第20話、一時的な転生状態での犯罪は罪に問えるか?
「──わはははは、そうだ、これまでの連続殺人はすべて、現代日本から転生してきた精神体としての『俺』が行っていたのであり、実際に被害者たちを手にかけた異世界人たちには何の罪もないのだ! どうだ、いくらかの高名なる、『転生探偵』の貴様も、完全にお手上げだろう?」
私のすぐ目の前で、血濡れたナイフ片手に仁王立ちしながら、これ見よがしに胸を反らして高笑いをする、深紅のドレスに豊満なる肢体を包み込んだ、絶世の美女。
同じく鮮血のごとき深紅のピンヒールの足下に、最後の犠牲者の死体を横たわらせたままで。
……いや、『転生探偵』って。まさかこの路線で、本当に作内シリーズ化でもするつもりですか、このイカれ作者ときたら⁉
「あ、あの、私ヘルベルト=バイハンは別に、いつの間にか巷で騒がれているような、『転生探偵』とか『神父探偵』とかいう大層なものではなく、単なる聖レーン転生教団の一教会の主席司祭にすぎないのですが?」
「隠すな、隠すな、貴様があの世間を震撼させた、『死に戻り事件』や『復讐幽鬼連続殺人事件』や『織田信長事件』を、すべて鮮やかに解決したことは、もはや周知の事実なのだからな」
「私自身知らぬ間に、そんな大事に⁉ 私はただ教会の告解室で、迷える子羊の皆さんのお悩みをお聞きしただけなのに!」
心から本気の抗議をしてみたものの、『真犯人』を自認する彼(彼女?)のほうは、てんで聞く耳を持っちゃいなかった。
「だが、今回の連続した五つの事件ごとに、殺害を実行する人間を交換しながら犯行を重ねて、加害者と思われた者が次の事件では被害者になるという、これがもしミステリィ小説だったら、名探偵泣かせであり、同時に読者泣かせでもある、最後の最後のまで、誰が被害者になり加害者になるのか皆目見当のつかない、反則技的『奇想』展開を繰り広げたのだ! しかもこうして貴様と会話している『俺』は、ゲンダイニッポンから転生してきた『魂』のようなものに過ぎず、現在『俺』が宿っているこの女自身には、殺人を犯したなどという自覚はまったく無いのだしな。どうだ、『転生探偵』よ、手も足も出ないだろうが?」
自信たっぷりに宣う、自称『転生者の精神的存在』。
──確かに、普通だったら、『精神体』が犯した犯罪を処罰する法律なぞ、存在しないだろう。
──これがせめて、私の本来のホームグランドである、『小説家になろう』様で絶賛公開中の、『なろうの女神が支配する』の中の一編であれば、彼(彼女?)の意見が、全面的に採用されたであろう。
──だが残念ながらここは、異世界転生という非常識なことが普通にまかり通る、狂った世界を舞台にして、狂った事件に対して、狂った法律を適用する、狂ったWeb小説の世界なのであった。
「──いいえ、ちゃんと罪に問えますよ、異世界転生に関わるあらゆる犯罪を罰することのできる、『転生法』に則ればね」
私の決定的な宣告を突き付けられて、目に見えて怪訝な表情となる『真犯人』氏。
「……転生、法だと?」
「あ、やはり、自称とはいえ、『現代日本人』を名乗っている方では、ご存じありませんでしたか? 無理もございません、『転生法』とは基本的には、異世界転生してこられた現代日本人の方が、快適な異世界ライフを行われるように、『異世界人側に課したルール』なのですからね」
「その『異世界法』とやらに、今回の事件に関して、どのような条文が載ってあると言うんだ?」
適用対象が基本的に、純粋なる異世界人側だと聞いて、若干安堵した表情で聞いてくる、彼(彼女?)に対して、
情け容赦なく、とどめの一言をお見舞いする。
「我が『転生法』においては、二重人格や記憶喪失中の仮人格や他人との人格の入れ替わり等の──いわゆる『多重人格化』や、一般には前世返りと言われる、別の時代や世界からの『転生化』等の、総じて『別人格化』と呼ばれる現象を一切認めず、たとえそういう状態にあるかのような人物が犯した犯罪であろうと、その人物本人を問答無用で処罰することになっております」
「………………………………は?」
おそらくは、何を言われたかわからなかったのだろう。
ほんの一瞬のみとはいえ、完全に呆けた表情をさらす『真犯人』氏。
「──いやいやいや、ちょっと待てえ⁉ 貴様たった今、俺が現代日本からの転生者であることはもちろん、『二重人格者』や『記憶喪失中の仮人格』や『前世返り』等々の、ラノベやSF小説やWeb小説における、いわゆる『別人格化』系の作品を、全否定しただろうが⁉ まさか出版界関係者を、すべて敵に回すか⁉ やめて! 俺を巻き込まないでえ!!!」
「ええ、そうですよ? だって、出版界のほうが、間違っているのですから」
「何でそんな自信満々に、Web小説界的に、死のうとしているの⁉」
「何せ、そもそも『人格』なんてものは、『時間』なんかと同じく、本当は存在しやしないものを、人間が便宜上存在しているかのように勝手に定めた、いわゆる『概念』上の存在にすぎず、本当は『人格』や『時間』なんてものは、微塵も存在していないのですよ」
「……あ。た、確かに、時間なんて、概念上の存在にすぎないよな。だったら、人格のほうも──」
