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はんぺん

作者: 北 郷

「は~・ん・ぺ・ん」


思わず満面の笑みが予想される様な敵意のない言葉が耳に届いた。


(えっ!『は・ん・ぺ・ん』? 

何? 誰? この明るい声は? 

確かに今はんぺんと聞こえたけど)


「は~んぺん。ってば」


(誰かを呼んでるの?

私に向けて言ってるの?

私に言ってるのかしら?

私だったら・・・)


期待が膨らみ、嬉しさでちょっと顔が綻ぶ。


蓑山昌枝15歳。今年4月に県立桜岡高等学校に入学。

そして、約1か月経過・・・。

・・・してしまっていた。


昌枝は、中学時代の3年間は孤独に耐える毎日であった。

明るい声で話かけられることなど記憶のかけらにも無い。


特にいじめに遭っていたと言う訳ではない。

ただただ、誰の視野にも映ることがなかった。

それだけのことだった。


酷い時は、一週間学校で口を開かなかった事さえある。


昌枝は元々無口だった分ではない。

小学生の頃は、極々一般的な何処にでもいる小学生であった。

特に目立つ訳でも無かったが、一人ぽつんと取り残されていたわけでも無い。

それなりに友達もいて、それなりに笑ったり、怒ったり、喜んだり、時には悲しいこともあったけど、総括的には楽しい毎日であった。


ところが、小学校を卒業して中学生になる時に仲の良かった全ての友達と別れ別れになってしまった。

そこから人生の流れが一変した。

クラスメイトの数人とは、何度か会話をしたこともあったが、気軽に話しかけられる様な仲ではかった。


昌枝も中学に入学したての頃は、何とか溶け込もうと努力もした。

人の集まっている輪に近づいて、声を出そうともした。

だけど、上手くタイミングが掴めない。

何が悪かった訳でもない。

偶然が積み重なった。

昌枝にはそれだけだった気がする。


嫌われていた訳でもないのに偶然の様に昌枝に近づいて来る人もいなかった。

そこで、昌枝は自分と同じ様に取り残されている女の子に近づいても見た。

しかし、彼女は本当に一人が好きなようで話に乗ってくれない。


そんな、毎日が過ぎて行くうちに、すっかり人と話す努力をすることが億劫になり、苦手とさえ思うようになってしまい、終には諦めてしまった。


とは言っても昌枝も、学園もののテレビドラマや、コミック誌を見ては楽しい学園生活にあこがれを抱いていた。

それでも、学校祭も、遠足も、体育祭も、修学旅行も昌枝の前を何事も無かったかの様に素通りしていった。


思い出など孤独に耐えたこと意外には何もなかった。


そして、昌枝は高校に入学する時に決意した。

少し遠くてもいいから、同じ中学校の人がいない高校に行って一からやり直そうと・・・。

 

今年4月に桜岡高等学校に入学をしたそれからは、誰にでも一生懸命に話掛ける様に努めた。

人の集まる輪に加わろうと努力した。

常に笑顔も絶やさなかった。

自分の弱い心を殺して、一生懸命だった。


なのに・・・


なのに・・・


浮いてしまう。


昌枝は、中学校3年間に人と接する感覚が育っていないかったのかもしれない。

むしろ忘れていってしまったのかもしれない。


高校の入学した昌枝は一生懸命喋ろうとするばかり、自分の話ばかりしてしまう。

一生懸命のあまり周りが付きあって聞いてくれていることに全く気付かない。


仲間内の噂話にも加わろうともした。

でも、話して良いことと、悪い事の区別がつかない。

楽しくしようとするばかりに、傷つけるようなことを笑いながら話してしまう。

本人がいることにも気付かず、周りの人に気まずい思いをさせる。


ホームルームで意味もなく一人で活発になり無意味に長引かせてしまう。


通学の電車の中で、鞄の中からスルメを出して食べ始める。

電車中に匂いを漂わせたう上、喜んでもらおうと一緒にいるクラスメイトに配ってまわる。


周りの状況に全く気付かないで、自分のアピールに必死になってしまう。


次第に、クラスメートは、昌枝の周りを避ける様になり、気がつけば1か月を経たずして、中学生の時と全く同じ状況になっていた。


昌枝は感じる。

(孤立している)

(避けられてる)

(このまま・・・。女の子の一番良い時が過ぎて行くんだ)


