二話
「ここがご主人様のお宅なのですか」
室内をきょろきょろと忙しなく見回し、ゆっくりと歩き回って確認している。自分が住む場所だからか、机や椅子、調理台や暖炉みたいな家具・調理棚を触って、窓を開け閉めしてまで行っているのだから、徹底している。
なんてことはない、この帝都ではよくある集合住宅の一部屋。ここ、今ルウを案内している生活スペースと物置を寝室にしたスペースと特別なスペースと区切られていて、トイレといった最低限なものがある。
少し家賃が高く、一人でくらすには場所だ。また、俺の目的に使用している費用もかさんでいるから、生活は豊かではない。
それでも、俺は感動している。自分の住む場所に、好きな子がいるのだ。そして今後一生、ずっと一緒に彼女と俺は住み続ける。生きててよかった。
「なにゆえご主人様は涙を流しているのですか?」
いかん。感動のあまり泣いてしまっていたらしい。手を振りながら拭って、適当にごまかす。
「ちょっとほこりがな」
「そうですか。そうですね。確かにここは衛生的に優れているとはとても」
できるだけ濁しているけど、洗濯物やごみ、たまりきっているし、掃除も整理もされていない。食器や調理道具も洗われないまま放置で山積み。
「まるで豚小屋ですね。いえ失礼いたしました。とても人間の住む場所ではありません。まともな人なら一日として過ごせないでしょう。これも不適切ですね。ある程度の収入を得ている人が住人であったらこのような惨状をもたらすことはなかったでしょう。いえ、まともな感性を持っていればこんなことには・・・・・・」
「フォローしようとすればするほど主が傷ついているという現実!」
「一体どのような最低な人が住んでいるのでしょう」
「俺だよ! おまえのご主人様が住んでいたんだよ!」
「おや、そうでございました。まことに申し訳ありません。商品として売られるのを待っていたときに過ごしていた小屋よりひどいので」
わざとやっているのかと疑わしいくらいの罵詈雑言。けど好きだから許す。
「まぁしょうがないだろう。長い間ここ、空けていたからな」
「空けていた? 今までこちらに住んでいなかったのですか?」
「ああそうだよ。一週間前までいなかった」
「なるほど。しかしそれにしては長い間放置していたから汚れているでは通用しないのでは?」
それは・・・・・・確かにそうだ。正直、昔からこんなものだった。けど、それには理由がある。
「私はこれから生活能力が皆無なご主人様とともに暮らしていくのですね。うまくやっていけるのかどうか不安でありますが、精一杯努力いたします」
「おう、よろしく頼むぞ」
「本当はご主人様と一緒にいる間はず~っっっっと苦労して生きていかなければいけないのかと軽く絶望しておりますがそれを隠して頑張ります」
「じゃあ最後まで本音も包み隠しておけるように頑張れよ。まぁ、こんな風になってしまうのも理由がある」
別室への扉を開いて、手招きしてルウを誘導する。こちらの部屋の方が俺にとっては感慨深い。むしろ、こっちこそが俺にとっては本命だから。
「ここは、なんなのでしょうか?」
用途があれだから、匂いも散らかりっぷりはさっきの比ではない。けど、あまりの奇怪な室内に、鼻をつまみながらルウも驚いているらしい。少し声がうわずっている。
「ここはな、俺の工房だ」
さっきの部屋が生活するための部屋なら、ここは魔法士のための部屋だ。創り出す魔法、魔導具、魔法薬の研究・実験するための空間。家賃が少し部屋を選んだのは、こういう工房だけに使える空間がほしかったからに他ならない。
実はさっきの生活する場所よりこっちの工房の方が広い。けど、空間内の状況からか逆にこちらが狭く圧迫されている風に受け取れる。真ん中に作業を行うための馬鹿でかい使い古された机。壁には整理された書類や書物がしっかりと区分けされている背の高い本棚が二つ。その隣の棚には薬草やビーカー、フラスコが所狭しと並んでいる。所々に色の違う液体の入ったガラスの小瓶やケースもそれぞれの用途や種類ごとにあるからいつでも取れるようになっている。
