16.懐かしきあの人
完全に深夜テンションで書き上げてしまいました…絶対に文章がおかしくなっていますので、注意して読んでください…
“入る余地がない”。一言でいうなればその言葉が当てはまる光景だった。
飛び交う小刀。激しくぶつかる小太刀。対峙するたびに荒れ狂う風。交わされる罵詈雑言の数々。
まず普通の人ならば何が起こっているかわからないだろう光景を僕は少し離れた場所でただただ傍観しているしかなかった。
「思ったよりも粘るじゃねぇか。なあ?姉さんよぉ〜」
「あなた方ごときにやられては主人に面目が立たないですからっ、ね!」
「でもそろそろ限界なんじゃねぇの?さっきよりも速さが落ちてるぜぇ?」
「被弾も多くなってきてるぞぉ?疲れてきてるんじゃねぇのか?」
「ははっ。まだまだこれからですよ!」
「そうこなくっちゃなぁ!」
「行くぜ兄者!」
激しい戦いの中、そんな会話を聞くことができた。
(リベネさんが押されてる…!?二対一とはいえリベネさんが負け始めてるなんて!)
リベネさんの強さは戦いを見たことがなかったから今まで知らなかったけど、なんとなく感じるものはあった。
少し努力しただけじゃ届かないもの。才能と言って仕舞えばそれで片付けられてしまう代物。だが、才能だけではたどり着くことができない場所。真性の強さというものを彼女からは感じていた。
(それを押し始めているだなんて…!)
たしかに見ていて相手は強いと思える。兄弟ならではのコンビネーション。言葉を使わず互いの意思を理解しているかのような動き。互いの状況を把握して次にどのように動けばいいか瞬時に判断している。
(こんなの…リベネさん一人じゃ分が悪すぎる!でも…僕なんかはこのハイスピードバトルに参加なんてできやしない…)
どうしよう。どうすればいい?そんな風に悩んでいると、戦況を変える出来事が起こってしまった。
「っ!」
「チャ〜ンス〜!」
殺し屋弟が投げ、床に刺さったナイフに足が引っかかり、一瞬だがよろけてしまったのだ。
たった一瞬、されどこの戦いの中ではその一瞬が命取りとなってしまう。
ザシュッ!
その隙を見逃すまいと、殺し屋兄が振り抜いたナイフを左肩から右横腹へ深々と斬り付けられてしまった。
「がぁあっ!」
「オラよっ!」
ドガッ!
痛みに悲鳴を上げると同時に殺し屋弟が追撃で蹴り飛ばす。
腹に蹴りをもろに受け、僕の方に何度もバウンドして転がってくる。
「あ…あぁ…」
先ほどまでは凄まじい速さで動いていたので気づくことができなかったが、目の前に転がり込んできたことで今まで見えていなかった傷が目に焼き付けられる。
腕、腹、足などと、いたるところに切り傷がつけられていた。
「クリー…ト…様……はやく…お逃…げくだ…さい…」
「まだ意識があんのか。どんだけタフなんだよ」
目の前で倒れているリベネさんが息も絶え絶えに僕に逃げるように訴える。
ピキキ…
だがあまりの出来事に動けない。
「おいおい。さっきのガキが性懲りも無く戻ってきてるじゃあないか。あのまま逃げればよかったのによぉ」
もう恐怖の感情なんて無くなったと思っていた。さっき心に誓ったばかりなのに、もう限界を迎えて壊れそうだった。
「お、兄者!こんなところに隠れてやがったぜ!」
「いやあ!はなしてぇ!」
「お嬢様!」
ピシッ…
そんなことを言った殺し屋弟が少女を引っ張り上げてきた。
「ミザリー!」
「よくあの中で当たらずにいられたものだな」
「ヤる?ヤっちゃう?」
「待て、こいつはなかなかの上玉だ。連れ帰って依頼主に高く売りつけよう」
「いやっ!はなしてっ!」
(ミザリーを失う…?それは…絶対に…許せない!)
依頼主に売りつける。そんな底辺な輩なんぞに愛する妹を渡すものか!
恐怖で動かなかった体に妹を思う気持ちが勝った。
「『凍れ!凍れ!我の望むままがに凍てつかせよ!《瞬間凍結》!』」
「なんだぁ!?」
パキキキキキ!
