契約結婚のはずなのに!?〜へっぽこ薬師、幼馴染の腹黒王子にロックオンされる〜
薬師のアナベルは、ペットのミュラーに茶化されながら、小さな町で薬局を開いている。彼女の祖父は、王室お抱えのエリート薬師をしていたが、五年前の事件をきっかけに職を退いてこの町で開業した。その祖父も半年前に亡くなり、アナベルが跡を継いだが、全盛期よりも客足が遠のき悶々とする日々。そこへ、幼馴染の第三王子、ユリシーズが五年ぶりに訪ねてくる。そこで、彼は「弟の死の真相を確かめるために王宮に戻ってほしい。その口実として契約結婚しよう」と突拍子もない提案をする。第四王子の死の責任を取らされる形で辞職した祖父の名誉を回復しようと言うのだ。面食らうアナベルの前に、今度はミュラーが人間の形に変身!訳が分からないまま、アナベルの日常は一変。王宮入りして真相究明に取りかかるが、魔術師の正体を表したミュラーに翻弄されたり(本人は手伝っているつもり)、ユリシーズに執着されたり、忙しない日々を送ることになる。
小さな街の一角に佇む小さな薬局。そこでは、まだ二十歳にもなっていない若い女性が一人で店番をしていた。
「アナベルさんや、腰痛の薬を取りに来たよ」
「はいはいただいまー! ええと、これですね? 十日分で一五〇〇デナになります」
「ちと高くないか? 他の店は一三五〇デナなんだが。これでも先代から贔屓にしてるんだけどなあ」
「その分効果は折り紙付きです! 王宮専属魔術師だった祖父直伝の鎮痛薬ですからね! またどうぞ!」
前の方が効果あったような……とぼやく客を適当にあしらってから、アナベルは店のドアを閉めた。ほっとため息をついてから一人になったところで堂々と口にする。
「まったく! 鎮痛剤にコモロン蛇の皮を使ってるのはうちだけよ! どれだけ切り詰めてると思ってるの? 何かにつけておじいちゃんと比べるし! 若い女だからって舐めないでよ」
「前より客が減ったのは事実だけどね〜」
痛いところを突かれて、うっと言葉に詰まる。この、遠慮のないツッコミは頭の上から聞こえてきた。アナベルが、口をへの字にしてまなじりを上げると、七色の尾を持ったムクドリほどの大きさの鳥が飛んできてちょこんと肩に載った。
「うるさいわね、ミュラー。減らず口をやめないと丸焼きにするわよ!」
「おお、怖い怖い。これじゃ、薬師どころか魔女ですねえ〜」
「本気だからね、今日という今日は!」
そう言って掴もうとするが、ミュラーは素早く飛び立って、アナベルの捕獲から逃れた。まったく、すばしっこくて一度も捕まえられたことがない。これでも、子供の頃から飼っていて相当な年のはずなのに。
アナベルが、薬師の祖父と一緒にこの町に来て五年が経つ。王都にいた頃は、祖父のベンジャミンは、王室専属の主任薬師をしていた。
主任薬師と言えば、とりわけ優秀な者しか就けない花形ポスト。物心つく前から王宮に出入りしていたアナベルは、華やかな宮廷と王都の喧騒に囲まれ、賑やかで楽しい日々を過ごした。優しい祖父はアナベルを大層かわいがり、薬師としても尊敬すべき師匠だった。
転機が訪れたのは十二歳の時。あれは決して祖父の失態ではないと信じている。優秀な祖父に限ってありえない。しかし、五年前、二人は王都を去って、この小さな町にやって来た。そして、何もないところから店を開いて、少しずつ住民の信頼を得てここまで来たのだ。
そのベンジャミンが半年前に亡くなった。最後まで孫には優しかったが、王都を出てからどこかやる気を失ったような、時々気が抜けたようにぼんやりすることが増えた気がする。アナベルが心配して声をかけると、すぐに我に返って「大丈夫だよ」と笑うのが常だったが。そんな祖父が亡くなった後はアナベルが店を継いだ。
しかし、これが思うようにいかない。祖父に教えられた通り忠実にやってるはずなのに、徐々に客足が遠のいたのだ。今では全盛期の七割くらい。質は同じはずなのに、別の店に客を取られている。考えられることと言えば、店主がおじいさんから若い娘になったことくらい。そうだ、みんな上辺のイメージで決めつけてるんだ! そうに違いない!
「自分のヘボさをいい加減認めなよ、ヤブ薬師さん!」
「いい加減にするのはあんたの方よ! その舌を引っこ抜いてやるから!」
一人と一羽が言い合いをしていると、突然店の扉が開いた。アナベルは、はっとして扉の方を向き、ミュラーは素早く裏に消える。鳥と会話しているところを見られるのはまずい。しかし、やって来た相手の顔を見て、アナベルは息を飲んだ。
「いらっしゃ……え……? もしかしてユリシーズ? どうしてここに?」
「殿下をつけろデコ助野郎」
この悪態。やっぱりそうだ。幼馴染にしてこの国の第三王子であるユリシーズ。五年経っても見間違えようがない。しかし、なぜこんなところに王子様が?
