二十話
避難の準備をしながら、美奈星の部屋や二階から賑やかな話し声が聞いていた。
緊張感がないのは、焦って色々考えていることを馬鹿らしくさせた。
学業に関連する物と少しの着替えを用意したら、鞄を閉じる。
光誠には自分の荷物とは別に用意しなければならないものがあった。
電源である。
階段下の収納スペースには、父が生前に用意していた二つの発電機がしまわれていた。
一つは太陽光発電で、もう一つはガソリンで稼働する。
十リットルの携行缶もあった。
一家を預かる者として、家族に不便はさせないと残してくれた。
光誠は発電機の入った箱二つと携行缶を居間に運び出す。
浸水被害がありそうなら二階へ運び上げなければならなかった。
「次は水か」
収納スペースには、予め買い置きされた保存水が一箱ある。
二リットルが九本入りのものだ。
大所帯になる前のもので、九人家族には物足りない。
光誠は保存水を運び出しながら水の確保を考えた。
風呂に水を溜めておけと聞いたことがあるが、一階が浸水したら意味はないと思えた。
「姉さんに頼んでみるか」
雲雀がスーパーに勤めているので、メールで水が足りないかもしれないと伝えておく。
次に非常食だった。
二階に冷蔵庫がなく、一階の大容量のものを運び上げるわけにもいかないので保存の利くものを用意する。
キッチンから缶詰やパンなど火を使わずに食べられるものを集め、ひとまとめにした。
まとめ終わったときに雲雀からメールが返ってきた。
『帰れないかもしれない。道路があちこち冠水してる。水はそっちでなんとか用意して』
幼い頃から過ごしてきた姉の言葉に息が詰まりそうだった。
もう会えないかもしれないという不安が一挙に膨れあがる。
同時に、他の大人たちも帰って来られないことも予想する。
光誠は大きく息を吸い込み、避難すべきか悩んだ。
兄姉妹だけで残る方が安全か、避難所へ逃げた方が安全か。
準備の手を止めてテレビを見る。
大雨の映像は、特段にひどいところばかりを切り取られ、恐怖を煽るだけでなんの参考にもならなかった。
テレビの前から玄関へ移動し、扉を開けて外の様子を見る。
道路は浅い川のようになり、庭先には池を作っていた。それらが繋がるのも時間の問題だと悟る。
猛烈な風が家へ入り込み、雨粒で濡らした。
空から降る斜線が波打っている。
向かいの屋根に弾かれた雨の作る水しぶきで空気は霞んでいた。
目を開けるのも危険に感じられる風の中で空を見上げる。
黒い雲が流木のように流れていた。
「やべーな」
光誠は自然と笑みがこぼれた。
諦めでも楽しんでいるわけでもない。
危機に対面して高揚した。
家に戻ると光誠を迷わせていた選択肢のいくつかは消えた。
雨と風の中、姉妹と恋人を連れて避難所に向かうのは危険だと判断する。
雲雀を初めとする大人たちを家まで呼び戻すのも状況を悪化させる可能性が高い。
「あっくん?」
準備を終えた葵と美奈星が並んで待っていた。
階段を降りる音がして、瑠璃と紫織も現れる。
「ああ、ちょっと外の様子を見てきた」
「あの、これ」
美奈星が気を利かせて浴室からタオルを持ってきた。
美奈星の顔には緊張感がある。
光誠が怒っていると思っているからだ。
光誠もそれは自覚していた。
どす黒い雲の濁流を見上げたあとには、ルール変更を止めなかったことに対する怒りは吹き消されている。
「ふぅー! 奥さんみたい!」
そんな美奈星の怖れも知らずに瑠璃が茶化した。
「ありがとう。ちょっとこれからのことを話そう」
光誠は美奈星からタオルを受け取って髪を拭きながら、役に立たないテレビを消す。
居間は静かになり、女性陣は光誠に注目していた。
「道路はすでに冠水しているところもあるらしい。母さんや姉さんたちの帰宅は諦めた方がいいと思う。それで俺たちはどうするかってことだけど、二階に避難してやり過ごそうと考えてる。外は、歩いて近くの避難所まで行ける状況じゃなかった」
