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レディースウォー  作者: 定秋
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彼女たちの戦争2

第三章 世界


「それじゃハジメ、リノを頼んだぞ」

 軽くしかめっ面の俺に平然と言うマイア。

 マイアと同じ温泉につかった翌日の晩、早速俺はウルカ族とフィエダ族の戦いに参加することになった。

 ウルカ族の斥候がフィエダ族の動きを察知したらしく、その度にこうして互いの集落の中間でぶつかり合うらしい。

「あの、ハジメさん。よろしくお願いします!」

 リノは俺に対して深々と頭を下げた。こんな世界にもおじぎってあるんだな。

「ああ、任されたからにはキチっと守るさ」

「まあ私達も周りで戦うけどねー。でもハジメぐらいのがリノを守ってくれると、私達が動きやすくて助かるよー」

 石斧片手に話しかけてくるネーヴェ。その周りには、目に見えて武闘派と分かる大柄な女達が群がっている。

 なにこの人たち。超怖い。

 しかし、石槍に石斧。とことん武器がアナクロなんだな。石器じゃねぇか。

「皆の者良く聞け!今日はリノの守りにハジメが付く!ハジメのことはもう知っておるな!今日はとことん暴れてええぞ!!」

「「おお!」」

 マイアの掛け声に呼応するウルカ族。

 やる気満々だな……。

 ウルカ族が猛るのも当然だろう。既に何人ものウルカ族が、森の奥から大勢の人間が接近してくる気配を感じ取っている。フィエダ族はもうすぐそこまで来ているのだ。

 やがてウルカ族と同じような格好をした女達が少しずつ姿を見せはじめる。胸と腰だけを覆ったその格好は、ウルカ族のそれとほとんど違いがないが、ウルカ族が全体的に白地の布を使っているのに対して、フィエダ族は茶色い布を使っている。

 一つ気になる点は、フィエダ族の持っている武器。二つの部族はほとんど似通ったものかと思いきや、ウルカ族が原始的な槍や斧であるのに対し、フィエダ族が持っているのは剣だ。初めてここに飛ばされた夜、リノを襲っていたフィエダ族が刃を持っていた気がしたが、間違いではなかったようだ。

 しかし、遠目に見て分かるのは、鉄器の類ではなさそうだ。フィエダ族の持つ剣にはことごとく刃物の持つ輝きのようなものがない。察するに石を加工しているのだろう。強度面で劣るが、それでも鈍器としては相当に危険であることには違いない。

「かかれ!」

 対峙して早々、フィエダ族の一人が声を上げた。その声を皮切りに、フィエダ族が石剣を掲げて押し寄せてきた。

「迎え撃てぇ!」

「「おおおおおおおお!」」

 マイアの声と共に、周りにいたウルカ族達が突撃を開始した。

 元々彼我にあまり距離はなく、すぐに二つの部族は激突したが、俺とリノはその場にポツンと残された。

 リノは弓という仕事があるが、それを守るだけの俺は手持ち無沙汰だ。

 傍らでリノが弓に矢をつがえた。弦を引き、弓がしなる。リノは遠くの一点をじっと見ている。普段のぽやっとした雰囲気とは打って変わって、その表情は凛々しいと言って良いだろう。

 唐突にリノが矢から手を離した。ピンッと弦が鳴るのを聴き、顔をリノから戦線に向けると、フィエダ族の一人が矢の刺さった左腕を抑えてうずくまるのが見えた。

 衝突早々、二つの部族は混戦状態になっている。どうやら陣形とかそういった概念がないようで、ウルカ族もフィエダ族も、ただ互いに近くにいる敵を見つけては武器を振るっている。

 戦いを眺めていて分かったことがある。ウルカ族に比べて、フィエダ族はかなり弱い。

 群がるフィエダ族に対して、ウルカ族がそれを蹴散らしている感じだ。それに平均的にではあるが、フィエダ族の体格はウルカ族に対して若干小さい。敵味方入り乱れているこの状況でも、ウルカ族の背丈が頭一つ分近く高いのが良く分かる。

 そして武器の熟練度も目に見えてフィエダ族が劣っている。マイアのように手足の延長のようにとは言わないが、ウルカ族は全員手に持った武器を自在に振るっているのが分かるが、フィエダ族達の剣の扱いは、ウルカ族の域には決して及ばない。

 どう見ても個々の戦力差は圧倒的だが、それでもウルカ族が優勢で押し切っているという状況ではない。

 体格は小さく、武器の扱いでも負けている。しかしウルカ族は押し切れない。

 どうやら原因は数と、数を活かした連携のようだ。

 森の中なので全体が把握しづらいが、ウルカ族一人に対してフィエダ族は二人から三人で戦っている。しかしウルカ族はたいしたもので、数の差だけであれば覆せそうな様子だが、そうならない理由はフィエダ族の戦い方にあった。

 一人のウルカ族に対して複数であたるフィエダ族は、武器を合わせた人間が押されれば横からそのフォローに入るという形で、上手い具合に一対一を続けないようにしている。つまり連携がきちんと取れているのだ。

 力ではウルカ族、技ではフィエダ族が……と言いたいところだが、決して互角にはならない。ウルカ族一人にフィエダ族二、三人でようやく互角なのだ。少しウルカ族の人間が優勢になれば簡単にフィエダ族は崩れる。連携で補っても力不足は目に見えている。

 加えてリノの存在は大きい。的の大きさの問題で頭を狙うのは難しいようだが、彼女の放つ矢は百発百中ではないものの、既に最初の一人と合わせて三人に命中させている。

 ギリギリの接戦の中で、フィエダ族にはいつ遠隔攻撃を喰らうか分からない恐怖が、ウルカ族にとって追い風となっている。

 ピィィッ

「笛の音?」

 フィエダ族のやって来た方角からだろう。笛で鳴らしたような甲高い音が一度だけ鳴り響いた。

 すると、それと同時にフィエダ族が撤退を始める。

「何かの作戦か?戦い自体を終えるにはまだ早すぎるだろう。五分も経ってないぞ」

 この部族間の戦にまともに参加するのはこれが初めてなので、これがどういう状況なのか判断がつかない。

 俺の考えが通用する世界であれば、これは戦略的撤退と見るのが妥当だが、この世界は逐一俺の常識が通用しない世界だ。

 この小競り合いがこの世界での戦争なのかもしれない。 

「フィエダが逃げ出しました。私達も行きましょう」

 既に退散したフィエダ族を追って、多くのウルカが視界の先に消えつつある。

 矢籠を担いだリノも、戦線から離れず移動するようだ。しかも周りで戦うとか言ってたネーヴェ達は既にいない。

 駆け出したリノを追う形で走る。しかし元々足が速い方ではないであろうリノは、矢籠を担いでいることでさらに足が鈍っているようだ。ゆっくり走ってやらないとペースが合わない。

 しかし、ネーヴェの奴らすぐにいなくなったな。フォローする気ねぇじゃねぇか。

 ……いや、待てよ。

 俺は何人かとの会話の中で感じていた事実を思い出した。

 本来リノのフォロー役のネーヴェが前線で戦っている。そもそも本当にいつもきちんとフォローしているのか分からんが。もし敵がそれに気付いたとしたら……。

 ネーヴェ達が前線に出ているのは、俺という存在があるからだ。本来は彼女達の仕事である役目を俺が担ったから。

 しかし流石にフィエダ族はそんな情報を握っているとは思えない。

「リノ、ストップ……止まれだ」

「え?」

 唐突ではあるが、一応俺の言葉に足を止めたリノ。

「どうしました?早く行かないと……」

 俺は少し辺りを見回して適当な大きな木に目を付けた。

「リノ、俺に考えがある。時間がないから説明は省くが、俺が踏み台になる。この木に昇って隠れろ。弓と矢籠は置いてだ」

「え?な、なんでですか」

「いいから、早く」

 強引だが有無を言わさぬ口調に、リノは渋々弓と矢籠を地面に下ろした。

 俺は木の横で手を組んで膝立ちになる。

「この手に足をかけて上に飛べ。そのまま跳ね上げる」

「分かりました……」

 納得はしていなさそうだが、それでも従うリノ。少し勢いをつけて俺の手を踏み込む。同時に俺は力一杯リノを上に放り投げた。

「きゃっ」

 結構な勢いに驚いたようだが、それでもリノは太い木の枝に飛び乗ってくれた。

「よし、あとはそこで何があっても動くなよ。絶対に物音をたてるな」

「え、ハジメさん、弓は?」

「いいから黙ってろ。俺が良いって言うまで降りてくるなよ!」

 そう言うと俺は、リノの弓と矢籠を、リノの昇った木から少し離れた木の根元に移す。そして隠れるのに適当な茂みを見つけてもぐりこんだ。

 茂みの下で待つこと数分。何者かが近づいてくる物音が聞こえる。どうやら一人ではないようだ。

 茂みを掻き分ける音はどんどん大きくなり、やがて話し声まで聞こえるところまで来た。

「まだこの辺りにいるはずだ。奴らが戻ってくる前に探し出せ」

 静かに、だが力強い口調で一人が指示を出す。

 少しだけ目の前の草木をズラして茂みの向こうを見る。どうやら相手は五人。やはりリノを狙いに来たようだ。

 マイアや、リノ本人との会話の中で、リノが戦場で孤立しがちで危機的状況に陥りやすいという話を聞き、なんとなくそうなんじゃないかと思っていはいたが……。どうやらフィエダ族が真っ先に始末しようとしているのはリノのようだ。早すぎる撤退は確実にリノをウルカ族本隊から引き離す為のものだろう。

 確かにあの戦況を見る限りでは、リノを潰すことによる効果は大きい。

 リノよ、お前は味方よりも敵に正当な評価をされているぞ。

「ルカ、こっちだ」

 そんなことを考えていると、フィエダ族の一人がリノの弓と矢籠を発見したらしい。まあこれ見よがしに置いたから見つけられて当然だが。

「どうした?」

「これは、あの弓使いのじゃないのか?」

「確かに。だがどうして本人がいない?」

 それはね、それが罠だからだよ。

 俺は草木が鳴るのも構わず茂みから飛び出した。音に気付いてフィエダ族が振り向く頃には既に手の届く位置まで肉薄している。

 とりあえず近い位置にる二人の腹に少し強めに拳を叩き込む。流石に残り三人のうち二人は異変に反応して手にした石剣をこちらに向けてきたが、まずは片方の女の石剣を持った手を左手で軽く止めてそのまま右肘を腹に叩き込む。もう一人には、上体が傾いているのを利用して左足を叩き込んだ。

 リノの弓を確かめるのにしゃがんでいた女を除いた四人に、少しばかり動けなくなる程度に腹を打たせてもらった。四人とも気絶はしていないが悶絶して嗚咽を漏らしている。うむ、痛そうだ。

