初陣2
「今、何て言ったの……?」
カレンは動揺を隠せなかった。確かに目の前の女は自分の事を『お兄ちゃん』と言った。
女の言葉に動揺したのはカレンだけでは無かった。ライラ、シグ、フォンの三人もその言葉の真意が分からずカレンの方を見つめている。
「貴方、一条夏蓮じゃないの?」
こちらの世界では家族と自分以外知るはずの無い『一条』の姓。それを知っていると言うことはつまり、そういう事なのだ。
『ア、アリスなの? でもどう見ても私より年上……」
そこまで言ってカレンはふと思い出す。転道先の時代は必ずしも一致していないのかもしれないと、以前に考えた事を。
アリスは二階から飛び降り、カレン達の前に着地する。
「なんでお兄ちゃんがゲール様を襲撃してるのよ。それに胸なんか作って女装して、話し方まで女みたいに……」
「ち、違うの!! 私は転道の時に女にされちゃったの!!」
二人の会話を聞いていたライラ達は、あまりの急展開に頭の回転が追いつかず沈黙している。
「何よそれ。元々女装趣味持ってたのも知ってるんだから。それに中の良さそうなお仲間まで連れて、さぞ楽しい生活を送ってたみたいね。
……ふーん。そっか。ゲール様の息子を殺した女学生のカレンって、お兄ちゃんだったのね。ってことは横の女がライラね」
すぐさま状況を推理し理解するアリスとは対象的に、カレンの混乱は深まるばかり。
(なんでアリスはゲール様なんて呼んでるの? それにどうしてライラ達と戦ってたの?)
考えれば考えるほど分からない。じっくり話し合いたいが、そんな悠長な事をしていては、ゲールに逃げられてしまう。
その時、二階の穴に新たな人物が現れる。豪勢な服を纏う太った男。その男がアリスへと怒鳴る。
「何をやっておる!! とっととその襲撃者共を殺せアリス」
場の誰もが声のする方へ注目する。そしてその声を聞き、身体を小さく震わせるアリス。
「かしこまりましたゲール様。ただ、この若い娘二人は我々が行方を追っていたアラン様の仇でございます」
彼女はそう言ってから日本刀を構え直し、カレンへと向き直ってゲールの指示を待つ。
「ほう。自ら謝罪にでも来てくれたのか?」
ゲールの問い掛けに、怒りを込めて返したのはライラだった。
「謝罪しなければならないのはアンタの息子の方だ!! アタシ達は理不尽な言い掛かりで殺されかけたんだぞ!!」
「殺されかけた? 貴様等が息子を殺したんじゃないか。おいアリス、折角探していた娘達から来てくれたんだ。さっさと殺してしまえ」
ニヤニヤと笑うゲール。その顔を見て聖黒の四人は確信する。やはりコイツはアランの犯した禁忌についても把握しているのだと。そして、息子の死について笑いながら語る下衆なのだと。
「何をしておる。指示が聞こえんのか? さっさとこの四人を殺せアリス」
少し躊躇っていたのか直ぐに行動に出なかったアリスであるが、二度目の指示で覚悟を決めた様だった。彼女はカレンをきつく睨みつけ、肌に刺さるような殺気を放ち始めた。
「皆出てこい! この女は私が片付けるから、お前達は他の者を始末しろ」
アリスの呼びかけに屋敷から更に兵が出て来て、聖黒の面々を取り囲む。それらは屋敷の外を警護していた者達とは違い、アリスと同様の殺気を放っていた。
彼らはアリスが長を務めるゲール自慢の精鋭部隊である。その実力は王国騎士にも引けを取らないと言われている。
彼らの放つプレッシャーは並のモノではなく、戦闘経験が豊富なシグとフォンも流石に焦っていた。
恐らくこの状況を見ていた三班が、味方の待機場所へ援軍を呼びに行っているだろうが、この状況だとそれまで持つかも怪しい。
「行くぞ!!」
アリスの号令と共に兵達はカレン以外の三人へと突進していく。
そして、アリスもまた刀を振り上げカレンへと斬りかかる。
無駄のない動き。対象を両断するのに最適な軌跡を描き光の筋が走る。シグ達はアリスの部下の攻撃を受け止めながら、彼女のその動きを見て、絶望しながらカレンの死を確信する。
いくらカレンが回避能力に優れていても、素人が見ても達人級とわかるほどの一撃を回避出来るとは思えなかったからだ。
案の定、カレンの首筋に切っ先が到達し、アリスはそこからしなやかに腕を振り抜く。
そしてその刀身はカレンの美しい身体を、抵抗で速度を落とすことなく両断してしまった。
「終わった……」
誰もがそう思った。
「え?」
しかし、切ったアリス本人はとてつもない違和感を感じていた。彼女は自分の剣の腕を過小評価していない。人の身体であれ、簡単に両断する腕を持つと知っている。
しかし、今のはおかしい。どれだけ自分の腕が良くても、こんな切り心地はあり得ない。
何故なら何も感じなかったからだ。
それはまるでただの素振りとも言える感触。そして、直後に彼女はその感触の正体を知る。
ーーザバァッ
切られた筈のカレンが液体となり弾け、アリスはそれを受けずぶ濡れとなる。
彼女はカレンの姿をした水の塊を切っていたのだった。
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