「ほんと、馬鹿ですよね、プロの作家たちって。何かというと文字通り馬鹿の一つ覚えみたいに、『ブラックホール付近では時間の流れが歪んでいる』とか戯言をほざいているけど、最初から存在しないものが歪んだりするものですか。結局彼らは自分の頭で考えることなく、先達の作品──つまりは『間違った答案用紙』を、ただただ必死に『カンニング』しているだけなのですよ」
「だから、やめてー! もうこれ以上、出版界にケンカを売るのはやめてー‼」
「そしてそれは、『人格』に関しても、同様なのです」
「──っ」
「元々存在しない『人格』をテーマにして、年頃の少年少女が入れ替わってしまうといった、もはやうんざりするようなワンパターンなタイプに始まり、二重人格の女の子に惚れて『自分はどちらの人格に惹かれているんだ?』とか悩んだり、『記憶喪失中の俺は仮の人格にすぎないんだ、記憶が戻ったら消えてしまう、はかない存在にすぎないんだ!』とか強引に涙を誘おうとしたり、『犯行当時の私には前世である戦国武将や異世界の勇者や現代日本からの異世界転移者が取り憑いていたので、無罪なんですう〜』とか主張したりすることなんて、何の根拠もない非論理的な、ただの戯言にすぎないのですよ」
「だ、だったら、この、間違いなく『現代日本人としての記憶』を持っている『俺』は、一体何者だと言うんだ⁉」
自分の存在性を全否定されたために、必死に食ってかかってくる、自称『現代日本からの転生者』氏。
しかしそれに対して私は情け容赦なく、一刀のもとに斬り捨てる。
「まあ、簡単に言ってみれば、『前世』の実在を本気で信じておられる、『夢見る夢子ちゃん』そのままの、メンヘラ女の妄想の産物のようなものなんですよ」
「……メンヘラ女の、妄想?」
「ええ、理屈抜きに、至極簡単明瞭に、申すならば、ですけどね♡」
「ふ、ふざけるな! 誰がメンヘラだ! そもそもたかが妄想ごときに、こんなに明瞭な『現代日本人としての記憶や知識』を再現することなぞ、できるはずがないだろうが⁉」
まさしく怒髪天衝く剣幕で、一見至極当然な反駁を突き付けてくる、自称『現代日本からの転生者』氏。
だが、残念ながら、私はその質問に対する答えも、ちゃんと用意していたのだ。
「いいえ、これについては、きちんと論理的にご説明できるんですよ。実は現代日本において高名なるユング心理学で言うところでは、すべての人間の精神の最深部には、『集合的無意識』と呼ばれる、すべての世界の境界線を越えた人類共有の超自我的領域があり、そこにはありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の『記憶と知識』が集まってきているからして、そこにアクセスすることさえできれば、この剣と魔法のファンタジー世界の住人であろうと、現代日本の住人の『記憶と知識』にアクセスでき、それをおのれの脳みそに刷り込まれることによって、それを突然甦った『前世の記憶』と見なして、自分のことを『現代日本から来た転生者』と思い込むようになってしまうのです」
「な、何だその、超自我的領域とか、集合的無意識とかいった、オカルト話は? それこそ非論理的そのものじゃないか⁉ 一体そんなものに、どうやってアクセスすると言うんだよ!」
「いえ別に、集合的無意識は、オカルトでも非論理的でもありませんよ? 言わば天才や発明家の方々にとっての『閃き』のようなものです。だから誰であろうが、己の願望を成し遂げるために努力すれば、最後の最後に『閃き』という形で、集合的無意識にアクセスすることができるのです」
「はあ? 集合的無意識が、『閃き』だって?」
「現代日本において有名な逸話として、発明王のエジソンは『天才は99%の努力と1%の閃きからなる』とおっしゃっているそうですが、まさにこれぞ『集合的無意識へのアクセス』そのものなのであり、あなたのような転生者を例に挙げますと、あくまでも単なるこの世界の人間でありながら、『現代日本レベルの政治を行いたい』とか『現代日本レベルの武器を作りたい』とか『現代日本レベルの本作りをしたい』とかの己の願望に基づいて、努力に努力を重ねて成功まであと一歩まで迫れた者にだけ、『成功の女神』が微笑んで、『閃き』という形で集合的無意識とのアクセスを実現させて、見事『現代日本人としての記憶と知識』を得ることができ、先程申しましたように、自分のことを『現代日本からの転生者』と思い込むようになって、『NAISEI』や『現代兵器作り』や『本作り』に励んでいくようになるわけなのです。──あなたもまさしく同様で、あくまでも異世界人としてのあなた自身の意思として、心から憎んでいるとかの理由に基づいて人を殺そうとして、今回の連続殺人事件を仕組み、それをどうやって、現代日本のミステリィ小説ばりに『完全犯罪』として成り立たせようかと、悩みに悩み試行錯誤をした結果、その努力が実って『閃き』という形で集合的無意識とのアクセスを実現させて、『現代日本人としての記憶と知識』を得ることができ、自分のことを『現代日本からの転生者』と思い込むようになって、見事摩訶不思議な連続殺人事件を行うことを成し遂げたって次第ですので、あくまでもすべての実行者は転生者なんかではなく、生粋のこの世界の住人であるあなたなのであって、あなた自身が罪に問われるのは当然の仕儀に他ならないのですよ」