「な、なんだおまっ……お前!」

 残った一人、ルカとか呼ばれてた女か。

「あれ、お前はこの前の」

 薄暗闇で見た記憶た正しければ、最初の夜にリノを襲っていた女か。

「お前は……!」

 会話などあるはずもなく、ルカという女が石剣で切るつけてくるが、剣を持っているとは言え、女一人に動揺できる程甘っちょろい家族生活を送っていない。

 一歩身を引いて太刀をかわすと、返す刃より先に左足でルカの右腕を蹴る。

 腰を入れて打ち込む蹴りではなく、足だけを素早く放つ軽い蹴りだ。まあ蹴りは蹴りなので、それなりに痛い。

「うあっ!」

 蹴られた衝撃で石剣を手放し倒れこむルカ。

 胴体にはあまりダメージがいかないようにしたつもりだが、当てた右腕の方はしばらくは使えないだろう。

「お前この前の夜の奴だよな。ルカって言うのか」

 俺の言葉にルカは、ますます怒りを強めたようだ。

「軽々しく呼ぶな!お前など知らん!」

「確かに、初対面で呼び捨てってのは失礼な話だな」

 ルカは相変わらず怒りを露わにしているが、完全にこちらがイニチアシブを取っているので動けない。

 時間が経てばウルカ族が引き上げて戻ってきてしまうだろうから単刀直入に用件を済ますことにした。

「フィエダ族の本隊を囮に弓兵を始末するっていう作戦は、お前の案なのか?」

 ルカは俺の言ったことの意味がすぐには分からなかったようだ。というより、内容が予想外過ぎたのだろう。

 訝しげな表情を浮かべた後、ルカは口を開いた。

「なんでそんなことを聞く?」

 どうやら発案者はこいつじゃなさそうだな。

 恐らくルカ自身、この作戦の重要性が良く分かっていないのだろう。だからそれを知りたがる俺の意図が理解できないのだ。

「そう言えば、フィエダ族の戦頭、アドネとか言ったか……そいつの考えかな?」

「お前……どうしてその名を知ってる。お前は一体なんなんだ……」

 驚き、と言うより畏怖に近いか。ルカは俺に対してそんな感情を抱き始めている。

 それもそうか。この状況で戦うでもなく淡々と問う俺の在り方は、フィエダ族にもウルカ族にもないものだ。人間、理解できないものを恐れるのは当然の思考だ。

「あとはこれか。遠目に見た時は石だと思ったら、立派に鉄器じゃないか。お前ら、これどうやって手に入れた?」

 悶絶させた四人が持っていた剣を見る。

 基本的にフィエダ族の持っている剣はかなりのなまくらのようで、剣としての形を取っているが、刃は潰れているし、研いだり磨いたりされ様子もなく表面がくすんでいる。

 これだけ粗悪だと、石と間違ってもおかしくないだろう。もう本当に形だけ見たら木刀に近いもんなこれ。

「しかし、お前のは特別製か?」

 改めて見ると、このルカという女の剣だけはまともな作りをしている。

 刃が刃としての切れ味を持っていそうだし、表面が鏡面に近い反射を持っている。大まかな形は他のものと同じでも、最低限剣として鍛えられたものだ。

 もしフィエダ族全員がこれと同じレベルの剣を持っていたら、恐らくウルカ族との先程のようにはいかないだろう。

「しまった……時間をかけ過ぎたか」

 大勢がこちらへと移動してくる気配が伝わってくる。

 恐らくウルカ族が追い討ちをやめて戻ってきたのだろう。

「そろそろ仲間も落ち着いただろう。さっさと逃げろ」

「な、なんだと?」

 ルカは何を言われたのかすぐに理解できなかったようだ。

「見逃してやるから、とっとと逃げろ。こいつは貰っておく」

 出来の悪い方の剣を一本拾い上げる。

「ほら、仲間起こしてさっさと行け」

 俺が言っていることが半ば信じられないのだろう。ルカはかなり警戒しながら俺から離れ、少しずつ仲間ににじり寄る。

「急げ、早くしないとウルカ族が戻ってくる。そうなったら俺にはどうしようもできないぞ」

 そう言われて初めて、ルカは俺に背を見せ仲間に駆け寄った。

 先に倒した四人はまだゼェゼェ言っているが、動けない程ではないはずだ。打撃を入れた所は腹だし、走ることはできるだろう。

 命もかかっている訳だしな。

 ルカに声をかけられ四人とも身を起こした。皆鬼のような形相で俺を見ているが、気にしないことにした。

「礼など言わんからな!」

 そう言い残すと、ルカは四人を引き連れてこの場から走り去る。程なくして、背後でリノが木から飛び降りる音がした。

「どうして逃がしたんですか!」

 開口一番、怒鳴りつけられた。

 リノは俺がルカ達を殺さなかったのがお気に召さないようだ。そりゃ確実に殺せる敵を逃がせば怒りもするか。

「お前達ウルカ族には悪いが、殺す理由がない」

「あります!だって、敵なんですよ!」

「あのな、そんなことは分かってるんだよ。でも俺は言ったはずだぞ。戦いに参加する気はないと、俺がここにいるのはお前を守るためだ。積極的に攻撃する気はない」

「それは、そう……ですけど」

 俺のハッキリした物言いに戸惑うリノ。

 そりゃ納得はできないだろうな。弓さえあれば狙い放題で必殺だった場面でおあずけさせられたんだから。

 リノの気持ちは分からないではないが、少なくとも今の俺の立場ではフィエダ族を殺す意味は見出せない。謎の声に言われた「彼女たちを救う」という指示が、単にウルカ族を勝利に導くことを指しているとは限らないかもしれない。

「まあ、本当にフィエダと戦う必要があるなら嫌でも戦うさ。今はお前を守るって仕事だけで勘弁してくれないか?」

 あまりリノの機嫌を損ねるのも今後を考えると得策ではないので、こちらも少し折れておく。

「そんな言い方、卑怯です」

 口を尖らせて言うリノ。なんとかヘソは曲げられずにすんだかな。

 程なくしてマイア達が引き返してきた。なんと言うか、ウルカ族達の表情は揃って勇ましさが滲み出ている。

「二人とも無事のようじゃな。なんともなかったかリノ?」

「フィエダ族が数人やって来たけど、ハジメさんが追い払ってくれたから……」

「ほぅ、そうか。きちんと仕事をしたようじゃなハジメ」

「とりあえずは、そういう約束だからな」

「うむ、それじゃあ引き上げるとするかの。皆の者、戻るぞ!」

 マイアの声で、屈強な女達がぞろぞろと森を歩き出す。

 ウルカ族の女達が誇らしげに歩く中、俺は一人、手に持った剣を見つめていた。

 

 ウルカ族とフィエダ族との戦いに参加した翌日、俺は手元に残ったフィエダ族の剣を見ていた。その鉄を打って作られた剣は、諸刃ではなく片刃であり、鍔のない日本刀、と言うよりは匕首、ドスのようなものだ。鍔がなく、柄と刃の間にそれほど明確な境目がないので、ほとんど木刀のような見た目をしている。

 触れて切れるような鋭さは全くなく、刃部分の鈍さを見るに、よほど簡単に造られた量産品だろう。

 そうして剣を見ていると、リノが背後から声をかけてきた。

「フィエダの武器がどうかしたんですか?」

 俺がフィエダ族の武器を眺めているのが不思議だったらしい。

 昨日の夜、俺がフィエダ族を無力化した後に、彼女達にトドメを刺さなかったこと。そして弓という武器を彼女から意図的に遠ざけてトドメを刺す機会を与えなかったことに対して、リノは俺に不満を感じて、ふてくされたようにそっけなくなった。

 それでもこのテントに泊めてくれて、今は普通に接してくれている辺り、別にそこまで気にしてはいないようだ。

 胡坐をかいて座っている俺の背後から、リノはのしかかるように剣を覗こうとしてきた為、俺は本能的に上半身を捩って避ける。

「ちょっと気になることがあってな。これから、これを持って族長とマイアの所に行こうと思う」

 俺は剣を手にとって立ち上がった。

「ミラ様とマイアの所に?私も一緒に行っていいですか?」

「ん、まあ別に構わんけど」

 多分こいつが一緒に行っても話しについてこれないと思うが、だからと言って除け者にする必要もないしな。

 俺がテントを出るとリノも後から着いて来る。未だにこの集落は同じテントだらけで位置関係が良く分からないが、族長のテントだけは、位置的にもサイズ的にも間違えようがなくて助かる。

 族長のテントの前に辿り着くと、いつもどおりその入り口は開け放たれている。さして広くもない入り口だが、外からマイアが中にいることが確認できた。

「失礼してもいいでしょうか」

 俺はテントの外から声をかける。

「相変わらず硬いねぇ。構わないよ、入っておいで」

 許可を得て入り口をくぐる。

「ハジメにリノ、どうかしたんか」

 テントの真ん中には族長が、少し離れた所でマイアが武器の手入れをしていた。

「ちょっと二人に話があって、揃っていて良かった」

「なんじゃ、なんかあるんかリノ?」

「ううん、私はついて来ただけだから」

 リノはマイアの傍らへ移動して腰を降ろした。俺は族長と向かい合う位置に腰を降ろす。

「で、なんの用だい?」

 族長に聞かれ、俺は持っていた剣を互いの間に置く。

「ミラさん、あなたはこれが何かご存知ですか?」

 族長は俺の置いた剣を一目見て口を開いた。

「何と聞かれても細かいことは分からんが、フィエダの使っている武器がこんなんじゃなかったかね。違うかいマイア?」

「そうじゃな。フィエダの武器じゃ。これがどうかしたんかハジメ」

 その答えを聞いて、俺はさらに問う。

「ミラさん、これが何か分かりますか?マイアにリノも」

 俺の問に三人とも首をかしげた。

「さっきも言ったとおり、何と言われてもねえ」

「フィエダの武器はフィエダの武器じゃろ」

「それ以外に何かあるんですか?」

 三人ともこれが何かは分からないようだ。族長であるミラさんですらも。

 別に謎かけやとんちをしているつもりはない。彼女達は、本気でこれが何かを知らないようだ。と言っても、半ばこの答えは予想できていたが。

「マイア、これと同じようなものは、このウルカ族の集落にあるか?」

「ない」

 即答だった。

「フィエダの武器なんぞあるわけないじゃろ」

「ちょっといいかい」

 マイアの答えを他所に、族長が剣を手に取った。

 重さ、手触りを確かめている。知らないから仕方ないが、普通に刃の部分にも触っている。なまくらな剣で良かった……。

「ふむ。こりゃあれだね。マイア、確か武器倉にある鎚がこんなの使ってるんじゃないかい?」

 鎚、トンカチか。

「ほれ」

 族長は無造作に剣をマイアに投げ渡した。そんなに重くはないが、かといって軽い訳でもないので勢い良く飛んだりしないが、あんまりそういう扱い方しないで欲しい。

 マイアは自分の前に落ちた剣を手にとって、族長がしたように確かめる。

「確かに、石割の為の鎚が同じような物使っとるのお。あっちはもっと重いが」

「ハジメさん。これ、何かスゴイものなんですか?」

 特に深く考えるつもりもないらしく、リノが率直に尋ねてきた。

「このフィエダ族が使っている武器なんですが、剣という武器なんですよ。ツルギの他にケンと言ったり大雑把に言えば刃物とも言いますけど」

「へぇ、それで?」

「はい。この剣なんですけど、鉄でできています」

「テツね。そりゃなんだい?」

 族長は素直に疑問をぶつけてくる。

「石の仲間なんですが、種類によっては石よりも軽くて丈夫なんです」

「そりゃ便利な代物だね」

「はい。使い方によっては非常に便利な物なんですよ。ただ一つ問題があるんです」

「ほう、それは?」

「この鉄を便利に使う為には、相応の技術と施設が必要なんです。少なくとも、今のこのウルカ族ではそれはできないでしょう。これが何かも分からないくらいですから」

 これを聞いたマイアが反応した。

「ほう、それはワシらを馬鹿にしとるのか?」

 どうやら俺の言葉を「その程度のことも知らない、出来ない連中」みたいな悪口と受け取ったらしい。別に馬鹿にしているつもりはない。ただ、文明レベルが低いと考えているのは事実だ。

「話を最後まで聞いてくれ。問題は、これがどんな物で、ウルカ族が扱えるかどうかじゃないんだ」

「じゃあなんじゃ?」

「フィエダ族はこれをどうやって手に入れたかだ」

「どうやってって、自分達で作ったんじゃないんですか?」

「さっきも言ったが、剣を作るには結構な技術と施設が必要なんだ。それ以前に、材料となる鉄も」

「そのテツってのは、どうやって手に入れるんだい?」

 流石は族長と言うべきか、質問の内容が要点をついている。

「全部説明すると長いんでかいつまんで説明すると、採れる場所は山岳地帯、山です。山から掘り起こしても、さらに手を加えないと鉄になりません。高熱を加えるための炉が必要です」

「随分と手が掛かるんだねぇ」

「はい。それでお聞きしますが、フィエダ族はそれだけの技術や施設を持っている部族なんですか?」

「いや、それはないね。あちらさんの生活は私らとそこまで変わらないはずだよ。違いと言えば、あちらさんは狩りはあまりせず、食料を自分達で育てて増やすことが多いみたいだね」

 育てて増やす、牧畜か。

 族長の言葉を疑う訳ではないが、戦争状態で争い以外のやり取りがない以上、族長の把握してるフィエダ族の生活レベルが今も同じものだとは限らない。だがどう考えてもこの森の中で鉄を精製出来る程の文明を持っているとは思えない。

