十二話
期末試験が終わり、吉崎がやたらと張り切る夏休みがやってきた。
進路指導室の岩倉の助力により、一日だけインターンを許可してくれる企業があった。
ただ、工業課の生徒を取るので普通科から採用する予定はないと厳しい現実も突きつけられた。
自然と光誠の進路は建築学科のある大学へと言うことになった。
進学費用のことで雲雀と藤華紗は揉めており、まだ決着はついていない。
先に葵が進学するので、その負担を考えると、光誠としては雲雀に軍配が上がりそうだとは思っていた。
「日高、約束は憶えてるか?」
「ああ、六人で遊びに行く話だろ? 憶えてる」
「よっしゃ、早速だが三日後になった」
「その日なら大丈夫だ」
楽しみで仕方ない吉崎へ答える。
美奈星との関係を隠している手前、どこまでなら不自然にならないかを考えていた。
美奈星が吉崎や浅野と二人きりにするのはなんとしても阻止する予定だった。
「日高! 大変だ!」
浅野が慌てて近寄ってきた。
「どうした?」
尋常ではない浅野の動揺する姿に、姉妹の誰かが襲われたのかと席から腰を浮かせる。
「俺たち、ゲイだと思われてる!」
終業式のつかの間の休み時間に、浅野がそのようなことを叫んだ。
女子から黄色い悲鳴が上がり、男子からはどよめきが上がった。
「はぁ」
浮かせた腰を下ろし、光誠は溜め息を吐いた。
そんな噂があったことをすっかり忘れていた。
「ど、どうしよう?」
「放っておけ。面倒くさい」
「そ、そうか」
浅野が、光誠の言葉で平静を取り戻す。
「いや、否定はしておけよ」
「なんでわざわざ」
「浅野が気にしてるみたいだからだ」
真面目な顔で不愉快そうな吉崎を珍しく思いつつ、その言葉に一理あると思い直す。
立ち上がって声を張り上げた。
「俺はゲイじゃない! が、同性愛を否定もしないし嗤いものにもしない!」
「俺もそうだ!」
光誠の宣言に浅野も続いた。
笑っていた女子たちが、一斉に光誠から目をそらしシカトに入る。
光誠と浅野のカップリングで盛り上がっていたのをなかったかのようにする静けさだった。
「完璧だな。これで俺も噂の火消しに参加できるってもんだ」
静まりかえったクラスをものともせず、吉崎が会話する。
光誠の知らないところで、ゲイ疑惑を沈静化させようと苦労していたらしい。
一学期が終わるというのに不穏な空気だった。
ホームルームをしようと入ってきた担任が困惑しつつ夏休みの過ごし方を説明する。
妙な誘いには乗らない。
危険なことに首を突っ込まない。
等々、小学生への指導と同じことだった。
唯一違うのは、人生のその後を決める進路について動き出す年だと言うことだ。
それは吉崎に聞かせたい言葉でもあった。
三日後。
吉崎がセッティングしたのはトリプルデートと呼ばれるものだった。
基本的に二人一組で行動することになり、事前に誰が誰をエスコートするか二十分前に集合して決めることになっていた。
集合場所の駅前は、ちょっとしたロータリーがあり、ブロックを敷き詰められた歩道が広場も兼ねていた。
平屋の駅は、改札とホームが直結している。
そこから少し離れた場所が男子の集合場所だった。
「早いな。もう岡田が来てるぞ」
Tシャツにハーフパンツの吉崎が、駅前の木陰で空を仰ぐ美奈星を見つけ、訝しんだ。
ノースリーブにミニスカートの美奈星が見上げているのは、快晴の空を流れる入道雲だ。
夏の風が、美奈星の髪とスカートを揺らす。
光誠はいつまでも眺めていられる自信があった。
「そうみたいだな」
「お前、なにも言ってないよな?」
「ああ」
同居している都合上、光誠から情報がだだ漏れではないかと吉崎が疑う。
パンツに半袖のワイシャツの光誠はしれっと嘘をついた。
光誠と美奈星は綿密に情報交換し、隠し事をしていない。それどころかある二人のカップル成立を目指してすらいた。
「そうか。なら、早速決めるぞ。誰が誰をエスコートする? 俺は」
「岡田だ。遅刻したとき、数学の範囲を教えてもらったからな」