軽い音と共に、一気に周りが凍り始める。周りのもの何もかもを巻き込んでしまうと思われたその波動は僕の意思に沿って殺し屋兄弟の足元へ一直線に伸びていった。
「チッ!」
「うわっ!?とぉ!?」
瞬時に殺し屋兄弟の足元へ伸びていった凍結だったが、兄は威力をすぐに判断し、地面を蹴って避けた。兄が壁となり、判断が遅れた弟は回避の行動をしたものの、逃げ遅れた右足が足裏から膝にかけて凍てついた。
「凍った!凍っちまったよ!兄者!」
「その凍った足は魔法を解かない限り二度と戻らない。早くミザリーを解放するんだ」
「どうする!?兄者!」
「チッ。そのまま掴んどけ、逃すんじゃねぇぞ」
「っ、聞いてなかったのか!今すぐ!ミザリーを、解放するんだ!」
「どうやらこいつが大切みてえだなぁあ?」
こちらの指示を意に介していないようで、ミザリーを離そうとしない。それどころか、兄の表情がみるみると変わって…
「さて…こいつをいたぶったらどんな声で鳴くのかなぁ?」
「きさまぁ!離せと言ってるだろうがぁ!」
「はっ!やはりまだガキだな。沸点が低くすぎて笑える」
シュン!
「うぐっ!」
不愉快な発言をした兄へ向かって走って近づこうとしたら、無動作から投げられたナイフを足に受けてしまう。
「にいさま!にいさまぁ!」
「大したガキだ。人のために立ち向かえるなんざ、そうそういないぜ」
「にいさまぁ!しんじゃいやぁ!」
「さぁて、トドメだ」
兄の方が僕にゆっくりと近づいてくる。手には一振りのドス黒いナイフ。
一歩また一歩とこちらに近づいてくる。
コツン…コツン…という足音から意識が離れられない。
「さぁ、死ね」
「クリート様!」
ビュオン!ズバッ!
「チッ!また邪魔しやがって…」
「ゴフッ…!このお方…だけ…は…絶対に…死なせ…ない…!」
「リベネさん…!」
殺し屋兄が振りかぶった瞬間。瀕死のはずのリベネさんが僕の前へ飛び出してきて僕のことを庇った。
「…ったく!今日はイライラさせられる事ばっかだ!」
「にいさまぁ!リベネさぁん!しんじゃいやぁぁ!」
「うるせぇぞ!」
バシッ!
「きゃっ!」
「てめぇは黙ってそこで見てろ!」
「兄者…こんな幼い子にそれは酷すぎるって…」
「お前は容赦ってものを忘れろ!いざって時に後悔するぞ!」
叩いた…?あのミザリーを…?
「あ…ああ……あぁぁ゛あ゛あ゛っ!」
ピキッ…パキッ………パリン!
何かが壊れた。僕の中の大事な何かが。
ブワッ!
「なんだ!?殺気!?」
「あいつからだ!兄者!」
「ゆる…サない………よくモ…みンナヲ…」
「やばいよ!兄者!絶対やばいって!」
「ああ…こりゃあやばいもん相手にしちまったかもな…」
怒り、怨み、憎しみ、憎悪、嫌悪、軽蔑……殺意。心の中に黒い感情が渦巻いていく。
(ああ…そうか。さっきの音は僕の自制心が壊れた音だったんだ…)
自分でもわかる。感情が黒く、真っ黒に染め上げられていくのを。恐怖という感情ない分、ほかの感情が増長されてしまう。
(また…またあの状態になってしまうのかな…)
『また』───そう。それはたった2日前に起こったばかりのこと。
簡単に言えば、感情の暴走だ。【恐怖】という感情が《勇敢心》という祝福によって【勇気】へと変換された。【勇気】──それは強敵に立ち向かう力。だが、そんな力も過大すぎれば毒となる。
【恐怖】は【勇気】へと変わり、過大すぎる勇気は【使命感】へと変貌してしまう…
(あア…嫌だナぁ…)
「兄者ぁ!助けてくれよ!足が凍ってるから動けねぇんだよー!」
「お前の適正、炎だろ!溶かすぐらいしろよ!」
「そうか!俺、炎使えたんだった!『小さき火の精霊よ、その力を収束、顕現し我の力とせよ!《点火》!』」
殺し屋弟の手からライター程度の小さな火が現れる。
「そ〜っと…」
それを自身の凍った右足へとゆっくり近づけ、氷を溶かそうとする。
(ココはドコダロう…メノマエにイルノは………テキ!)