「そうなるとフィエダ族は自分達で剣を作り出すことはできないはずなんですよね」

「それじゃなんでフィエダどもはそんなものを持っとる?」

 マイアの問いに俺が答える前に族長が口を開いた。

「つまり、フィエダ族の後ろに剣を作れるような連中がいると、お前さんはそう言いたいのかい?」

「はい、その通りです」

「それがどうしたんじゃ?フィエダが誰と何をしていようが、戦う他になにかすることがあるんか?」

 マイアは興味がないといった感じで言う。

「そうだな。ハッキリと言おう」

 歯に衣を着せても意味がないので、単刀直入に言うことにした。

「もし、フィエダ族の裏にいる何かがウルカ族を消そうとしていて、そいつらが本気で仕掛けてきたら、ウルカ族は全滅するぞ」

 明確に意味が伝わるように、ゆっくりとはっきりと言い切った。

 そして直後にテントの中に険悪な雰囲気が張りつめた。

「ハジメェ、それはまたずいぶんと馬鹿にするもんじゃのお」

 マイアは軽くキレかかっている。腰も少し浮いている。

「そうだねえ。今のはちょっと聞き捨てならないね。ここの子達がそんなに弱いとでも思ってるのかい?」

 流石に族長も気を悪くしてしまったようだ。リノだけはこの悪くなった雰囲気にどうしていいか分からずオロオロしている。

 面倒くさい。

「ウルカ族が」

 話を最後まで聞かせる為、有無を言わせぬよう声を張り上げた。そして族長の目を見て続ける。

「ウルカ族が勇敢な戦士達だということは分かっています」

 ひとつひとつ言葉を選ぶ。

「マイア」

「なんじゃ?」

「お前、その槍でこの剣を貫く、もしくは折れるか?」

「当たり前じゃろ。そんなの簡単じゃ」

「じゃ、やってみてくれ。打ち折るでも突き貫いてもいい」

 俺は立ち上がり、右手で剣の部分を強く握り、右腕を真横に伸ばして攻撃しやすいように剣を浮かせる。

「きちんと持っとけよ」

「ああ、出来る限り固定する」

 と言っても物理的に限界はあるが。

 マイアも立ち上がり、やや腰を落として槍を構える。

「いくぞ」

「いつでも」

 をして一呼吸。

 マイアは全く無駄のない動きで槍を突き出した。穂先が正確に細い剣の腹を捉えている。

 そしてマイアの槍は、見事に剣を折る形で貫いた。なんてことになるはずもなく、カツッと乾いた音を立てて弾くように押されただけだ。

「おいハジメ……ちゃんと持ってろと」

「本当にそう思うか?じゃあほら、好きなだけやってみろ」

 俺は剣を地面に置いた。これならマイアの正確な突きが入れば、力は逃げず跳ねたりしない。

「その代わり、下手したらその槍の頭、砕けるぞ」

 地面を刺し貫かんばかりに槍を構えていたマイアの動きがピタっと止まった。

「マイア、これを壊せないことはそんなにおかしいことじゃない。これはそういう物なんだよ」

「どういう意味じゃ」

「簡単に言えば、こいつは岩のように硬いんだよ。だから簡単には砕いたり貫いたりできないんだ。その石の槍で貫くのはハッキリ言って無理だ」

「それで、お前さんは何を言いたいんだい?その硬い剣とやらがあれば私らを皆殺しにできるのかい?」

 俺とマイアのやり取りを黙って見ていた族長が言った。

「この剣にそんな力はありません。これだけで言えば、ただの硬い棒切れです」

 これ以上はまわりくどい言い方をせず、理解してもらいやすいよう言葉を選ぶ。

「この鉄っていうのは、かなり自由に形を加工することができるんです。これをもっと長く細くすることも、逆に丸い玉のようにすることもできる」

「形を自由に変えられると、どうなるんですか?」

「そうだなリノ。これはマイアの槍でも貫くのは難しい訳だが、これを引き伸ばして板にして、その板で腹を守ったらどうなると思う?」

「えっと……」

 リノは少し考えて答える。

「お腹を攻撃してもダメになる訳ですから、他の所を攻撃しないといけなくなりますか?」

 良い答えだ。

「それじゃあ、腕と足と胸と腹と首と顔をこれで覆ったら、どこを攻撃する?」

「え……それって、身体全部じゃ」

「うん、そうなるな」

「でもそんなことしたら動けないし、何も見えないんじゃないですか?」

 流石にそこにはツッコミが入るか。

「やろうと思えば関節の部分を動けるように作って、顔には覗き穴を開けることで、動けて、見えるようにするができる」

「そんなことしたらどこも攻撃できないじゃないですか!」

 何故か俺に怒るリノ。

「全身を覆うってのは言いすぎだが、実際に急所を守るように身につければ戦いの際にダメージをかなり減らすことができる。鎧とか盾って道具のことなんだが、分かるか?」

「知りません。マイア聞いたことある?」

「知らん」

 この森の住人には防具って概念はないみたいだな。

「つまり……そのテツの本来の使い手たちは、そういう使い方をする。そうすると、手も足も出ないってことかい」

 この人は本当に理解が早くて助かるな。

「正直に言えばそうです。フィエダに剣を提供してる何かがいたとしても、その何かがどれだけの技術を持っているかが問題ですが……」

「あんたの見立てでは、どうなんだい?」

「あまり楽観視はできませんね。この剣は粗悪品ですが、昨日戦ったフィエダの一人は、きちんとした造りの物を所持していました。フィエダ族の多くに配るのは粗悪品、多少腕の立つ者へはやや良い物を。では、本来の使い手たちはどの程度の物を使っているのか」

「なるほど。あまり考えたくない話だね」

 まあ、武具と防具にまともな加工を加えられるレベルの文明が相手なら、まず勝ち目はないだろうな。

 話が一段落すると、いつの間にか剣を手にしていたリノが言った。

「ねえマイア、このテツっていうの、黒の祠にあるのと感じが似てないかな?」

「ん……そう言えば、そうかもしれんのお」

「なんだって?」

 リノの言葉に、族長も思い出したように言う。

「ああ確かに、黒の祠にある物には、そのテツみたいな物もあったかもしれないねえ。形が全然違うから考えもしなかったが、今の話の通り、形を自由にできるのならおかしくないね」

「黒の祠って、ウルカ族が、その、子どもを授かる時に使う場所って奴ですよね?」

 祭器か何かか?

「そうだよ。私達は黒の祠で生まれて、黒の祠で子を授かるのさ。あんたそんなことも知らないのかい」

 このやり取り、マイアともしたな。

「黒の祠がどんな物かはマイアから聞いてます。ただ、俺の元いた所には黒の祠やそれと似たような物は存在しません」

 黒の祠が何なのか分かってないので存在しないって言い切るのもおかしな話だが。

「本当にその黒の祠という場所に、この鉄に似た何かがあるのならそれを確かめたい。一度はマイアに断られましたが、俺をそこに案内してもらえませんか?」

「ふむ。あそこは私達でも入ることはできても中を勝手にはできない場所だからね。マイアが断るのも当然だね」

 普通に考えて、部族の神聖な場所に部外者を入れるっていうのは大概タブーだよな……。

 俺の今後がかかっているからそんなこと気にしてられないが。

「そこをなんとか、お願いします!」

「どうしてだい?祠にテツとやらが使われてたとして、それを確かめることになんの意味がある?」

「俺が知っていて、あなた方知らない物がそこにある。そういうった物を知ることが、俺が元いた世界に帰るヒントになると思うんです。助けると思って、どうか」

 俺は胡坐をかいたままだが、両手を地につけて頭を下げた。

「ふーむ、どうしたもんかねぇ。……マイア、リノ」

「なんじゃ?」

「はい?」

「これのことは、あんた達の方が知ってるだろう。信用して良いと思うかい?」

 その言葉に、俺は頭を上げてマイアとリノを見た。

「知らん。そこそこ腕の立つ変な奴だということしか分からん」

「わ、悪い人ではないと思うんですけど、私もそれ以上のことは……」

「なっ!」

 一瞬酷い言われようだと思ったが、実際俺がこの二人の信頼を勝ち取れるほどのことをしたかと言えば、そんなことはない気もする。

 リノに関しては、命の恩人とかそういうのもあったが、昨晩の件で懐疑的になられていてもおかしくはない。

 くそ、こんなことならもっとこいつらと仲良くなっておくべきだった……。いや、無理だな。

女と仲良くするとか、無理。この状況は必然だな。

「そうかい。それじゃあしょうがないね」

 ダメか。

「マイアにリノ、ネーヴェを連れてこれを案内しな。変な気起こしたら三人で止めるんだよ」

「い、いいんですか?」

「別に隠している場所ではないからね。おまえさんが私達の知らないうちに勝手に入り込むよりはマシさ」

「ありがとうございます!」

「仕方ないのお。リノ、ネーヴェを呼んで来い」

「うん、わかった」

 マイアは立ち上がり、リノは一人でテントを出て行った。

「ええかハジメ、変な気起こしたらタダじゃあおかんからな」

 そう言うと、マイアは俺に槍を突きつけた。



「ルカ、また弓使いを仕留め損ねたのかい?今回はタイミングも良かったと思うんだけどね」

 木材の骨組みによって作られた天幕の中、背中の半ばまである金色の長髪の女が問う。

「す、すまん」

 ルカと呼ばれた女が申し訳なさげに答えた。

「リンナやハルの話によると、おかしな邪魔が入ったそうだけど」

「あ、ああ、実は前の晩にも邪魔されたんだ。あいつがいなければ……」

「言い訳はいい、貴様ら、里一つ潰すのにどれだけ時間をかけるつもりだ?」

 二人の会話を聞いていた女が苛立たしそうな声で言う。

 こちらももう一人と同じ金髪で、肩上まで伸びた髪はウェーブがかかっている。

「そう言われてもね。ウルカ族は私達と違って昔からの戦好きなんだ。こんな武器を与えられたところで簡単に勝てる相手じゃないんだよ」

 金髪の女はその言葉にさらに苛立つ。

「そんな武器でも量を集めるのには苦労するんだ。何も分からずに勝手なことを」

 二人の言葉にルカが反応した。

「そ、そう言えば、邪魔をした奴はおかしな奴だったが、この剣に興味があったみたいだ。ハルの剣が持っていかれた」

「それはまた、確かにおかしな奴だね。どんな奴だい?」

「わ、分からない。ただ、あいつはウルカ族じゃないことだけは確かだ」

「剣を持っていかれただと?」

 金髪の女が言う。その声からは苛立ちが抜け落ちていた。

「別に一本くらい良いじゃないか。持っていかれたのは全員に配ってるやつなんだから」

「また勝手なことを。まあいい、私はこれで失礼する」

 金髪の女は天幕から立ち去る。

「で、その剣を持っていったおかしな奴ってのは、どんな奴だったんだい?」

「もしかしたら森の外から来たのかもしれない。ライラ達とも違う、見たことのない格好をしてた」

「どんな?」

「全身黒ずくめなんだ。ライラ達みたいな服をただ黒くしたような感じでもなかった。それにその、言い訳のつもりじゃないんだが、つ、強い」

「へぇ?」

「弓使いを探していて、背後から襲われたんだ。あっという間に四人がやられた」

「お前は?」

「私も歯が立たなかった……。腕をやられた後、変なことをごちゃごちゃ話し初めて、ウルカ族が戻ってきたら私達を逃がしたんだ」

「敵であるお前達を逃がす?それはまた……。どんな話をしたんだい?」

「弓使いを狩る作戦のこととか……アドネ、あんたの名前を知っていたよ。それに剣についても言っていた」

 ルカは腰に下げた剣を、少しだけ鞘から上げ、刀身を垣間見せる。

「私のコレと、他の子達の剣と、その違いが分かるみたいだ。あいつはコレを知ってるみたいだった」

「私の名前をねぇ。まあ大方ウルカ族の誰かから聞いたんだろう。向こうの戦頭とはなんどかぶつかっているしね。それにしても剣のことも知っているか……」

 アドネと呼ばれた女も、腰の鞘から剣を抜いた。こちらの剣はルカの物よりもやや作りの良い装丁をしている。

 アドネは抜いた剣を軽く振り手に馴染ませる。

「面白い。私もそいつを見てみたくなった。ルカ、次の戦いには私も前に出るよ」


 先に一人天幕から出た金髪の女は、里から離れる方向へと歩いていく。

 森に入りそのまましばらく進むと、そこには先程の物に似た天幕が三つ。女はその一つに無造作に立ち入る。

「戻った」

「おかえりなさいませライラ様。お早いですね」

 中には女が一人。

「気になることが出来た。少し早いが計画を前倒しにする」

 ライラと呼ばれた金髪の女は、狭い天幕の中を陣取っている卓の上にある羊皮紙に筆を走らせる。

「計画を前倒しに……ですか。分かりました」

 女は一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに平静に戻った、

 ライラは書き終えた羊皮紙を女に押し付ける。

「これを持って外で待機している者達に準備させろ」

「了解しました。では」

「ああ、急がなくて良いぞ。下手に態度に出すとここの連中に勘付かれるかもしれないからな」

「分かりました」

 羊皮紙を受け取ると、女は退出する。

 ライラは天幕の中で一人になると、息を吐いた。

「そろそろ頃合だな。いや、少し時間をかけ過ぎたくらいか……。ここの連中は予想以上に使えない」

 そう言うと、卓の上にある周辺地図に目を向ける。

 そして何か物足りないことに気付く。

「しまった。どうせなら茶を入れさせてから行かせるんだったな」

 そう言って、ライラは自分で携帯コンロに火を灯した。



 黒の祠と言っていたが、実際に目にすると、黒というより黒に近い濃紺という感じの色をしている。

「つか……これ、ソーラーパネルだよな?」

 黒い岩だとか、盛られた土を黒く塗ってあるだとか、そんな自然的な物じゃない。

 これはどう見ても太陽光発電の為のソーラーパネルだ。

 族長の天幕と同じくらいのドーム状の大きな岩。その表面に隙間なくソーラーパネルが配置してある。なんだこれ……。

「どうしたんですかハジメさん?」

「いや、どうしたって言うか……」

「なになにー?黒の祠を初めて見てビックリしちゃった?」

 おちょくるようにネーヴェが声をかけてきたが、ビックリしているのは間違いではない。

 もしかしたら今の俺は、文字通り目をまん丸にして驚いているのかもしれない。

「なにしとる。まだ入り口に着いただけじゃ。何をそんなに驚いとる」

「いや……、実際の所、本気ですげー驚いてる」

 驚きで思考がまとまらない。

 本当にこれがソーラーパネルかは定かではないが、濃紺のプレートの所々にラインがあり、見た目で言えばソーラーパネルに間違いはない。小学生の頃に理科の教材で見たのと同じだ。あと時々これを屋根に取り付けている家もある。

