初陣4
覚悟を決めたカレンは、一度アリスから距離を取る。
「ライラもアリスから離れて!!」
その指示に従うライラ。二人の間でアリスの警戒心が高まる。
「後でちゃんと話そうね、アリス」
それだけ言うと、カレンは魔法陣を眼前に展開していく。
「魔法を発動する前に切り捨ててやる!!」
そう言って、カレンに向かって突進するアリス。しかしカレンの前には完成された魔法陣が。紫色の属性魔法陣の周りには六つの特性魔法陣。
その光景にライラは仰天せずにはいられない。そしてそれは、丁度ゲールを拘束し終え、カレン達の方を見たシグとフォンも同じであった。
ライラが組み立てた魔法陣。それは七重特性魔法であり、超級魔法とよばれるものであった。歴史上でも極僅かな者しか行使出来た記録がない。
さらに驚く事は、その属性魔法陣が紫色であることだ。これは五大属性の中で、最も使用できる者が稀といわれる『空』属性を表す色。時空を操る属性である。
「させるかぁぁ!! ゲール様が居なくなったらまたアタシは一人になっちゃうじゃない!!」
アリスはカレンを自らの間合いに捕らえると、渾身の一撃を放つ。それと同時にカレンの魔法を詠む声。
「七重特性魔法、断空!!」
ドンっと衝撃音と共に、二人の周囲の地面が捲れ上がり土煙が舞う。
「ガハハハハ、今度こそあの娘は終わったぞ」
抵抗したため少し痛めつけられたのか、鼻血をだしながら縛り上げられたゲールが皮肉を込めて笑う。それはアリスの強さを知っているからだろう。
しかし、シグ、フォン、ライラはカレンの非凡な、いや異常なまでの魔法の才能を目の当たりにした今、もはや彼女が敗北するなどと言うイメージを持つことが出来なかった。
そしていよいよ土煙が晴れ、二人の様子が鮮明になっていく。
アリスの刀を持つ手は真っ直ぐカレンへと伸びていた。間合いから考えて、刀身はカレンの首を刎ねていた筈だった。
しかし、またしても刃はカレンを両断することはなかった。何故ならその刀には、鍔から先の刀身が存在していなかったからだ。そして彼女の足元には、元は刀身であった砕けた鉄の破片が散らばっていた。
何が起きたのかアリスも理解が出来ず、焦った彼女は距離を取ろうと後方に跳躍する。しかし、見えない壁に背中から激突し、その場に倒れ込んでしまう。
彼女の移動を阻んだものの正体、それは薄っすらと光る透明の壁であった。彼女はその透明の壁で出来た直方体の中に閉じ込められていたのだった。
「そんな……ワシのアリスが負けるだと……。お前ら何者だ」
「俺達は聖黒。そう言えば、自分が狙われた理由もなんとなく想像がつくだろう?」
聖黒。その言葉に顔を青くするゲール。しかし解せない事が一つあった。
「せ、聖黒とワシの息子を殺した娘達が何故一緒にいるのだ!!」
「えっとぉ、それは色々あるんだけど簡単に言うと、貴方が禁忌を利用していた事と、彼女たちの命を狙ったこと。この二つについて、貴方が元凶という意味で彼女達と利害が一致したからよ」
「くそっ……」
ゲールはがっくりと項垂れ、それ以上は口を閉ざしてしまった。
アリスはと言うと、ゲールの方を向き何やら必死で叫んでいる。しかし、その声は直方体の外には一切漏れない。更には見えない壁を柄で殴りつけるも、それはびくともしない。
やがて彼女もまた、諦めてその場に座り込んでしまった。
もう抵抗する気はないと判断し、カレンは断空を解除する。そして、すかさずシグとライラがアリスを縛り、拘束した。
「シグ、後は屋敷の中に残る闇市場の元締め、スルト商会のドルガを捕らえないと……。私が屋敷の中を見てくるわね」
「あぁ、気をつけてな」
そう言って、フォンが屋敷の玄関へと向かう。そしてその大きな扉を開こうとした時だった。
ーーガチャッ
フォンよりも先に、何者かが内側から扉を開いて現れたのだ。
そしてそこから現れたのは、黒のローブを着た男。フードを目深に被っている為に顔は確認出来ない。
鉢合わせの状態になったフォンは、危険を感じてとっさに身を引こうとする。しかし、それよりも早く男の拳がフォンの腹部にめり込んだ。
「かはっ……」
彼女の身体は数回地面を転がりながら後方に吹き飛ばされてしまう。そして彼女はその一撃で意識を飛ばされてしまったのだった。
「フォンちゃん!!」
