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魔法世界の法律家

魔法世界で起きる契約を司る、魔法弁護士、赤毛のユリアン。契約は絶対、不履行した契約者には呪いが降りかかる。そんな世界で、正しく契約を行わせる魔法弁護士は大忙し。

今日も借金の肩代わりとして不幸な契約結婚が行われるらしい。契約書の文言を確認するために、正しい契約履行のために、魔法弁護士ユリアンは結婚式場に向かう。

「ほ、ほ、ほ。これで、やっと可愛いかわいい子猫ちゃんは 俺の物だ」


 いままで必死に隠してきた心の声を、心置きなく口にできる、そんな嬉しさがこみあげてくるのを抑えきれることができないのか、脂ぎった男の口角は上がったままだった。

 王国一番の貸金業を生業とし、金さえあれば国王をも自由にできるとうぞぶく男は、はちきれんばかりの腹回りを抑えながら、契約書の署名欄に新郎の名前としてアルフレッド・グリーランドと書き込んだ。


「それでは次に、新婦側の署名欄に名前を書いてくださいね。メアリー・クルックス」


 真っ赤な長い髪を頭の後ろに丸く束ねて、丸メガネの奥に輝く緑色の優しい目が、これから契約結婚をする相手の女性に対して署名をうながす。

 彼女はこの国の唯一の法律家で、この国で行われる全ての魔法による契約をつかさどる魔法弁護士である赤毛のユリアン。


 メアリーの実家クルックス男爵家は、金貸しアルフレッドから膨大な借金をしてしまい、もう返すことができないほど追い詰められていた。そこで、王国一の金貸しは、前から言い寄っていた男爵家の金髪の娘メアリーを差し出せば借金を帳消しにすると迫る。


 ──その結果が今日の契約結婚式となった。


「ぐふふ、メアリーちゃん、早く書類に署名して俺と結婚の契約をしないと、俺の気が変わって男爵家が借金で破産しちゃうよ。ほら、手伝ってやろうか」


 脂ぎった手が、銀色の髪をゆらし署名欄を前にちゅうちょしている女性の手に近づく。


「あらあら。新郎は、まだ新婦に触らないでください。まだ契約上は夫婦ではないのですからね。契約はちゃんと守って頂かないと、法律家としては困ります」


 赤毛の女性ユリアンが一言添えながら、銀色の髪の女性の手に触ろうとした脂ぎった男性の手をやんわりと遮る。


「結婚契約書の最初の文章、ちゃんと目を通してくださいましたか? 『第一条、結婚の契約前に新郎は新婦にみだりに触れてはならない』、と書いてありますよ」


 新郎新婦の眼前、結婚式場に備え付けられているきらびやかな装飾を施した机の上には、結婚のための契約書が置かれている。その中の一文を示しながら、赤毛の魔法弁護士が中身を確認するように読み上げる。


「契約書に書いてあることを守って頂かないと、法律家としては黙っているわけにはまいりません。それにこの結婚は、契約書に魔力を込めた、魔法による契約であることを忘れないでください。すなわち、契約を違反した者には、契約を破ったペナルティとして呪いがかかりますからね」


 赤毛の女性弁護士ユリアンの淡々とした言い方に、どさくさに紛れて女性の手を触ろうとしていた男は、驚いた顔をして、ぶくぶく太って脂ぎった手を慌ててひっこめる。


「メアリー、分かっているな。この結婚が成立しなければお前の実家は破滅するのだぞ。ほら、契約書にはちゃんと『財産の半分は妻のものになる』と書いてあるだろう? 俺が嘘をつくわけが無いし、契約書には逆らえないのだから安心しろ」