 だがしかし場所が場所なので、もしかしたらこれはソーラーパネルのように見えるただの黒い岩肌……な訳はないな。

 しかし、これがソーラーパネルだとすると、この黒の祠は電力を使用して機能する設備ということになる。さっきまでここは鉄があるかないか程度の世界だったはずだが、いつの間にかまた知らない世界に迷い込んだか……。

「なあマイア、これなんだか分かるか?」

「ああ?」

 俺の言葉で、マイアはおかしな物を見る目をこちらに向けた。

「黒の祠に決まっとるじゃろ!誰が連れてきてると思っとるんじゃ!」

「いや、そういう意味じゃないんだが……」

 どうやら俺がおちょくっていると思ったようだ。

 まあいい。とりあえず中を確認してしまうか。

 黒の祠の入り口は地下へと続く階段となっている。その階段も、長いこと手入れがていないようで薄汚れているが、元々はある程度の技術を以て作られている感じがある。

「ほら、行くぞ」

 いつの間にかマイアは松明を用意し、階段を下っていく。

 その後ろについていくと、中の壁面も岩を削ったようなものではなく、人工的な壁だ。明らかに人間によって建造されている。いや、人間、とは限らないか。

 しかし一体なんなんだこれは。ここに来るまでは、石器時代並の世界だったはずが、ここに来て唐突に電気って、まるでB級映画を見てる気分だ。

 ……そういや、ここってそもそもウルカ族やこの世界の人間が子どもを授かる場所だったはずだな。そうすると、もしかして本来は医療施設か何かなのか。でも医療施設を地下に設けるってのはどうなんだろうか。有事の際に脱出が困難な気がするが。

 まあ俺の常識なんてこの世界には関係ないか。

 そう長くない階段を下りきると、明らかに建造物内であることを思わせる通路が続いている。やはり何かの施設のようだ。

 俺が周囲を見回している間にも、マイア達はすたすたと先へ進んでしまう。目的地のような物があるのだろうか。

 少し歩くと、通路の左右に等間隔に扉らしき物が存在している。しかし三人ともその扉には全く触れず、とにかく前進する。ここがなんなのか確認するんなら、まず最初の扉とか確認させてくれても良いんじゃなかろうか……。

 俺は三人に遅れないように進みながらも、扉の一つの取っ手に手を掛けてみた。

「お?」

 取っ手があるのだから開けられるかと思いきや、どうやら鍵がかかっているらしい。全く開く様子がない。

「なにしてるんですかーハジメさん?こっちですよー」

「ああ、悪い」

 扉について触れないのは、これらが開かないことが分かっているからかな。いや、もしかしたらそもそもこれが扉だということにすら気付いてないのかもしれない。実際に扉じゃないのかもしれないが。

 駆け足で三人に追いつき、大人しくその後ろを歩く。

 そう長くない距離を歩くと、通路の終わりが近づいてきた。どうやら突き当たりに部屋があるようだ。

「ええかハジメ、くれぐれも祠の中の物に変なことをするなよ。したらただじゃおかないからな」

「ん?ああ、分かってる」

 マイアの言葉に生で応える。

「ほんとにわかっとるんか……」

 変なことをする気はないが、すごい変な気分ではある。

 こいつらの生活は原始レベルなのに、何故かこの場所はかなり発展した文明によって作られている。

 思いつくのは月並みなもので、一度成熟した世界が、何かの拍子にその担い手がほとんど死に絶え、技術や知識が潰えた後に改めて人間が繁殖した……。いや、可能性としては、この世界では人間以外の何かが文明を作ったとも考えられるな。待てよ、この世界が俺の元いた世界と全く別の世界だと考えるより、同じ世界でタイムスリップしてしまったと考えた方が妥当なんじゃないか。別の世界に来たんじゃなくて、俺がいた時代の文明が遺跡として残るくらい遠い未来に来たと考える方が現実的だな。

 ……異世界もタイムスリップも現実的じゃねーな。

 頭の中で、自分にツッコミを入れつつマイア達の後ろについて突き当たりの部屋に辿り着いた。

「ここが黒の祠の一番奥じゃ」

 マイアが松明を高く掲げる。

 その部屋はそう広い場所でもなかった。広さで言えば、学校の教室一つ分程度の広さだろう。

 非常灯のような物がいくつかあり赤い光を放っている。マイアの持つ松明の明かりと混じって部屋の中に何があるのか認識するのに少しかかった。

 そこには、丁度人間一人が入れそうなガラスの筒が五つと、その周りに機械や機材が設置されている。操作パネルのような物もある。

「フッ……なんだこりゃあ」

 自分でも良く分からないが、変な笑いが出た。

「どうした。何を笑っとる」

「なんていうか……本当にコテコテだなと思って」

「どういう意味ですか?」

「いや、自分でもよくわからん」

 もはやこの世界がかなり高度な文明を持った世界だということに間違いなさそうだ。

「なあマイア、ここが黒の祠か?」

「そうじゃ。ここが黒の祠じゃ。わしらウルカ族は、いつか皆ここで子授かりの儀を受ける」

 そうか……。どうやら間違いなさそうだ。

「ここで子授かりの儀をね……。つまり、これはクローンのプラントって訳だ」

 突拍子の無い考えだと思う。

 非現実的だと思う。

 有り得ないと思う。

 でも目の前にある物と、この世界で得た情報をひっくるめで考えると、この部屋……と言うかこの黒の祠という場所は、クローンを造る施設に間違いない。

「クローン?プラント?なんのことじゃ」

 俺のつぶやきが聞こえたらしい。

「俺の知ってる、この建物の呼び方だよ」

「なんじゃハジメ、お前黒の祠のことは知らないんじゃなかったんか?」

「黒の祠には初めて来たさ。まあクローンプラントも初めてだけどな。でもここがなんなのかは大体知ってる」

「どうして来たこともないのに知ってるんですか?」

 リノが首をかしげる。

「俺のいた世界じゃ、それを知る機会はあっても、実物は滅多にないからな。普通に生きててクローンプラントなんて場所に関わることはまずない」

「さっきから言ってるクローンプラントってなに?」

「自然の摂理とは異なるやり方で生物を作り出す設備のことだよ」

「せつり?せつび?」

 ネーヴェは、いやリノもマイアも、俺の言ってることが全く理解できないようだ。

 そりゃ無理だろう。そもそも俺だって明確な理屈や理論を知っている訳じゃない。

 この設備を操作する為であろう操作パネルと、クローンを培養する為であろう人が一人入れそうな機械やチューブと繋がったガラスの筒と、恐らく遺伝子を取り込む為であろう乾ききって黒くなった血液らしきものがこびりついた台座。

 男不在で子どもを産める女達、マイアの母親であるミラの老化具合、そして滅びに向っているらしいこの世界。

 それら全てがこの施設が何なのかを示している。

 もう一つ、こいつらは姉妹を得られないという条件があった。この施設は子を一人しか授けてくれないとかいう話だったな。

 俺は操作パネルらしきものに目を向ける。台座にはブラウン管に似たモニターやパソコンのキーボードと同じようなボタンの集まりがあるが、俺の知るそれとは配置が微妙に違う。そして俺は、パネルの中から電源スイッチと思われるボタンを発見した。

 無造作にそのボタンを押してみた。

 どうやらきちんと電気が通っているようで、かすかな振動と共に、小さな電子音を発して起動を始めた。

「おい何しとるハジメ!」

「いや、電源入るかなと思って」

「変なことするなと言ったじゃろうが!」

「まさか動くとは思わなかったが、別に大丈夫だろ。きちんと動くならこれくらいじゃ壊れないって」

 いきなり電源を入れたのはマズかったかとも思ったが、そんな心配をよそにパネルが起動し、モニターが表示を開始した。

「げんざい、こたいほぞん、しすてむは、かどうじゅんびちゅうにつき、じょうほうさんしょうのみ、かのう。……どういうことだ?」

 疑問に思ったのは、稼動準備がどうとか情報参照とかではなく、モニターに表示されている文字が全く見たことのない物であるにも関わらず、その意味がうっすらとではあるが理解できてしまっている。

 これもこの世界に来た時にもらった翻訳機能の力なのだろうか。と言うかそれしか有り得ないか。それ以外に見たことのない文字が読める理由がない。英語だって満足に読めないのに。

 適当にあたりを付けてキーボードを確かめていくと、エンターキーと方向キーの役割を持つキーを発見した。それらのキーを操作して、モニターが示している情報参照とやらの閲覧を試みる。

 画面が切り替わると、人の名前と思われる文字と、数字の羅列が続いている。


アーシャ・ソネット     1592.12.03

アーシャ・ミレン     1623.04.15

アイナ・ウォン     1623.08.03

アイナ・クライン 1642.11.21

アイナ・シフォン 1625.09.14

アイナ・リズリー 1581.02.24

アイリ・シリング   1640.07.13

アイリ・ホップス 1611.01.05

アウラ・ユーロ 1633.05.09

アヴリル・クロモリー  1503.10.18

アヴリル・サウザー    1621.02.22

アヴリル・マーニ 1648.12.01

アヴリル・ミリアーネ     1528.08.25

アヴリル・リント     1592.02.21

アスナ・セレニア     1633.06.08

アスナ・ミンスター     1582.11.26

アデット・イスラ     1624.07.14

アデット・ウォン     1581.02.17

アデット・セレスタ     1613.10..27

アニエラ・リント     1617.01.19

アニエス・アーリー     1572.10.04

アニエス・キルローニ     16.30.07


 『個体保存システム』の『情報参照』、つまり、個を保存している状況のデータってことだよな。

 キーを叩いていくと名前の羅列はかなり続いている。そしてどの名前の横にも千五百か千六百台から始まる数字が記されている。

 脳内翻訳機能の限界なのか、この画面が何を意味しているのか、それを記していると思われる部分が読み取れないが、大体予想がつく。

 つまりこれが、全部かその一部か、この世界に残っている人間の数なんだろう。多分名前は、本人の物と言うより元になった人間の名前で、最後にその人間のクローンが生成された時期が右の数字か。

 このクローンシステムを使って個人を絶やさないことが目的なのであれば、同時に二人以上の同じ個体は必要ないか、もしくは作るべきではないと考えると、マイアの言う姉妹がいないという話も納得できる。

 それに、電源が太陽光発電だとすればそうポンポンとクローンを造れる訳でもないのだろう。だから『稼動準備中』なんだろうな。

 なるほどなるほど、一見奇想天外な世界かと思ったが、蓋を開けてみれば理にかなっているじゃないか。

 ……十分奇想天外だっつーの。

 しかし俺の常識では成立し得ないと思われたこの世界は、クローンという想像もしなかったキーワードが加わることで、俺が理解できなかった矛盾がなくなった。

「ほんとなんなんだよ。ファンタジーかと思ったらSFかよ。いったい俺に何しろって言う……」

 この状況に馬鹿馬鹿しさを覚えて独り言をつぶやいた瞬間、あることを思い出し、そして、絶望した。

「滅びに向かっているって、この世界を救えって……つまり、そういうことなのか」 

 『テロメア仮説』だったか、高校の頃に生物の教師の遠藤ちゃんが授業内容の脇道にそれた時にそんなことを語っていた気がする。

 成長や傷の治癒の際に行われる細胞分裂が生じると、テロメアという物質が消費されるという。

 そして生物のクローンを生成した場合、このテロメアがきちんと復元されないことが多いと。だからある生物のクローンを造った場合、そのクローンの寿命は赤ん坊から老いるまでの正常な寿命を生きることはできず、元の個体に残された時間と同じ程度しか生きることができないとか、大雑把にそんな話だったはずだ。

 クローンを世界が許容しない原因の一つがこれだとか。

 だから族長のミラと、その娘であるマイアの見た目の年齢がかけ離れてしまっているのだろう。程度は分からないものの、これだけ盛大なクローン施設でもテロメアの減少は確実に起こっているに違いない。

 つまり、この世界にやって来る時に「あの子達は滅びに向っている」と言っていたのは、閉鎖的な世界で争いをしているとか、技術的に大きな格差のある何かと戦っているとか、そういう今この時の危機とかじゃなくて、人類の存続をこのクローン施設に依存している以上、ほぼ確定してしまっている種としての危機を指しているのだろう。

 古代のような戦争をしているウルカ族とフィエダ族、そしてその後ろに見え隠れしている中世の技術、この状況にその上を行く技術を知る俺が入ることで何かの解決を図る。それが俺に課された役割だと思っていた。

 でも違うよな。クローンに依存して着実に衰退している女性達を前にしてそれを救えというのであれば、それが意味するのは……。

「オスとしての役割……」

 無理、絶対。

 俺は膝から崩れ落ちた。


 おぼつかない足取りで黒の祠という名のクローン施設から帰ってきた俺は、一人で温泉に浸かっていた。さして根拠のない憶測だが、この樹海にある不自然な温泉も、おそらく施設がなんらかの形で稼動している為に必要な排熱の副産物なんだろう。