反対側の壁には機具や工具、作成に必要な素材と作成されたものが立て掛けられている。部屋の一番奥の隅には小さい机と椅子があるし、頭上に垂れ下げられているには、俺が作りかけていた魔法の理論や構築をまとめたもの、つまりは魔法の設計図が描かれた羊皮紙がびっしりと固定されている。
俺は多少興奮していた。好きな子に、自分の大切なものを、宝物とも例えられるだろうか。そんな場所を自慢できるという恥ずかしさと嬉しさが入り交じって、高揚してくる。
「これらはご主人様のお仕事に関係するものなのでしょうか?」
「違う。ここは俺の仕事とは関係ない。魔道士になるための研究に使っている」
魔道士とは、この国が認めた偉大なる地位。あらゆる魔法士が目指し、夢に抱いたことがある、今の俺の目標。国が定める試験を受け、特定の基準を満たした場合にのみ授けられる称号だ。
今現在、世界中に存在し、この国にいる魔道士は十人にも満たない。毎年試験は開かれ、受けに行く魔法士はたくさんいるが、全員不合格になる。それが当たり前の狭き門。
「その魔道士になったらどうなるのですか?」
「それは、色々用字いろいろと便利なことになる。国から研究のための費用がもらえたり、自分で作った魔法薬や魔導具を売ることが許可されたり弟子をとって魔法の指導や研究を手伝わせられる」
それ以外にも、魔道士ということであらゆることで免除されたり、優遇されたり、皇帝や皇族お抱えの魔道士になれることだってある。一種のステータスでもある。
「だが、俺はそんなありきたりな魔道士で終わりたくはない」
魔道士というのはあくまで俺の目的を叶えるための手段で、到達点ではない。魔道士になったから終わりじゃない。むしろそこからやっと始められるのだ。
「俺の最終目標は、過去に一人存在していたという偉大なる大魔導士をこえることなんだ」
いわく、大魔導士は死者を蘇らせた。
いわく、大魔導士はすべての魔法の基礎を生み出した。
いわく、大魔道士にできぬことはなかった。
あらゆる過去の文献や遺跡から、彼の足跡や成し遂げた事柄は事実とされている。存在したのは確認されているもののいつの時代に生きていたか、どこに消えたのか。死んでいるのか生きているのか。本名さえ明らかにされていない。大魔道士という呼び名さえ後世の勝手に決めた。
魔法研究所に勤めていて、さまざまな仕事をとおして彼のことを知った。だからこそ俺自身大魔道士の存在をはっきりいたと断言できる。
そんな存在を、俺はいつか越えたい。そう意気込んではいるものの、なかなか進まない。ここ最近は新しい魔法や魔導具、魔法薬の研究は進んでいないのだ。
「ちなみに、さっきの男たちに使った魔法も、俺のオリジナルなんだ」
通常炎の魔法は赤だが、俺が発動した魔法の色は紫。どこが違うんだって聞かれるだろうが全然違う。燃焼時間に火力、威力、破壊力が桁違い。構成、諸々が根本的に違うのだ。あの魔法は、炎の色から『紫炎』と呼称している。
それでも、過去の偉人達には至らない。蒼い炎や白い炎、はてには黒い炎なんていうとんでもない化け物みたいな魔法を作れていたやつもいたんだから、己の至らなさを痛感する。
そんな興奮と決意から、手を硬く握って鼻息を慣らす俺に、ルウはなんの感動もない冷ややかな視線を送る。
「もしかして楽して好きなことだけしてもうけて生きたいから魔道士を目指されているのですか?」
「それは違う」
「左様ですか。それでは、食材やお風呂はいかように? それから生活に使う水については?」
「ああ。水なら外に出て真ん中にある井戸があるからそこで必要な量を――ってちょっと待った!」
「・・・・・・なんでしょうか?」
いやそこでなんで少し迷惑そうな顔になるんだ。話を遮られたからか?