吉崎の仕切りで進めさせる気はなく、怪しまれない程度に事実を踏まえて立候補した。
「俺もだ。恨みっこなしでじゃんけんだ」
「ん?」
「どうした?」
「いや」
早くも事前情報と食い違いがあった。
美奈星の情報では、吉崎が好きなのは西田だと聞いていた。
「じゃーんけーんぽん!」
わずかな動揺のせいか、光誠の拳は吉崎のパーに負けた。
「いよっし! 恨みっこなしだぜ?」
「ぐ、そうしたら俺は誰を選べばいいんだ?」
「西田か別のクラスの中村だな」
ジャンケンに勝利した吉崎は、余裕の態度で助言を与える。
「あー、中村さんか。たしか背がおっきいんだよね。じゃ、俺は西田さんで」
ジーンズにシャツ姿の浅野が、光誠の誘導したかった人を取ろうとした。
光誠は作戦を変更し、西田とペアになり、吉崎へ近づける作戦を採ることにする。
「いや、俺が西田だ」
「ええ? それは困る。日高といえどもこれは譲れない。文句なしジャンケンだ!」
「ああ!」
「じゃーんけーん」
光誠は再び負けた。
「じゃ、日高は中村だぞ。途中で替えたいとか言い出したら帰ってもらうからな?」
「わかった。文句は言わない」
ここで置いて行かれたら美奈星を危険に晒すかもしれないと思い、不服を堪えて承諾する。
あとで美奈星に小言の一つや二つをもらう覚悟を決めていた。
「よし、行こう。って、もう女子は集まってるぜ」
吉崎の指示で否応なしに事態は進んでいき、光誠は面白くなかった。
この予定を組んだのは吉崎のため文句も言えないのだ。
「よぉ、早いな。まだ十分あるぞ」
「男子がまとまって来る方が珍しいけどね」
吉崎と西田が挨拶のあとに予定の確認をする。
二人が幹事だったのだ。
「それでどういう組み合わせになったの?」
「ああ、俺と岡田、浅野と西田、日高と中村だ」
「私は浅野くんか。よろしくね」
オフショルダーブラウスにミニスカートの西田が今日限定のパートナーに挨拶をする後ろで、美奈星がぽかんとしたあと、光誠を呆れた目で見ている。
光誠は呆れかえった美奈星の視線に甘んじて耐えた。
「初めまして、日高くん」
「あ、ああ。初めまして」
光誠と美奈星がアイコンタクトで揉めていると、初顔合わせとなる中村に声をかけられる。
デニムのショートパンツに白いノースリーブへ丈の長い薄手のロングガウンを羽織っていて、さっぱりしたショートヘアと合わせて風になびいて涼しげだった。
白い麦わら帽子を被り、アクティブながらも奥ゆかしさがある。
美奈星や西田とは比べものにならない長身で、光誠は目線が合わせやすかった。
「B組の中村依乃里です」
「C組の日高光誠だ。よろしく頼む」
「噂には聞いてたけど、やっぱり大きいね。人を見上げるなんて小学校以来だよ」
「そうか。俺も小学校以来、人を見上げるのは数えるほどだな」
「だよね! 今日は背が高い者同士、楽しもうよ!」
目端の利きそうな切れ長の目を人なつこそうに細める。
ほっそりした顔立ちも相まってモデルのような女子だった。
光誠の身近にはいないタイプで、夏の爽やかさを倍増する新鮮さを覚える存在だ。
新鮮さは面白みとなり、光誠は少年のような純粋さで中村に興味を持った。
「岡田の友達だと聞いたけど」
「そう。部活仲間。美奈星は私と香苗のボケにツッコミを入れる役なの」
「そうなのか」
美奈星の知らない一面を知って、ふと美奈星を見ると、美奈星も光誠を見ていた。
冷め切った目だ。
隣にいる吉崎が懸命に話しかけているのに相槌も打たない。
しばらくしたあと、当てつけのように笑顔になり、吉崎と話し出した。
光誠は、社交としての会話をしただけなのに美奈星から見せつけるような素振りをされて、不当な制裁を受けた気分になる。
なにより当初の計画からずれたこともあり、落ち着かない。
これから先は、何がどうなるかわからなかった。
「じゃ、さっそく行こう」
六人でぞろぞろと地元の遊園地へと出発した。
電車に揺られて八駅ほど離れた場所にある、アトラクションが一通り揃った身近な遊び場だ。
