第一章:突然の辞令《山田龍之介》1-2
その高身長の女性は、腰まで届きそうな、フワモコの白い髪の毛、大きくぱっちりとしていて、かつ大人の色気も兼ね備えた瞳。ぷるんっとした柔らかそうな唇。そして、スーっと通った鼻筋。僕の小さな手でも二つ合わせれば隠れてしまいそうなサイズの顔。その顔が乗っている細い首に、スーツの上からでもわかる。ボン、キュッ、ボンッ。なボディーライン。――9頭身くらいあるんじゃないかな?――その存在は、まるで女神様のようで。
僕の目は彼女にくぎ付けになった。
「――くんっ! 山田くん?」と呼ばれ、ハッと我に返った。いかんいかん。社長の前だ。クビになる。
「で、時間もないので、いきなりで悪いが、本題から、話をさせてもらう」
本当いきなりすぎて、面くらったが、やはりこのくらいのスピード感がないと大企業の社長は務まらないのだろう。どこかの無駄話が長いテカテカが万年支店長止まりなのも理解できる。
そして、次の言葉に僕の心は浮足立った。
「君には、彼女と一緒に、新しい店舗立ち上げを行ってもらいたいんだ」
驚きすぎて暫く僕の思考は停止した。うそ、ほんと?本当ですか?
こんな美人さんと二人で店の経営できるんですか!社長!マジか。
強面白髪おっさんとか思ってごめんね!最高の上司じゃないですか!
やっぱり、支店長とは、やることが違うね!
「彼女は、私の秘書を務めてもらっていてな。この度、このプロジェクトをメインで進めている彼女に出向してもらうことになった。しかし、店舗経験はあまりないのでね。そこで、今までの実績と若さを考慮して、彼女からのご指名もあり、君に白羽の矢がたったというわけだ。どうだろう。引き受けてくれるかな?」と社長は渋めの超カッコいい声で、僕に言った。
やだ、イケメン。イケメン過ぎて惚れそう。つまり、40店舗以上立て直したご褒美に、海外の店舗出店を僕に任せてくれた上で、美しすぎるあの秘書さんと二人三脚で、店舗運営できるってことでしょ?なにそれ、最高過ぎでしょ。いや、ほんと10年間、頑張って働いてきて良かった。社長、超カッコいいです。数分前の、社長のことおっさんだとか言っていた自分殴ってきます。
「はい、もちろんです!」僕は、二つ返事で了承した。
「では、改めて挨拶を」社長に勧められ、秘書さんが挨拶をする為に、近づいてきた。いや、本当に美人。それに、――クンクン――。この距離で、めちゃくちゃ良い香りする。
なんだろう、これ。香水とかじゃない。とても甘い良い香りがする。あんまり香水は得意ではないけれど、でも、この匂いは嫌じゃない。それに、不思議だ、とても懐かしい香りがする。
しかし、やっぱ、大きいな。180cm以上あるんじゃないかしら。見上げる首が少し痛い。
「では、改めまして。私、婁アシュビーと申します。一緒に行ってくださること、すごく光栄です。どうぞ、よろしくお願いしますね」
僕の身長に合わせる様に彼女はかがみこんで、ニコッと微笑んでくれた。
その笑顔は、あまりにも眩しすぎて、失明するかと思うほどだった。――これが、尊いって感情なのか。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。山田龍之介と申します。どうぞ、よろしく」
ここで、ひとつ勘違いをされては困るので、僕の体裁的に断っておく必要があるが、僕は決して惚れやすい性格でも、軟派でもない。ただ、純粋に、感受性が豊かなだけなのだ。
それに、こんな美人、心動かされない方が不自然だろう。
挨拶もそこそこに終えたタイミングで、社長はおもむろに立ち上がり、こういった。
「では、挨拶も済んだことだし、さっそく現地へ向かってもらおう」と。
え、今からですか?さすがに急すぎない?
