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氷結令嬢を溶かすのは

 社交界でも冷たく表情が変わらなくて氷のようだと噂の氷結姫と『契約結婚』することになった僕、ことパーヴァリ・マッティラは鬱屈した思いを抱えていた。

 どうして侯爵家の跡取りたる僕が、我が家の没落を防ぐ為とは言え『契約結婚』しなければならないのか。

 どうして侯爵家の嫡男たる僕が、婚家のヤロヴィーナ伯爵家に住まなければならないのか。

 どうして入り婿というわけでは無い僕が、ヤロヴィーナ伯爵家で仕事をせねばならないのか。

 今この現状が不満で仕方がなくて、僕は形式上の妻である氷結姫ことレイラ・ヤロヴィーナと関係を築くことなく、幼馴染であるカッコラ男爵家の兄妹と過ごすことを優先していた。

 それが……破滅へと近づいてることに気づかないままに……。

「レイラ・ヤロヴィーナと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 美しい所作で礼をとるけど、その表情はピクリとも動かない。

 艶々としたシルバーブルーの髪にアイスブルーの瞳。

 微笑んだ場面を見たことがないと言われるほどの無表情で僕を冷たくねめつける彼女は……。

 どうやら今日から僕の妻らしい。


「……パーヴァリ。理解(わか)っていると思うがこれは『契約結婚』だ」


「わかっておりますよ。これは没落寸前の我が家に、ヤロヴィーナ伯爵家から金銭的なご支援を受ける為の契約結婚なのでしょう?」


「……理解(わか)っているなら良いのだが……」


 マッティラ侯爵家の当主である父上が苦虫を噛み潰したような顔でそう宣う。

 まったく何が不満だと言うのだろう。

 父上が無能なせいで傾いた我が家を存続させるため、憐れな僕が犠牲になったというのに。

 だいたい誰でもいい『契約結婚』なら、()()当主の僕ではなく弟のアレクシでもよかったじゃないか。

 そのアレクシ本人は、何が不満なのかむすりとした表情を浮かべて僕の隣に座っている。

 

 ……まぁ、アレクシは成人まであと一年あるから仕方ないんだけどさ。

 だとしても一年くらい父上だって自分で持ちこたえて見せればいいのに。

 それが出来ない無能な父上のせいで僕は離婚歴のある男になってしまうじゃないか。


 例え離婚歴があったとしても僕の美貌の前には何の瑕疵にもならないだろうけどさ。


 そもそも、婚姻や血縁で結ばれた縁がないと金銭的な出資に莫大な税金がかかるっていうこの国の法律がおかしいんだよ。

 だからこんな金銭目当ての『契約結婚』なんてものがまかり通ってしまうんだ。


「……リ。……ヴァリ? ……パーヴァリッ!? 聞いているのかっ?!」


「……なんですか? 父上?」


 何やら大きな声を出して品位の欠片もないな。

 赤くなった顔も醜いことこの上ない。

 どうしてこんな顔の男から僕のような美しい人間が生まれたのだろう。

 ……まさか母上?!


「っ!? 聞いてるのかパーヴァリ……っ!! お前はっ! 今日からこちらで世話になるんだ」


 母上の疑惑に思いを馳せていると、再び父上に怒鳴り付けられた。

 て、世話になるっ!?


「……え?! なんでですか?! これは所詮『契約結婚』ですよね?! 契約上の結婚であって実態はないという話でしたよね?」


 もしや氷結姫が僕と本当の夫婦になりたくて、何やら我が儘を言ったのかとそちらを見る。

 氷結姫は顔色一つ変えずカップを傾けていた。

 その隣に座るヤロヴィーナ伯爵は、何が面白いのか笑みを浮かべてこちらを見ている。

 全く、商売で成り上がったと言われている伯爵家ごときが無礼ではないか?


「パーヴァリ、話を聞いていなかったのか……」


 全くお前は……と呆れたように零す父上だが、歴史ある侯爵家を傾けた人間に何を言われても痛くも痒くもない。


「……とりあえず、お前は契約の一年間、こちらの屋敷で生活するんだ。

 ……頼むから……」


 これが最後の……と何か父上が呟いていたが、愚か者の言葉に耳を傾ける暇はない。

 僕はカップに入った紅茶の水面に映る自分の美しさを愛でるのに忙しいのだから。

 肥沃な大地の色の髪に、同じく肥沃な森の木々に似た色の瞳。

 

 どこから見ても僕は美しい。


 その事実に間違いはないのだから。


 



「今日は……その装いで夜会に行くのか?」


 不満げな僕の言葉に、契約上の妻はちらりとこちらに視線を流した。

 相変わらずアイスブルーの瞳は冷え切っている。

 ……全く、僕の美貌に興味がないとは……この女、どこか美的センスがおかしいのでは?


