覚悟
カレン達がアジトへ匿われてから三ヶ月程が経過した頃。ステイルの招集により、聖黒内の戦闘班、諜報班、救護班が会議室へと集められた。総勢二十人ほどのメンバーの中には、もちろんカレンとライラの姿もあった。
「忙しいところ集まってもらってすまない。この三ヶ月、諜報班にはゲールに関する情報を得るため活動してもらっていたのは知っての通りだ。まずはその成果を報告してもらう」
ステイルの言葉の後で、一人の諜報班の男が立ち上がり、ゲールについて得た情報の説明を始めた。
「ご存知の通り、ゲールはブライトウィンを含むこの地方、アルス王国の東方を治める侯爵です。そして民衆からの人気は高い。それはこの地方の経済が発展しており、比較的裕福な暮らしが確保されていることが理由です」
そう、ゲールは民衆からの人気は高い。男の言う通り経済の発展もそうなのだが、彼の外面の良さも人気を得ている理由の一つなのだ。多くの民衆が彼を善良で慈悲深い貴族であると認識している。
「しかし奴の本性は……、簒奪の魔女と手を組み、この国の闇市場に禁忌の血を流通させている張本人ということが判明しました」
禁忌……。それは魔法使いを殺し、その血を摂取する事で魔法使いに加護を与えていた精霊を、魔法の素質を持たない者が強制的に使役する事が出来る呪法。
魔法という特権を破壊しかねず、また魔法使いの命を代償とする為に、世界はそれを秘匿している。
それが禁忌と呼ばれる所以はもう一つ有り、血を摂取することでその人間が本来持つ欲望が増幅されてしまうのだ。そして、複数回の摂取で理性は殆ど崩壊し、欲望と本能だけの獣となる。
「血の流通なんて、どうしてそんなことを……」
説明を聞いたカレンが思わず漏らす。
「金儲けと混乱。これに尽きるな。しかし、リズも禁忌に手を出すなんざこの十年間してこなかった癖に、なんでまた今になってそんなことしやがるんだ?」
カレンの疑問に短く答え、そして諜報班の男にステイルは更なる質問を投げかける。
「仰るとおり、目的は金と混乱を招く事で間違いないと思います。
今までも魔法使いの血は、滅多に出回らないその希少価値から高値で取引されていますし……。それを今回のように継続的かつ多量に市場に投入すれば、短期間で相当の資金を回収出来るでしょう。
今まで禁忌という手段を取らなかったリズが、何故今、と言う事に関しては残念ながら掴めていません」
「その点に関しては引き続き調査を頼むぜ。まぁ取り敢えずは今すぐにどうにも出来ないリズは放っておいて、まずはゲールの対処をしよう。
三日後、奴は血の取引の為、闇市場を取り仕切る元締めに会う事になっている。場所はブライトウィンから南方にある奴の隠れ屋敷だ。そこに突入して奴を攫う」
ステイルの作戦はこうだ。
目立つ訳には行かないため、少人数での行動をとる。三チーム各二名ずつ。
一班はフォンとカレン。先行し屋敷周辺の警護兵達との戦闘で陽動。無力化が完了次第、屋敷内に侵入しているニ班に合流。
ニ班はシグとライラ。一班の陽動にやり屋敷内の警備が手薄になった所で、ゲールと闇市場の元締めを拘束する。
三班は戦闘班の二名。バックアップとして待機し、敵の増援等があった場合に適宜状況を開始する。
「あのぉ〜」
「どうしたカレン? 俺の作戦に不満でもあるのか?」
「イヤ、不満というかぁ……、たった六人の作戦に私とライラをメンバーに入れる必要って無いんじゃ……」
確かに少数精鋭を前提とした部隊編成。そこに実践経験皆無と言っても過言ではない二人の少女を参加させるのはリスクが高い。カレンの疑問はもっともだった。
「駄目だ。お前たち二人は必ず参加させる。禁忌の市場流通については違うが、この戦いはお前たちが自分の命を掴み取る戦いでもある。それを他人任せなんかにしてんじゃねぇーよ」