声を掛けられたのはそんな時だった。


「は~んぺん。ってば~」


最初は何かの間違いだと昌枝は思った。

しかし、間違いなく自分に向って掛けられている言葉としか思えない。

(どうしよう。振り向こうか・・・振り向いていいのだろうか)


はんぺんと言う言葉に反応して、喜んで振り向いたあげく、自分に対するもので無かったら、おもいっきり恥ずかしい。


それでも昌枝は、恐る恐るゆっくりと振り向いてみる。

同時に呼び声の相手が肩に手を乗せた。

(やっぱり、私だ。私なんだ。私がはんぺんの正体なんだ。でも、でも何か嬉しい。)


「良かった。無視されたかと思った」

そこにはクラスメイトの梢が、少し前屈み気味に昌枝の方を向き、満面の笑みを向けている。

ちょっと首を傾げたしぐさが、女の昌枝から見ても愛くるしい。

自分に向けられた笑顔に昌枝は、心臓が高鳴る。


凄く嬉しい!


嬉しすぎる!


自分に掛けられた言葉と分り、安心して自然に顔が綻んでくる。


(でも、なんで”はんぺん”?)

そう思った昌枝は、自然に問い返す言葉が出てきた。

自然に言葉が出てくるなんて今までなかった。

「”はんぺん”って?」


梢は得意そうに胸を張って応える。

「だって一人だけみんなに溶け込めないで、プカプカ浮いているんだもん。

おでんの”はんぺん”みたい

もったいないよ、私達の大事な大事なたったの3年間を暗く過ごしちゃ!」

梢は、ワザと怒った様にくちを膨らます。


萌梢もえこずえ。昌枝と同じクラスの女の子。

勉強はそこそこだけど、それ以外は容姿端麗、天真爛漫、スポーツ万能、人気抜群、引く手あまた。

勉強以外の全てが完璧に近い。


昌枝も憧れている男女問わずの人気者である。

その彼女が自分に声を掛けてくれた。


(この際”はんぺん”でも”こんにゃく”でも”イモムシ”でも何でもいい)

 自分に声を掛けてくれた。

 それだけで幸せだ。

 天にも昇る気持ちだ


「お昼だよ。いっしょに食べよう。早くパン買いに行かないと、グラタンサンド無くなっちゃうよ」

梢からのお昼の誘いだった。


(何で、知ってるんだろう?私がパンを買いに行くって。

いつも売店でパンを買って食べているから?

もしかして、見ていてくれてたんだ!

私のこと。気にかけてくれていたんだ!!!)


昌枝は天を角が一本生えている四足の動物に跨り駆けだした。

ような気持ちになった。


「うん」

二人は、駆け足で売店に向った。


梢はずっと、昌枝のことをずっと気にしていた。

昌枝が友達を作ろうと無理しているのも気付いていた。

梢は、明るくて、物怖じせずに誰とでも直ぐに友達になれると思われている。

でも、決してそんなことはない。

凄く気を使い、考えて、考えて、怯えて、恐れて、それでも周りを考えて行動している。

昌枝に対してもそうだ。

ずっと、声を掛けたかった。なんとかしたかった。

でも、自分が声を掛けるだけで解決される問題ではない。

周りが受け入れてくれないとならない。

そこで、梢が考えたのが”はんぺん”大作戦であった。


◆ 

梢は一週間前に好物の”おでん”を食べた。

萌家はおでんが好きで、冬だけではない。

年中食べている。


食べながら思い出した・・・。


― 冬のコンビニ ―。

 

冬になるとコンビニのレジの横に”おでん”エリアが出来る。

梢は会計をする度に心が動いてしまう。

うっすらと香る出汁の香りは、日本人の心の故郷。

褐色に染まる具材達は心の友。

「おでん」最高!

なんて思ったりする。

その中に、ひときは異色の白い物体が・・・

”ぷかぷか”と浮かんでいるものがある。

梢は小さな子供の頃、その物体が不思議であった。


なんだこれ?


何故、お前だけ浮いているだ!

みんな沈んでいるではないか!

みんな褐色に染まっているではないか!

真っ白いお前は出しが染みてないな?

絶対買うもんか!

真っ白い流氷だって8割型は沈んでいるんだぞ!

 

そう思いながらも一度興味本意で母親に買ってもらったことがある。

以外とイケるのだが、食感が”座布団”みたいで駄目だった。


梢は、昌枝とはんぺんが双子の様に重なって思えた。


(”はんぺん”か~・・・。みんあ受け止めてくれるかなー?)


