第一章:突然の辞令《山田龍之介》1-1
突然だが、上空約8200メートルから紐なしバンジーもとい、パラシュートなしスカイダイビングをした経験のある方はいらっしゃるだろうか。
経験者の方は、どうか早く成仏してほしい。
未経験の方は、不死身の英雄や、死に戻りのスキル保持者でもないのであれば、止めている方が賢明だろう。
パラシュートなしスカイダイビングを成し遂げた超絶クレイジーな人だって、高度はせいぜい、7600メートル。しかも地面には巨大なネットを張っていた。
そもそも、時速180㎞で、生身で空を飛ぶなんて、人類には早すぎる行為なのである。
しかし、諦めるには早計である。例えば、僕の落下地点にネットを張ってくれていたら万に一でも助かるはずなのだけれど―。
うん、もちろん、張ってないよね。
「なぁっぁんでーーーー、落ちてんだよーーーー!!!!」
叫んだ声すら、置いてきぼりで後方に消えていく上空で、
僕は静かに死を悟った。
あぁ、享年27歳早すぎる最期だったなぁ。まだ、終わりたくはないけども。
でも、なんで僕、紐なしバンジーさせられてんだっけ?と恐怖心も過ぎると、逆に頭も冴えてくる。僕は、冷静に思い返す。
あれは、年度かわってしばらく経ってからの、初夏に入りかけの季節だったと思う――。
「店長ー、支店長から電話です~」間の抜けた声で、バックヤードに入ってきたのは、新人の千佳ちゃん。
あー、今日もかわいいなぁ。
なんて思いながら、電話だと呼び出され、「はいはい」と返事をして、いそいそ電話に出るのが、僕こと、山田龍之介。
ここ、都心の繁華街近くに店を構える、携帯ショップdosouの店長である。店の規模としては、M型店舗と呼ばれる規模、つまり、中位の大きさだが、
営業成績は全国トップクラスを叩きだしている。
本社から言われる営業指標もすべてトップランクでの達成。つまり、その数字が示すのは、販売台数も、契約件数も、サービス利用率も、そして、顧客満足度も最高という事だ。
まぁ、僕がすごいというわけじゃない。
部下の子たちが優秀なだけなのだ。だから、決して、僕がやり手だとか、店舗経営の天才だとかではない。
僕は、凡夫だ。本当に。
偶々、部下の子たちに恵まれてきたのだと思っている。しかし、そんな調子で、全国営業成績最下位組、いわゆる経営状況がすこぶるよくない店舗を、40店舗以上、次々に立て直してきてしまったのだから、社内での評判は、当然、次のようになる。
「はい、お電話変わりました。山田です」千佳ちゃんから引き継いだ電話に出る。――あ、ニコッと笑ってからフロアに出ていった。うん、やっぱり、かわいい。――
「おー、山田君。忙しいところ悪いねぇ。」と、如何にも、おでこがテカついていそうな、
がさつく声で電話をかけてきたのは、自分の上司にあたる、支店長、佐々木さんだ。
――忙しいところ悪いと思うのなら、かけてこないでほしいところだが――
「お店の調子は順調かね」
「はい、おかげさまで。部下の子たちも、成長してきてくれたおかげで、より安定して、業務の展開が出来ていますよ」と当たり障りのない会話のやり取りがおこなわれていく。
――うん、やはり話がながい。僕はこの時間が嫌いだ。無意味に流れていく時間。この時間があれば、他の仕事ができるし、バックヤードの仕事を早く終わらせて、フロアで、部下の子たちの負担を減らすこともできる。なのに、――
「で、本題なんだがね」と支店長が切り出した。やっと本題か。
「少し急だが、君、来週付けで、新しい店舗行ってもらうから」
――――しばらく、僕は、思考が停止した。はぁ。ん?はぁっ?ちょっと待て、ちょっと待て。
「ちょっと待ってください。支店長。僕この店に来たの、たった5か月前ですよ。まだ半年経っていないんですよ!」
――ふざけるな、また移動してたまるか。
「いやぁ~、そうなんだけどねぇ」
そうだと思うなら、なんで、そんな話をするんだよ。
「それに、僕がこの店に移動するって話の時、約束したじゃないですか。次の移動は、最低一年以上先にするって。話が違いますよ!」
――また、移動だなんてたまったもんじゃない。
新しい店舗でのスタートはいつも、前任者の風習との闘いで、悪い雰囲気が汚れた排水溝並みに、びっちりとこびりついているのだ。
