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その依頼、謹んでお受けいたします。

生活総合ギルドで働くエレーネは後輩のシャルルに結婚依頼を出さないかと提案される。依頼を介した契約結婚の行方は⋯⋯。

 世界中に存在する生活総合ギルド。そこは脅威や素材となる魔物の討伐、薬草採取、商品の発注や仲介、家事手伝いなど、生活に関わる事ならなんでも依頼できる組織で、内容に応じて冒険者部門、商業部門、生活支援部門と分かれている。


「マリーさーん! この書類をギルド長までお願いしまーす!」

「おっ、トムさん。ちょうどよかった。これ生支からの依頼だったアセロ草です。一緒に持って行ってください」

「トムさーん! こっちの木箱も宝物庫に運んでおいてもらえるー?」

「力仕事を全部オレに頼ってんじゃねーよ! まったく。宝物庫にはあとで行くからそこの隅に置いておいてくれや。それと――てめーら次からは自分で運びやがれ!」

 

 そんな生活総合ギルドの朝は早い。ここ、地方都市バルメシアでも日が昇り出した頃からギルドの中から様々な怒号や物音が聞こえる。私、エレーネが所属する冒険者部門でも刻一刻と迫る営業準備に追われていた。


「うーん、アオパカッソの生息地は……ミドリ平野だっけ?」

「シャルル、違うわ。アオパカッソはベルナ湿地で地図はB-3の棚よ」


 魔物の素材依頼はどのような入手手段でも問題はないが、生息場所がわからないと依頼を受け辛い。そこで冒険者に生息域などを教えるのも冒険者部門で働く職員の仕事となっている。生息域への地図の準備をしていた新人のシャルルはまだ色々とうろ覚えのようで、すぐ近くの机で作業を行っていた私は棚を指さしながら教える。

 

「エレーネさん! ありがとうございます!」

「それとパカッソの討伐依頼なら月照花の採取依頼が入ってるからセットで紹介できるように覚えておいて」

「あっ! 月照花もベルナ湿地で採取できるからですね! わかりました!」


 元気よく返事をしたシャルルはすぐさま地図をコピーしたり月照花の情報を集めてメモを取り始める。そんな新人が一生懸命働く傍らで、よく見知ったツインテールが裏口から外へと出ていこうとしているのを目撃する。


「サリナ! どこに行く気? 依頼書の張り出しはもう済んだの?」

「エレーネ先輩!? あははは……すみません、ちょっとだけお手洗いに」

「そっちは裏口――言い訳するならもっと考えなさい」

 

 依頼は緊急のものでない限りは遅番の職員によって仕分けされて各部署へと翌朝に届けられ、張り出しをおこなうのだが……後輩のサリナがその仕事を終えずにどこかに行こうとしているのを目撃してしまい声をかけた。

 

「……はぁ。そういえばカノンくんって今週は遅番なんだっけ? やっておくから貸しよ?」

「ありがとうございます! 今日、実は私の誕生日で――」

「いいから。さっさと彼のところに行きなさい。話は戻ってから聞いてあげるから」

 

 商業部門で働くカノンとサリナは幼馴染で恋人関係である。普段は二人とも仕事とプレイベートはしっかりと分けており、職務時間外に逢瀬を重ねているのは有名だ。彼が遅番だったのを思い出した私は、どうしてもの理由がありそうだと思い、貸しという形で仕事を引き受けるとサリナはとても嬉しそうに裏口へと駆けていった。


「ちょっとエレーネ。サリナに甘すぎじゃない?」

「そう? とても純粋で微笑ましいと思うけど」

 

 真っ赤な長い髪が備品の確認をしている私のすぐ後ろで止まり、書類を漁りながら話しかけてきた。

 

「確かに微笑ましいけどさー、なんていうの? 別に嫉妬ってわけじゃないんだけど、こう、焦り? 焦燥感とかいうほどじゃないけどそういうのに襲われない?」


 こう……こう、と人差し指で頭を叩きなんとか捻りだした。私と彼女、マリーは冒険者部門の所謂お局で、先輩や他の同期たちは既に寿退社済みだからだ。一心不乱に働いて、気が付いたら20代後半。焦燥感というほどのものでもなく、そろそろいい人と結ばれたい。私たちが抱いているのはそういう願望程度のものだった。

 

「まあ、私もあんたも現状にそこまで不満もないし――なんだかんだでこの仕事がお互いに好きだからねー」

「そう思うなら私なんかに油売ってないで働いてくれる? マリーまでサボられたらさすがに間に合わないから」

「あ! そういえば昨日、ダンジョンで悪魔との契約書が見つかったらしいよ。なんでも願いが叶う契約書だとかなんとかって噂好きの子たちが話してたけどどう思う?」


 私の小言を無視してマリーは一人で話続ける。聞くところによると見つかった契約書は商業部門の鑑定師が調べたところ本物ということらしい。

 

「悪魔に結婚でも願ってみようかしらね――っとこれこれ。まったく、ナンシーにも手がかかるわ」

「契約結婚なんかしなくても、あなたのことを理解して一緒になってくれる人がきっとすぐに見つかるわよ」

「そう言ってくれるのはエレーネくらいだけどね。さてとー! じゃ、私はギルド長のところ行くからあんたも頑張りなさいよ」

 

