逃亡
「身元はすぐにバレてしまうだろう。ここも安全とは言えない。カレン、まだ身体が辛いかもしれないがここを出るぞ。ライラも一緒にだ」
あまりにも急な話に戸惑うカレン。
しかし、有無を言わせないシグの話ぶりが、それだけ切羽詰まった状況であることを窺わせる。
身体にまだ気だるさを覚えながらも、カレンはベッドから起き上がり、学園の鞄に着替えなどを詰め込む。
そして簡単に身支度を整えてからシグに声を掛けた。
「よし。次はライラの家に向かおう」
直後、一階から窓ガラスが割らる音がした。そしてそれに続きドアが蹴破られ、数人の男の声が聞こえる。
「もう刺客が……。こっちだ!!」
カレンの部屋の窓を開け、そこから急いで外に出る三人。
空には大きな満月が浮かんでおり、そらが放つ光を頼りにして、次々に屋根伝いにシグの家から離れる。
「同居人の俺もろとも、その日の内に始末するつもりだな」
「ごめんなさいシグ……」
「今は謝っている場合ではない。ライラ、お前の家にも寄っている暇は無さそうだ」
「分かってるよ。アタシの家にも今頃来ているだろうからね」
美しく輝く満月の下を、三つの影が駆け抜けていく。しかし真夜中のため人通りはほとんどなく、誰もそれに気付く者はいない。
やがて三人は街の外壁に到着する。それから地上に降りて厩舎へと向かった。
「おや、シグさんこんな時間にお出かけかい? それに二人も美人を連れて」
管理人がシグに冗談を言うが、今のシグに相手をしている暇はない。
「ちょっと仕事が入ってな」
それだけ言うとシグは自分の馬を厩舎から連れて出ていき、荷馬車を手際良く取り付ける。
「さぁ乗れ。家にいないとなれば逃亡を阻止する為に追手がすぐにここにもやってくる」
カレンとライラが荷台へと乗り込む。それを確認するやシグは全速力で馬を走らせたのだった。
カレンが振り替えった時、街はもうかなり小さくなっていた。
「シグ、行く宛はあるの?」
「あぁ、一応……な」
歯切れの悪い返事にカレンは違和感を覚えるも、今はシグの言うとおりにするしかなかった。
馬車は以前カレンが盗賊に襲われていた森を抜け、岸壁に左右を囲まれた岩山を登って行く。
山道には大きめの石が転がっており、車輪がそれを踏む度に荷馬車が大きく揺れる。
しばらくそんな状態に耐えていると、突然シグが馬車を停めた。
「着いたぞ。降りろ」
それに従い荷馬車から降りる二人。
そこには四方が高い岸壁に囲まれた、馬車を十台程は余裕で並べられるくらいの円形の空間が広がっていた。
怪訝な顔をするライラ。
「行き止まりじゃないか。ここで何をしようって言うんだいシグさん。まさか野宿でもしようっての?」
確かにここなら追手も簡単には来ないだろう。しかしテントや食料を持たないカレン達は、ここで潜伏するのが難しいのは明らかだった。
「お前たちは今、かなり厄介な事件の当事者であることは理解しているな」
差し込んだ月明りに照らされたシグはライラの疑問には答えず、逆に二人に向かって真剣な顔で突然問う。
それに困惑するカレンとライラだが、家にまで刺客が差し向けられた現実を目の当たりにしたことで、自分達が置かれた状況は理解できていた。
二人はシグを直視し、深く頷き、そしてシグは話を続ける。
「お前たちはゲールに関する知ってはいけない事を知ってしまった。そしてヤツの息子を手に掛けた」
「だがそれは正当防衛だ! アタシはアイツに殺されかけたんだ! それにカレンも……」
取り乱すライラをシグが制止する。
「分かっている。だが、ゲールはお前たちの口封じの為には何だってやるだろう。
息子アランを殺した殺人者としてしょっぴくことだって十分に考えられる。お前たちに死罪を適用して殺せば、自分の評判は落とさず禁忌について闇に葬ることができるからな。
さっき家に来たのもヤツお抱えの兵だろう」
ライラは拳を強く握りしめ、歯を強く噛み合わせている。
(なんでアタシらがそんな目に合わなきゃいけないんだ。禁忌を侵しカレンを襲ったのはアランだぞ……)
「でも……シグはそんな最悪な状況から私達を救う考えがあってここに連れて来たんでしょ?」
悔しさや怒りを滲ませるライラの表情とは対照的に、カレンは落ち着いていた。彼を見つめるその瞳からは強い信頼が窺える。
「そうだな。お前たちは今、この国の闇の部分に足を取られている。放っておけばその闇に飲まれ、さっき話したように命を落とすか、死んだ方がマシだと思えるほど酷い目にあうかのどちらかだろう。
だから俺はここにお前達二人を連れてきた。
カレン、ライラ、お前達を救うにはこうするしかないんだ……」
シグが申し訳なさそうに目を伏せた時だった。
満月に重なるように宙を舞う一つの影。その影は華麗に宙返りをしながら地面へと着地する。
三人から10メート程離れた場所に着地した影は、ゆっくり三人の元へ歩みよる。
警戒心からファイティングポーズをとるライラ。
しかし距離が縮まり影の招待を認識したライラは、思わず驚きの声をあげた。
「エマール先生?!」
そう、人影の正体は、黒い忍び装束のような服を身に纏った、爆乳教員のフォン=エマールその人であった。
「来ると思っていたわよシグ~。
姪っ子ちゃんがとんでもないことをやらかしたみたいねぇ。フォンちゃん心配で来ちゃった。テヘッ」
【お願い】
もしよろしければ感想、もしくはご評価頂けますと有り難いです!!
(このまま下にスクロールして頂くとフォームがございます)