光誠の話を聞いて紫織は下を向いて黙考し、葵は上を向いて知恵を巡らせた。
「私はそれでいいと思う」
「ルリも!」
美奈星と瑠璃が賛同した。
「二人はどうだ?」
「うん、大変そうだけど大丈夫だと思います」
「兄さんと姉さんに従うのだ」
一番荒ぶっていた紫織が落ち着いているようで安心した。
「よし、これから二階で一晩を明かす準備をする。足りないこともあるから力を貸してくれ」
「あっくんは何からします?」
「あれだ。発電機と水を二階に運び込む。誰かの部屋を貸して欲しい」
引っ張り出した荷物を見やりながら答えた。
「それなら私の部屋で。お母さんたちの荷物はそれぞれの家の娘が担当するということでいいですか?」
葵の確認は、光誠が見落としていたことだった。
「そう、だな。俺も姉さんの荷物をまとめないと」
「では、無理に帰って来なくていいと連絡しながら貴重品などの移動からですね」
「ああ、それで良いと思う」
普段は奔放に生きているような葵が、思わぬカウンターパートナーになった。
まるで雲雀と話しているような頼りがいを感じた。
「兄さん」
紫織がいつものように冷静な声で呼んだ。
「ん?」
「私の手が空くので、ラジオや懐中電灯などの道具を集めます」
「助かる。これが一段落するまで昼飯にはしない。もう少しだけ頑張ろう」
光誠の呼びかけに全員が頷いた。
思えば、家族として協力するというのは、これが初めてだった。
一緒に暮らしていて最低限度の礼節だけでは信頼関係など結べないことがはっきりした。
光誠は、この機会に信頼が深まればと思った。
少なくとも力仕事は率先垂範するのが役目だった。
光誠は雲雀へメールを打ちながら荷物を運んだ。
葵と美奈星と瑠璃もそれぞれの母や姉にメールを送っている。
ガソリンを使う一番大きな発電機を葵の部屋へ運び込んだときに、雲雀からのメールが返って来た。
通帳や保険証などの場所が記載され、それを持ち出しておいて欲しいとのことだった。
光誠は運搬作業を中断し、雲雀の部屋へ向かう。
日高家でもっとも大きな寝室にはベッドが二つある。
雲雀と月乃が一緒に使っている部屋だった。
最初は父と藤華紗が使う予定だったが、藤華紗を迎え入れたときにはすでに入院生活をしていた。
雲雀は、その病室で同性愛のこととパートナーの月乃のことを報告し、認められた。
その場で、寝室を雲雀が使うようにと言ったので、この部屋は雲雀のものだった。
その寝室に先客がいた。
「美奈星」
「あ、光誠くん!」
家捜しのように引き出しを開けていた美奈星が驚いた声を出す。
光誠の低く不機嫌な声を聞き、泥棒だと勘違いされたと思った。
「美奈星も月乃さんの貴重品を探してるのか?」
「うん。光誠くんも?」
「ああ、姉さんのものを探しに来た」
光誠は指示された箪笥の引き出しを開けて、貴重品を回収する。
「光誠くんは、私のこと怒ってる?」
「今はやめよう」
「そうだね。ごめん」
美奈星は一方的に怒られるつもりはないことと、家庭内恋愛解禁を止められなかったことを話したかった。
それと血が繋がっているとは言え、姉妹たちとの浮気も確認するつもりだった。
恋人がいるのに拒絶しなかった理由を知り、それが許せなければ別れるつもりだ。
姉がパートナーだからと言って、自分の恋愛を妥協するつもりはない。
自分に落ち度があれど、浮気は許せなかった。
しかも姉妹相手にだ。
学校で美人だなんだと噂されて美奈星よりも存在感があるのに、光誠の恋人である自分を差し置かれたら、立つ瀬のたの字もなくなってしまうのだ。
話し合いを拒絶されて、恋人の立場は不安定なままで、もしかしたらすでに恋人ではないのではとさえ思えてきた。
