聖黒4
「お寝坊さん。そろそろ起きなさい」
フォンの声で深い眠りから一気に現実へと引き戻されるカレン。
(あれ? 息ができない?!)
「んぐぐぐぐっ!!」
何時もなら寝起きは、大きな伸びと共に深く息を吸い込むのだが、今日のカレンは顔への大きな圧迫によって目も開けられず息も出来ない。彼女は苦しさのあまり、唯一自由の効く手足をじたばたと振り回す。
(ダメ……もう意識が……)
やがて酸欠によって手足を動かすこともできなくなり、再び意識が現実から遠退いていく。
そこで突然顔への圧迫が無くなり、彼女の口と鼻へ新鮮な空気が一気に流れ込んだ。
「ゴホっ! ゴホっ!」
ガバッと上半身を起こし涙目になりながら咳き込むカレン。彼女の滲んだ視界には可愛らしく微笑むフォンが、両手で自分の乳房を下から支えている姿が確認できた。
(あの圧迫感はやっぱりコイツかぁ!!)
「先生は加減ってのを知らないの?! 死ぬとこだったじゃない!!」
カレンは真剣に怒っているのだが、フォンにはそれが伝わっていないのかニコニコと微笑み続けていた。しかし、それがカレンの怒りを更にヒートアップさせる。
「大体フォンちゃんの胸は無駄にでかいんだから! 一体何食べたらそんな無駄に育つんですか
?! しかも無駄に見せびらかすような服をいつも着て!!」
カレンの怒涛の無駄無駄口撃に、それまで笑顔をキープしていたフォンはみるみる内に涙目になる。
「ふぇーん。気持ちよく起こしてあげようとしただけなのに、カレンさんが虐める……」
「どこが気持ちよくなんですか? ど、こ、が?! こっちは本当に死にかけてるんですけど?!」
怒られたショックで絶望的な表情をしながらぶつぶつと独り言を呟くフォンを無視し、カレンは着ている服を乱暴に脱ぎ捨て、鞄から着替えを取り出して袖を通す。
(ライラは先に起きたみたいね。どこに行っちゃったんだろ)
「フォンちゃん、ライラは?」
未だにいじけているフォンに何事もなかったかのように問いかけるカレン。普通に話しかけられたのが嬉しかったのか、フォンは瞬時に表情を切り替え満面の笑みで答える。
(表情が変わり過ぎて本心が分かんない……)
「ライラさんはステイルの説明を受けた後、一足先に訓練をしているわよ。さ、カレンさんも着替えが終わったのならステイルの所に行きましょっ」
そういうとフォンはカレンの腕を掴み、返事を待たずに引きずりながら部屋から出ていこうとする。
「ちょ、ちょっと待ってよ!! まだ髪とかボサボサなんですけどー!!」
フォンの腕を振りほどこうとするが、全く力が及ばない。それどころか身体はどんどんと引っ張られてしまい、結局抵抗むなしくそのまま部屋を後にしたのだった。
(えー?! フォンちゃんってこんなに怪力だったの?!)
フォンに連れて来られたのは昨晩話し合ったのと同じ、ステイルの部屋。そして部屋の主ステイルは既にソファーに足をくんで座っていた。
「おう、おはようさん。よーく眠れたみたいだな」
「はい。色々ありがとうございます」
ステイルに促されカレンもソファーに腰を掛ける。するとフォンがカレンにティーカップに入った飲み物を出してくれた。
「コーヒーよ。転道者が伝えたという飲み物らしいのだけど、貴方は知ってるかしら?」
知ってるもなにもカフェインはネトゲの必需品だ、と思いながらカップに口をつけると、口のなかに苦味を感じ、その後で爽やかな酸味が広がる。紛れもなく彼女が知るコーヒーだった。
「うわぁ……美味しいコーヒーですね」
「気に入ってくれたみたいだな。コーヒーは高級品だからな。滅多にお目にかかれないんだ。
さてお嬢ちゃん……いや、これからはカレンと呼ばせてもらおう。カレンには聖黒の一員となって貰うため、これから暫くの間このアジトで訓練を受けてもらう」
「訓練……ですか?」
「ああそうだ。ライラはシグに、カレンはフォンに教官となってもらってな」
ステイルの説明によると、ゲール卿の罪の更なる証拠を集めるのには、もう暫く時間がかかるらしい。その間に私たちに聖黒として必要なスキルを身に着けろということだった。
それには格闘や暗殺といった戦闘スキルだけでなく、尾行、潜伏、情報収集、といった諜報スキルも含まれている。
「そして証拠が集まり次第、ゲールの奴を叩き潰す」
ステイルの右目がギラリと磨いだ刃物のように光る。昨晩も見たあまりにも冷徹な目。カレンは直感的に、これがこの人の本性なのだと自覚する。
こうしてカレンとライラの聖黒での生活が始まった。結果として三ヶ月後にゲール卿との直接対決が始まるのだが、それまでの間に、二人はかなりの成長を遂げることになる。その適応力の高さはステイル、シグ、フォンも驚愕するほどであった。
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