「……何か問題が?」


 シルバーブルーの長い髪を複雑に結い上げ、見たこともない意匠の髪留めで止めている彼女の姿に改めて視線を流す。


「今の流行りと……随分とかけ離れているのではないか?」


 今シーズンの流行りは、たっぷりとしたレースやドレープで飾ったボリュームあるドレスが女性たちに人気だったはずだ。

 なのに今日の彼女の装いは、それと正反対の、すっきりとしたシルエットのドレスだ。

 レースの一つも付いていないそのドレスはとても……貧相に見える。

 元々胸の辺りも特筆すべき部分がない彼女がそんなシルエットのドレスを着ていると、全くもって貧相だ。


 それをそのまま伝えてみても、氷結姫は顔色一つ変えることなく僕を見あげるだけだった。

 そしてドレスを変えるわけでもなく……。


 案の定、夜会に行けば彼女の装いはざわめきを持って迎えられていて。

 僕はなんだか恥ずかしくなって、その場から、彼女から離れていった。


 ちらりちらちと女性たちの視線を感じながら、壁に背を預ける。

 結婚当初はあれやこれやと話しかけてきた伯爵家の知り合いらしい人々がいたが、それも今はこなくなって久しい。

 恐らく僕が侯爵家らしい威厳を持って接したことによって臆したのだろう。

 あれだ、格の違いを見せつけてやったのだ。


 今となっては侯爵家たる僕の威厳に畏怖でも抱いているのか、下衆な人間は近づいてくることもなく、もっぱら夜会では壁を彩る花となっている。


「よぉ! パーヴァリ! 元気にしてるか?」


 そんな僕に臆することなく話しかけてきたのは、幼馴染でもあるヴァイナモ・カッコラだった。


「はぁ……もう疲れたよ。ヴァイナモ……」


「ははっ! 流石の社交界一の色男も、氷結姫のお相手は疲れるってか?!」


 男爵家のヴァイナモは些か言葉遣いが乱暴だ。僕の中でその言葉は美しくないと思っているけど、別にヴァイナモ自身が悪い人間ではないので、そのまま付き合いを続けている。


「そりゃそうさ。僕は侯爵家の跡取りなのに生家を追い出されてさ。

 そのうえ侯爵家の僕に仕事をさせようとするんだよ?」


 信じられないよと呟くと、何が面白いのかヴァイナモはなんだかニヤニヤしている。

 全く他人事だと思って……。


「それで? 侯爵家の跡取り様は伯爵家のオシゴトをしたのか?」


「まさかっ! 僕が伯爵家の仕事なんてする訳ないだろう?!」


 なんで身分の高い僕が下位の家の仕事をしなきゃいけないんだ。

 仕事を押し付けられそうになった日、僕はそう猛抗議をした。そんなの当たり前だろう?

 すると、仕事をするように伝えてきたヤロヴィーナ伯爵付きらしい執事は大人しく引き下がっていったのでこれで良かったのだろう。

 全く馬鹿にしているっ! そもそも僕がヤロヴィーナ伯爵家に滞在しているのもおかしな話だと言うのにっ!


 そんなことを怒りと共に思い出してると、ヴァイナモの後ろから僕に声を掛ける人物がいた。


「パーヴァリさまっ! お会いできてうれしい!」


 そう言ってニコニコと微笑むのは、ヴァイナモの妹でもあるマルッタだった。


「やぁ、マルッタ。久しぶりだね」


 社交界でも評判の僕の美しい顔で微笑むと、マルッタの顔は熱に浮かされたように赤くなった。

 そうだよこの反応だよ。

 僕が微笑んで見せても、ちっとも見惚れない氷結姫がおかしいんだ。


 朝の挨拶をした時に微笑んでも、ピクリとも表情を変えなかった契約上の妻に苛立ちが募る。


「そういえばパーヴァリさまぁ。また助けていただきたいの……」


 大きな菫色の瞳を潤ませて、マルッタが僕の手を取る。

 ドレスから零れ落ちそうになっている胸の前に僕の手を引き寄せて、マルッタが悲しそうに僕を見上げる。

 流行りのレースが沢山ついたドレスは、彼女の蠱惑的な胸元を程よく覆っていて、清楚な中にもドキリとする色香が漂っていた。


「マルッタ……今度はどうしたんだい?」


「あのね……お父様がまた……」


 そう言って僕の手を握り締めたまま俯いてしまったマルッタの肩を引き寄せて、ヴァイナモに目配せをする。

 ヴァイナモは心得たように頷くと、夜会会場に用意されている休憩室へと三人で向かうことにした。


 それが……破滅へと近づいてることに気づかないままに……。

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