カレン達はフォンの元へ向かおうとするも、本能が今、男から目を離すなと危険信号を発する。
(これはやばいかもしれないね……)
男の放つ邪悪な雰囲気に、あの楽観的なセロですら弱音を吐いてしまうのだった。
「いやぁ〜、どうも皆々様。ワタクシ、商人をしておりますドルガと申します」
自身の持つ禍々しさとは対照的に、陽気な声で挨拶をするドルガと名乗る男。それが逆に怪しい風貌と相まって不気味さを演出している。ただ、フォンを一撃で気絶させた所を見るに、只者ではないのは確かだった。
「何が商売だ! 禁忌を売り物にして、アンタ達はは何をやっているのかわかっているのか!!」
ライラが怒りをぶつけるが、ドルガは全く気にする様子はない。
「だって仕方ないじゃないですか〜? 買いたい人が居るのですから。私達商人はね、お客様の欲しがる物を提供する事を生業としているんですよ?
需要と供給です。私を止めた所で欲しがる者がいる限り、誰かがまた同じ事をしますよ〜」
確かにドルガの言う通りなのかもしれない。だとしても、聖黒としてそれを見逃すことなど出来ない。例えイタチごっこだとしても。
「だって魔法の素晴らしさはそこのお嬢さんが証明したじゃないですか。
血の滲むほどの努力をしてきたであろう、アリス様ほどの剣術の達人ですら魔法の素質を持つ者に叶わなかったのですよ。それも、年端も行かない少女に敗北するのですから。
なーんて、この世は理不尽なんでしょうねぇ。そう考えると、みーんなが魔法を使える様になった方が平等だと思いませんか?」
「その為には魔法使いを殺しても仕方ないと?」
シグは静かに、しかし殺気を孕んだ目でドルガを睨みつける。その手には銃の魔機が握しっかりと握られている。
「ま、私共は闇の商人ですので、売れるものを手に入れる為の手段は問わないのですよ。聖黒が簒奪の魔女の工作を阻止するのに、手段を選ばないのと同じでね。私達は似たもの同士なのかもしれませんねぇ。アハハ」
屁理屈。カレンはドルガの言う内容が全て屁理屈であるとわかっているのだが、この男が語ると何故か納得してしまいそうになってしまう。
「さてと、それでは誰から殺しましょうか?」
聖黒の面々に緊張が走る。カレンもライラもアリスとの戦闘で体力は殆ど残っていない。とりわけカレンについては高度な魔法の連続行使で立っているのもやっとであった。
「アハハハ。皆様そんな怖い顔しないで下さい。安心してくださいね。今日は挨拶だけにしておきますよ」
正直な所、それは今の聖黒の面子にとっては有り難いことであった。しかし、そんな中でゲールだけはドルガへと不満を口にする。
「な、何を言っておるのだ。ドルガよ、此奴等を殺せ。はやくワシを開放するんだ」
形勢逆転を狙い、ドルガに助けを求めるゲール。しかしそんな彼の希望は、直ぐに打ち砕かれてしまう。
「はい〜? 何を仰ってるんですか〜? こうなったのはアナタのやり方が不味かったからですよ。ワタクシが助ける理由がありません。むしろこんな危険に晒されて謝罪を受けたいくらいです」
それはドルガからゲールに対する死刑宣告。絶望と怒りに震えるゲール。
「貴様ぁ!! 裏切り者め!! ワシにそんな仕打ちをして唯で済むと思うなよ……」
その後もドルガへと罵詈雑言を浴びせるゲール。しかしそれに対するドルガの反応は冷ややかで、そして残酷だった。
「五月蝿い豚ですねぇ。わかりました、助けてあげましょう」
ゲールはその言葉を聞き安堵の表情を浮かべるも、すぐにドルガの取った行動を見て絶句する。
何故ならドルガはゲールに向けて魔法陣を展開していたからだ。緑色の属性魔法陣の周りに六つの特性魔法陣。
それは、先程カレンが使ったのと同じ七重特性魔法であった。
一日に二度も超級魔法を見た人物が、この世界にどれほど居るだろうか。ここに居る者は皆、その稀な人物となったのだ。
「あ……あぁ……」
狼狽するゲールにドルガは告げる。
「神槌」
「ゲール様ぁぁぁ!!」
アリスが叫ぶ。
危険を察知したシグは、直ぐにゲールから距離をとってフォンへと覆い被さり、カレンとライラもまたアリスを守る様に彼女の前に立ち防御の姿勢を取る。と同時にゲールに向かって彼の頭上から極大の雷が走り、凄まじい轟音と衝撃がカレン達を襲った。
(な、なんて威力の!!)