「ムだダヨ…そんナチイさな火ジャとけなイさ…溶かスナラ、コノクラいの炎デなキャ!《極炎球》!」
「おい嘘だろ…」
「兄者ぁ…俺もうダメかも…死んじゃうよぉ…」
──《極炎球》。その魔法はバスケットボール程度の大きさの火球を生み出す魔法。一見大きめの火球。だが、その実態は表面温度800度、内部温度1700度という超火力の化け物。生物ならば近づくだけで肌・喉が焼け、呼吸困難を引き起こし死に至る。
そのくらいの温度でないと《瞬間凍結》は溶けないのだ。骨の髄まで−273度、絶対零度以下にまで凍りついているのだ。
「あはハハは!お前ラなんカキエてなくなってシマエ!」
(ナニモカモ!キエてシマエ!!)
腕を後ろに振りかぶり、火球を放とうとしたその時…!
「にいさま!だめぇ────!」
「あ!おい!こいつ!」
ミザリーが殺し屋弟の驚いた隙をついて拘束を抜け出し、僕のもとへ走ってきた。
そして────飛びつく。
(ナンダ…?こノ…温モりハ……?)
「にいさま!もどってきて!いつものやさしいにいさまもどって!」
(ナンだ…?変ナかんジだ……このガキ…にいサマダァ?)
「ねぇ!にいさまぁ!こんなにいさま、みたくない!かえってきてよ!」
「ウルサイなァ…ドケェ!」
「きゃっ!」
狂った僕はミザリーを振り払って壁に投げつけてしまう。
「ハハは!サァ、貴様ラのジンセいのエンドロールとイコウカァ!!」
「終わった…」
「クソガッ!こんな場所でしねるかよ!」
ヒュン!ヒュン!
弟はもう諦めている中、兄の方はまだ死ぬ気はさらさらなさそうで反撃というように持っていたナイフを投擲してきた。
だが…
カンカンッ!
「嘘だろおい…」
「ナニカシタか?ハッ!残念ダッたナァ?」
まるで何かの障壁にぶつかるように軽い金属音を立ててナイフは弾かれた。
「さァ、サヨナラの時カンだ」
「にい…さま…!だめぇ!」
「マタこノガキ…!ドケ…!!ェ…!?」
諦めることなく再びミザリーが飛びついてきた。勢いがよく、少し体勢を崩されるが両足で踏ん張り、耐える。
「ガッ…!コの…!や…メロ!!」
「なんだなんだ!?」
「ど、どうなっていやがるんだ…!?」
「ア…!ガァァ!」
突如、狂ったクリートが苦しみだしたのだ。まるで何かに抗うように。苦しみ、叫ぶ。そして言葉を発する。
「そんナコト…!シルカぁ…!オレの…ジユウだロ…!イヤ…ダネ…!ヤットコッチにコラレたンだ…!ゼッタイにハナサない…!」
まるで対話をしているように。言い争っているように言葉を紡いでいる。
誰と言い争っているのか…それは殺し屋兄弟には分からないだろうが、他のみんなには分かっていた。
(今すぐに!身体を!返すんだ!)
「ゼッタイニ…!イヤだ…!」
そう、元のクリートが身体を取り戻そうと帰ってきたのだ。
自制心が砕け、狂ったクリート。だが、その実態は彼の内に潜んでいた別の人格だった。病弱なことによるいじめ、ストレス、苦しみ。前世から溜め込まれた黒い感情がこの人格を生み出してしまっていた。
今まで表に出てくるほどの力を持ってはいなかった。だが、今回の一件による【恐怖】という感情の隙間に埋め込まれた【勇気】という名の正に満ちた負の感情。それがもうひとりの彼を増長させ、現界させてしまった。
クリート───影野狩人は別人格が表に出ている時、眠っていた。深い…深い深い心の奥底で。もうひとりの人格がいたと思われる真っ黒な空間で。
(ここは……なんだか気持ちがいい…あったかい毛布に包まれて揺りかごに揺られているかのようだ…)
狩人は負の感情を気持ちがいいと思えるまでおかしくなっていた。長年にわたる病気の苦しみ、幾多にもわたる薬、点滴、手術。彼の心は知らずのうちに蝕まれていた。
(ああ…なんて心地の良い場所なんだ…もうここでずっと寝ていたい…)
狩人にはもうクリートとして記憶が抜け落ちていた。
暖かくて気持ちいい場所。病院生活だった彼からは想像もできないような心地よさ。それだけで彼の心の中はもう十分に満たされていた。
(もう…病院になんて戻らなくていいんだ…ここで一生、寝ていられるんだ…)
そう、完全に決めてしまっていた。
スヤスヤと眠る中。ふと、ひとりの声が聞こえてきた。
「狩人や。調子はどうかね?ワシが遊びにきたぞ」
(この声…おばあちゃん…?)
