第三章:山田の受難 3-5 初めての外出
着せ替え人形と化した山田。初めての外出…。
外は、陽射しが高く、気温は、初春のように温暖だった。
実に、四日ぶりの外出である。しかし、確かにと思う。
村行く人々は、一様に女性ばかりで、男がいたとしても、それは、子どもかお年寄りしかいない。
「あらぁ~、あんたもう大丈夫なのかい?」と大柄な女性に話しかけられたり、
「よかったねぇー、ボク。お姉ちゃんに感謝するんだよぉー」と痩身の女性に話しかけてもらったり、と数多くの人たちに話しかけられながら、僕たちは目的地へと進んでいった。
「先ほどの大柄な女性が、現在、この村唯一の宿屋のマスターで、ご主人は、出稼ぎの為、街へ出られています。痩身の女性は、先程お話した、毒虫に刺され、倒れられていた農家の方で、――」
人に出くわすたびに、ヘレーさんは、村の人たちを教えてくれた。
さすがは、村長の娘さんだ。村の中で、彼女を知らない人はいないし、彼女の人柄だろう、皆、彼女に話しかける。よそ者の僕たちだって、彼女の客だとわかっているから、これほど、警戒されずに話しかけてももらえるんだろうな。
しかし、
「やっぱり、子どものふりというのは、なんといいますか、むず痒いですね」ヘレーさんに言葉を投げた。すると、くすっと笑って、
「大丈夫ですよ。ヤマダサン。子どものフリすごくお上手です。だって、これまで、誰も疑ってなかったでしょ。それに、いちいち説明したら、日が暮れてしまいますもん。全て、落ち着いてから、また皆には説明しましょう」
いや、そうなんだけれどね。羞恥心は薄れないよなぁ。
二人でそんな会話をしていると、先程まで黙って村人たちへ笑顔を振りまいていたアシュビーさんが口を開いた。
「いや~、これほど褒められると、さすがの私も照れてしまいますねぇ」ふんす、と鼻息荒く語る、アシュビーさん。持ち前の美貌が功を奏して、ひたすらに村人たちに褒められていた。
やれ、綺麗な人だや、女神様みたいだ、いや、魔王様だ。神話の古代世界の女王様の様だ。などなど。
そして、そのしわ寄せとして僕は、皆から二口目には、「綺麗なお姉ちゃんでよかったね」「感謝するんだよ、ボク」と来たもんだ。
そんなことを言われ、なんと返して良いかわからず、ただ、にっこり笑顔を作ることしかできず、本当にただの愛想の良い子どもになった気分であった。
その間も、礼儀正しさと外あたりの良さ、そして、持ち前の優秀さを生かし、あの短時間で、村人の人心を掌握していくあたり、ショタコン気質の変態でさえなければ、本当に優秀な人物なのだと、身に染みて実感したのだ。
「でも、定期的に僕のお腹に顔をうずめて、体臭を吸引するのやめてもらっても良いですか?」ムニュ?ムニュ?
「何言っているんですか。私は、山田さんを抱きかかえて、この道のりを来たんですよ。これは、正当な対価です。この対価がないと、もう、私は頑張れません。身体も、へとへとなんですから」ムニン?ムニン?
いや、ウソだ。この変態、かなり歩き、村も外れ、山道を登っているというのに、息一つ上がっていない。それどころか、汗もかいていない。なんだ、その体力。
社長秘書ってこんなに強靭な肉体ないとなれないの。
しかし、疲れていないからと言って、感謝しないのは筋違いなんだろうな。抱えたまま、僕の身体のことを考えて、ここまで来てくれたことに、一応僕は心の底から感謝している。
「はいはい、抱きかかえてここまで連れてきてくれてありがとう。アシュビーさん」
しかし、口に出すとそれはなんとも茶化してしまうのは僕の悪い癖だろう。
しかし、そんな茶化した感謝でも、心から嬉しそうな顔をするアシュビーさんに、寧ろこちらが照れてしまう。ムリュン?ムリュン?
「それで、ヘレーさん、お医者様の診療所は、あと、どのくらいなんでしょう?」
照れを振り払うようにヘレーさんに話を振った。
「はい、もう少しでつくかと思われます。大きな樹の洞を利用して作られている特徴的な外観なので、見えてくれば、わかるかと」ムチン?ムチン?
なるほど、やっと目的地にたどり着けるのか。思えばここまでの道のりは長かったなぁ。
それにしても、僕が、安易に感謝なんか伝えてしまったせいなのか、今度は、アシュビーさん、なぜか目頭を押さえ泣き始めた。情緒安定してなさ過ぎて、怖いんだけど。
この状態なら、きっとヘレーさんの声も聞こえてないよね。
黙々と歩く僕たち。
抱っこされている身で言うことじゃ何だろうけど、抱きかかえられる方も、以外としんどいのだと、初めて知った。なんといっても、女性に身体を預けているわけなので、その胸に極力当たらないように気を使ったりするわけだ。まぁ、この人寧ろ押し当ててくるんだけどね。ムキュン?ムキュン?
「ねぇ、いい加減にしてね。乳押し当てるの」すんごいしょんぼりした顔で、アシュビーさんは了承してくれた。
更に暫く進み――、
「あ、見えてきました! 見えてきましたよ!」嬉しそうに話す、ヘレーさんの足取りが軽やかになった。ぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。なんとも微笑ましい光景だ。
しかし、こうしてみると、ヘレーさんも普通の少女だ。もしかして、実はまだ10代中頃だったりするのかも。
そんな跳ねていた彼女に指示されるように前を見上げる。
「おおきい……」
思わず声が漏れ出るような、木漏れ日の陽射し差し込む、雄大な大樹の幹がそこにはあった。
そして、その幹にぽっかりと空いた大きな洞。そこには、明らかに雰囲気の違う、それでいて、自然に調和した巨大な人工物の建物があった。
「うわぁ、大きいですね。山田さん」アシュビーさんも少し興奮しているようで、かくいう僕も、まるで、子どもの頃に憧れた森の秘密基地のようないでたちに心なしか、心臓がはやく脈を打つような感覚がした。
「お待たせいたしました。ここが、私達の目指していた、診療所です」
一話目以降、初めての外出という衝撃。(第三章はここまで)