会話を断ったことで、美奈星が目に見えて上の空になり、光誠は部屋から出て行こうとするのも迷う。
一刻を争うこの状況で、一人だけ遅れを取られても困る。
その困る理由を作っているのは光誠にもあった。
姉妹とのキスを知られているかわからないが、美奈星が腹を立てる理由はそれしか思い当たらない。
それを先に謝るべきか、キスを避けられなかった理由を述べるかでさらに悩む。
悩みつつも声を掛けた。光誠にも美奈星と話したいという思いはあった。
「美奈星」
「え、あ、なに?」
美奈星は、ないものだと思っていた会話があることに手元を狂わせて、手にしていたスマートホンを取り落としそうになる。
「俺は家族の幸せを考えたい。父親がそう願っていた。今まで離ればなれで暮らさなければならなかった姉妹がどんな感情を持っていても受け入れるつもりだ」
「そうなんだ」
月乃からのメールを表示したスマートホンを持つ手に力が入る。
恋人より姉妹。
恋人は家族ではない。
はっきりと言われ、悔しかった。
恋人というのは、その人の一番の存在だと勘違いしていたことに、そんなことも想像できなかった自分に苛立ちが募る。
「でも、家族のために美奈星と別れろと言われたら、俺は美奈星を選ぶ」
「え」
バカバカしいことに美奈星の手に込められていた悪感情がするりと抜け落ちた。
たかが言葉だ。
嘘にも毒にもなる、まるで信用ならないものである。
それなのに、美奈星の静まりかえっていた心は、とどろき明滅するほどに苦しくなった。
あり得ないと思った。単純すぎて嫌になった。
「また後で話そう。怒られるべきことには謝るから」
光誠の目は真剣だった。
「う、うん」
その真剣さに気圧されて思わず頷いた。
光誠の気持ちが変わっていないことが嬉しかった。
信じたかった。
疑う余地は、美奈星の心になかった。
「それじゃ。まだ運ばないといけないものがあるから」
光誠が会話を終わらせて部屋から出て行った。
「またあとで」
美奈星の胸に蘇った恋人としての自負が、背筋を伸ばし、つま先指先毛先にいたるまで電撃のような鋭敏さを張り巡らした。
緩慢だった動きが俊敏になり、月乃に頼まれた貴重品や教員免許証などを手早く見つけると部屋を出る。
自分の荷物とまとめると葵の部屋へと向かった。
「あら、美奈星ちゃん」
葵は、これから運び込まれる発電機や水のために部屋を片付けていた。
「すいません。荷物を置かせてもらってもいいですか?」
「ええ、いいですよ」
美奈星は荷物を置くと、すぐに部屋を出ようとした。
「美奈星ちゃんはこのあとどうするの?」
今やるべきことは家族の貴重品を集めることで、そのあとにやるべきことは決まっていない。
美奈星には何かをしようとする意志があると思った葵が、不安になって思わず呼び止めた。
全身から殺気立つ気迫を放っていて、これから紫織と取っ組み合いのケンカでも始めそうだった。
「昼食を作ります。光誠くんは飲まず食わずですから、美味しいものを食べさせてあげたいんです」
美奈星は宣言した。
かの憎らしくも愛しい彼氏へ、姉妹には負けない存在であることを見せつけてやるのだと気合い十分だった。
「そ、そう。応援だけしますね」
「ええ、前々から思ってました。八木姉妹も瑠璃ちゃんもぜんぜんキッチンに立ちませんよね?」
「あ、なんてことを!」
葵は真実を告げられてショックだった。
ずっと触れられずにいたいことだった。
女の姉弟として、家事もできないと思われるのは前時代的と言われようとも許したくなかった。
かといって料理の勉強をするのは後回しになってしまう。
言い訳はこうだった。
認めたくないが、雲雀を筆頭として藤華紗や羽歌という家事のプロフェッショナルが三人もいるので出る幕がなかったのだと。
「ちょっと古いやり方ですけど、私は胃袋を抑えます」