 あの部屋だけでクローンの生成が完結しているはずもない。ガラス管の中は空だったが、いざクローンを生成する際は培養液のような物が必要になるはずだ。それらクローンを生成するに必要な全てを用意する何かが、開くことのできなかった扉の先に収まっているに違いない。

 適当な憶測だけど。

「はあー……。マジで憂鬱だわ」

 考えれば、ウルカ族を勝利に導くか、フィエダ族と和解させるか、もしくはフェイダ族の後ろにいる何者かを退けるか、何かしらの形でウルカ族を救う。そんな局所的なことの為に、異世界から人間一人を呼び寄せるなんてイレギュラーを起こすなんて考えづらい話だよな。ウルカ族の中に狙ってそれをやった女がいるならともかく、ウルカ族にもフィエダ族にも俺の出現は予期されてなかったようだし。

 鉄を加工できるレベルの文明があるってことは、それなりに栄えてる街が樹海の外にあるんだろう。そんな世界で、辺境の部族一つ救うことが滅びとやらを回避することに繋がると考えるのが間違いだわな。

 …………。

「樹海の外か……ん?」

 誰かが近づいてくる。

 元々この小温泉を使う人間は少ないらしいが、今はマイアやリノの計らいで俺以外が利用することがないようにしてもらっている。

 となると、またマイアだろうか。

「あの、ハジメさん?」

「リノか、どうした?何か用か?」

「いえあの、ちょっと様子が気になって……。そちらへ行っても良いですか?」

 できれば一人にしてもらいたいんだがな……。まあ察するに、こちらに対する気遣いなのだろう。俺が世話になっている身なのだから、あまり無下にするのも失礼な話だ。

「ああ、好きにしてくれ」

「は、はい!」

 承諾をすると、少し明るいトーンでが帰ってきた。

 すぐに藪を分けて姿を現すと思いきや、なかなか出てこない。

 嫌な予感がするな。間もなく俺の予感は的中した。

「あの、失礼します」

 右手に布切れ一枚持って全裸。という、完全に入浴スタイルでリノが姿を現した。

 元の世界で考えれば、こういう場合恥じらいを以って手にしたタオルで前を隠して現れるものなんだろうが、異性という概念が無い為、それに対する恥じらいという感覚があるはずもなく、右手にタオルを持っているだけで、全く前を隠す気がない。

 俺は脱力で顎の辺りまで沈み、視線を空に向けてリノを視界から外した。視界の外で、リノが温泉に足を浸ける音が聞こえてくる。

 まともに見たことはないものの、AVにありそうなシチュエーションではあるが、この状況ですら俺は目の前の女に劣情は愚か興奮を覚えることもない。

「で、どうした?」

「ええと、その、黒の祠に中に入ってから、ハジメさんの様子が気になって……」

 心配してくれたのか。それ自体はありがたいが、この状況は全くありがたくないんだよな……。

「どうしてハジメさんは、そんなに落ち込んでいるんですか?」

「どうしてか……。そうだなぁ、なんとか言葉にすると、途方もなく面倒なことをしないといけなくなりそうだから、かな」

「面倒なことってなんですか?」

「いろいろあるが、細かいことは族長やマイア達もいる時に話すよ」

「そうですか……」

 今分かっている情報を頼りに考え得る彼女達の滅びとは二つの要素による種の存続の危機。

 まず、現状この世界の人間は種の存続をクローンニングに頼っていると考えられる。その精度、技術はあるていど完成されているようで、複製による障害のような物がほとんど発生していないように見える。がしかし、マイアとその親である族長のミラを見るに、クローンニングを繰り返すことによる劣化が起こっているのは間違いないだろう。まだここに来て数日しか経っていない為、この地域の人間は純粋にああいう老化を伴う寿命とも考えられるが、俺の常識では、二十歳にも満たない程度の女の親が、還暦を迎えたような外見になるとは考えづらい。

 そして、種の存続をクローンニングに依存している環境での戦争状態。どうもあのクローン施設は、一つの個体が二回以上は複製を行えないように制限されているらしい。その状態で戦争によって死者が出れば、種の絶対数が徐々に減少していくのは火を見るより明らかだ。

 もし俺に課された役割がこの状況を打破することだとすると、俺がやらなければならないのは戦争の根絶ではなく、クローンニングに依存しない種の存続と繁栄方法の確立だろう。

 問題は、この世界の男達はどこへ行ったのかだろうな。絶滅、なんてことになっていないことを祈るばかりだ。

 ……となると、やはり少しこの森の外に視野を向ける必要があるか。

「なあリノ」

「なんですか?」

「フィエダ族と戦う場所の先に、フィエダ族の集落があるんだよな?」

「はい、そうですよ」

「族長の話だと、フィエダ族の集落のさらにその先で森が終わってるらしいが、知ってるか?」

「え、ええ。そういう話は聞いたことがありますよ」

「行ったことはあるか?」

「いえ、私はないです。と言うか、そこまで行った人の話は聞いたことないですね」

「そうか……」

 樹海の先は自分で確かめてみるのがよさそうだな。

「森の向こうがどうかしたんですか?」

「ああ、ちょっと気になることがあってな。明日朝から調べに行ってみようと思う」

 俺の言葉に、リノがきょとんして軽く驚いた表情を浮かべている。

「フィエダ族の向こうまでですか?」

「ああ」

 リノの言いたいことは分かる。

 大雑把な認識だが、ウルカ族とフィエダ族の集落の中間、毎回の小競り合いで戦場となっている場所まで集団の徒歩で四時間程度。ならばフィエダ族の集落までは単純計算でその倍。そしてその先の森の終わりまで行くのであれば、片道だけで半日以上はかかると考える必要があるだろう。

「まあ一人で行く分には多少速く移動できるだろうし、夜には戻れると思う」

「一人で……ですか。あの、私も一緒に行ったらダメですか?」

「あん?」

 同行したがるとは思っていなかったので、ちょっとした驚きに上に向けていた顔をリノに向ける。

 湯のしたたる華奢な肩と鎖骨が視界に入る。当然のようにリノは全く気にしていないようだが、俺はさり気なく顔を横に背けた。

「悪いが、ダメだ」

「ど、どうしてですか?」

「一応お前を守るって約束があるからな。多少の計算違いやトラブルにあっても明後日には戻ってこれるようにするつもりだが、一緒に行くと移動速度が落ちる。悪いが一人の方が速いし動きやすいんだ」

「そうですか……」

 視界の外で露骨に落胆する様子が伝わってくる。

 なんだか俺が悪いことしてるみたいで嫌なんだが……。実際連れて行くとなると確実に足手まといだしな。

「その、それで、申し訳ないんだが、途中で食べる物を都合してもらって良いか?いつも食わしてもらってる肉を少し包んでくれるだけでも良いんだが……」

 リノの要求を蹴っておきながら、結構厚かましいことを言ってみる。

「連れて行ってくれないのにですか?」

「う……」

「連れて行ってくれないのにですか?」

 面倒くせぇ。

「いや、じゃあいい。忘れてくれ」

 そう言うと、リノは露骨にふくれっ面になった。

「そんな言い方ズルイです。いいですよ、明日お弁当を用意します。その代わり森の外に何があるのか、私にも教えてくださいね?」

「悪いな。そのくらいだったらおやすいごようだ」

 厚かましいとは思うが仕方がない。省ける手間は省いてしまうに限る。

「それじゃ、俺は明日の準備をするから先に上がらせてもらうわ」

 借り物のタオルで腰周りを隠して立ち上がる。

「じゃあ、私も一緒に上がりますね」

「いや、それは勘弁してくれ」




第四章 戦争


 浅く速い呼吸を淡々と繰り返す。知らない土地の森の中だが、山道に慣れた足はこの程度で調子を崩すことはない。

 ウルカ族の集落を出てから、ウルカ族とフィエダ族の中間地点で少し休みを取った。両部族が小競り合いをするのはいつもこの辺りらしい。

 背の高い木に登って方角を確かめる。族長の話では樹海の終わりはフィエダ族の集落を越えた先とのことだ。木の上から目を凝らすと、ウルカ族の集落があると思われる場所で木々の密度が少なくなっている。それとは真逆の方向に、フィエダ族の集落と思われる場所があった。

 フィエダ族の集落を突っ切る訳にもいかないので、迂回する形でフィエダ族の集落の向こうを目指す。

 ある程度走っては背の高い木を見つけては休みつつ方角を確認する。それを繰り返して早六時間、既にフィエダ族の集落は越えている。後はそこからどれだけ走れば樹海の外に辿り着くかだ。

 途中何度かフィエダ族の見張りか何かに勘付かれたが、振り切ってやった。フィエダ族の身体能力はそんなに高くないようだ。まあ正直なところ、ウルカ族に追っかけられても逃げ切る自信はあるけどな。

 フィエダ族の気配が全くなくなり、それに伴って木々の密度も薄れてきた。どうやらそろそろ樹海が終わるようだ。

 もう急ぐ必要もないだろうと足の速度を落とす。途中何度も小休止を入れたとは言え、七時間以上走ってクタクタだ。

 木々の間隔が広くなっていき、差し込む陽の光が増えて明るくなっていく。樹海の終わりまで目と鼻の先のようだが、終着を目前にして俺は乱れた息を潜めて耳を澄ます。

 人の気配がする。それも結構な数だ。走り疲れて感覚が鈍ってなければ、もう少し遠くから気付けても良いくらいの喧騒だ。

 足の速度を落として様子を伺いつつ進む。

 ただの人の気配と喧騒だけならば慎重になる必要はない。が、喧騒の中に混じって聞こえてくる音が俺に警戒心を抱かせる。

 人が多く集まってもこんな音を発することはない。元の世界でだってこの音が日常に混じることは滅多にない。聞き慣れない音だが、なんとなくこの音がなんの音かは察しがつく。

 鉄の音だ。

 カチャリカチャリ、ガチャリガチャリと大小の鉄が動いて当たる音が聞こえてくる。

 こういう音を生で聞いたことはないが、映画なんかで聞いたことがある。

 これは甲冑の音だな。

 もう百メートルもない距離の先で森が終わっているのが分かる。

 そしてその向こうに甲冑を着込んだ人間が大勢動き回っている様子が目視できる。さすがに仔細までは分からないが、その大勢の人間もほとんど女だというのもなんとなく分かる。

 この際女だらけなのはどうでも良いとして、あれって多分軍隊だよな……。

 気配を抑えながら木々に隠れるように女達の様子が分かるところまで近づく。やはり全員が簡単な鎧を着込んで行き来している姿やその様子を見るに、どう見ても軍隊とか、そうでなくても傭兵集団とかそういう類にしか見えない。

 別に専門知識がある訳ではないが、傭兵とかだと鎧が全員同じってのもおかしいだろうから、やはりどこかに属している兵団だと考えた方が正しいはずだ。

 慌しく行き来している様子から察するに、どうも野営の撤収をしているようだ。天幕を解体しているのが見えるあたり、間違いないだろう。

 俺はもう少し距離をつめる。かすかにだが、飛び交う声を聞き分けられる所までなんとか接近してみた。


 急げ……これはどこに……もたもたするな……どこへ行った……進軍を……持って来い……捨てていけ……夕刻までには……勿体ない……蛮族どもを……それは違う……ここはいい……。


 流石に声が入り乱れすぎていて断片的にしか言葉を拾うことができない。が、聞き取れた言葉だけでも大体状況が理解できた。

 こいつらがフィエダ族の背後で争いの糸を引いている奴の本体だろう。でもって野営の撤収をして、進軍を開始する。対象は蛮族。

 これどう考えても、フィエダ族と合流してウルカ族に攻め入る準備段階だよなあ。

 うーん……、これはマズイ。ウルカ族が滅ぶ。

 中世ヨーロッパの封建騎士とか、その辺りの専門知識はないので奴らの装備の程度は良く分からないが、足首から肢体、首まで覆っている鉄の装甲。動くための関節の継ぎ目、脇、二の腕、太股の一部にしか隙間がない。そして、それぞれが帯剣していたりそこかしこに立掛けたりしてある剣は、フィエダ族の物より大分良い物に見える。あれはあれで大量生産なんだろうが、きちんと鞘に納まって剣格もある。和風に考えればただの鉄の棒ときちんとした刀くらい違いそうだ。

 これ、ウルカ族の戦力じゃ傷つけることすら難しそうだな。

 どうしたもんか……。ウルカ族の集落に戻るとしても、そもそも今日の予定は樹海の先に行って樹海の外で人里か人のいる痕跡を見つけたかったんだが、これは早々に戻って対策を講じないとマジでヤバイ気がする。

 せっかくここまで来て、勿体ないと思うが、これだけの危険な状況を最悪の事態に陥る前に察知できたことを僥倖と考えるべきか。

 見たところ、この団体の人数は五百人もいないだろう。それぞれが全身を覆う甲冑と両刃の剣、まあファンタジー作品なんかにありがちなシンプルな剣だな。平均的な熟練度は分からないが、それは些細なことだ。俺の常識の通用しないこの世界で、俺の常識を覆すようなとんでも要素は見当たらない。戻って対策を考えるにしても、不確定要素に全てをひっくり返されては困る。完全に手作業で撤収を行っているあたり、魔法みたいに物理法則を無視した能力とかはなさそうだ。