それを、自分を奮い立たせて、疎外感と闘いながら、交流し、信頼を獲得して、特性をみて、結果を出せる様に育成する。普通でさえ大変なことなのに。
その上、ましてや、それを弊害して余りあるのが僕にはある。それは、僕の外観だ。
高学年くらいから、身長が止まり、今でも、身長は140cmあるかないか。
もちろん病院にも行ったが、結局原因はわからなかった。
その上で、顔まで極端に童顔で大きな瞳の中性的な顔。つまり、まるで、時でも止められたみたいに、僕の身体の時間は進んでいない。髪型も結局、黒髪短髪が落ち着くのだ。
だから、仕方ないのかもしれないけれど、
未だに〇学生に間違えられるし、性別だって、間違えられることがある。
なので、結果として、そんな僕を、着任当初は誰も最初は店長だとは認めてくれないのである。
そんな僕だが、それでも、積み重ねてきた経験のおかげで、1か月もあれば、その工程は全て出来てしまうようになった。今の僕にとって難しいことではないのだけれど、それでも大変だし、なによりしんどい。すんごく体力をつかう。
それに、この店は、今までで一番居心地がよい。なにより、千佳ちゃんかわいいし。断固として動きたくない!絶対に!そう決意を固める僕であるが、
そんな僕の決意をへし折る言葉が電話の向こうから聞こえてきた。
「あー、山田君。これ、社長じきじきの辞令なんで。(逆らえば、どうなるかくらい、わかるよね?)」――。言外に伝わる、逆らえばどうなるかわかるよね。いやに、脳内で反響しそうなこの言葉。
それは、つまりこの辞令に反旗を翻せば、クビを意味する。この不況のそれは、詰まるところ社会的に死ぬ。
いくら、パワハラであろうと従うより他はないのだ。その瞬間、僕の剛毅な決意は、ガラス細工のように砕け散ったのだった。
「わかりました。で、どこに移動なんですか」憤懣を無理やり抑え込み、尋ねる僕に、かさつく声の支店長は、
「移動先は、社長自ら出されえるので、来週、店舗でのお別れと、新任の店長に引き継ぎを終えたら、本社に来てくれたまえ」と答え、では。と言いながら、電話を切った。
いやいやいやいや、ありえない――。
移動先が知らされないまま、一週間後に移動だって?あまりにも急すぎる。一週間後に移動なんて、前代未聞だ。もしかしたら、僕は、いつの間にか、よほどの懲戒を受けることでもしていたのか。え?僕何かした?いや、全く思い当たらない。
混乱する頭を理性で抑え込んだら、そこから先は一瞬だった。
まず手始めに店舗スタッフ皆に、移動になった旨を伝えて、
次いで、新しく赴任してくる店長にも、引き継げることは引き継いだ。
不安要素は、新任の店長くらいか。
僕より年上だけど、言動ちぐはぐだし、女の子と新人にやたら横柄だ。不安でしかない。
しっかりやってくれよ。と祈りながら、日々は過ぎ、社長との面会の日になった。
――面会の日、当日。
唯一の心残りは、部下たち、とくに、千佳ちゃんにボロ泣きさせたこと。あー、違うんだ。僕だって離れたいわけじゃない。そんなことを思い返していたら、段々腹が立ってきた。
なんで、僕が移動しないといけないんだ。そもそも、行き先位教えてくれても良いじゃないか!内心プンスコプンスコ怒りながら、本社にて相も変わらず、額テカテカ僕より少し身長がある位の支店長と合流し、社長室にたどり着いた。
「いいかね。山田君。くれぐれも、社長に粗相のないように」
「はい。大丈夫ですよ。支店長」怒りに燃える内心を落ち着かせながら、さわやかにテカテカ(支店長)に営業スマイルをきらめかせて返答した。
そして、僕は、重厚で厳かな材木作りの社長室のドア前に立たされた。
「どうした、早く入りなさい」とがさつく声に急かされながら、僕は、覚悟を決めてドアをノックした。
「どうぞ。」と社長から重低音なボイスの返事が返ってきたので、息を深く吸いながら社長室に入った。
率直にいうと僕は、目を奪われた。もちろん、白髪の混じった強面壮年おっさん(社長)にではない。
社長の隣で、凛っと佇む、高身長の美女に目を奪われたのだ――
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