「うう、そうですか。頑張ってください」
「はい!」
しょげる葵を尻目に部屋を出て階段を降りると、真っ先に台所へ向かう。
居間には紫織がいて、ラジオや懐中電灯を揃えて電池の確認をしていた。
二人は目を遭わせたものの言葉を交わさなかった。
美奈星は冷蔵庫を開けて中を確認する。
「美奈星」
「なに?」
太陽光の発電機を運び終えた光誠が、冷蔵庫を覗き込む美奈星に気づいて声を掛ける。
「もしペットボトルが空くなら水を入れておいて欲しい。ちょっと足りないんだ」
「わかった」
「料理するのか?」
光誠も姉妹たちが料理をしないことに気づいていた。
てっきり美奈星もできないと思っていたので、すこし意外な気持ちになる。
「うん。お母さんに少しだけ習ってたんだ。全部教えてもらえなかったけど」
亡き母が、ほぼ強制して岡田姉妹に家事を仕込んでいた。
色あせない魅力があるとすれば家事だと言って憚らない母だった。
「そうか」
「岡田家秘伝の料理をご馳走するから」
「楽しみだ」
美奈星も光誠も久しぶりに笑った。
それを見ていた紫織は静かに電池を握りしめていた。
冷蔵庫から使ったことのある食材を取り出したあと、一旦自分の部屋に戻り、ピンク色のファンシーなエプロンを持ってきて身につける。
これも母の助言によるものだった。
炊事洗濯はとにかく気が滅入るから、気分が良くなるものを身につけなさいと。
美奈星は、可愛いものが好きだった。
それを身に纏った瞬間にスイッチが入るようになっていた。
すなわち、料理する私可愛いの状態だ。
炊飯器を見るとすでにご飯が炊き上がっていた。
家事を切り盛りする三人のうちの誰かが炊いていってくれた。
それに感謝しつつ、十五個のジャガイモをシンクで水洗いする。
泥を落としたら手早く皮を剥き芽を取る。
道具を切り替えるのが面倒なので包丁でこなした。
久しぶりに包丁を握ったが、母に仕込まれた技は鈍っていなかった。
ジャガイモの次はにんじん、タマネギと野菜を一口サイズに切っていく。
冷蔵庫から出していた牛肉も食べやすい大きさに切る。
切ったら鍋を用意して水を入れて野菜を入れて茹でる。
その間に汁物を作る。超簡単な豆腐とわかめの味噌汁だ。
豆腐を切り、もう一つのクッキングヒーターにも鍋を置いて、水を入れて粉末のダシを入れて加熱する。
ちらりと光誠の様子をうかがうと、水の箱を持ち上げて階段へ向かうところだった。
視界に紫織の姿も入る。美奈星をじっと睨み付けていた。
美奈星が戦わねばならない本当の相手だった。
紫織の前にあったラジオや懐中電灯は、すでに二階へと運ばれている。
「もし良ければ、手伝ってくれない?」
いつまでもケンカするつもりはない。
できれば仲直りして、家族として気持ちよく過ごしたいと思う。
「わかりました」
冷え冷えとした声で紫織がすっと台所へ入っていく。
紫織は、いきなり冷蔵庫を開けて光誠のご機嫌取りをする美奈星へ明確な殺意を芽生えさせていた。
まな板の上には、美奈星の使っていた包丁がある。それを取ると、振り上げた。
「シオリン!」
気づいたのは瑠璃だった。
美奈星が食材を取り出そうと背を向けた瞬間の出来事に、嫌な予感がした。
ダンっと包丁がまな板に叩きつけられる。
瑠璃は息を呑み、美奈星はびくりと身体を震わせた。
紫織は、無表情に転がり落ちたものを見下ろしていた。
「シオリン?」
瑠璃がおそるおそる呼びかけながら近寄ると、一口サイズに切られたじゃがいもが、さらに真っ二つにされていた。
「これでは大きすぎるのだ。私はもっと小さい方がいいのだ」
個人的な好みで無残にも斬り捨てられたジャガイモが震え上がるほど、紫織の視線は冷え切っていた。
「大丈夫だよ。茹でれば小さくなるから」
美奈星が説明するも聞く耳はなかった。