そう言い放つステイルの目は厳しい。
「カレンさん、あのね。ここにいるメンバーの殆どが、聖黒に志願して来た訳じゃないの。大半はカレンさん達の様に、世界の暗部に爪先が掛かってしまって、意図せず命を狙われる事になった人達。
私もシグもそうだった。そして全員の初仕事が自分に因縁のある任務への参加だったわ。
これからは自らが闇に紛れて、世界の不条理を壊していく覚悟を持つための、組織の『しきたり』みたいなものねね」
自分の命を掴み取る。
世界の闇となりが不条理を壊す。
そして、覚悟。
ステイルとフォンの言葉がカレンを撃ち抜く。
自分には目的があるじゃないか。過去の不条理を精算するという目的が。これはその覚悟を持つ為の戦いなんだ。人に甘えるなんてもってのほかだ。
そう思いながらカレンは拳を強く握りしめ、目を見開いた。
「ライラ、本っ当に、巻き込んでごめん!! だけど私はここで死ぬわけには行かない。あんな変な奴の親父に逆恨みされて殺されるなんて嫌なの。だから私は、私の命も、ライラの命も、どっちも掴み取って見せるから!!」
カレンが言い終わると同時、ライラは右拳でカレンの肩を軽く叩く。
「これ以上巻き込んだなんて言ったら怒るからね。
アタシの命もアンタが掴み取る?
違うよカレン。二人の命を二人で掴み取るんだろ?」
それ以上は何も言わず、強く頷き合う二人。それだけで十分だった。
「よーし。その他のメンバーもしっかりとサポートを頼む。それじゃぁ三日後、ゲールに一泡吹かせてやるとしようぜ!!」
ステイルの呼びかけに、その部屋にいた全員が返事をし、各々は三日後の準備に取り掛かるべく部屋を後にする。
「カレンとライラは残ってくれ。渡したいものがある」
カレンとライラが流れに続き退室しようとしたところで、二人はシグに呼び止められる。
そしてシグは背後の箱からあるものを取り出し、ライラに手渡した。
それは金色に輝く、右手用の手甲。
「魔機、炎神拳だ。お前なら攻守共に使いこなせるだろう」
受け取ったそれを装着し、軽くシャドーを始めるライラ。拳で風を切る音が小気味よく鳴る。
「うん。これはとてもしっくりくるね。ありがとうシグさん。大切に使わせてもらうよ」
とても満足そうな顔をするライラをカレンは羨ましそうに見ていた。そして次は自分の番だと目を輝かせる。
その大きな期待がこもったカレンの目から視線をそらしながら、シグの隣にいたフォンが小さな箱をカレンへと差し出す。
「そんなに期待されると渡しにくいんだけど……。そのぉ、カレンさんはこれね……」
小さな箱を受け取ったカレンは、クリスマスの朝、枕元でプレゼントを見つけた子供の様に喜ぶ。
「開けていい?! 開けていい?!」
カレンは聞いておきながら誰の返事も待たずに箱の蓋を開く。
(ん? これだけ?)
箱の中には、鞘に収められた刃渡り25センチ程のナイフが一本。頑丈そうではあるが、戦闘向きとは言えない物だった。
「もしかして、これもすんごい魔法が付加された魔機?」
「いや、紛れも無くただのナイフだ。そもそもお前は武術や剣術といった近接戦闘の才能が無いんだ。武器を持つなら小回りの効くナイフくらいがちょうどいい。これなら相手の剣や槍も受け流せるしな」
確かに、自分の運動神経を考えると、剣などの大きな武器を持っても邪魔になるだけだと納得できた。
(だけどそういう事じゃないっ!! こういう時って秘密兵器みたいなのを託すもんじゃないの?!)
結局フォンとライラが、かなり長い時間カレンの頭を撫でながら慰める事で、彼女は機嫌を治したのだった。
決戦まで後三日。
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