 男は契約書の文面をメアリーに示して、署名を急かす。


「結婚式を終えて夫婦になれば、今夜からはもうお前は俺のものだ。今日から二人だけの楽しい夜を過ごそうな」


 男は満面の笑みを浮かべて、今夜からの夫婦生活を想像し上気して赤くなった頬にテラテラと浮き出る光る汗を、家紋入りの絹のハンカチで乱雑に拭きとる。


 契約書をいつまでも眺めていた銀色の髪の女性メアリーは、契約書のある文面を見つけて、ハッと振り返り赤髪の女性と視線を交わす。

 赤髪の魔法弁護士ユリアンは、メアリーが契約書の文面に気が付いたのが嬉しいのか、誰にも気が付かれないようにそっとうなずく。


 魔法弁護士がうなずいたのを見て、安心したのか、銀色の髪の女性はやっと新婦の欄に自分の名前を書き入れる。

 すると、その契約書は鈍く光はじめ、契約の成立を表すように金色の指輪が二つ現れる。


「二つの署名欄に契約者のサインが入りました。コレでこの契約はたった今から有効です。あとは契約の証である指輪を相手の指にはめて、生涯の愛を誓い合ってから、お互いに接吻を交わして下さい」


 脂ぎった男は、嬉しそうに誓いの指輪を手に取ると、緊張で震えている新婦の指にそっとはめる。

 それから、我慢できないかのように唇を新婦に向ける。


「新郎はまだ接吻をしないで下さい。それよりも先に契約の証である指輪を! 新婦は契約の指輪を、魔法の契約が成立した証である金の指輪を新郎の指にはめて下さい」


 赤毛の魔法弁護士ユリアンは、我慢できず銀色の髪の女に接吻しようとする、ぶくぶくに太って脂ぎった男アルフレッドに大きな声で注意する。

 それから、契約書の傍にある指輪を手に取ると銀色の髪の女性にそっと手渡す。そして、脂ぎった男の手を取ると彼女に指輪をはめるように促す。


 赤毛の女に促されるように、銀色の髪の女性メアリーは脂ぎった男の手を嫌そうにつまむと、観念したかのように、その指に指輪をはめようとする。


 ──しかし、男の指が太すぎて指輪が入らない。


 銀色の髪の女性は、最初は恐る恐る、でも、最後は必死になって、何回も試してみる。しかし、男の太くてぶよぶよした指には、契約の証である金色に輝く指輪が入らない。


「ちょっとかせ!」


 最初は銀色の髪の女性に手を触られて嬉しそうにしていた男も、事態の重大さに気がついたようだ。顔色を変えると、銀色の髪の女性から指輪を奪い取り、必死になって自分の指にはめようとする。

 薬指にどうやっても入らないとみるや、小指まで使ってグイグイと無理やりに差し込もうとする。しかし、指の周りに付いたぶよぶよの脂肪やたるんだ皮膚は、指輪の侵入をガンとして拒む。


 最後には、カナてこを持って来て金色に輝く契約の指輪の穴を無理やり広げようとする。しかし、魔法で生まれた契約の証である指輪は、どんなに力を込めても、穴の大きさが広がることは無かった。


「アルフレッド、どうしました? 契約は成立したけれど、証である指輪をはめられないのは、貴方の責任ですよ」


 赤毛の女、魔法弁護士ユリアンは脂ぎってぶくぶく太った王国一番の金貸し男であるアルフレッドに問いただす。


 指輪を指にはめなければ、契約の不履行にあたると。不履行の原因は貴方だと。不履行の呪いを甘んじて受けるかと?


「ちょ、ちょっと待て。なら、この契約を破棄する。この契約結婚は無かったことにするぞ。男爵家がどうなろうと、そんなの俺の知ったことじゃないからな」


 金貸し男アルフレッドの返事を聞いて、赤毛の魔法弁護士ユリアンは、ニコリと笑う。


「契約書をちゃんと読んだ上で言ってるのよねアルフレッド。契約結婚を破棄した場合は、男爵家に対する借金も全て破棄するって、最後の条項に書いてあるから。その条項もちゃんと履行してね」

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