「信じられないのだ」
ダン、ダンと立て続けにジャガイモは小さくされていく。
ジャガイモに特別な恨みでもあるかのような迫力に瑠璃は及び腰になっていた。
瑠璃との会話で諦めようかと思っていた光誠への好意が、再燃していた。
兄なのか父なのか定まらないが、とにかく光誠を奪われて終わるという恐怖心だけが苛烈に渦を巻いている。
「ねぇ、包丁返して?」
美奈星は紫織のただならぬ雰囲気に怖じ気づくことなく、包丁を取り返そうとした。
傍から見ている瑠璃は気が気でなかった。
今にもサスペンスドラマみたいなことになりそうな状態に、光誠や葵を呼ぶかどうか迷うほどだった。
「兄さんとキスしたのだ」
「それは聞いた」
「ディープキスなのだ」
美奈星は驚きはしたもの卒倒するほどではなかった。
光誠は美奈星を選ぶと言ってくれた。
その言葉がある限り、光誠を信じられた。
「そう。だからなに?」
「妹に彼氏を取られる気分はどう?」
紫織は、なぜ美奈星を煽るような言葉が出てくるのか不思議だった。
手に持った包丁も手放す気がまったく起きない。
答えは簡単で、嫉妬しているからだ。
嫉妬の渦が紫織の思考を占拠している。
美奈星が邪魔で邪魔でしかたない。
「包丁を返す気はないと。私は料理に戻るから」
紫織の挑発に美奈星は乗らなかった。
紫織が気色ばむのも気にせず、茹でた野菜に火が通っているかを串で刺して確かめている。
「なんでなのだ?」
牛肉を投入し、調味料を入れて煮込む。
もう一方の鍋にも豆腐と乾燥わかめを入れて、赤味噌を溶かす。
手を動かしながらも美奈星は考えていた。
紫織がなぜこうまでして光誠に執着するのかと。
おそらく聞かなければわからなくて、聞いたとしても理解できないと思った。
ただ、光誠を失うことに対する恐怖は共感できそうだった。
美奈星も怖かった。
この家で暮らせるのは、月乃のおかげではない。
光誠がいるかだ。
光誠と恋人でなければ、この家に美奈星の居場所はない。
「私は」
通用するかわからないけど、正直に話そうと思った。
それで紫織に刺されて死んでしまえるなら楽だと思った。
どのみち美奈星には居場所がない。
姉から離れて暮らせない身分で、苦痛を伴う家に縛られるくらいなら殺された方がマシだと思えた。
「光誠くんを失うのが怖い。両親を失った私にはもう、光誠くんの隣しか居場所がない。紫織ちゃんが羨ましいよ。帰る家があって。私にはもうないんだ。そういう場所」
情に訴えるようなやり方に紫織はすぐに反発を覚えたが、紫織には通じなくても光誠には通じてしまいそうで慎重になる。
今の光誠は、美奈星に惚れている。
理由は未だに謎のままで、光誠から美奈星へ告白したことだけは聞いていた。
ここで美奈星に恐怖を与えて追い出した場合、光誠もまた追従する可能性があった。
追従しなくても光誠の心は美奈星に連れ去られるのと同じだった。
そんな光誠は見たくない。
「卑怯者」
「卑怯?」
正直に話したことを卑怯と言われて、美奈星はカチンときた。
「兄さんをたぶらかして、いい気になっているのだ!」
紫織は言い捨てて階段を駆け上がり部屋へ戻る。
瑠璃は、まだ紫織の中に光誠への思いが強く残っていることを再認識した。
それがある限り美奈星は敵視され続ける。
それを今すぐにどうにかする方法はない。
さらに落ち着いて話を聞く時期を待つことにした。
「瑠璃ちゃん」
「え、なに?」
「暇なら手伝って」
「う」
瑠璃は今までこういうことを羽歌に任せていたために、自分が戦力外なのを知っていた。
「いやー、あまり得意じゃないから」
「お願い」
紫織に卑怯者と言われ、散々に煽られて消沈した美奈星は憐れに思えた。
「あー、もう、わかったよ!」
瑠璃は、紫織と入れ替わるように台所へ立つことになった。




