三話
光誠や姉妹たちが通うのは、地方都市にある高校だった。
進学校というほどやる気があるわけでもなく、かといって中学時代に好き放題やってきた人間が入学できるほど敷居は低くない。
そういう学校だった。
不真面目なグループから逃れたい人間がとりあえず通うような緩い学校だった。
光誠は二年C組で、この学年における不良たちから離れるようにして在籍していた。
光誠は不思議だった。
どこへ行っても不良というのはいるし、グループを作る。
光誠は一年の頃からそのグループから誘いが来ていた。
光誠はクラス替えに学力が関係すると知ってから単位や赤点を気にして猛勉強した。
その甲斐あって、光誠は不良グループから距離を置くことに成功し、友人にも恵まれた。
「よお、日高。元気になったか?」
「ああ、まぁまぁだ。まさか、吉崎が心配してくれるとは思わなかったけど」
光誠が席に着くと、さっそく悪友の一人、猿によく似た吉崎孝弘が声を掛けてきた。
茶髪にピアスをしており、ボタンを外したワイシャツの下に赤いTシャツを見せびらかしている。
見た目は不良だが、光誠と同じで不良とは相容れないまともな神経の持ち主だった。
ただ、ちょっと目立ちたがり屋なところがある。
そんな二人が揃うと、たちまち席の周りから人がいなくなる。
関わり合いたいと思うクラスメイトは少なかった。
「心配なんかしねーよ。むしろ羨ましくて呪いたいくらいだ」
吉崎は、光誠の家にたくさんの女性がいることを知っていた。
「学校でも有名な八木美人姉妹や一年生のアイドル大山瑠璃ちゃんと同居するのに飽き足らず、学校一の美人教師の岡田先生とも一つ屋根の下って、どんだけ俺のヘイトを稼げば気が済むんだ? ああ?」
「その妹の岡田美奈星もいるぞ」
「うるせぇ! ダメ押しすんな!」
光誠の前の席に後ろ向きへ座り、光誠へガンを飛ばす。
吉崎は、威勢はいいものの、誰かと殴り合いをしたという話は聞いたことがなかった。
「いい加減に説明してもらおうか。どうしたらそんなに羨ましい家庭になるのかをよ?」
光誠を睨み付ける理由は、それだけだったのだ。
「他言するなよ」
光誠は辺りを見回して声を潜めた。これを言わなければしつこく食い下がることは目に見えていた。
「お、おう。任せろ」
光誠がにらみ返すと、吉崎はいまいち信用のできない返事をする。
「まず、葵姉さんが生まれる。でも、その父親が働かない人で、俺の父さんが離婚を勧め、後に母さんと結婚して俺が生まれる」
「ほう、親父さんすげーな」
「だけど、母さんが浮気して、離婚する。ここで生まれたのが紫織だ。紫織の父親もあまり素行が良くなくて、母さんは離婚して、一人で二人の娘を育てることになる」
「あー、マジか。だからお前は、紫織ちゃんのことになるとムキになるんだな」
美人姉妹と目される紫織は、告白されることが多かった。
玉砕してもしつこい男は、ことごとく光誠が力でねじ伏せて追い払った。
八木姉妹の境遇を知っているだけに、男どもを追い払う光誠も腕が鳴って仕方ない。
「幼い俺を一人で育てられないと思った父さんは、バツイチで子持ちのもう一人の母さんと結婚する」
「それが日高を育ててくれた姉さんの母親か」
「ああ、雲雀姉さんは連れ子としてやってきた。このとき父さんの娘ができる」
「一年のアイドル、瑠璃ちゃんだな」
「そうだ。でも、もう一人の母さんは離婚した。同性愛だったんだ。でも、雲雀姉さんが残って、俺を育ててくれた」
「はぁ、すげーな」
そこまで聞いて吉崎はお腹いっぱいという顔をしていた。
「それから十六年経って、父さんは死んだ。死ぬ間際に、八木姉妹の母と再婚して、死別して、母さんはもう一人の母親と再婚したんだ。父さんが望んだらしい」
「なぁ、日高」
「ん。まだわからないか?」
「いや、羨ましいと思ってたけど、重すぎて辛いわ。すまんかった」
吉崎が頭を下げる。
「おはよう、日高と吉崎」
「おはよう。だけどな、ひとかたまりで挨拶するのはどうなんだ?」
爽やかな級友、浅野友助が教室へ入るなり光誠へ声を掛けた。
サラッサラの髪をなびかせて、嫌みゼロの微笑みを浮かべている。
「いつも一緒にいて楽しそうだからね。それよりも進路はどうするか決めた? 俺は、夏休みになったら大学のオープンキャンパスに行こうと考えてるんだ」
浅野の言葉で吉崎が嫌そうな顔をした。
「進路なんてあとでいいだろう。三年の夏にはできないことを潰すのが先じゃないか?」
吉崎が言わんとすることもわかるような気がした。
「俺は働きたい」
「まぁ、そうだよな。父親がいなくなっちまったら学費だって受験の金だってないもんな」
光誠の意見に吉崎が理解を示す。
「オープンキャンパスは大学だけじゃなくて、企業や会社もやってるからさ。日高も進路指導室で聞いてみたらいいよ」
「そうか。次の休み時間に行ってみるよ」
「はぁ~あ、真面目だねぇ」
浅野と光誠の会話に、吉崎は辟易したように席を立った。