「ここは俺が魔道士を目指す理由を聞く流れじゃないのか?」
つい自然すぎたから、俺も答えてしまったじゃないか。
「いえ別に流れとかはどうでもいいのですが。そんなことよりも、今後の生活に必要な情報を教えていただいた方が有意義ですので」
そんなこと・・・・・・。俺の夢とか目標とか、それについての理由とかそれにまつわる過去とか、そんなこと・・・・・・。
「? どうかされましたかご主人様。とてつもなく打ちのめされてつら(いという表情は」
「いや、なんでもない・・・・・・」
「ではお風呂などは?」
「ああ。ここには風呂なんてないから。外にある共同浴場に三日か四日に一度行ったらいいんじゃないか」
「三日か四日に一度ですか」
露骨に、とはいかないまでも少しルウの表情に陰りが生じた。落ち込んだのだろうか。
「いえ、私はウェアウルフですので、他の種族より鼻がきくのです。それこそ自分自身の体臭や異臭に困るくらいに」
「ほぉ。それはすごいな」
「もし毎日お風呂にいけなければ、垢と汗に塗れた異臭を放つご主人様に、耐えられるかどうか不安でして。ああ、いえしかしご主人様の懐の事情もございますし」
「よし毎日お風呂に入りに行こう」
好きな子に臭い自分と一緒にいさせたくないし、恥ずかしいし嫌だ。なにより俺だけ風呂に行っているのにルウは行っていないなんて、不公平。させられない。いや、別に臭いルウが嫌なわけじゃなくて例えどんなルウも好きでいられる自信はあるし、女の子だって、身だしなみとかそういうのは大切にしたいだろう。
「ありがとうございます。ご主人様はちょろいですね。失礼いたしました。お優しいのですね」
褒めてくれた嬉しい。
「それから食材のことだが、一週間くらいは保つくらいはある。街の案内は、まぁ落ち着いてからだな」
「かしこまりました。買い物に行ける場所も、案内していただけるのでしょうか?」
もちろんそのつもりだ。仕事でいない間、一人で買いに行くことも増えるだろうし。
「じゃあそれくらいにして、そろそろ時間も遅いし休もうか」
「はい」
工房を出て、ルウが来るのを確認しようとして振り向いた。ルウはいきなり服を脱ぎ出そうとしていた。
「とまれとまれとまれええええええええええええ!」
大慌てで無理矢理用字無理やりルウの服を押さえるため猛ダッシュした。間一髪のところで助かった。まだルウは腹部、おへそまで出ていた
「どうかされましたか?」
上着で顔と頭が隠れた状態の、くぐもったルウの声が俺の胸あたりから聞こえてきた。
「それはこっちのせりふだ! なんで服を脱ぐ!」
「ご主人様がもうお休みになられると仰ったので」
それで何故用字なぜ服を脱ぐという流れにつながるのか? まさかウェアウルフは俺が知らないだけで寝るときは全裸になる種族なのだろうか? そうだとしたら、非常に困った。いや、俺にとっては嬉しい。けどそういう裸を見る関係というのはもっと先だろう。
「なので、ご主人様の性のお相手をしてさしあげようと、服を脱ごうとしたのですが」
「予想外の理由じゃないか!」
「あ、もしかして服を着たままが良いのでしょうか?」
「違うそうじゃない!」
「奴隷の裸など視界に入れるだけでも汚らわしいということでしょうか」
「ルウの体が汚らわしいなんてあるわけない! そりゃあ全部見ていないしきっとすてきでみずみずしくて張りがあってでも柔らかそうで見たいくらいで一生拝んでいたいすてきなものに決まっている!」
「気持ちが悪いです」
なんなんだこの遣り取り!
「申し訳ありません私としたことが。つい私の一方的な先入観で決めつけてしまっていました。そうですよね。そんなはずないですよね」
理解してくれたか。
「ご主人様自ら、私の服を脱がせたいのですね」
「そうでもねぇよおおおおおおおおおおおおおおお!」
「そういうのが好みであるという殿方もいらっしゃると聞いたことがあります。正直理解できなかった特殊なご趣味であったので想定していなかったのですが、まさかご主人様がそのようなご趣味だったとは」
「一生理解しなくてもいい! 俺がそうすることなんて現在含め未来永劫りえないから!」
「では、衣服をびりびりに乱暴に破いてしまいたいのですか? 私は着る物があまりないのですが」
「なんで否定する度に悪化した答えにたどりつくんだああああああ!」
「しかし、それがご主人様のお望みなのでしたら、私は従います。それこそ、私自身では羞恥心でかなえられそうにないので、首輪を使っていただければ」
「首輪を使ってそんなこと強要する鬼畜に見えるのか俺は!」