 樹海の外への探索の未練を断ち切って元来た道を戻ることにする。まだ疲れは抜け切っていないが、意識を切り換えて走り始める。今は疲れているとか言っている場合ではない。

 一時間程走って小休止の為に徐々に速度を落とす。流石に朝から走り続けて限界が近い。無理をして走り続ければ、結果としてウルカ族の集落へ帰るのが遅くなってしまうだろう。 

 ゆっくりと速度を落とした後、完全に足を止めて立ち止まって深呼吸。既にこの辺りはフィエダ族の生活範囲のはずだ。

 適当に太い木を見つけて上り、木の上で休みをとる。身動きをしなければ、この木の下を人間が通っても気付かれはしないだろう。

 左腕に巻いたデジタルの腕時計を見る。一応この世界の時間も一日を二十四時間としているようで、朝昼夜のサイクルは腕時計の表示する時間とほとんど違いがない。

 朝の六時過ぎにウルカ族の集落を発って、今は十四時過ぎ。朝と同じ、いや、帰りは迂回せずにフィエダ族の集落の近くを突っ切ってしまえば空が完全に暗くなるくらいにウルカ族の集落に戻ることができるだろう。

 その為にも、今は少し休んでおく必要がある。

 さすがに朝も早かったため少し眠い。不安定な場所ではあるが、まあ寝れないことはないだろう。俺は腕時計のタイマーをキッチリ三十分で鳴るようセットして目を閉じた。

 森の外の連中はあの大所帯だ。あいつらがどんなに急いだところで、今日中にウルカ族の集落まで辿り着くのは不可能だ。今日はフィエダ族に合流すると考えるのが妥当だな。

 とりあえず今は、しっかり休んでおくことにしよう。

 …………

 ………

 ……

 …

「……ん」

 人が近づいてくる音がする。小さいが草を踏みしめる音だ。

 まだ何分も寝ていないというのに、運が悪い。

 枝の先の葉で遠くが見えない為、近づいてくる人間は確認できないが数は一人、すぐ近くまで来ているようだ。

 場所からしてフィエダ族の人間には間違いないだろう。見つかると厄介なので逃げたいところだが、今動く方が見つかるリスクは大きい。今は息を殺してここでじっとしているべきだな。

 草を踏み、藪を掻き分ける音が少しずつこちらに近づいてくる。

 とうとうその音がほぼ真下にやって来た。

 ウルカ族とはやや異なる布を身体に巻いたその姿は、やはりフィエダ族のものだ。しかしその顔には見覚えがあった。

 たしか、ルカとか言う名前だったか、こちらの世界に来た日と、先の戦いで会ったフィエダ族だ。それなりに数がいるであろうフィエダ族と、こんな所でニアミスするのがあの女とは、おかしな偶然もあったものだ。

 どうやら何かを探しているらしく、きょろきょろと辺りを見回しながら移動している。もしかして俺を探しているのかな。午前中に俺の姿がフィエダ族に目撃されていなかったとは言い切れないし。

 まあ様子からして俺には気付いていないようだし、見つかるわけにもいかない。あまり寝れなかったが、ルカが離れたらすぐに出発しよう。

 身体から力を抜いてリラックスする。下手に緊張するよりもその方が見つかりにくい。

 やはりルカは俺には気付かず、さらに先に歩き始める。俺は目を閉じて草を踏む音が遠ざかっていくのを待つ。

 ピピッピピッピピッ

「あ」

「な、なんだ!?」

 寝る前に設定した腕時計のタイマー音が鳴る。

 そう大きな音ではないが、ルカの耳に入るには十分だったようだ。

「はぁぁ……」

 どうやら自分で思っていたよりも長い時間寝ていたらしい。と言っても三十分足らずだが。

 自分の間抜けさに大きなため息を一つ。

 ルカ相手なら倒すのも逃げるのも簡単だが、良い機会なのでフィエダ族の情報を探ってみることにした。

「よっと」

 一息に地面に飛び降りる。

「お、お前!?」

「よっ。また会ったなルカ?」

「気安く呼ぶな!どうしてこんな所にいる!?」

 さてどうしたものか。何を聞いたところで素直に教えてくれる間柄じゃないしな。

「まあ良い。二度も邪魔された礼をさせてもらおう」

 ルカは腰の剣を抜いて刃を俺に向ける。

「おいおいやめとけよ。お前じゃ俺には敵わんて」

「うるさい!あの時は後ろからの不意打ちだっただろうが!」

 四人倒されても反応できないようじゃな……。

「死ね!」

 ルカは本気で斬りつけてくる。紙一重、でもないがルカの動きに合わせて後退し避ける。

 弱くはないが、マイアや、多分ネーヴェと比べても少し劣るだろう。

「ふざけるな!戦う気がないのか!」

 ったく、うるさい女だな……。

 元々女が好きではない俺だ。彼我の実力差も理解できない、しようとしない態度に少し苛つく。

「どうしたっ。なんで、反撃しない!」

 性格なのだろう。力強い太刀筋だが、単調で読みやすい。

「もういいだろ。お前じゃ俺には勝てんて」

「なっ……。調子に、乗るな!」

 ルカは剣を横に一閃。そこから大上段に構えての斬り下ろし。

「お前こそ調子に乗るな」

 横の一閃を今度こそ紙一重でかわし、すぐに間合いを詰めて左手でルカの手を受け止める。同時に右手でルカの首を掴む。

「お前も戦士なら彼我の実力差を考えろ」

 ルカの手を受け止め、剣の柄を握った右手をそのまま上から掴む。

「くっ……」

 剣の柄ごと右手を掴んでいるので剣は使えない。ルカは左手で俺の右手を剥がそうとするが、非力なその腕では俺の拘束を解くことは難しい。

 ルカはじたばたともがいて、左手の爪を立てて俺の右腕に食い込ませる。痛くない訳じゃないが、この程度の痛み、姉の虐待に比べれば……。

「こ、殺せ」

 鬱陶しいのでつい首を掴んでしまったが、危害を加えるつもりはなかった。

 しかし、ささやかな抵抗しかできないルカの目尻に涙が溜まり始めていた。

「ああ、悪い悪い」

 首を掴んだ右手を離し、左手は剣を真上から落とすと危ないので横に手を振るように離した。

 ルカは膝から崩れ落ちて咳き込む。

「あー、その、悪かったな。でもお前も悪いぞ。敵意のない相手に刃物振り回すんだから」

「げほっげほっ」

 どうやら自分で思っていたよりも少し力が入っていたようだ。本気で咳き込んでいる。

 でも俺は別に悪くないよな……。

「どうして、殺さない」

「どうしてって、お前を殺す理由がないからな」

「お前、ウルカの人間だろう。理由ならそれで十分じゃないのか」

 またやけに短絡的な話だな。

「俺がウルカ族の人間に見えるか?」

 言われたルカは、俺の姿をまじまじと見る。つま先から頭のてっぺんまで、視線が何度か往復する。

「確かに……そんな格好のウルカ族は見たことがない」

 胸の有無は、まあ小さい女性もいるからあまり関係ないとして、上下黒ずくめのウィンドブレーカーにランニングシューズ、平均的なウルカ族の格好とは全く異なる物だ。

「お前は、一体なんだ?」

「なんだ、と言われてもな。大雑把にはお前と同じ人間だよ」

「細かくは違うのか?」

「ああ、俺は男で、お前は女だ」

「オトコ?オンナ?なんだそれは」

 まあウルカ族同様、分かる訳がないわな。

「お前もフィエダ族も、ウルカ族もだが、何故だかここには女しかいない。この辺りにいるのは全員女だ。で、俺は女とは少し異なる男って生き物なんだが、雄と雌と言って理解できるか?」

「ブタなんかの種類のことだろう。両方揃ってないと子どもを産まん」

 フィエダ族は雌雄の概念を知っているのか。そう言えばフィエダ族は牧畜をするって話だったな。

「フィエダ族や、ウルカ族もそうだが、お前達女は雌。俺は雄ということになる」

「私達がブタと同列だとでも言うのか!」

「いやいや、別にそうは言ってねーよ。考え方としてそう捉えろって話だ」

「私が女で、お前が男。それがブタの雄と雌と同じ意味だというのか」

 なかなか理解が早いな。こいつがこの世界に来てから会った中で、一番話が分かるかもしれん。まあウルカ族の族長ともう少し深い話をすればまた違うのだろうが。

「大体そんなところだ。何故だかこちらの世界には女しかいないみたいだけどな」

「こちらの世界?どういう意味だ」

「どういう意味もなにも、まあそのままの意味なんだが……。それは話しても理解できないと思う」

 光る井戸に落ちたら別の世界に来ていたなんて、理解できる訳もない。

「こちらも少し聞かせてもらいたいことがある」

「なんだ?」

「お前の……いや、お前達フィエダ族が持ってるその剣、どうやって手に入れた?」

「……どうしてそんなことを聞く?」

 俺の問いで、穏やかになりつつあった雰囲気が再び張りつめる。

 こいつらの剣の出所にはそれだけの意味があるということだ。

「俺は今偶然ウルカ族に世話になってるが、ウルカ族は剣を持っていない。同じ原材料を使った物もない。話を聞いたところ、生活の程度はフィエダ族も同じはずだが、フィエダ族の戦闘部隊はほぼ全員が剣を持ってる。それはおかしいんだよ」

「何がおかしい。フィエダ族とウルカ族が同レベルだと、ウルカ族が言っているだけだろう。その考えが間違ってると思わないのか」

 こういう言葉がすぐ出てくる辺り、やはりこいつはなかなか頭が良い。

 ただ自分達の持っている物への認識が足りてないな。

「まあそういう考え方もできるんだろうが、そうじゃないという根拠があってな。お前が持ってるその剣、どうやって作るか知ってるか?」

「作り方……これの?」

 フィエダ族はウルカ族よりも優れているから剣を持っていてもおかしくない。ならその作り方くらいはざっとでも知っていなければ説得力がない。

「ええと、あれだ。そう、石だ。地面から掘り起こした石を使って作るんだ」

「で、その石でどうやって作る?」

「どうやって……その、削り出して?」

 疑問系かよ。

「結局知らない訳だな」

「う、うるさい!」

 まあ森の外で見たものも含めて、フィエダ族は森の外の人間と繋がっているのは間違いないな。

「まあいいや。それじゃ俺はそろそろ行くわ」

「な!逃がすと思ってるのか!」

「逃がすもなにも、お前じゃ俺を捕まえられないだろ……」

「くっ」

 悔しいのだろうが、事実なので言い返してこない。

「ふん!今夜はアドネが動く。アドネならお前を倒せる!」

「アドネ……ね。そんなに強い奴なら、姿を見たら逃げることにするよ」

 今夜動くのか。そうすると、あの鎧集団は俺の想像以上に機動力があるらしい。ますます厄介だな。

「それじゃな」

「待てっ!」

 結局ほとんど疲れが取れなかったが、まあ足を休めることはできたし、少し急いだほうが良さそうだな。

 俺はルカを振り返ることなくその場を後にした。


 時刻はそろそろ夜八時をまわろうとしている。既に周囲は暗く、木々の枝葉の合間から差し込む星明りだけが視界の頼りだ。

 山道を走り慣れてるとは言え、朝から今までほぼ走りっぱなしで、身体はクタクタだし、大分ペースも落ちてしまっている。

 帰りはフィエダ族の集落の付近を突っ切っているにも関わらず、行きと同じだけの時間を走って、まだウルカ族の集落までは一時間少々と言った所か。

 しかし、ほとんどぶっ通しで走ってる俺が未だウルカ族の集落まで辿り着けないでいるのに、あんな大所帯が今夜中に戦いを仕掛けてくるなんて可能なのだろうか。

 もしかして、やはり俺が知らない魔法のような技術があるのだろうか。だとすると怖いな。ウルカ族全体の危機もあるが、下手をすると俺自身無事では済まなくなるかもしれない。

 ウルカ族に助力をしてはいるが、もし俺自身の身に危険が迫れば、潔く見限って逃げる心積もりだ。

 そんなことを考えながらも走り続けていると、前方から集団の気配。

 一応警戒しながらも近づくと、ウルカ族の戦闘部隊が集まっているようだ。

 マイア、リノ、ネーヴェの姿を見つけて駆け寄る。

「ふぅぅぅ……はぁぁぁ」

 大きな深呼吸を一つ。

「よう。これから戦いか?」

「あ、おかえりなさいハジメさん」

「遅い!森の外を見ようとしたそうじゃが、おまえにはリノを守るという仕事があるじゃろうが!」

 戻るなり説教か。

「そんなこと言ってたら俺はウルカ族の集落から離れられないだろ」

「だったらずっといればいいじゃろうが」

「俺にだって都合ってもんが……いや、それはいい。今夜フィエダ族が攻めてくるのか?」

「おお。フィエダを見張ってるもんが合図を送ってきた。今夜攻めて来そうだとな」

 マイアのその言葉に、俺は今日手に入れた情報を元に確認する。

「その見張りは、攻めて来る以外に何か伝えてこなかったか?今まで見たことない連中がいるとか」

「なんじゃそれは。別にないぞ」

「本当か?今までと変わったことがあるとか、何もないのか?」

 ルカは今夜にでもあの甲冑集団が攻めて来るようなことを言っていた。俺がカマをかけられたのだろうか。そこまでずる賢いことができるようには見えなかったが、その考え方は自信過剰なのかもしれない。