飛ばされた小石や木くずが容赦なく襲うが、それをなんとか堪えるカレン達。
やがてそれが治まると、全員が雷の落ちた場所を確認したのだが……。
そこには内部が熱で赤くなったクレーターがあるのみ。雷の直撃を受けたゲールは、断末魔をあげる間もなく消し炭となってしまっていたのだった。
「ふぅ〜。これで五月蝿いのも掃除出来ましたねえ。さて今日の所はこれで去るとしましょう。聖黒の皆様、それではごきげんよう。あ、特にそちらのお嬢さん、また会えるのを楽しみにしていますよ」
カレンに対し再会を望むような言葉を残し、ドルガは夜の闇に溶け込む様に姿を消してしまった。
「そんな……ゲール様が……」
アリスはその場で静かに泣き続ける。そんな妹を見て、カレンは慰める為に彼女に近付こうとするのだが。
ーードサッ
脅威が去り、張り詰めた緊張が緩んだ事でカレンは地面に倒れ、そのまま意識を失ってしまったのだった。
「カレン!」
カレンへと駆け寄り、彼女を抱き抱え容態を確認するライラ。しっかりと息はしていることから、魔力、体力を使い果たした事によって気絶しているだけだと分かり安心する。
方やシグに守られていたフォンはというと、口から吐血しており、早急に治療をする必要があった。
「無事ですか!?」
三班が呼びに行っていた聖黒の面々がシグ達の元へと到着する。そして、意識の無いカレンとフォンは担架で馬車へと運ばれ、心神喪失状態のアリスもまた、拘束されたまま連行されていった。
残されたライラとシグが歩み寄る。屋敷内でのアリスとの戦闘によって、二人の体も相当のダメージを受けていた。
力なくライラが言う。
「ゲールは死に、ドルガとか言うのにも逃げられてしまった。シグさん、アタシ達の作戦は成功したのかい?」
「どうだろうな。俺も今は何とも言えない……。たが後はステイルに任せておこう。アイツがきっと上手くやってくれる」
スッキリとしない幕引きにライラは浮かない顔をしている。
「そんな顔をするなライラ。お前も、カレンも俺達の想像以上の活躍を見せた。お前達が居てくれて助かった。感謝している」
ライラの肩に手を置き、労いの言葉を掛けるシグ。
「褒めてくれて、その……あ、ありがとう」
ライラは頬を少し赤らめて礼を伝える。その姿、表情は、普段の大人びていて男勝りなものとは違い、年相応の少女のものであった。
残された情報や証拠収集の為に諜報班の面々が次々に屋敷の中に入って行く。それとは逆に馬車へと向かう二人。
フラフラとおぼつかない足取りで、二人はお互いを支え合いながらその場を後にしたのだった。
カレンとライラの初陣、アランから始まったゲールとの因縁は彼の死という形で幕を閉じた。
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