金髪碧眼という王子然とした見た目は、黙っていれば大層ハンサムで、女性たちから熱い視線を受けるのは必至だ。なのに、眉間に皺を寄せこちらをぎろりと睨むものだから台無しである。彼に会うのは王都を出てから初めてだった。
「あんたなんか呼び捨てで十分よ。それより、どうしてここに来たの?」
「ベンジャミンが亡くなったんだってな。手紙くらいよこせよ。そんな大事な話もしないなんてひどいじゃないか」
ユリシーズに痛いところを突かれ思わず口ごもる。彼の言う通りだ。普段手紙のやり取りはしてなかったが、祖父のことは知らせておくべきだった。
「ごめん……。忙しさにかまけてすっかり忘れちゃって……薄情だよね」
そう言って、店内の隅にある粗末な椅子に彼を座らせ、自分も対面に腰を下ろす。肩を落とすアナベルを見て、ユリシーズは少し態度を和らげた。さっきより柔らかい声で尋ねる。
「アナベルもそれだけ必死だったんだろう? 別に怒っちゃいないよ。ただ、お別れをしたかったんだ。それと……」
今度はユリシーズが口ごもる番になった。アナベルとは四歳差だから今は二一歳だろうか。前に別れた時よりより精悍な顔つきになって、悔しいが見とれてしまう。もう婚約者はいるのかなと思うと、ちっぽけな町で薬師をしている自分には手の届かない存在になったことを痛感して、胸がちくんと痛んだ。
王宮の庭が遊び場だったアナベルは、比較的自由に育てられた第三王子のユリシーズの友人だった。王位継承から縁遠い立場にあったユリシーズは、大人の干渉からも逃れ、祖父に着いて王宮を出入りしていた平民のアナベルと知り合い、身分の分け隔てなく遊んだ。
でも、なぜ今になって会いに来たのか? 五年前、あんなことがあったのに。もう二度と会うことはないだろうと思っていた。祖父が主任薬師を辞めるきっかけになったあの出来事……。
「…………それでさ、聞いてる?」
「ん? ごめん。聞いてなかった。もう一度言って?」
「だからさ、俺と結婚しようって言ってるの。もちろん、本当のじゃなくて契約結婚ってやつ」
は、今何とおっしゃいました?
アナベルは、一瞬固まったのち、素っ頓狂な雄叫びを上げて椅子から転げ落ちた。
「けけけけけけ結婚!? しかも契約結婚ってなに? 本で読んだことあるけど、あれって現実に存在するの?」
「お前が王宮に戻るためには、それしか方法がないだろ? さっきも言ったけど、ベンジャミンの名誉を取り戻したくないの?」
「あの……考えごとしてて聞いてなかったのでもう一度説明してください」
ユリシーズは、あからさまに舌打ちしながらも説明してくれた。
ベンジャミンが主任薬師の地位を退いた直接の原因は、ユリシーズの弟、第四王子のハンスの死が原因だ。ハンスはアナベルより三つ下で、ユリシーズと同様大切な友達だった。素直で愛らしいハンスはまるで弟のように懐いていた。
そのハンスが病気であっけなく亡くなったのは、当時大きなショックだったし、ベンジャミンが助けられなかった責任をとって辞めたことで、ユリシーズとの関係もぎくしゃくする結果となった。
「でも、俺は、ベンジャミンのせいじゃないとずっと信じてた。ここに来て、ハンスの死因について新たな手がかりが見つかったんだ。でも、薬師の知識がないと解明は難しい。そこで、お前の知恵を借りたい。既に王宮とは無関係になったお前が戻れるようになるきっかけを作るには、縁戚になるのが近道だろ?」
「ちょっと待って。筋は通ってるけど、話がぶっ飛んでるような……。確かにおじいちゃんの汚名は晴らしたいけど、ハンスの新事実って何?」
「それは、実際に着いて来てくれたら話す」
「ちょっと、もったいぶらないでよ!」
二人はしばらく、昔のように口論だかじゃれあいか分からないやり取りを続けていたが、ふと、ユリシーズは我に返って控室の扉に目を止めた。
「聞き耳立ててるんなら出ておいでよ。久しぶり、ミュラー」
すると、扉が開き、一人の青年が姿を現した。銀色の髪を後ろに撫でつけたシャープな印象の若者。金色の丸縁の眼鏡の奥から覗く灰色の細い目はどこか神経質そうだ。ユリシーズはけろっとしていたが、アナベルはぎゃああああ! と耳をつんざくような叫び声を上げて、また椅子から転げ落ちた。
「お、おたくどちら様ですか? どこから入ったんですか?」
「ついさっき口論していた鳥のミュラーだよ、ヘボ薬師さん」
「ミュラーって……あのクソ鳥のミュラー? あ、あ、あなたどうして人間になっているのよ?」
「あんたの前では変身を解かなかったからな。お久しぶりです、ユリシーズ殿下。ずいぶんご立派になられましたね」
「ああ、お前は変わってないな。それにしても、アナベルには正体を表さなかったのか?」
「ご主人様には、この娘を見守ってくれとしか言われなかったので。人型になれとは指示されませんでした。幸い、危機にも見舞われずその機会もありませんでしたし。それに、この方が面白いでしょ?」
「まあそうかもな」
黒い笑みを交わす二人を見て、アナベルは顔を真っ赤にして叫んだ。
「二人とも意気投合してんじゃないわよ! ユリシーズ、あなた知ってたのね!」
「お前がいないところではよく変身を解いてたよ? 本当に気づかなかったの?」
「ミュラー、あなた一体何者なのよ? 鳥? 人間? それとも鳥人間?」
「そのどちらでもないさ。私は魔術師。もう何年生きたかも忘れた古の民。ご主人様には借りがあって、彼が生きてるうちはそばにいてやることにした。死ねば契約完了のはずだったんだが、未熟な孫を守ってくれと頼まれ新たな契約を結んだ、ってとこかな」
理解が追いつかない。久しぶりに会った王子からは契約結婚を提案され、家族同然に暮らしてきたペットの正体は魔術師だった。今朝、火を入れすぎた目玉焼きを食べた時には、こんな一日になるなんて予想できただろうか。アナベルは、二人の男性を前にして、気を失わないだけでも偉いと心の中で自分を褒めた。