らちが明かないので、服を完全に戻して、顔を全部出した状態で、顔、眼をしっかり宣言する。
「ルウにそんなことをさせるために買ったんじゃない!」
ツッコミまくって疲れた俺の、荒い息だけが室内で響く。落ち着いたからだろうか。自分とルウの距離が近いことに驚いてしまった。ルウの小さすぎる肩も、布越しに伝わる微かに伝わる体温と、俺の胸元に当たり続けるルウの吐息、そしてかすかにかんじる耳の毛先があごにあたっていて、くすぐったくてなんともいえない不思議な心地で頭が沸騰する。
「しないのですか」
じ~っとルウの両の眼が、俺の顔真っ直ぐに向けられている。眼が合った瞬間、縫い合わせられたように視線が固定された。金縛りに陥ったときと同じ衝撃で、身じろぎはおろか息さえまともにできない。
「では、なにゆえに私を奴隷として買われたのですか。ご主人様のような男性が、私のような若い女性を買われるのは、本来性的な目的があったのではないでしょうか」
「あ、ああ」
「ですので、なにゆえに私を買われたのですかと問うているのです」
できることなら、今すぐにでもルウに正直に伝えたい。君に一目ぼれした。好きです。君と恋人になりたいです。一生一緒にいたいです。
「あ、あ~。その、だな~」
いざとなったら、緊張と恥ずかしさでどうしようもなくなる。
というか、待てよ? もしかしたらと。『隷属の首輪』の効果は、絶対服従。どんな命令でも本人の意志を無視して実行させることができる。なら、『隷属の首輪』を使えば、この子を俺にほれさせることだってできるんじゃないか? そうすれば俺から告白することも、こうやって――
いや駄目だろ。流石にそれは。散々悩んで、そう結論づけた。
「俺がおまえを買った理由は・・・・・・」
少し体用字体を押しのけるようにして離しながら伝える。
「家事をしてもらうためだ」
「家事、ですか?」
「ああ。さっきの室内の、惨状。仕事と、魔法の研究で俺は忙しくてな、なかなかあそこまでなんとかすることができない。食事も実は、ほとんど外とか出来合いのものだけでな。そこら辺のことをおまえにやってもらいたくて、買った。やってくれるか?」
「私は、ご主人様であるユーグ様の奴隷です。ご主人様がそうお望みとあらば」
恭しく、深々とルウはお辞儀をして、受け入れてくれた。
「改めてよろしくおねがいいたします、ご主人様」
能面のような表情で、抑揚のない声。しかし、その後ろでは尻尾が垂れた状態で左右に振られている。安心したのだろうか。ルウの表情と声と尻尾のギャップがおかしかった。
「いかがなさいましたか?」
小首を傾げ用字かしげるのと同じタイミングで、同じ方向に尻尾が動いた。感情と尻尾がまるで連動しているようで、まだおかしさが止まらないので手で口を覆って隠した。
「いや、なんでも・・・・・・ふふ、なんでもない」
「左様ですか」
一先ず用字ひとまずこの件は終わったという安心感からどっと疲れてきてしまった。
「じゃあそろそろ、休むとしようか」
「今の今まで失念していたことがあったのですが、ベッドは、やはり一つしかないのではないでしょうか?」
「当然だろう」
「はい。そうですよね。では私たちはそれぞれどうやって寝てしまえばいいのでしょうか?」
最後の最後で、とてつもないことを忘れていた。俺たちはどちらがベッドを使うかで大いに議論をして、そして一時間ほど費やして、ある結論に至った。
「ではおやすみなさいませ」
二人で一緒にベッドに寝るというという状態になってしまった。ついさっきまでの眠気がうそのようにギンギンに覚めてしまっている。
ルウと一緒に寝ているという事実が、そこから次々に出てくる衝動的感情が、俺の睡眠を阻害する。ルウの規則正しい寝息だけでなく、時折体に触れてくる尻尾の感触が、それを悪化させている。
このままではさっきの決意が、無駄になる。誓いを早々に破ることになる。風に当たって冷静になるため、外に少し出た。
頭がすっかり冷えたところで、ベッドに戻った。さっきよりはましになってはいるが、まだ落ち着かない。反対側を向いていたルウの顔が、寝返りを打った拍子でこちらにきた。
ルウの寝顔に、つい息がとまった。
涙を流していた。
ルウを絶対にこの手で幸せにしてみせる。そして、この手でルウを不幸には絶対にしない。好きな子のことは幸せにしたい。これ以上ルウを、この子を苦しめない。不幸にしない。
そう、勝手に誓った。そうでなければ、奴隷市場でルウに一目ぼれした真実さえ、信じられなくなるだろう。
「おやすみ、ルウ」
愛しい少女の涙を拭い、そう語りかけ、俺は眠りについた。




