ニンジャな私と彼
「実はね、私たちは忍者の末裔なのよ」
そんなお母さんの一言により私の学生ライフは、すっかり様変わりしてしまった。友人には遠い私立中学校におばあちゃんちから通うと説明した。それ用の隠れ蓑になる実体のない中学校まで公式サイトが用意されていた。
私は人里離れた忍者の村で修行をし――、そしてとある私立高校へと、一般には公開されていない忍者枠で試験もなしに入学する。
ここで私は、見つけなければならない。私が契約結婚する相手――、もう一人の忍者の末裔を。
私、佐倉真奈美は平々凡々な小学六年生のはずだった。私立中学校を受験する予定もなかったし普通に近所の中学校に友達と進学すると信じていた。
「実はね、私たちは忍者の末裔なのよ」
ある時、お母さんが神妙な顔をして言った。
「は? お母さん、そんな冗談言うんだ」
「冗談じゃないのよ。これがお母さんの忍者証明書。そしてこれが区役所で真名を言うと発行してくれるお母さんと真奈美の忍者名も書かれた戸籍謄本よ。こっちが普通の戸籍謄本。本物でしょ」
確かに本物っぽくはあった。
「これでも信じられないなら、区役所で一緒に真名を伝えてもう一度発行してもらいましょう。その前に少し手続きも必要だけど」
「い、いやいやいやいや……」
真名ってなに。
忍者ってなに。
そもそも区役所に登録されてるわけ。
どこから突っ込んでいいのか分からない。
「今から言うことをよく聞いて」
「う……うん」
「あなたの真名は、風のように自由で花のように美しいという意味を込めて『風花』にしたわ」
「勝手に決められるんだ」
「母親だもの、当然でしょう」
忍者の親玉が決めるんじゃないんだ。いや……まだ全然信じてないけど。
「それで、実はあなたにはもう結婚する相手が決まっていて――」
「はあ!?」
母親の話をまとめるとこうだ。この平和な日本において、忍者の数は少なくなりこのままでは技術も含めて消えてしまう。完全に公にすれば忍者の技術は犯罪に大いに役立ってしまう。それもできない。どうにかならないかと試行錯誤中ではあるらしい。付け焼き刃の制度で、その存在と技術はずっと引き継がれているという現状だ。
忍者の村は東日本に一箇所、西日本に一箇所だ。とりあえず忍者の末裔である私は、その人里離れた忍者修行の村でひたすら三年間修練を積み、とある普通の私立高校に入学する。当然、校長や教員も忍者の存在を知っている。
そこで私は、他の生徒に忍者であることをバレないようにしながらも、もう一人の結婚する相手である忍者の末裔を見つけ出さなければならない。卒業までにそれぞれの真名を書類に記入して互いが合意すれば結婚はしないで済む。
ただし、家族を持てば自分の子供にも忍者修行をさせなければならない。それをせずに済む方法はたった一つ、結婚予定だった相手と勝負をして勝つことだ。勝負内容も互いの合意が必要らしい。
「お母さんは負けたの。好きでもない忍者と結婚しないで済んだけれど、勝負に負けてしまったからお父さんにも忍者のことを話さなければならなかったし、あなたを忍者の村へ送り込まないといけないのよ」
勝った方は自由。子供を忍者にしてもいいし、しなくてもいい。このような制度ではどうしても地味に緩く忍者自体が減っていくらしいけど、完全に強制するよりかはマシだろうと付け焼き刃で続いている。これから先、制度が変わる可能性もあるらしい。
そしてこれは、契約結婚でもある。
子を忍者にするかどうかだけでなく、結婚後について様々な取り決めが勝手にされている。偽装結婚は駄目とか、子を妊娠するまで両者とも忍者としての仕事を遂行するとか、離婚する場合についても色々あり忍者の村で正式に契約内容が明かされる。
「断ったらどうなるの」
「誘拐されるわ。忍者の村へ突然連れて行かれる。それに、何もしなければ自動的に相手と結婚しちゃうのよ、書類上」
「誘拐から逃げ切れても、他の人とは結婚できないってこと?」
「そうなるわ。ただ、どうしても嫌な場合は、高校卒業後に忍者の村で十年間過ごすことを条件に断ることもできるわね。教職員などの就職先も用意してもらえるし希望もある程度聞いてもらえるわ。ほら、忍者の村で修行中に好きな人ができるかもしれないじゃない? それも加味しているんだと思うわ、きっと」
