一夜明けて2
「それは……、私が転道前は男だったからだよ。私はアリスの兄として生きていた」
問うた本人であるライラも予想だにしなかった答え。これ程の美しさを持っていながら元は男だと言うのだ。にわかに信じ難いのは仕方ない。
「ちょっ、ちょっと待ちなよカレン。アンタの容姿は転道前と変わっていないって言ったじゃない?! そんな見た目の男が……」
「いるんだなぁ、それが」
誰もが困惑する中、セロだけはいつもの調子。なにせ彼は、性別改変前のカレンを知っている、こちらの世界の唯一の存在であったからだ。
「俺は最初、男の時のカレンと出会ったからね。そのすぐ後にアルティ様に改変されてしまったのさ。姿だけでなく内面も女にね」
勝手にぺらぺらと話すセロ。しかし、今のカレンにとって、それはある意味有難かった。そしてそれを汲み取ってか、ライラはカレンではなくセロに質問を返す。
「内面ってことは、考え方も女なの?」
それは自分に聞かれても分からないとでも言いたいのだろう。猫モドキは首を横に振る。そしてそれを見ていたカレンは仕方なく自分で説明しだしたのだった。
「考え方も女……なんだと思う。精神改変された瞬間から、ずっと女として生きてきた様な感覚なの。説明が難しいんだけど、女である事に違和感が無いというか……」
それを聞いたライラの胸がドクンと波打つ。
性別に対する違和感。
それは彼女が男として生きようとしていた時に感じていたものだった。そして、その違和感は女であると自身を認識した時に初めて消え去った。
「ってことは、以前は男だったって言う事実も、アンタにはしっくり来ないってことなんだね?」
こくり。カレンが無言で頷いた。
それを見たライラは暫く神妙な面持ちで何やら考え込んでしまう。
あまりにも深刻そうな様子にカレンは不安でいっぱいだった。嫌われてしまったのかとすら想像してしまう。
「うーん。それならまぁいいか……」
散々気不味い空気を充満させておいて勝手に納得したような事を呟くライラ。
それではカレンが流石に納得出来ない。
「え、何が『まぁいい』の?!」
「いゃぁ、もしアンタに男の感覚が残ってたら、その……一緒に風呂入ったり、一緒に寝たりしたこともあるから……イヤらしい目でアタシを見てたりしてたのかと思ってさ……」
「はぁ?! 私は女の感覚しかないから無い無い!! っていうかどっちかって言うとライラの方が何かとイヤらしい目で私の事を見てたじゃない!!」
つい先ほどまで不安て押し潰されそうになってたのは一体何の為だったのか。何故かカレンは損をさせられた気になってしまう。
「バカっ、あ、アタシはアンタをそんな目で見たりなんか……」
「いーや、してたよ。学校のシャワールームでもアタシの事を押し……」
「ゴホンっ!!」
二人が赤面しながら言い合う中、シグがわざとらしい大きな咳払いをする。
「そのなんだ。そういう話は俺の居ない所でだな……」
よく見るとシグの顔も少し赤くなっている気がするカレン。しかし、それは照れというよりは居心地の悪さによるものだろう。
「すまないシグさん……。カレンはカレンだよね。少し驚きはしたけど、アンタとの関係が変わる訳じゃない」
その言葉にシグも同意する。
「元々、アンタは只者じゃないって思ってたからね。そういう生い立ちがあっても不思議じゃないよ。って事でこれからも宜しくな」
そう言ってライラはカレンの頭を優しく撫でる。
「ありがとう。ライラ、シグ」
カレンは少し目頭が熱くなるのを感じるが、涙は堪えて笑顔で礼を述べたのだった。
「話は変わるんだが、戦いの最中のあの魔法は何だったんだ? お前が斬られたと思って肝を冷やしたんだが……」
シグは話題を変えて、ずっと気になっていた魔法について質問をする。
「アレはね、幻想霧の応用だよ。『投影』するものを景色じゃなくて私の姿にして、その場でそれを保持するように特性を変更したの。実はこっそり練習してたんだよね」
「なるほどな。それと同時に通常の幻想霧も発動させて自身の姿も消したのか」
「その通りね」
ウィンクしながらカレンが同意する。そのあまりの愛らしさに、顔には出さないもののシグとライラの胸は撃ち抜かれる。
「もう一つあるだろ!!」
しかし、突然のセロの発言で二人の魅了された状態は解除されるのだった。
「最後にカレンが行使した魔法、空属性七重特性魔法『断空』!! アレは俺が咄嗟に教えたんだ!!」
「確かにアレも凄かったよ。多分空間を完全に断絶する魔法なんだろ。超級魔法まで使うなんて、流石カレンだね」
「あぁ、流石カレンだ」
シグとライラはカレンを褒めちぎり、カレンもまた満更でもない様子。しかし、それにセロは納得出来ない。
「だーかーらー!! 俺が教えたんだって!!」
結局セロの主張虚しく、彼は褒めて貰うことは出来なかった。それに不貞腐れたセロは舌打ちをしてから、再び腕輪に変化してカレンの腕へと戻ってしまった。
(拗ねないでよセロ。ちゃんと皆セロにも感謝しているよ。後で撫でてあげるね)
(ふん……まぁ、そういう事にしておいてあげるよ)
セロの機嫌をとってから、再び三人で暫く話をしてから、ステイルとアリスが帰ってくるまでお互い十分な休息を取っておこうと言う事で解散となった。
カレンは一人になった部屋で、転道してから今までの事を思い出していた。
まだ、一年も経っていないが、多くの人と出会い、その殆どの者達が自分を気遣い、助けになってくれた。中にはアランやゲールの様に危害を加えてくる者もいたのだが……。
しかしそれでもカレンは恵まれていたのだろう。アリスはゲールと出会い、拾われた事で過酷な人生を歩んで来たに違いない。それは彼女が『教育』という単語を聞いたときの取り乱し方を見れば明らかだった。彼女の心には大きな傷跡が刻みつけられている事だろう。
カレンは思う。アリスが帰ってきたら色々話さなければならない。これまで彼女が受けた事、これからの二人について。そして、肉親として彼女を癒やし、守ってやらなければと。
そして後日、カレン達はアリスの帰還と共に、彼女の過ごしたこちらでの五年間の詳細を聞くこととなる。だが、それは想像も絶する残酷なものだった。
今は亡き元凶に、それを聞いた誰もが再び殺意を覚えるほどに。
アルティは言った。
「殆どの転道者は一度目の人生を長くは生きられない」
アリスの人生は、その意味を痛感するには十分過ぎた。
第一部 完
第一部完となりました。ここまでお読み頂けた皆様、
本当にありがとうございます。
すぐに第二部の投稿を初めますので、どうか引き続き宜しくお願いします!
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