表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/18

化け物閣下は案外純情

 七歳の洗礼で魔力なしと判定されてから、セレスティナは辛い立場に置かれていた。結婚で家を出られる日を心待ちにし、なんとか耐えしのぐ日々。

 ようやくやって来た縁談の相手は、化け物と呼ばれる辺境伯であった。

「セレスティナ、お前の嫁入りが決まった」

「あら。出発はいつです?」


 なんなら明日だって望むところだ。


「お義姉(ねえ)様ったら、お相手の名前くらい聞かないと!」

「ええ、そうよ。あなた、一体どこの殿方が()()を貰ってくださるのです」


 興味半分、嘲笑半分といった表情の義妹(いもうと)は今日もたいそう豪勢なドレスを(まと)っている。スカートの刺繍が素晴らしいから、後で思い出せるようしっかりと目に焼き付けておこう。

 これ、と扇子の先で私を指した義母は目をぎらつかせ、もし万が一優良な家ならすぐさま義妹と入れ替えてやろうと考えているのだろう。何かと表情に出過ぎなのだ、彼女は。


「ヴォルティチェ辺境伯だ」

「──ひっ!」

「まあっ!!」


 父の言葉に義母は気を失い、義妹は大層嬉しそうに笑いながら手を叩いた。


 ヴォルティチェ辺境伯は二十年ほど前、我が国に併合された小領地の領主だ。ヴォルティチェは元々独立した国の形をとっていたらしい。我が国と、隣接する帝国に挟まれたほんの小さな土地である。けれどその歴史は驚くほど長く、不思議なほどに安定した治世を築いてきたという。他国からの移住者は受け入れていなかったためか、その内情は全く知られていなかった。それが突然併合を求めてきたものだから青天の霹靂というものだ。

 書簡を受け取り、ひとまずは聞き取りだと向かった使節団はさぞや驚いたことだろう。


 ヴォルティチェに住んでいたのは、人間ではなかったのだから。




 突然だが、私には前世の記憶がある。幼い頃に父を亡くし、母ひとり子ひとりで苦労しつつもなんとか生活していた。私が幼い頃は昼間のパートと夜の水商売を掛け持ちし、働き詰めだった母。私も高校を出てからは近所の建築会社で事務員として働き始め、二人分の稼ぎでようやく楽になるかと思っていた矢先。長年の激務がたたり母は病に倒れてしまった。なんとか治療費を捻出するため、私も母と同様水商売を掛け持ちして必死で働いた。昼間は気性が荒い職人さんたちに怒鳴られ、夜は私の胸元をねっとりした視線で品定めする男たちに媚を売って。おかげで青春と呼べる時期は瞬きをする間に過ぎ去り、闘病の末母が亡くなると私も気が抜けたのか、あっさりと死んでしまった──のだと思う。


 気付いた時にはセレスティナとして生まれ変わっていた。

 前世の母が生きていたらまた違ったのかもしれないが、きちんと葬儀まであげられたから正直言って未練はなかった。すっかり心も身体も疲れ切っていたし、子供として寝たり遊んだりして生き直せるなら休めてありがたいなと思ったくらいだ。

 私から見た今世の両親は貴族の政略結婚らしく、事務的で距離のある関係だった。仲の良い家族に憧れなかったかといえば嘘になるけれど、そもそも私は前世含めて温かい家庭を体験したことがない。知らなければ、焦がれたりなんかしないのだ。

 黙っていても食事が出て来て、暖かい屋根の下眠れ清潔な服だって与えられて。それだけで十分幸せだと思っていた。けれど人というのは徐々に慣れ、贅沢になっていくものなのだろう。

 

 貴族の子供は七歳で必須の洗礼を受ける。教会でなにやら球に触れると、魔力のある者はそれが光るのだそうだ。言われるがままに私はそこに触れ──球は一切光らなかった。

 その年、母は離縁され家から出て行った。代わりのように現れたのがこの義母と、一歳しか年の変わらない義妹というわけである。後に分かることだが、この義妹はしっかりと球を光らせたそうだ。私抜きで盛大なパーティーが開かれたことはしっかりと覚えている。

 食事は黙っていても、貰えた。その内容は随分と質素になりはしたが。温かい屋根の下でも暮らせている。部屋は日当たりの悪い場所に変わり、寝具などの質も悪くなったけれど。清潔な服は、少々怪しいところか。それまで与えられていたような貴族令嬢らしいドレスは全て義妹の元へ行き、平民が着るような簡素な服が与えられた。洗濯を頼めるような使用人も来ないので自分で洗っている。前世のような洗濯機などないので、きちんと洗えているのかはいささか疑問だ。

 今の暮らしと前世の暮らしではどちらがマシか、としばしば考える。比べられるものではないが、少なくとも今はまだ健康で年も若い。母が離縁されても私が残されたということは、魔力がなくとも政略結婚には使えると判断されたということだ。それが分かってからは、この家を出られる日を今か今かと待っていた。持っていく荷物もほとんどない。大切にしていたものは全て取り上げられてしまったし、一番大事な母の思い出は胸の中にある。