同じ搭乗口から乗ったはずなのに、夏休みの人混みもあって美奈星と離れ、吉崎と西田を近づけることもできず、中村と二人でドア付近で留まることになった。
身長の高さがあっても人混みに埋もれた美奈星や吉崎を目視することが難しく、内心で舌打ちしたい気分になる。
「すごい混んでるね」
「そうだな」
観光客らしき荷物を抱えた人が多く、客席の上の荷物置きは満杯だった。
「壁になってくれるんだ?」
「あ」
姉と出かけたりすることもあり、女性を庇うことが身に染みついていた。
分別をもってからは、誰にでもすることではないと控えていたのに焦っていたせいで、無意識のうちに体を壁にしていた。
相手が中村というのもよろしくなかった。
背の小さい女性なら、光誠の顔が近くなることもないのに、中村とは余計に顔が近づいてしまう。
不用意に揺れでもしたら、帽子の鍔が目に刺さるか、額にキスしてしまいそうだった。
「近いね」
「しばらくどうにもならん」
「しかたないね」
美奈星のことが気になるのに、照れたように光誠を見上げる中村から意識をふわっとさせる甘い匂いが香り、存在を意識しないでいるのは至難の業だった。
美奈星も中村も気になって、最後には目を閉じる。
「どうしたの?」
そんなことをすれば疑問に思われると想像もできなかった。
「いや、なんでもない」
観念して中村を見る。
「美奈星が気になる?」
「う、いや」
「私たちは知ってるから大丈夫」
「たち?」
「そう。私も香苗も日高くんと美奈星のことを知ってる。組み合わせは、失敗しちゃったみたいだけど」
「あ、ああ。そうなんだ」
これまで経験したことのない安堵だった。中村が光誠たちの事情を知っているのなら話は早かった。
「でも、少しだけ楽しかったよ。私のことを意識してくれたみたいで」
「美奈星には内緒で」
「どうしようか?」
中村が悪戯っぽく笑う。
脅迫材料を与えてしまったようで、光誠は積み重なる失敗に情けなくなった。
「向こうについたら、吉崎に任せつつ香苗を推しまくるから」
「わかった」
遊びに行くというより、人間を無理矢理くっつける仕事みたいで気が重くなる。
三十分後、遊園地へ到着した。
ジェットコースターに乗る人たちのわざとらしい悲鳴が響き、園の入り口を出入りする人たちの話し声が賑やかだった。
夏に彩られた人の波に光誠たちも混ざり込んでいた。
カラフルな石畳を歩き、ゲートを越えると子供向けのアトラクションが待ちかまえている。
カートにモノレールだ。
光誠たちはそれらを通り過ぎて、それなりに度胸を必要とするアトラクションへと繋がる広場まで一気に進んだ。
「さて、なにから回る?」
吉崎は女子に向かって聞いていた。
ここへ来てエスコート役が希望を言うのは間違っているのだが、中村から聞いた作戦だと、まずは三人ずつ乗るようなアトラクションへ誘導したいとのことだった。
「そーだなー」
美奈星が園を見回しながら考えるそぶりを見せる。
女子の間ではすでに作戦を話し合っているので、光誠の出る幕はなさそうだった。
「ジェットコースターかな?」
美奈星の提案に光誠も中村も肩すかしを喰らう。
ジェットコースターは二人ずつであり、作戦とは違うのだ。
「お、いいね! それじゃ行こう!」
吉崎は上機嫌で美奈星の要望を聞いて歩き出す。
光誠が美奈星の真意を読み取ろうと目を向けると、美奈星からは刺すような視線が返ってきた。
「ちょ、どういうこと?」
中村が耳打ちする。
「すまん。どうやら俺は」
光誠は、美奈星が強烈な嫉妬心を持っているなどと知りもしなかった。
「焼き餅を焼かれているみたいだ」
「嘘でしょ? あれだけで?」
中村も知らない一面だったらしい。
美奈星は一睨みしたあと、吉崎の隣をぴったりと歩き楽しそうに話をする。
当てつけだと分かっていても恋人が別の男と楽しげに過ごしているのは面白くなかった。
「うわぁ、なんかごめんね。喧嘩の原因を作っちゃったみたいで」
「後で、どうにかするよ」
中村は痴話げんかのきっかけを作ったことに申し訳なさそうにしながらも、関わり合いたくなさそうだった。
