はあっという間にその場を逃げ出していった。


 ――ああ、そうだ。本来、自分はこういう怯えと畏怖(いふ)の混じる視線で見られる存在でなければならないのだ。

 家族の復讐のために側近を皆殺しにした自分が国を守るためには、それしかないのだから。寄り添ってくれる理解者が居ないことは、そんな自分への当然の罰なのだから。


 それなのに。


 先ほど会ったばかりの彼女の宝石のような緑の瞳が心からどうしても離れない。まっすぐに自分を見つめ、臆することなく言葉をくれた妖精のごとき可憐な少女のことが忘れられない。


「契約結婚、か……」

 実際、伴侶は迎えねばならないと考えていたところだ。それがやたらと自分を怖がらない相手であれば、確かに何かと都合が良いだろう。

 だが、実のところそんな建前はルキウスの脳内からほぼ吹き飛んでいた。半ば夢に浮かされたように、ルキウスは婚姻届の空欄に自分の名前を記してく。


 ――そのときの彼の思考にあったのはただ、あの新緑のような緑の瞳にもう一度自分が映されたいという想いだけであった。

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