それから一週間考えに考えた。

そして・・・。


(良かったあ~。怒らなくて。昌枝乗ってくれた)

梢は内心ホッとしていた。


それからだ、たちまち”はんぺん”と言う呼び名はクラス内、いや、隣のクラスにまで浸透していった。


それからは、昌枝が、場違いなことをしても

”はんぺんは、ホントにもう~!”で許される。


煩い時は”はんぺん 煩い!”で許される。


何でも、はんぺんだからと言うことで許される。


”はんぺん”と言われて笑顔でいる昌枝のキャラクターをみんなが受け止めてくれた。

次第にクラスのマスコット的な存在になっていった。

自然と、昌枝の周りに人も集まって行き、いつも落ちに使われる。

それでも昌枝は笑顔を絶やさなかった。


そんな状況にはなった。

なってはいるのだが、昌枝はまだ不安であった。

この状況がどこまで続くのか不安であった。


ある時、昌枝は思い切って梢に自分で考えたニックネームを付けて見ようと思った。

”はんぺん”に対抗して”だいこん”と呼んで見ようと決意したのだ。

昌枝にとっては、一か八かの掛けである。

これで受け入れられれば対等の友達だと思える。

人気者の梢に受け入れられれば、もう嫌われることを怯えなくても良い。

そう思ったのだ。


- 恐る恐る ―


「だ、だ、だだいこん」

(あ~言っちゃった~。

どうしよう ・・・・・)


梢は、足を止め昌枝に振り返り自分にゆびを指した。

(わたし?)と言う合図だ。

昌枝が生唾を飲み込みゆっくりと頷くいた。

ドキドキ心臓が高鳴る。審判を待つようだ。


判決が下る。


梢はニコッと笑い

「おでんじゃ、大根の方が人気あるもんね~」

と言ってくれた。


冷汗が出て来た。それと同時に嬉しかった。

何か対等になれた気がする。

3年間楽しくやれそうな気がして来る。


夏休みが始まる頃には、昌枝は怯えることなく友達付き合いが出来るようになっていた。


◆ 

 ―― そして、夏休みも過ぎ ――


自信に充ち溢れた昌枝の態度は、二学期が始まって次第に変わっていった。

今まで、自信を持って生きてきてない人間が自信を持ってしまった。

しょうがないことかもしれない。


昌枝が一人で浮いてい時に「はんぺん」と呼ばれても笑顔を見せなくなっていた。

不愉快そうな顔にさえ見える。

落ちに使われたりすると、尚更である。


それでも、ちょっと今までと雰囲気が変わっても、急に避けられることはなかった。

返って悪いことを言ったのかと周りが反省してくれた。

少なくとも対等にはなっていたのだ。

だが、梢はそんな昌枝に対し心配をして見ていた。

まだ、昌枝が他の人と、ずれていることは事実であった。


ある日。

人気ものになってから、ちょっとだけ距離を置いて、遠めに見ていた梢であったが、昌枝の様子を心配して声をかけてみることにした。


梢は満面の笑みを作った。これ以上ない笑顔を心掛けた。

「は・ん・ぺ・ん」


昌枝は答えない。

(どうしたんだろう。)

もう一度呼んで見る。

「はんぺん。ってば」


そこで、昌枝は素早く振り向くと

「はんぺん、はんぺんって呼ばないでよ!!」

凄い怒った顔をしている昌枝がいる。


”はんぺん”と呼ばれるても以前とは違い、次第に機嫌が悪くなっていっていることには気付いていた。

しかし、あんな凄い顔で怒られるとは思ってもいなかった。


「ごめん」

梢はシュンとしてしまう。


「名前で呼んでよ」

下を向いてボソッと呟く。


「ごめん」

梢は、後は声が出なかった。


クラスのみんなも唖然として見ている。

梢が昌枝を気に掛けていたことをみんな気付いている。


・・・学校からの帰り道・・・ 

「知らなかった。昌枝が振られてたなんて・・・」

梢は自分の配慮の足りなさに沈んでしまう。


「梢、元気出しなよ。梢は悪くないよ」

梢のクラスメートの明美が慰める。


「だって、私のせいで・・・」

(私のオゴリだったのかな?

私、調子に乗っていたんだろうか?

本当に彼女のこと考えていたのだろうか?

本当は優越感に浸って楽しんでいたんおではないか?)