一行は美奈星の要望通り、ジェットコースターの順番待ちに並び、三十分も待ってから五分にも満たないスリルを味わった。
光誠はまったく楽しめなかった。美奈星のことが気になってしかたなかった。
それなのに吉崎の隣で楽しそうに笑う美奈星の姿を見ると、無性に腹が立った。
「顔、怖いよ?」
「放っておいてくれ」
元からの強面に不機嫌が重なり、中村が気にしていた。
「次は、どうする?」
「あの、お化け屋敷みたいな奴に行ってみたい!」
美奈星はなぜか上機嫌でリクエストをする。
吉崎と西田をくっつける作戦など忘れてしまったかのようだった。
「また二人組のアトラクションか」
「うーん、あとで美奈星とお手洗いに行ってみるから」
そこで話をすると、中村が約束する。
「頼む」
焼き餅を焼いた美奈星が、ここまで手に負えないとは予想外だった。
あと、吉崎が妙に嬉しそうなのも気に障る。
光誠の機嫌は、斜め所か断崖絶壁の大暴落だった。
その上、ホラーの館なるアトラクションは日向に順番待ちの列があり、光誠のイライラを加速させた。
順番が回ってきて、中村と入場すると、遠くから美奈星の楽しそうな悲鳴が聞こえた。
光誠の不満は爆発寸前だった。
中村が怖々と進む中、突如として前から不気味なシルエットの人影が、奇声を上げながら猛然と走ってきた。
「キィィィイィィイイイッ!」
光誠は真正面から立ち向かい、体中から妙な触手を生やした感染者に扮するスタッフの胸ぐらを掴むと、八つ当たり気味に不満をぶちまけた。
「なんだテメェは! 説明しろ!」
あらん限りの声で鬱憤を叩きつけたのだ。
「お、お客さん! 困りますよ! 怪物が説明する訳ないでしょ!」
怪物よりもデカくて厳つい面構えの若者にケンカ腰になられて、スタッフも緊急時のマニュアルに切り替えた。
ホラーの雰囲気を壊されてはたまらない。
その必死な姿に冷静さを取り戻し、光誠は荒ぶった感情を落ち着かせた。
隣にいた中村は吹き出し、笑いを堪えていた。
入場前の説明では、笑ってはいけないと注意書きがあった。
「お客さん、申し訳ないけど途中退場ね」
「ええ、すいませんでした」
まだどこか腹の虫が治まらない光誠は、ぞんざいに謝ってから退場口へ案内されてアトラクションから追い出された。
「すまん。中村」
「いいって、いいって。怖いの苦手だし、面白かったから全然問題ないよ」
「いや、そういう訳には……。あ、そうだ。なにか奢る。食べたいものとか飲みたいものはあるか?」
「え、いいの? じゃあ、さっき見かけたシェイク飲みたい!」
「ああ、奢るよ。行こう」
中村に申し訳なく思う気持ちと、美奈星のことを考えて不機嫌になりたくない気持ちもあった。
楽しみたい欲求に気づいた。
中村という今の美奈星よりも魅力のある女子を喜ばせたくなった。
集団行動を外れ、二人でシェイクを飲みに抜け出した。
五分ほど歩いた場所で涼みながら、重たいバニラクリームをすする。
「甘いな」
「そう? 美味しいけど」
「中村が喜ぶならそれでいいよ」
「んー、美味しいけど知りたくなかったかな」
先ほどとは打って変わり、中村の表情は険しいものになっていた。
「どういう意味だ?」
「これは多分、いけない味だと思う。人の不幸の味がする」
謎かけのような言い回しに光誠は困惑した。
「わからない?」
「すまん」
「美奈星には悪いけど、他人の彼氏と遊ぶのを、ううん、あわよくば奪い取れるかもしれないと感じるのを面白いって思っちゃった」
中村が、悪意を微塵も感じさせない笑みを浮かべた。
首筋がぞわりとするほどに危険を感じるのに、潔いとさえ思えてしまった。
中村が友情を大切にする人間なのは明白だった。
わざわざそんなことを宣言する必要はない。
光誠に警告を与え、警戒するように促した。
「よく、わかった」
「奢ってくれてありがとう。戻ろっか?」
「そうだな」
美奈星の持った友人が正直なことは喜ぶべきことだった。
光誠が誤った道へ行くのを親切にも止めてくれた。