 しかし、ここで状況の確認を怠ると、最悪このウルカ族の部隊の大半が殺されるという可能性もあり得る。

「なんじゃあ、どうしてそんなことを聞く。何かあるのか?」

「見張りが伝えてこないということは、確認はできていないんだと思うが、今夜の戦いにはフィエダ族に加勢する別の勢力が現れるかもしれない」

「なんでそんなこと知っとる?」

「昼にな、森の外でそういう奴らを見たんだ」

「森の外?それはフィエダの集落の向こうにあるっつー森の終わりか?」

「ああ、そうだが」

 何故か俺の言葉に怪訝な表情をするマイア。

「ハジメ、お前何を企んどる」

「は?」

 マイアの言葉の意味が良く分からなかった。

「森の終わりまでは歩いて丸一日以上かかると言われとる。こんな短時間で行って帰って来れる訳なかろう。言え。何を企んどる!」

「あ?何も企んでねーよ。俺は走って行って帰って来たんだ。今はそんなことどうでもいい!」

「どうでもええことあるか!」

「あのさー」

 下らない理由でヒートアップをしかけたが、ネーヴェが横槍を入れた。

「まあハジメが森の外まで行って帰ってこれらるかどうかはともかく、どこかでそれらしい集団を見たとして、どうしてそれがフィエダ族の仲間だって分かんの?」

 おお、こいつは戦いにしか興味のない脳筋だと思ったが、良い質問をする。

「この前、フィエダ族の武器について教えただろ。鉄でできてる剣って奴を」

「いや、私それ知らない」

 そういやネーヴェはあの時族長のテントにはいなかったか。

「かいつまんで言うが、フィエダ族の武器は剣って言って鉄という少し特殊な素材でできてるんだ」

 ネーヴェは無言で話の先を促す。

「フィエダ族がウルカ族と同程度の生活をしている集団であれば、フィエダ族がそれを全員が持てるだけ用意するのは難しい物なんだよ。不可能と考えても良い」

「それと、ハジメさんが見た人達と、どういう関係があるんですか?」

「俺が森の外で見た集団は、その鉄を用いた武器と、防具を備えていた。フィエダ族の物よりも大分上等なものだ。恐らくフィエダ族の剣はそいつらが用意したものに違いない。正確には確認しきれなかったが、そいつらは近々森の中で戦闘をすると言っていた。自分達が武器を提供している相手を攻撃するのはおかしな話だろ。そうすると、そいつらは何と戦うんだと思う?」

「フィエダ族と敵対してる私達……ですか」

 リノはおずおずと答えた。

「まあ、確証はないが、それしかないだろうな」

「じゃが、見張りはそんな連中のことは何一つ言ってきておらんぞ」

「そこが気になるところだな。実は帰ってくる最中、フィエダ族の一人と遭遇して、話を聞いたんだが……」

「フィエダと会ったじゃと?」

「別に疑われるようなことは何もない。そいつの話だと、今日はどうも特別みたいなんだ。アドネが動くとかどうとか」

 最後の名前を聞いて、マイアが反応した。

「アドネじゃと……。あいつが来るんか!」

「いや、来るかどうかは正直分からんが、アドネが動くから俺が終わるだとか、今回の戦いに直接関わるような言い草ではあったな。というか、アドネってのはどういう奴なんだ?フィエダ族の戦頭だったか」

「あいつはただの卑怯もんじゃ」

 随分簡潔な説明だな。

「ハジメさんの言うとおり、アドネはフィエダ族の戦頭です。マイアと同じくらいの実力はあるようなんですが、戦いに参加することが少なく、ぶつかり合ってもすぐ逃げてしまうんです。だからマイアは特にアドネのことが嫌いなんです」

「話を聞く限りでは相性は悪そうだな」

「でも、その話が本当なら少し気をつけた方が良いかもね。アドネが直接戦いに加わる時は、こっちに被害が出ることもあるし」

 ネーヴェは戦いのことになると結構人間が変わるようだ。やはり戦闘特化の脳筋らしい。

「とりあえず俺から一つだけ言わせてくれ」

「なんじゃ?」

「フィエダ族も姿格好は、お前達ウルカ族とそう大差はない」

「わしらをフィエダ族なんかと一緒にするな」

「色とか形とか、全然違うと思うんですけど……」

「ハジメは見る目ないねー」

「傍から見たら全然変わんねぇんだよ……。いや、今はそんなことはいい。皆も聞いてくれ!」

 俺の一声に周りの視線が集まる。

「もし今回の戦いに、フィエダ族とは全然違う、見覚えのない姿形をした集団が現れたら、仲間を救う目的以外では絶対に戦うな!」

「ああ?」

 俺に集まっていた視線が険のある物に変わっていく。

「おいハジメ、わしらウルカ族に戦うなとは、随分と舐めたこと言ってくれるのお」

「それは無理な話だね」

 ぬぅ、思っていた以上に厳しい反応だ。

「まあ聞け。もし状況が俺の考える最悪な物になった場合、下手に戦うと全員死ぬぞ」

「はんっ。言うのお」

「ハッキリ言うが、敵が俺の見た通りなら、ウルカ族の攻撃は敵に対してほとんど通用しない」

「攻撃が通用しないって、どういうことですか?」

「鎧という、鉄で作った板で身体を覆っている。マイアくらいの強さなら一人二人倒せないこともないだろうが、何も知らずに戦えば苦戦を強いられるのは間違いない。そんなのが数百人はいるんだ。マイア、槍で貫けない敵を、同時に五人を相手にして勝って生き残る自信はあるか?」

「…………当たり前じゃろうが」

 俺の質問に即答できなかったマイア。

 立場故に出来ないとは言えるはずもない。この場でするには少し意地の悪い問いだったかもしれない。

「今回の戦いが、今までと同じ物なら俺も不必要にでしゃばったりしない。ただもし俺の言ったとおりの奴らが出てきたのなら、騙されたと思って今回だけは俺の指示に従ってくれ」

「ふん、まあ考えておいてやる」

 どうも納得してもらえていないようだが、言うべきことは言った。もしこれでどうにもならないようなら俺の責任じゃない。

 俺はリノを守るという当初の仕事に専念していざとなったら逃げるだけだ。命を危険に晒してこの女達を守る義理はない。 

「ハジメさん。疲れてないんですか?」

「結構クタクタだよ。それでもお前一人くらいは守ってやれるさ」

「はい!今日もお願いします!」

話すべきことは話した。後は今日の戦いがどうなるのか。

ウルカ族が前進を始める。

 現実的に考えて、森の外にいた連中が今日の戦線に加われる程の足を持っているとは思えないんだが、何事も思い込みは禁物だ。ただでさえここは俺の知る世界ではないのだから。

 もし状況が悪い方へ転がってしまった場合、今夜は自分を守るので精一杯になるかもしれない。普通に動く分には差し支えないが、一日中走っていたので疲労困憊だ。予想外に強い相手が現れたら戦えるだろうか。

「そろそろか」

「みたいですね」

 前を歩くウルカ族の戦士たちの雰囲気が静まり始める。戦いの予兆だ。

 すぐに俺もフィエダ族の気配を察知する。

 程なくしてフィエダ族が木々の間に見え始める。俺の目から見れば、似たり寄ったりな格好のウルカ族のとフィエダ族は、鏡に映したようにも見える。

 しかし、見たところ鎧を着込んだ人間の姿はなさそうだ。

「はん。いつもとなんにもおかしなところはない。いつも通りじゃ。行くぞ!フィエダどもを打ち払え!」

「「おおおおおおおおお!」」

 前回と同じく、二つの集団が真正面からぶつかり合う。戦いの流れも同じだ。

 ただぶつかり合い、最初は拮抗しているように見えるが、徐々にウルカ族がフィエダ族を圧倒し始める。

 ピィィッ

 そして笛の音。やはりフィエダ族は撤退を始め、それを追うウルカ族。

「前回と全く同じ流れだが、もし逃げた先に鎧達が待ち受けているかもしれないと考えるとまずいな」

「大丈夫です。マイア達なら負けませんよ」

 傍らで弓を射ていたリノが言う。矢籠を担いで敵を追う仲間を追いかける。

 駆け出してからしばらくして、状況が前回とは少し違う展開をしていることに気付く。

 いつの間にかフィエダ族を追う喧騒が大きく二手に分かれている。ウルカ族の戦力を分断するつもりなのだろうか。

 もしこれがあの鎧達の導入する布石だとすると相当危険だが、まだウルカ族とフィエダ族の戦いに加わるのは二度目だ。もしかしたらそう特別なことではない可能性もある。

「どうするリノ。どっちに行く?」

 俺は立ち止まってリノに問う。既に日中の疲労が溜まっている為、数十秒程度しか走っていないのに、やや呼吸が荒くなる。あまりコンディションは良くない。

 前を走っていた俺が急に立ち止まり、俺を追い越した所で停止するリノ。そして顔をキョトンとさせて言った。

「どっちって、何がですか?」

 こいつ、戦線が二つに分かれてそれぞれ別の方向に動いてることに気付いてないのか。

 そりゃ孤立して狙われやすくもなるわ。

 次の瞬間、俺は疲れた身体を更に酷使し、出来る限りの力でリノを庇い倒した。

「キャッ!」

「つっ!」

 地面に倒れる直前に、右腕に鋭い痛み。

 敵は木の上で待ち伏せして、俺が木の真下で立ち止まらせてしまったリノを飛び降りざまに剣で斬りつけたのだ。

 追撃に備える為、すぐに転がり起きて、攻撃が来た方向を確認し膝立ちで身構える。しかし追撃はなし。俺は頭の中で素早く状況を把握する。

 なんとか奇襲を察知して直撃は回避できた。右腕にもあまり経験のない刃物による裂傷があるが出血は少ない、右腕に力は入る。痛みの程度から考えれば軽傷だろう。

「なんだい今の。どう考えても直撃のタイミングだっただろう」

 つい先ほどまでリノが立っていた場所に、金髪のロングヘアーが立っている。俺を斬ったであろう剣は、一見してルカの物より造りの良い物だ。格好もフィエダ族やウルカ族のような胸と腰周りに布を巻いただけのものではなく、普通の服を着てその上に肩、胸、腰の守りだけだが軽装甲の鎧を纏っている。

「悪いがこれでも経験豊富でね。疲れてなきゃ完全に回避できたと思うぜ」

「経験とかそういう問題なのかね……」

「あいたたた」

 リノがようやく俺が抱き転ばした混乱から回復した。

「一体どうしたんですかハジメさ……あなたは、アドネ!」

 ああ、やっぱりこいつがアドネか。状況と装備からそんな気はした。

「ウルカの弓使い。名前はリノだったか?お前は相変わらず周りの足を引っ張るのが好きなようだね」

「なんですって!」

「その黒いのの腕を見てみなよ。お前を庇って負った傷だよ」

「そんな……大丈夫ですか!?」

 どうやらリノは今初めて俺の腕の気付いたらしい。

 俺の傍らに身を寄せ右腕をとる。

「大丈夫だ。傷は浅いし出血もそう多くない。大丈夫、大丈夫だから、少し離れて。離れて後ろ下がっててくれ」

 必要だからしたが、女を押し倒すなんて、あまり良い気分ではない。

「お前がルカの言っていた変なのだろう。黒い変な格好をしている。随分強いって話だったけど、今の一撃をかわすあたり、ルカの言い分も間違ってないようだね」

「あんたも戦頭だけあって、他のフィエダ族とはちょっと違うみたいだな」

 持っている剣や鎧よりも、この暗がりにあって目立つ金髪に違和感を抱く。二度の戦いでフィエダ族を何人も見ているが、フィエダ族にもウルカ族にも今までは金髪はいなかった。ウルカ族に関しては戦闘部隊だけでなく集落に残っている連中にもいないはずだ。