 そう言いながら探していた書類をヒラヒラとさせてマリーはギルド長室がある二階への階段を昇っていった。 


「はぁ――。まったく、甘いのはお互い様でしょ」


 経理担当の彼女が冒険者向けの書類棚へと何もないのに来るわけもなく。数日前まで冒険者に同行していたナンシーの名前が出てきたことから経費の申請書類で彼女が不備を見つけて修正するために動いていたようだった。


「あ、あの――エレーネさん! その……わたし、マリーさんとの話を聞いてしまって」

「シャルル、もしかして結婚の話?」

「はい。えっと、これ言っていいかわからないんですけど……エレーネさんって冒険者の方たちに凄く好意を寄せられているのに気付いてらっしゃいます?」


 再び自分の仕事に集中しようとすると今度はシャルルが話かけてきた。言いにくそうに言葉が詰まっている様子から励ましの言葉が思いつかないのかなと思っていると、視線を左右に振りながら遠慮がちに彼女はとんでもないこと言いだした。

 

「そんなことあるわけないでしょ? 私はあなたのように可愛らしくもないし、受付に座っていても誘いを受けたことはないもの」

「そういうところですエレーネさん! そうやって全部お世辞にしていつも受け流してるじゃないですか! アレンさんなんかどう考えてもエレーネさんに気がありますよ!」


 まだ若いシャルルは社交辞令というものを知らないのだろうと説明してみても一向に引く気配はなく、冒険者の人たちの中に私に好意を抱いている人は何人もいて、S級冒険者のアレンが抜け駆けをしないように止めているというさすがに笑えない冗談まで出てきた。


「確かにアレンさんとは駆け出しのころからの長い付き合いだけど、それはさすがに憶測が過ぎるんじゃない?」

「普段は頼もしい先輩なのに残念すぎる……いいでしょう、そこまでいうなら! 匿名でいいのでアレンさんに結婚の依頼を出してください! お金なら私が出しますから!」


 シャルルは手に持っていた一枚の白紙の依頼書を私の目の前に置いた――というより叩きつけた。


「本気? S級冒険者への依頼金は危険度0でも10万ゴルドするわよ?」

「もちろん本気です! もし受けて貰えたらお二人にそれ以上のリターンを求めますから。その時はよろしくお願いします」


 冒険者部門における依頼というのは依頼の手数料として依頼契約金を支払い、内容を依頼書に書いて報酬予定額を預けることで受理される。そして、依頼契約金は依頼書の金額に含まれていた。

 

「……はぁ、わかったわ。それで満足するなら」


 シャルルからの匿名でいいという提案は私の名前を出して冒険者部門が変な空気にならないようにする彼女なりの配慮とも考え、匿名で依頼書を書いていく。


『指名依頼:S級冒険者アレン様 依頼者:匿名女性 依頼内容:依頼者との結婚 報酬:1,000万ゴルド』


「こんな感じでどう?」

「エレーネさん……この高額過ぎる報酬は?」

「貯金額の半分よ。どうせ掲載期限切れで破棄されると思うけど、あなたが本気で依頼するなら私も本気にならないとね」


 指名依頼を頼むと別でお金がかかる。S級ともなれば彼女の月収並だ。そこまでしてもらって本気にならないのはシャルルとアレンに失礼だと思った。


「じゃあ私が受理してマリーさんに持っていきますね」

「はいはい。結果は目に見えているけど期待して待ってるわね」



 

 この依頼は即受理され、数時間後には掲示板に貼られた。


「この依頼受けたいから手続きよろしくー。ナンシーはどっちに賭けてる?」

「私は依頼を受ける方」

「ちなみにエレーネさんは?」

「受けない方って聞いたよ」


 面白そうだとすぐに賭けが始まって⋯⋯指名依頼を受けるに私以外の全員が賭けてシャルルのいうことが信憑性を帯びてきた。


「エレーネさん! 噂をすればさっそくですよ!」


 燻し銀の髪をした貫禄のある男、アレンがやってきた。彼は普段とは違う視線を一身に受けて不思議そうにしながらも、指名依頼に気が付いて理由を察したようだ。


「あっちって依頼スペースですよね?」

「そうね。それはそうと依頼書を剥がさなかったから私の勝ちね」


 依頼書を見るだけ見て剥がさずに、本来の目的を済ませようとしているのだろう。勝ちの確信とやっぱりという落胆で少し気持ちが落ちていく……そんな時――何か彼と目があった。


「エレーネさん! こっち来ますよ!」


 興奮したシャルルが横で騒がしいが、どういうわけか私の心臓も騒がしかった。


「アレンさん、こんにちは。今日はどのような依頼を受けられますか?」

「すまない。受注しに来たわけではないんだ」


 ほらやっぱり。そう思うと心臓の鼓動は落ち着きを取り戻した。

 

「この依頼を頼みたい」

「かしこまりまし――」


 依頼スペースで書いていた先ほどの依頼書を受け取り、文字を追い言葉が途切れる。


「筆跡ですぐに君だとわかった。賭けてるみんなから巻き上げてハネムーンなんてどう?」


 嬉しそうな彼の笑顔が眩しい。


 私の依頼書と内容そのままなそれは依頼者がアレンに置き換わっており、報酬に『愛』が加わり――指名依頼の欄には『エレーネ』と書かれていた。

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