ブライトウィン2
「あー、お店の前でシグが立ってるよ」
ワンダーランドで一人じっと立っているシグの姿を見つけ、姉妹が駆け寄る。
「シグ、こんな寒いのにどうしたの?! お昼は食べに出るからいないって前から言ってたよね?」
「指令をな、持ってきた。今来たところだから問題ない」
鼻の先を赤らめながら、肩に積もった雪をはたくシグ。今来たところと言うが、その量からはかなり長い時間待っていたことが伺える。
(もしかして、一緒にお昼食べようとしてたのかな……。今日は早めにお昼に出たから入れ違いになったのかも……)
「と、とにかく中に入って。温かい飲み物を用意するね」
シグの背中を押すように店内へと入り、カレンはタオルを渡す。
「アリス、お湯を沸かしてお茶を入れてくれる?」
「はーい」
元気よく返事をしてアリスは店奥にあるのキッチンスペースへと一度姿を消した。
「指令を伝えたら帰るつもりだ。あまり気を遣わなくていい」
強がりを言いながらも、見るとシグの唇の色は少し青みがかっており、明らかに凍えていた。
「はい、はい。取り敢えずお茶だけは出させてよ」
子供をなだめる様に振る舞うカレン。頑固でぶっきらぼうなシグとの付き合いも長くなり、段々と扱いに慣れて来たようだ。
そうこうしている内にアリスが口からゆっくりと湯気を上げているティーポットと3つのカップを持って戻って来る。カップの一つに茶を注いでシグに差し出すその手付きはとても慣れたものだ。
シグはカップの縁に口をつけると、火傷しないように空気を含ませながら一口啜る。
「うまいな」
彼を知らない者であれば、表情だけではそれが本心とは分からないだろう。しかしカレンは知っている。シグは思っていなければ、そもそも口に出さない男であると。
「良かったねアリス」
「毎日お客さんに入れてるからね!」
褒められ上機嫌のアリスは、残ったカップにも茶を注いでカレンと、自分の前に置いた。
「さて、本題だ。急で済まないんだが、今晩血の取り引きがあるとの情報を掴んだ。場所は、ブライトウィン外壁沿いの廃屋だ」
「今夜?! それちょっと急過ぎない?」
「突然入った情報でな。ただ、信頼度は高い情報らしい。カイトの話だからどこまでが本当なのかわからんがな。だが、ステイルが承認している任務だ。俺達は従わなければならない」
最近、カイトからの指令がやたら多いとは思っていたが、一体彼は何処からそんな情報を仕入れているのだろうか。そんな疑問がカレンに浮かぶが、今はそれを口にはしなかった。
「で、メンバーは私とアリスと誰?」
「今回は……お前達二人だけだ。ライラ、フォン、俺は、同時に別任務に当たらなければならない」
「えぇ〜〜?! 私達二人だけ?! 本当にそれで大丈夫なの?」
驚きのあまり店外にも聞こえそうな声で叫ぶカレン。しかし内容が内容なので聞かれるわけにはいかない。更に客が入ってきてはまずい。そう思いカレンはアリスに店を一旦閉めるように言うと、アリスはそれに従い看板を裏返し表示をクローズにし、ドアの鍵を閉めた。
「でも、ステイルが承認したってことは私達二人で問題無いって判断したってことだよね……」
「お前達の実力は相当な物だ。自身を持って行ってこい」
不安は残るものの、カレンとアリスも任務をこなして来た聖黒のメンバーの一人。それに魔法の天才と剣術の達人の姉妹なのだ。この姉妹を前に敵対し、同等以上に戦える者はそうそういない。
「わかったわシグ。必ず成功させる」
シグが自分の任務の準備があるということで、指示書を渡して店を去る。任務の開始は深夜の0時。二人は早めに店仕舞いをし、夕食後は自室で十分に休息を取り、任務に備えていた。
「緊張しているのかいカレン?」
自室のベッドで黙って横になるカレンに向かってセロが声をかける。
「ううん、そんなに緊張はしてない。ただ、最近血の取引が多いなと思ってさ。どれだけの魔法使いが殺されてるんだろう……。そもそも魔法の素質を持つ者って稀なはずなのに、何処からこれだけの血を集めてるんだろうね」
「さぁね。だけど、確かに多い。実際の所、こうやって取り引きを潰してるだけじゃイタチごっこにしかならないだろうね。元凶を潰さなきゃ……」
その時、カレンの部屋のドアがノックされ、そこからアリスが顔を出す。
「お姉ちゃん。そろそろじゃない?」
カレンは時計を確認し頷くと、セロに目で合図を送る。その意図を汲み取ったセロはカレンへと飛びつき、そこから彼女の全身に紫色の炎が広がる。
そしてその炎の中からゆっくりと精霊装をまとったカレンへが現れた。
「行こうアリス」
「うん!」
アリスはその成熟した肢体のラインがくっきりと出る黒の服を着ており、その腰には日本刀が携えられている。
二人は、未だ雪が降り止まず一面真っ白に染められた深夜の街へ出ると、ブライトウィンを囲む外壁へと向かって走り出した。