私は腹をくくった。そんなよく分からないところで暮らしたくはないし、勝手に結婚相手も決められたくはない。忍者の素質があるとは思わなかったけれど、実は二歳の時にお母さんが私に悪戯心で教えたら『分身の術』が使えてしまって、公園とかそこら辺で披露してしまうので忘れてもらうのが大変だったとか。
つまり、脈々と受け継がれている才能はある。
――私は、覚悟をもって三年間の修行を積んだ。忍者とは無縁のまともな人生を歩みたい、それだけのために。
◆
私立誠修高等学校。
よくあるちょっとお金かけてますねと感じるリッチな外観の高校。知り合いが一人もいないそこで友人をつくり、私は頑張って普通を装いながらも普通でないことをチラ見せしていた。
誰だって見知らぬ人と結婚したいわけがない。相手の男も絶対にニンジャな私を探しているはず。
だから私は、体育の授業中に「見て、こんなこともできちゃうの」とバク転をしてみせたり連続側転をしてみせたり。「私、折り紙手裏剣得意なの」と、黒板に的を書いて中央に投げてみせたりと『忍者に見えないけど見る人が見れば忍者!』という絶妙な匙加減で忍者アピールをしていたと思う。
それなのに全然相手の男が話しかけてこないから、このままじゃ知らない誰かと結婚しちゃうかもしれないと落ち込んでいた冬休み前の下校時のことだ。隠れ身の術を使いながら校舎を巡回するもなんの成果もなく校舎を出る。
「もう無理かも……せめて誰かは判明させたいし、他の忍者村に侵入して昨年までの生徒名簿を探すとかするしかないのかな……でも、相手も忍者だと大変そう。それより、一人ずつ帰りに尾行するのが手っ取り早いかな」
住む場所は広めの1LDKのマンションをあてがってもらっている。最初から家具類まで用意されていた。最新の忍者対応トレーニングマシーンと一緒に。夕食だけは無料で宅配もお願いできる。相手もそんな環境を用意してもらっているに違いない。
尾行は心理的にあまりしたくはなかった。本当は話しかけてもらうのが一番だったけど……。
「こんなに広い校舎の中でたくさんの生徒から見つけることなんて……」
ふと校舎を振り返る。
そして――、見つけた。
屋上の手すりの上で仁王立ちして、腕組みをする男の姿を。
――彼が忍者だ。私の契約結婚の相手だ。
確信しかない。手すりの上で風に吹かれながらかっこつけられるパンピーなんているわけがない。
当然、全校生徒の名前くらい既に把握している。彼の名前は忍崎響。名前がそれっぽいから怪しんでいたけれど、頭がよすぎて違うと思っていた。忍者の村ではどうしても修行が主だ。授業もあるし通信教育でフォローもしていて、このギリギリ進学校ですという高校でもなんとか私でもついてはいけているけど……場所は違えど忍者の村にいてあの頭のよさは無理だろうと。
天才か……天才の類なのね、きっと。
いざ目の当たりにして、迷う。今すぐに校舎の壁をつたって同じ場所に行くくらい造作もない。でも……なんて話しかける?
決めてはいた。「あなたが忍者よね。結婚の契約破棄を合意し合って勝負をしましょう」と言うつもりだった。
しかし……忍崎響はクールビューティーなイケメンだ。頭もいい。ドッドッドッドッと心臓の鼓動が跳ね上がる。
私、もしかして面食いだった!? あんなにかっこいい人と恋人みたいなことができちゃうかもとか思ってる!? でもでも、忍者同士が結婚しても子供は忍者の村に送り出すって決まってるし、忍者の仕事も発生するしそんなの――!
「あんなに忍者アピールしていたくせに、来ないんだな」
「うきゃぁ!」
気づいたら隣にいた。
「最初の一言に迷ってたの。そ、そっか。忍崎くんだったんだね」
「お前は今の忍者の現状についてどう思う」
え、すごくどうでもいいこと聞かれたよ!? これは素直に言っちゃ駄目なとこだよね。現代には必要ないし滅べばいいと思いますとか言ったらおしまいだよね。
「忍者の存在、知る奴は知っている。政治家や役所連中の一部、あちこちに点在するここを含めた高校の教職員……」
「う、うん」
「俺はこの忍者の道で、ヒーローになれないかと思っている」
目で追うのもやっとな早技で、彼はスマートにマントを羽織った。
――この人、頭はいいけどきっとアホなんだ。
この時の私は、そうとしか思わなかった。





