プロローグ
特に目的はなかった。
強いて理由をあげるならば、単なる気晴らし。研究が進まないから知り合いにしつこく誘われて、気晴らしでついてきただけ。酒で少し酔っていたというのもあった。奴隷市場。戦場で捕虜になった者。連れ去られてきた者。売られた者。そういった商品が檻の中で値段をつけられて売られている場所。
人権も尊厳も奪われ物として扱われ、そして今後一生それが続いていく境遇は哀れみと同情を誘うが、致し方ないこと。この世界ではどこでも罷り通る。俺も幼い頃から奴隷を見たりしているから、ごく普遍的で当たり前な光景。こうして実際に売り買いされている所に来てしまっても、おかしいとは感じない。ただこうなりたくないと願ったのみ。知り合いがどの子にするか歩き回って選んでいる間、早くも家に帰ってからことを想像してなんとなく向けた視線の先に、その子はいた。
はかなげな印象。十五~六歳頃の少女への第一印象はそれだった。多少汚れてはいるが健康的な肌。薄くぼろい布きれだからこそ強調されている歳相応の体つき。半ば閉じられた憂いを帯びた瞳。奇麗なイメージと宝石のような美しさを兼ね備えた金色の髪の毛と、頭頂部から生えた先のとがった犬のような耳。自らの膝に載せて抱えるようにしてある長く大きく太い尾。
アーモンド状の形をした瞳は、濃い蒼色でサファイアのように奇麗ではあるものの感情や生気が一切読み取れず、おもわず死を連想する。どうしようもなく気怠るそうにこちらに向けられる視線は自分の境遇を憂いているのか、もう投げやりになっているのか。とにかく光がない。
人形のような生気のない少女と目と目が合った瞬間、異変が起こった。
体に雷が落とされたような衝撃でしびれて、巨人に踏みつぶされたような衝撃がつむじから脊髄を通って足まで届く。痛いとすら感じる心臓の強く激しい鼓動が不思議と心地良い。頭の中と全身、とにかく俺の全てが熱い。なにかに焼かれつづけているみたいだが不快さはない。
少女のこと以外考えられなくて、少女以外の物を見るのが惜しくて逸らせない。一目ぼれなんてこと、現実にそう簡単にあるわけがない。そう馬鹿にしていた過去の俺にとてつもなく素晴らしくて幸せなものだと教えたい。
いくらか記憶が飛んで、俺は少女を買っていた。まったくもって意味不明である。商人の言葉に適当にあいづちを打っている間、数分前の自分を振り返るが、どうしても思い出せず次第に現実を認識していく。
「よろしくお願いいたします、ご主人様」
筋肉がないのかとと疑ってしまうほどの無表情が、抑揚も感情も込められていない愛らしい声が、恭しくあいさつをしてきた少女が、全て忘れさせる。ご主人様。つまりこの子は俺だけの物。
天にも昇れそうな心地だった。すぐにこの場で飛んで跳んで跳ねて回って、いっそのこと地面で転がり回って狂喜乱舞したい。それくらいこの少女を手に入れることができたて、体中からいろいろとあふれてしまう。少女にはなんの変化もない。ただじぃ、っと静かに瞳をのぞきこんでくる。感情と熱が一切込められていない瞳に吸い寄せられて、また心臓が爆発しそう。
愛おしい、全てが。こんな最愛の存在を手に入れたんだと、歓喜に打ち震えた。今すぐ目の前の少女を抱きしめ愛で回したい衝動を辛うじて堪える。そして、少女を伴って静かに去った。