「そうかそうか!もう治ってきておるのじゃな。ほれ、今日も良いものを持ってきたぞ」
(懐かしいな…おばあちゃん……)
「ん?なに!?これはもう古いじゃと!流行ってると聞いて買ったんじゃがな…」
(ああ…こんなことあったなぁ。おばあちゃんが流行ってるって聞いて買ってきてくれたおもちゃ。まさか5年前に流行ったものを買ってくるなんてね。それを見たときはびっくりしたけど、嬉しかったな…)
狩人の中にある前世の記憶がだんだんと蘇ってきた。より鮮明に、より明確に、まるで実際に体験しているようかに感じるようになってきた。
「かっかっか!そうかそうか!それは良かった!もう夕暮れじゃの…ワシも離れるのは惜しいが、そろそろ帰らなきゃいけん。なぁにまた明日も来るで、泣かんでもよろし」
(確かこの後……だめ!おばあちゃん!帰っちゃダメぇ───!)
キキィ─────!ガシャン!
「うわああぁぁああぁ!」
(おばあちゃん……道路に飛び出た子供に慌てて避けた車に衝突して…亡くなったんだよね……)
「ひっぐ!ひぐ!おばあ゛ぢゃ゛ぁ゛ん゛!」
(この頃の僕はたったひとりの心の拠り所であるおばあちゃんを失くして散々泣き喚いたっけな…)
突如目の前に見えていた映像が消えた。それとともにだんだん涙がこみ上げてきた。
(おばあちゃん…会いたいよ…寂しいよ…)
目を閉じ、眠りながらも涙はこみ上げる。まぶたから漏れ出た一粒の涙が頬を伝って落下した。
「泣くんじゃないよ!男の子だろう!」
(おばあちゃん…?どこ…?)
「ほら!顔上げて涙拭いて!しっかりと前を見つめて進むんだよ!」
(あったかい声…心が安らぐ…)
「何回転んでも、何回倒れても、くじけるんじゃないよ!」
(ああ…そうだった。よく泣いている時にこの言葉を言ってたっけ)
「諦めずに進んで、くじけるもんかと足を前に出して、それでも、それでもじゃよ?どうしても進めないって、どうしても次に行けないって思ったら婆ちゃんのところにおいで。婆ちゃんの膝で思いっきり泣いて喚くといいさ。婆ちゃんが全部受け止めてあげる。だから、ね?今は前を向いて立ち向かうんじゃよ。お前は男の子なんだから、ただ頑張ればいいのさ。もしくじけそうになったら婆ちゃんの言葉を思い出して頑張るんじゃぞ」
(おばあちゃん……うん、そうだよね。こんなところで泣いてちゃダメだ。前に進まなきゃいけないんだ!)
眠っていた重たいまぶたを持ち上げ、瞳に光を取り込む。そして明日を見失わないように上を向く。急に光が舞い込んできた。
その光の中にはひとりの人物のシルエットが。
「おばあ…ちゃん…?」
「狩人や。もう立派な男になったの。そして頼れる人もできた。守るべき人もいる。そんな立派な男にはもう婆ちゃんはいらないね」
「おばあちゃん……うん!もうおばあちゃんには泣きつかない!自分でなんとかして、前に進むよ!」
「誇らしいのぅ…婆ちゃんはいつも狩人のこと、見守っておるよ……」
「ありがとう。おばあちゃん…」
明るい光は消えていき、おばあちゃんの影も微笑んで消え去っていった。
「おばあちゃんに教わった言葉、心に刻んで大事に生きていくよ…」
『ねぇ!にいさまぁ!こんなにいさま、みたくない!かえってきてよ!』
(ミザリー…!ミザリーが呼んでる!早く行かなくちゃ!)
『ウルサイなァ…ドケェ!』
『きゃっ!』
(やめろぉ!)
心に“決意”をみなぎらせ、クリートは今──舞い戻る!
おばあちゃん…自分も想像して書いてたらちょっと涙が溢れてきました。対して感動できるようなものじゃないのに…
誤字、脱字等報告していただけるとありがとうです……うっうっ…