 日本人の中に純粋な金髪がいないように、ウルカ族にもフィエダ族にもいないものだと思い込んでいた。

 単純に考えればこいつは変わり種か異分子のようなものだと思うんだがな。

「ま、お前が何者でも構わないさ。どうもお前は生かしておくと今後も邪魔になりそうな気がするし、殺せるようならここで殺させてもらうよ」

 アドネは剣を俺に向ける。

「さあ、お前も武器を出しな。何かあるんだろう?槍か斧か。それともお前も剣を持ってるのかい?」

 不意打ちをしてくる気配はなさそうなので、俺は立ち上がってコンディションを確認する。

 腕は軽傷だ。それよりもやはり一日中走った疲労が大きいな。多分万全の状態ならさっきの奇襲、事前に気付けただろう。

 ぱっぱと服から砂や葉を払い落として、左半身を前に出して構えをとる。

 ああ、当然だけど斬られた部分、服の袖が裂けてる……。現状、文字通り一張羅なのに。

 絶対許さん。

「武器なんてねーよ。あんたに武器は必要ない」

 実際持ってないしな。

「言ってくれるじゃないか。言葉だけじゃないところを見せてもらおうか!」

「リノ、安全な間合いに離れてろよ!」

 言って斬りかかってくるアドネに対して引かず踏み込む。

 胸の高さを横に一閃された刃を屈んでかわす。間髪入れずに頭上を通り過ぎた刃が返されて屈んだ俺を狙う。刃から逃げる形で右に転がり距離を取った。

 体勢を立て直す間もなく追撃。刃を受け止める訳にはいかず、小さく後退しては周り込んでなんとか全ての攻撃をかわす。

 数十秒程の攻防を経て間合いを取り改めて対峙する。防戦一方の俺の息は荒くなるが、一方的に攻めたアドネも肩で息をしている。剣を持って鎧を纏って立ち回れば疲れるのは当然だ。

 しかし、確かにアドネは強い。マイアと戦った時の棒とは違い、剣は受け止めることが出来ないので武器の差が大きい。しかし、それを差し引いても細身の剣を器用に扱いこちらの攻める機会を丁寧に潰してくる。

 剣と素手じゃ剣が有利なのは当然だが、立ち回りを続ければどこかしらで攻め入る隙が出るものの、こいつは全く隙を見せる様子がない。厄介だ。

「なるほど。確かに口だけではないようだね」

「褒めてもらって嬉しいが、素手相手に奇襲でしかダメージを負わせられないような相手に褒められてもな」

「ふん、安い挑発だね。そういうのは私に一撃でも入れてから言って欲しいものだけど」

「そりゃそうだ」

 正直なところ、現状では剣の間合いに飛び込んでの戦いはリスクが大きすぎる。だが、相手の攻撃を避け続けることはそう難しくない。

 状況が状況なので成り行きで戦ってはいるが、そもそも俺にこいつを倒さなきゃいけない理由が無い。袖は裂かれたが。

 さて、どうしたものか。

「どうしたんだい。今度はそちらか攻めておいでよ」

 考えようによっては、敵の大将をここに釘付けにしてるってことだから、現状を維持するのも悪くないんじゃないだろうか。

 多分待ってればそのうち主力部隊が追撃を断念して戻ってくるだろうし。

 いや、もしかすると主力部隊が鎧達と衝突するかもしれない。逆に考えればこいつに俺が足止めされてたら、先に行った奴らを抑制することができない。それもこいつの計算の内なのか。

 でも待てよ。別に俺がウルカ族のブレーキ役だなんて思わないだろう。今までそんなことしてないし。俺はウルカ族の客人だとか、精々その程度の認識になる情報しかないんじゃないか。

「ちょっと、なに黙ってるのさ」

 そうしたら俺が足止めされてるって可能性はないよな。もし先行してしまった戦闘部隊が鎧達とぶつかってしまうとして、俺とリノを足止めしたらその状況を一変させられると思われるなんてのはおかしな過大評価だ。

 じゃあなんでこのアドネという敵の戦頭は前に出てきた。それもほとんど敵陣側に孤立する形で。こいつの行動の作戦上の意味はなんだ。

 分からん。俺はただの大学生。戦争の中でやり取りされる戦略の真意を読み解けという方が無理がある。

「ちょっと聞きたいんだが、あんたどうしてここにいるんだ?」

 素直に聞いてみた。

「なんだって?」

「だから、どうして敵の大将が一人出てきて奇襲なんて割に合わないことしてるんだ?」

 そらこいつが強いのは分かるが、一番器用に動けるからって理由で将棋で玉を敵陣に突っ込ませる奴なんていないだろう。

「そんなことを聞くなんて、ルカの言った通り、おかしな奴だねお前は」

 アドネは持っている剣を掲げて続ける。

「お前、これが何なのか知ってるそうじゃないか」

「知ってるが、それがなにか?」

「私は例外だがこの森の中で生まれ育った人間は、まずこれを知らない。ここでは手に入らないものだからね。うちの子が、ウルカにそれを知る変なのが現れたって言うじゃないか。そいつに二度もそこの弓使いを消す邪魔をされたとも。それで少し興味がわいて、直接見てみようと思った。それだけだよ」

「敵のど真ん中に孤立する危険を犯してまで?」

 俺の言葉を聞いてアドネは表情に浮かべている笑みを少し大きくする。

「ふふ。ウルカ族に囲まれたって怖くはないさ。あいつらは強いが、頭が悪すぎる」

 それはあるな。

「でも来てみて良かったよ。想像していた以上に面白い。今度はこちらが聞かせてもらおう。お前一体何者だい。どこから来た。どうして剣を知っている?」

 答える義務はないが、先に質問に答えをもらっている以上、答える義理はあるか。

「……俺はこことは違う世界から迷い込んできたのさ。森の外から入ってきたんじゃない。最初から森の中に投げ出されたんだ」

「違う世界?投げ出された?」

「お前は他の奴らより頭が良いのかもしれんが、さすがにこれは言っても分からんだろうよ。正直自分でも半信半疑だからな。でまあ、その剣についてだが、俺が元いた場所ではそいつは全く珍しい物じゃない。剣や鎧、盾なんかはもう時代遅れと言ってもいいくらいにな」

「ふぅん。もしそれが冗談や妄言じゃないとしたら面白い話だね。本当ならだけど」

 当然と言えば当然だが、完全に信じてないな。

「少し痛めつければ、出てくる言葉の信憑性も上がるってもんさ」

 結局最後はそれか。どいつもこいつも大して変わらんな。まあ敵の言うこと真に受ける大将なんていないだろうけど。

「それじゃ最後に一つだけ」

「なんだい、まだ喋り足りないのかい」

 アドネはもうほとんど言葉を交わすつもりはないらしい。

 それでも聞く価値くらいはあるだろう。

「外から呼びつけた鎧達は、いつ出すんだ?」

「鎧達?なんだいそれは」

 流石に奥の手だけあって、正直に認めたりはしないか。

「森の外から呼び付けたお仲間だろ?とぼけても無駄だ。昼にそいつらが森に入る準備をする所を見てる。森の中で戦いを始めるようなことも言ってたぜ」

「日中に森の外を見た?それで今ここにいるって?おい弓使い、この変なのはいつもこんな見え透いた嘘をつくのかい?」

「…………」

 無言のリノ。フィエダ族相手に話す気がないのか、俺の言動の信憑性に自信がないのか。リノに限らずマイアもネーヴェも俺の言うことを全部信じてる訳じゃないだろうしな。

 互いに腹の探り合いのような会話をしている間に、どうやらウルカ族がこちらに戻りつつあるようだ。何人かが茂みを掻き分けて近付いて来る音がする。

「どうやら今夜はここまでのようだね」

 アドネも気付いているらしく、これ以上戦う気がないようで、こちらに向けていた剣を降ろした。

「逃げ足には自信があるんだろ?遠慮しないで思う存分俺を確認していったらどうだ」

「変な奴だっていうのはよく分かったよ。それと、なかなかデキるってのもね。今夜はそれで十分さ」

「やっぱりリノとハジメ、こんな所にいたんだ。全然付いて来れてな……ありゃ、あんたアドネ?」

 戻って来たのはネーヴェだった。アドネの姿を確認した途端、ネーヴェと共にいたウルカ族が五人、俺とアドネの間に飛び出した。

「お前はウルカの斧使いだね。真っ先に戻ってくる辺り、そこの弓使いのお守りは続いてるって訳だ」

「はん。相変わらずよく喋るね。たまには口じゃなくてその武器で語ってみなよ」

「突っ込むしか脳のないイノシシ達の相手なんて馬鹿馬鹿しくてやってられないね。それじゃ、これで失礼するよ」

 アドネは剣を腰の鞘に収め、後退しようとした。

「ああ、ちょっと待ちな。私達が真っ先にここに来たのは、戻ってきたんじゃなくて、この二人を呼びに来たんだ。で、アドネ。なんかあんた達の集落、様子がおかしいようだけどこんな所にいて大丈夫?」

「相変わらず頭の悪いこと。そんな言葉で気を引けるとでも?」

「いいから、その辺の木に登って自分の集落の方を見てみなよ。どう見ても燃えてるから」

「なんだって?」

 アドネより先に、適当な高さの木に飛び昇り、登れる高さまで登ると、確かに遠くで森の一部が橙色の光を放っているのが見える。どう見ても炎の放つ光だ。

「なんだいアレは……。一体何がどうなってる」

 別の木からアドネの声が聞こえてきた。どうやら本気で想定外らしく、声に余裕がない。

 そうすると、あそこで燃えてるのは本当にフィエダの集落なのか。

「よっと」

「見えた?」

「ああ、めっちゃ燃えてるな」

「でしょ」

 ネーヴェ達はフィエダの集落の異常を察知し、このまま戦闘を続行すべきかどうかを確認する為に、俺とリノを探しに来たようだ。

 ネーヴェ達がここにいるということは、結局あの鎧達は出てこなかったのだろう。鎧達……。

「ああ、そういうことか」

 頭の中でなかなか上手く組みあがらなかったパズルが、視点を変えることでカチリカチリと組み上がっていく感じがする。

「なに?どうしたの?」

「おい、アドネ!なにもしないから降りて来い!」

 アドネはいつでも下に降りられる状況であったが、俺達を警戒して降りてこない。

「急いだ方が良いぞ!多分お前達フィエダ族にとって相当マズい状況だ!」

 今の一言が効いたのだろう。アドネは警戒しつつも地面に飛び降りた。

「俺さっき、鎧達って言っただろう」

「ああ、そんなことを言っていたね」

「鎧達ってのは、俺が森の外で見た、森の外の世界の戦闘部隊のことなんだが、多分お前らの集落、そいつらに襲われてるよ」

「……それで私達の集落が燃えてるって?集落の戦力を空にして出てきてる訳じゃないんだ。そんな簡単にやられるはずがないだろう」

 強がりなのか、俺の言葉をブラフか何かと勘違いしているのか、アドネは俺の言葉をほとんど信じていない。

「お前達の集落を襲っているのは、多分お前達に剣を提供した奴らだろう。はっきり言って、戦力的に考えたら集落にどれだけ予備を残しておいても、ほとんど意味ないぞ」

「なにを根拠にそんな……」

「ここで話してても時間の無駄だ。ネーヴェ」

「ん、なに?」

「とりあえずマイア達に合流しよう」

「いいけど、こいつどうすんの?」

 ネーヴェはアドネに石斧を向けた。

「悪いが戦わないでくれ。今はそれどころじゃない。どうせ放っておけば勝手に帰る」

「ふーん……。分かった。行こう。行くよ皆」

 ネーヴェの言葉に、他五人のウルカ族は渋々とアドネに向けていた武器を下ろした。

「それじゃマイア達の所まで案内頼む」

「うん。こっちだよー」

 ネーヴェ達は先頭に立って歩き出す。

「リノ、先に行っててくれ。すぐに追いつく」

「分かりました」

 リノはネーヴェ達について行き、この場には俺とアドネだけが残る。

「確証がある訳じゃないが、フィエダ族が森の外の奴らに襲われてるのは間違いない。言われなくとも俺達が離れればお前は一目散に仲間と合流して集落に戻るだろうが、一つ言っておく。もし一人でも多く仲間を助けたいなら、合流した仲間達に適当な場所に逃げる指示を出した後、俺の所に戻って来い」

「なんだって?」

「時間がないから細かい話は省く。はっきり言うぞ。ウルカ族もお前たちフィエダ族も、森の外の奴らの戦力を全く理解してない。下手に戦えば全滅だ。死にたくなければ、仲間を殺されたくなければ戻って来い。俺はウルカ族と合流して少人数でお前達の集落へ向かう。お前なら見つけられるだろ」

「分からないね。お前の話は信じるどうかはともかく、どうして敵を助けるようなことをする」

「別に敵じゃないからだよ。ウルカ族にいるのは偶然だからな。これ以上は時間の無駄だ。自分の力を信じて全滅するか、曖昧な物を頼って助かるか、好きな方を選べ。じゃな」

 俺はアドネに背を向けてネーヴェ達を追う。背後からアドネもその場から離れる音がした。

 どんなに急いでフィエダの集落に駆けつけても、既に炎上している集落を考えれば、到着する頃には相当な被害が出ているとみて間違いないだろう。

 井戸の中で聞いた声は、あの子達を救う。というようなことを言っていた。あの子達というのは、ウルカ族かもしれないが、フィエダ族だった可能性もある。もしくは両方か。

 救うというのは、こういうことじゃない気もするが、まあ乗りかかった船だ。

 ……くそっ。こんなもん、ただの大学生がどうこうできる状況じゃねーだろ


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