慌てる僕を他所に、話はどんどん進む。あ、これもう向かう流れだ。逃げられそうにもない。
困惑している僕を他所に「ちわーっす。準備整いましたぁ?」と社長室の外から軽薄そうな声と共に入ってきたのは、
白い靄のようなタコ足の生命体だった。
はぁ、なに、あれ。タコ足の白い靄みたいな生命体って。え、今あれ、喋った? 喋っちゃったよね? うーん。――僕は思考をフル回転させた――
あ!なーんだ。テレビ番組か動画サイトのドッキリ企画だな。全部急に決まるし。秘書さん、めちゃくちゃ美人だし。おかしいと思っていたんだよ。これ。あー、すっかり騙されちゃったなぁ。カメラどこにあるの、カメラ?
いやぁ、それにしても、このタコみたいなの、よくできてるなぁ。
唐突過ぎて、僕の頭の中は大混乱を起こしながら、それをジロジロ観察しつつ、僕は思った。
あれ、身体半透明だけど、どこに糸とかスピーカーついているの?
今になって思う。この時、全力で逃げていれば、落下せずに済んだのにと。
「では、山田君。アシュビー君。異世界、気を付けていってらっしゃい。あ、拠点出来たら、必要な荷物も送るからねぇ」
いつの間にか社長室に展開された、魔法陣のようなものの中心に立たされていた。
あ、あの~、婁さん距離近い。というか、だぷんっと、何か頭に柔らかい立派なもの載ってる!
載っているよ、婁さん!困惑する僕と平然な雰囲気の婁さん、そんな僕たち二人をよそに社長にそう言葉をかけられながら、
僕たちは光に包まれ、――そして、現実世界から消えた。
光に包まれながら、僕は、思った。え?今イセカイって言った?ISEKAI?なんだそれ、い・せ・か・い?異世界!?え、ちょっとまって、まって。異世界ってあれでしょ。魔王がいたり、ダンジョンがあったり、俺TUEEEEしたり、死に戻りしたりする。ゲームみたいに、魔物がいて、ドラゴンがいるファンタジーな、あの異世界でしょ?いやいや、ありえない、ありえない。
え、うそ、身体消えていっている?え、ほんと???
いやだ、異世界、いやだ!平和な世界で過ごしたい。多分、凡夫な僕はすぐ死ぬから。いやだ、いやだ!まっ。
そんなことを考えていたら、体が急に軽くなった。あれ、なんだこれ?浮遊感がすごい?良心いためて、中止にしてくれたのかな。
なんて、思っていたら、なんだか落下している感が強くなった。――そして冒頭である。
では、再スタート。
「なぁっぁんでーーーーー、落ちてんだよーーーー??」
うわぁぁぁぁぁぁぁ、と叫びながら、落下していく身体。やっぱり異世界でも重力ってあるんだなぁ。なんて呑気に考えている場合じゃない。ほんと死ぬ。きっと死ぬ。だって、なにも能力獲得していないもん。女神様みたいに美しい秘書さんには出会ったけれども、何にもスキルとか割り当てられていないもん。
そこで、僕はとんでもなく楽観的な思考に至る。人は、追い詰められると本性が出るというが、僕の本性は、楽観主義者であったようだ。で、思いついたのが、これだ。
実は、秘書さんが女神様で、僕の知らないうちに、能力付与されてたりするのかもしれない!
よし、とにかく念じてみよう。浮かべ、浮かべ……。何も起こらない。やっぱり言わないダメなのかな。「浮かべ! 浮かべ!」……。え、なにも起こらないんだけど。てか、どんどん地面近づいていません?あ、わかる。僕もうすぐパニックになる。「浮かべ!」「飛べ!」「FLY!」「JUMP!」「◆△■●!」「――!」「――――ッ!」……もうだめだ、地面に激突する、そう思った矢先、体が浮いた!
やっぱり、能力を付与されていたんだ!と思ったのも束の間、僕は気づいてしまったのだ。自分の身体が、秘書さんの手によって、猫みたいに襟元を掴まれていることを。
昨日掲載できなかったから今日の分をば…。