大精霊セロ3
「やっぱりこの程度の魔法でもかなりの魔力を消費してしまうなぁ。せっかく普段カレンと会話するのを極力我慢して、魔力を溜めてきたのに……」
セロが独り言の様に呟いている間に、アランが火、土、風の属性魔法を連続で放つ。そしてそれは全て避けられる事なくセロへと直撃するが、結果的に傷一つ負わせることは出来ない。
「ガァア"ア"ア"」
「さて魔力も底をつきそうだし、アラン君。君にはそろそろこの責任を取ってもらうとしようじゃないか」
攻撃が効かず激昂するアランにセロが幕引きの宣言をする。しかしアランにはそれを理解するだけの理性が残っておらず、今尚がむしゃらに魔法を放ち続けていた。
「無駄撃ちだとも分からないか。魔法はこうやって使うんだよ」
セロは再び拳銃を形作った左手でアランを指す。
「識属性、九重特性魔法」
「九重?! それに識属性なんて聞いたこと、」
ライラが疑問を言い終えるのを待たずして、セロはその魔法名を詠む。
「滅光」
先ほどと同じく指先に球状魔法陣が展開され、そこから放たれる光線。アランが連射した魔法は全てそれに貫かれ消滅していく。
そして閃光がアランの下腹部に到達した瞬間、彼の下半身は丸ごと跡形もなく消え去ってしまったのだった。
下半身が消えたことで一瞬だけ宙に浮いていた上半身は、一呼吸後にぼとりと地面に墜落する。
アランはそこで自らの血溜まりの中をもがきながら、腕が落とされた時とは比較にならない叫び声を上げている。
「ヴガァア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア」
この凄惨な状況をただじっと見ているライラは、アランがこのまま出血多量により死んでいくのだと思っていた。
しかし、彼女は禁忌の代償の更なる恐ろしさを目の当たりにする。
そして、その光景はライラにトラウマを与えるには十分なものだった。
アランの下に出来た血溜まり。その血溜まりの中から、血液でできた三本の触手が生えてきたのだ。その先端には真っ白な大きな歯が綺麗に生え揃っていた。
「『逆食み』だ。縛られていた精霊の復讐だよ」
セロに『逆食み』と呼ばれたそれは、不気味な白い歯がむき出しになった口を大きく開け、突然アランの残った上半身を食い千切り出す。
路地裏にグチャグチャと肉を噛み締める音と、アランの断末魔。狂人となった筈の彼は涙を流し、その顔は恐怖と痛みによる苦悶の表情に覆われていた。
「うっ……」
既に空っぽであるはずのライラの胃が再び激しく動き出す。もう早く終わってくれ、ライラはそれだけを考え目を強く閉じていた。
やがて咀嚼音が止み、アランの声も途切れる。
「もう大丈夫だよライラ」
カレンの優しい声でセロが言う。ライラが目を開くと、そこには真っ赤に染まったアランの着ていた服と、食べ残された肉片が少し残っているだけだった。
(何が大丈夫だ……)
今尚残るおぞましい光景。しかし、ライラにはリアクションをとる気力も無かった。
「ありがとうライラ。君が駆け付けて時間を稼いでくれなかったら、今頃カレンは……。とにかく感謝しているよ」
「礼なんてよしてくれ。アタシは何も出来ず、ただアイツに殺されそうになっていただけだ……」
彼女は謙遜したつもりは全くなく、自分の無能さに打ち拉がれるだけだった。
「慰めるつもりはないけど、二人分の魔法使いの血を摂取した人間に、魔法を覚えてそう長くない者が勝つのは難しいよ。
禁忌により得られる魔法の力は、元々の血の持ち主の力をそのまま受け継ぐからね。俺から見ても、アランの使った血の持ち主はかなりの手練れだよ」
セロから語られていく禁忌の真実。それを自分に話してどうしたいのだろう、とライラが思っていると、セロが突然片膝を地面についた。
ライラはふらつく足でセロに駆け寄り、カレンの身体を両手で支える。
「ふぅ……精霊が人間の世界に直接干渉するのは膨大な魔力が必要でね。もう空っぽみたいだ。そろそろカレンに身体を返さないといけないんだけど、伝言をお願いしてもいいかな」
気だるそうに目を細めて見つめてくるセロに無言で頷くライラ。
「暫く話も出来なくなるけど、カレンの中にちゃんといるからね。また話そう。そう伝えておいて欲しい」
「わかった。アンタの伝言はちゃんと伝えておくよ……」
「ありがとう。このまま此処にいるとまずいだろ? 最後に魔法でカレンの家に転送するから、そこで今後についてよく話し合っておくんだ……。カレンのこと、頼んだよ」
そう言い終わると同時に二人の足下に展開される魔法陣。そして二人の身体はその中へと沈み込んでいき、やがて二人の姿は路地裏から完全に消えてしまったのだった。
その少し後、十人ほどの治安兵達が路地裏へとなだれ込む。しかし一足遅く、そこには魔法による戦いの痕跡と、血濡れの服と、小さな肉片だけが残されていたのだった。
彼らの捜査により、その服はすぐにアランの持ち物であると判明する。しかし、この事件が世間の明るみに出ることはなかった。
それはアランの父、この地を治めるゲール卿が揉み消したからだ。
彼は自身の保身のため、それを隠蔽する必要があったのだ。
ゲールは知っていた。息子が禁忌を犯していたことを。この事が王に知られれば自分の地位が揺らいでしまう。禁忌に関わったということで、死罪も十分にあり得る。
そう考えたゲールには、もう一つやるべき事が残っていた。
息子と対峙し、真相を知ったであろう者の口封じが。
2019.8.9 夜にはもう一話投稿します。
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