自分の気持に自信が持てない。


(”はんぺん”なんて名前付けちゃって、バカだった。

ホントは傷付いていたのに我慢してんだ)

後悔で沈んでしまう。

いつも常に明るい梢らしくない。


「そんなことないって、梢のおかげなのに、ちょっと人気が出てきて調子に乗っているのよ。あの子」

明美が慰めるが、梢の心は晴れそうもない。


「元気だしな。じゃあね。明日元気に学校来るんだよ」

明美は別れた後も、心配で何度も振り向いた。

「いつもと反対だ」

後姿の梢を見て、明美が呟いた。


昨日、自分に自信がついて来た昌枝は、思い切って告白をしていた。

隣のクラスの男の子だ。

その男の子は、梢のファンであり、昌枝はあっさり振られてしまった。

その後、昌枝は偶然その男の子が友達と

「”はんぺん”だよ。”はんぺん”。はんぺんはちょっとな~」

何て話しているのを聞いてしまた。

しかも彼が梢のファンであることも・・・。


◆ 

梢とのことがあってから、瞬く間に昌枝は孤立して行った。

誰も話しかけてくれない。

”はんぺん”と落ちにも使ってくれない。 

あっと言う間に元に戻ってしまっていた。


孤独に・・・。

 

後悔の念が昌枝を襲う。

(”はんぺん”でも全然良かったじゃない・・・。

何で、調子に乗っちゃったんだろう)


はんぺんって呼ばれなくても、クラスのみんなと上手くやれると思った。

好きな人の前でカッコ付けたかった。可愛く呼ばれたかった。


振られたのだって、はんぺんと呼ばれていたからでないことも本当は分っている。

梢が悪い訳ではない。

・・・ そんなことは、分っている ・・・


だけど、振られた相手の好きな相手だと思うと、つい声を荒げてしまった。


でも、でも・・・


今更また


”はんぺん”


と呼んでとは言えない。


ここ、4か月位とても、とても楽しかっただけに、中学生の時よりも何倍も何倍も


・・・ 辛い ・・・


◆そんなある日

梢は、そんなことがあっても昌枝のことを気にかけていた。

10月のある日、お昼休みに昌枝の近くで明美と、咲流さくらが話していた。

何の話か分からないが、明美の「はんぱじゃないね~」と言った”はん”と言う言葉に昌枝の肩が動く。

(あれっ?)

梢は見逃さなかった。


さらに、また。2度も”はん”という言葉に反応をしている。

(あっ!)


今朝もそうだ。

”シャーペン”と言う言葉に振り向いて慌てて、首の体操をしてごまかしていた。

しかも、一瞬嬉しそうな笑顔をしていた気がする。

(はんぺんと聞き間違ったの?)

 

そして、梢は決めた!


4時間目が終わった。


梢が歩きだす


「は~・ん・ぺ・ん」

大きな声が教室中に響き渡る。

昌枝の耳には、思わず満面の笑みが予想される敵意のない言葉が届いた。


(えっ!”は・ん・ぺ・ん”ホントに? )

昌枝は自分の耳を疑う。


「は~んぺん。ってば」

(えっ、間違いない!はんぺんって呼んでいる。

ホント、ホントに本当に私に?)


期待が膨らんで、目頭が熱くなってくる。


(間違いだったらどうしよう。空耳だったら・・・。)

昌枝は怖くて振り向けない。


「は~んぺん。ってば~」

呼び声の相手が肩に手を乗せた。


誰の声か何か、顔を見なくても分る。


(だめだ。どんな顔をしていいかわからない)


それでも

それでも昌枝は振り向く。

希望が何処かへ行ってしまわない様に・・・。


ゆっくりと振り向く。

目に溜まったものが零れない様に。


そして、顔を見られない様に俯く。

「うん」

 

声の主の手の甲に冷たい一滴ひとしずくが零れ落ちた。


「グラタンサンド買いに行こう。早くしないと無くなっちゃうよ!」


顔を上げた昌枝の前には、

5か月前に初めて


”はんぺん”


と呼ばれたと時と同じ顔が

そこにあった。


前より少し潤んで見える。


 <終わり>




 


 




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― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは。さっそく読ませていただいたのですが……感想を書くのが遅れてしまいました(汗) 次回作が「はんぺん」とお聞きしておりましたので、いったい何が来るんだろうと密かに期待しておりました…
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