アリス
「まだ見つからんのか!!」
豪華な装飾や調度品で飾られた広い部屋の中で、丸々と太った男が声を荒げる。
「何をしておるのだお前達は!! たかが小娘二人の行方もわからんとは」
この男、ゲール卿の苛立ちは日を追う毎に増していた。アランが殺されてから、もう一月経過しているにも関わらず犯人の足取りは全く掴めていなかった。
「申し訳ありません。全力で捜索しているのですが、女の一人が叔父と住む自宅を放棄した後の足取りが……」
ーードガッ
「ぐふ……」
黒い仮面を着けた一人の女がゲールの前に跪いて弁明していたのだが、それを言い終わる前に彼女はゲールから爪先で腹部を思い切り蹴飛ばされ悶絶してしまう。
「貴様ぁ、その報告は何度目だ? ワシはそんな報告を聞く為に薄汚いお前を拾ってやったのか? どうなんだ、答えんか!!」
ゲールは腹を抱えてうずくまる女を、更に何度か蹴りあげた後、豪勢な椅子にどかっと腰を降ろした。あれだけの暴行を受けたにも関わらず、倒れていた女はよろよろと起き上がり、ゲールの足元まで歩いてから土下座をする。
「私は……ゲール様に拾って頂いた恩に報いるため、ゲール様のお望みを全て叶えるための存在です……そのためなら……命をも差し出します……」
そんな女の姿を見て満足そうな下卑た笑みを浮かべながら、ゲールはこの女を拾った時の事を思い出していた。
ゲールがこの女を拾ったのは五年前、王都からの帰路であった。遠路遥々王都まで出向いたにも関わらず、王から小言を言われたゲールはすこぶる機嫌が悪く、馬車でふて寝をしていた。
そんな時、突然馬車が大きな音を立てて急停止。その衝撃でゲールは座っていた馬車の座席から転げ落ちてしまっていた。
「何事か!!」
苛立ちを隠すことなく怒鳴るゲール。すぐに馬車の扉が開き警護兵が状況を説明しに現れる。
「申し訳ございませんゲール卿。道の真ん中で少女が一人倒れておりまして……」
「街も近くに無いこんな田舎道で少女だと? どうせ拐われ嬲られてから、捨てられでもしたのだろう。ワシは機嫌が悪いのだ、さっさと端にどけて出発せんか!!」
ゲールの指示に従い、二人の兵が少女を道の端へとどけてから馬車へと振り返る。その瞬間、少女が突然起き上がり馬車へ向かって駆け出した。
「こら、貴様っ!」
警護兵達は真っ青な顔をして少女を捕らえようとするが、少女はそれを全てかわし、そしてゲールの乗る馬車の扉を開け、彼を見るなり泣きながら懇願しだした。
「お願いします! 私をどうか連れていって下さい!! なんでもしますから……」
突然の出来事にゲールは唖然とするも、涙を流しながら必死で懇願する少女へ目をやる。
(ほう……これは)
所々が破れ、汚れた見慣れないデザインの服を着た少女。しかし、少しやつれてはいるがとても整った顔立ちをしている。
(この見慣れない服はもしや……)
ゲールには少女の奇妙な服について思い当たることがあった。文献や記録によると転道者は最初、見慣れない奇妙なデザインの服を着ている事があるとあったからだ。
「お嬢さん、もしかして別の世界から来たのかい?」
ゲールはそれまでとは打って変わって人の良さそうな笑みを浮かべ、少女へと優しく声をかける。すると少女は泣きながら顔を何度も縦に振り答えた。ゲールの笑みに隠された醜悪な本性には気付かずに……。
「そうかいそうかい……それは大変だったねぇ。良いだろう。ささ、こちらにおいで」
「あ、ありがとうございます」
ゲールの言葉に安堵の表情を浮かべ、礼を言う少女。ゲールはその少女を自分の馬車へと招き入れ、屋敷へと連れ帰ったのだった。
これがゲールとこの女との出会い。
五年を経た今、成熟した大人の女性へと成長しているが、当時はまだあどけなさの残る少女だった。
屋敷へと連れ帰られた彼女を待っていたのは、徹底的な教育であった。いや、それは教育と呼ぶにはあまりにもおぞましい。暴力や凌辱によって、頭の中にゲールへの忠誠心を徹底的に刷り込まれた。そして、ゲールを絶対者として認識してからは戦闘の訓練を施されたのだ。
彼女の戦闘センスはかなりのもので、とりわけ剣技に関しては相当のものであった。今では屋敷の兵ではまず、それどころか王国騎士団においても彼女に匹敵するものはそうはいないだろう。
これはゲールにとって嬉しい誤算であった。転道者は何か秀でたスキルを持つということを知っていたからこそ、ゲールは彼女の風貌から転道者であると見抜き、期待して少女を拾ったのだ。その期待は正に的中し、相当な戦闘力を持つ者を引き当てた自らの幸運に酔いしれていた。しかも、それほどの強者が今では自分に跪き、服従を誓っているのだから。
訓練過程を終えてからは、女はゲールの護衛兼、秘書兼、世話役として、常に彼の側で使えているのだった。また、彼女はゲールの私兵を取り纏める兵長も努めている。
ゲールは回想を止め、目の前で土下座する女を見下ろし声をかける。強者の上に君臨する事に興奮を覚えながら。
「お前も大変じゃなぁ。兵が無能な為にワシに叱られて。しかしワシはお前の辛さを分かっておる。さぁ、顔を上げるが良い。服を脱いでこちらに来るのじゃ。慰めてやろう」
暴行と慰めを一人で行うなど、だれが聞いても余りにも理不尽な言い分。しかし彼女は逆らうどころか、仮面の下に嬉しそうな笑顔を浮かべながら服を脱ぎ捨てる。
「お心遣い感謝致します……ゲール様。アリスは幸せです」
ゲールは女の、アリスの裸体をじっくりと舐め回すように観察する。今の彼にはカレンとライラの捜索についてなど、どうでも良い思えていた。ただ目の前の強くて美しい女を抱きたい、その欲望に塗り潰されているのだった。
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