 これから行くのが人ならざる者の地であっても、その思いは変わらない。




「初めまして、ヴォルティチェ辺境伯閣下。本日よりこちらでお世話になります、カルド伯爵家が娘セレスティナでございます。どうぞよしなに」


 行きの馬車はしっかりと厚いカーテンが引かれていたし、この城についてからも誰かとすれ違うことはなかった。部屋に通されてからはマナー通りに視線を下げているから、まだ辺境伯閣下の姿は見ていない。が、ここから見える足はしっかり二本あり、綺麗に磨かれた革靴を履いている。サイズは結構大きくて三十センチくらいありそうだ。となると、身長も大きいのだろう。衣服も見慣れたものと変わらないし、まず()()()であることに安堵した。さすがにクリーチャー的なのはちょっとあれかなと思っていたので。

 義妹は私が家を出るまでの数日間、旅支度をする私の元を何度も訪れては勝手に囀っていた。曰くヴォルティチェ人はたいそう(おぞ)ましく、不気味な姿をしているのだとか。また過去の不自然な併合は、()()に支障をきたしたヴォルティチェ人が人間(わが国)の若い女を孕み腹に使うためなのだとか。気に入られなかったハズレの()()は、餌として骨ごと食い尽くされるのだとか。魔力なしの義姉が化け物の元に嫁ぐのが楽しくて仕方がないのだろう。内容の真偽はともかく、ある程度心構えができたのは良かったと思う。準備なしに驚いた顔など見せたらきっと失礼になってしまうだろうから。


「──顔を上げよ」


 お腹に響くバリトンボイスは非常に魅力的だ。言葉も一緒。コミュニケーションが取れるのはありがたい。ゆっくりと姿勢を正し、閣下の姿を視界に入れる。

 まず目に入ったのは、鮮やかな蛍光グリーンの髪の毛だった。真っ直ぐ艶やかで、内側から発光しているようにも見える。そしてそのお肌の色はベビーピンク。ふと前世にショッピングモール内で見かけた『ミニブタカフェ』の子豚ちゃんを思い出した。外の壁がガラス張りになっており、客がミニブタたちと戯れる様子が見られたのだ。


「まあ……」


 小さく感嘆の声を上げた私に、閣下は鼻を鳴らした。


「見ての通り、私はこんな(なり)だ。今回上から無理やり押し付けられたため機会を設けたが、実際其方を娶ろうなどとは思っておらん。安心せよ」

「えっ、困ります!」


 せっかくあの家を出られたのだ。置いてもらわねば困る。


「閣下が仰る問題点はその見た目だけですか? 暮らしていく上で私たちと何か違う部分は?」

「……よく食べる、くらいか」

「それはお肉や野菜ですよね? あっ、私を食べたりなんかは……」

「しない!」


 なら何の問題もないではないか。


「ではひとまず、お互いを知り合うことから始めませんか? まずは、友人から。契約上夫婦にはなりますけれど、閣下が望まぬ限りそのような振る舞いはいたしませんわ。衣食住だけお世話になれたらと思うのですが……私に出来る仕事があれば、いくらでもいたしますので」


 自慢じゃないが、私の刺繍の腕はプロ級だと思う。前世貧乏だったため繕い物は日常的にやっていたし、今世は生活にかかる資金を捻出する為にも小物に刺繍を入れて売っていた。母が出ていく前に教えを受けていて良かったと思う。趣味でもあるし、妹が着ていたドレスの刺繍も真似出来るだろう。


「しかし、君は……」

「私、家族と折り合いが悪いのです。義母は私が出戻ったら間違いなく修道院へ入れるでしょう。まだ若いですから、私もっと色々なものを見て回りたいのですわ」

「それなら、我が領で一市民として暮らすことも出来るだろう」

「閣下も結婚を急かされているのでしょう? でしたらひとまず私が妻でも良いではないですか。それとも想う方がいらっしゃる?」

「いない!」

「良かったですわ。では、まずお友達になりましょう!」


 掬い取った閣下の手は私の手よりふたまわりも大きく、爪は紫色だった。ネイルみたいで可愛いわ。私の手を潰さないようにかそうっと触れた閣下は、そのベビーピンクの頬を僅かに濃く染めた。照れてらっしゃるのかしら。

 前世では様々なコンテンツに触れる機会があった。映画のCMやチラシなど至る所に貼られている。その記憶がある私からすれば、閣下は全然人間と変わらない。多少色味が違うくらいなんだというのだ。魔法とかいう不可思議な力の方がよほど理解できない。よく見ればそのお顔は精悍だし、恐々私の手に触れる様子から暴力性なんて欠片も感じない。


 きっと私は、この方を好きになれるだろう。であれば、私も好いていただけるよう努力するだけだ。


「ではまず、契約の条件を詰めましょうか。すべきこと、すべきでないこと。教えていただけますか?」

「……君は私のことが、怖くないのか」

「ええ、全く! いつか閣下に似た赤ちゃんが生まれたら、たいそう可愛らしいでしょうね!」


 ベビーピンクの赤ちゃんなんて愛らしさしかない。深く考えず口にしてしまったが、ぎくりと身体を強張らせた閣下は耳まで肌の色を濃くしていた。案外初心なのかもしれないわ。


「まずは名前を、呼んでもらえないだろうか……妻、になるのだし……」


 どうやらひとまず契約結婚の形をとることは認めていただけたようだ。これから沢山話し合って、良い関係を築いていきたい。

 この方とならきっと、出来る気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
投票フォーム
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