表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒロイック・プリンセス  作者: 木端妖精
一章 妖精のお姫さま
5/31

第五話 求婚

本日二回目の更新です。

「不思議です……貴女とはもう二度と会う事がないだろうと思っていたのに、どうしてか、また会えるだろうとも思っていました」

「当然ね」


 妖精の隣に立って同じように並んだレイラが至極当然といわんばかりに……というか、実際にそう言った。


 前回の逢引は王子に目撃されて終わってしまったのだから、もう会えないだろうと思う方が自然なのに、レイラはこの再会を疑っていなかったようだ。

 また会えるよう動いていたから、当然といえば当然なのだが。


 レイラのやった事は単純だ。姉より優秀な妹を演じた、ただそれだけ。

 礼儀作法も魔法も勉強もしっかりとこなし、父と母の言う事をよく聞き、王子への好意――もちろん、嘘っぱちの――を会話の端々に出して期待感を煽った。


 努力の甲斐あって、次の夜会ではパーティーを抜け出す事など許さないと息巻いていた母は自分の発言も忘れて教育に専念した。

 それまで従順だったために今度は真面目にやると疑っていなかったのだろう、レイラはまんまとパーティーから抜け出す事に成功し、今、こうしてここに来れたのだった。


「私をこのお城のてっぺんに連れて行ってくださらない?」

「それは……はい、わかりました」


 唐突なお願いに「それはなぜ」と問おうとしたスターチスは、緑色の輝きに当てられて頷いてしまった。強い光をたたえたレイラの瞳。その目に見られると否とは言えない。

 そして返事をしてしまった以上、今さら駄目とも言えない。

 「こちらに」と先導して扉を開けたスターチスの後をレイラは堂々と追った。


 広い部屋に出る。そこはスターチスの部屋だ。

 ふわふわのカーペットに、大人が何人も寝転べるだろうベッドに、長方形の棚が一つ。ここにあるのはそれだけだった。驚くほど質素だが、彼女の身の上を考えれば変でもないだろう。座敷牢でないだけましだ。


 ぐるりと部屋の中を見回すレイラが気になるのだろう、ちらちらと振り返り気味に進むスターチスに、レイラは何も言わなかった。

 冷えた廊下を通り、螺旋階段を上り、一つの塔の頂点へ。

 王城のてっぺんは階段の頂上にあり、ガラスの無い小窓から世界を一望できた。

 石製の枠から空を見上げたレイラは、一つ頷くと窓枠に手をかけた。


「レイラ、危ないですよ!」


 窓から身を乗り出し、足をかけて立ち上がり、すかさず円錐状の尖った屋根の縁を掴んでするすると登る。滑り落ちるかもしれないなどという不安はない。

 屋根から生える針を旗ごと掴んで、「たしかにここが一番空に近い場所のようね」と、レイラは独り言ちた。

 ふわり、スターチスが宙を舞って昇ってくる。忙しなく動く半透明の羽が風を生む。

 妖精は空を飛べるのだ。それは人と妖精のハーフであるスターチスも同じようだった。


「さあ、私の手をとって、戻りましょう? 足を滑らせて落ちたりしたら、死んでしまうわ」

「妖精は空の一番高い場所で求婚すると聞くわ。私は空は飛べないから、できるだけ高いこの場所でそうさせてもらうわね」


 手を差し伸べるスターチスに、レイラは佇んだままそう告げた。

 告白。

 軟禁されて長いスターチスといえど、レイラの言葉の意味はわかった。


「スターチス。どうか私と、永遠の愛を」

「え……え、そ、そんな……」


 ぱたぱたと羽を動かしながら滞空するお姫様は、言葉は理解できても状況や感情を飲み込む事ができずに困惑した。

 だが、じっとレイラに見つめられると、何か答えなければという気持ちになって、慌てて口を開く。


 その時、冷たい風が吹いた。髪を押さえるスターチスに対し、レイラは動じない。布のはためく音の中で、まっすぐにスターチスを見つめている。


「……私、は」


 一拍置いた事で逸る気持ちを抑えられたスターチスは、申し訳なさそうに首を振った。


「私には、わかりません。……わからないわ」

「この手はとってもらえない?」

「ごめんなさい、レイラ。私、どうしたらいいかわからないのです」


 胸に手を押し当て、俯きがちになって離れて行くスターチスに、レイラもこの時ばかりは眉を八の字にして困った顔をした。

 けれどすぐに、いつものキリッとした強気な表情に戻る。


 振られてしまった。

 それは事実だが、同時に事実ではない。そう気づいたからこそ、レイラが嘆く事はない。


「なら、私が教えてあげる。私の胸の中にある炎を、分けてあげる」

「レイラ……」


 スターチスには恋や愛がわからないらしい。長年の軟禁が彼女の精神を幼子のままにしてしまってでもいるのだろうか。

 凍り付いた時のような知識ならば、情熱の炎で溶かしてしまえば良い。

 燃えるような恋を。消えない愛を。


「ご、ごめんなさい……」

「スターチス……」


 もう一度差し伸べた手をお姫様がとる事はなかった。

 ただ、申し訳なさそうに表情を暗くさせて、レイラの顔を見ないように目を逸らしていた。


「嫌ではないの。でも、でも、私は自分の心がわからないの」

「それは普通の事よ。誰にとっても、当たり前の事。今はまだわからなくても、いずれは」

「……それでいいの?」

「いいのよ。私がそう言ってるの」


 レイラにそう断言されてしまうと、スターチスの胸にあった戸惑いや不安と重苦しさは、スプーンですくい出されたみたいに綺麗になくなってしまった。


「私、貴女の気持ちにこたえたい」

「どのように?」


 片方の手を腰に当て、その眼差しを妖精へと注ぐレイラに、彼女は「少し、待っていてください」と言って、淡い光を纏った。そのままレイラの回りをぐるりと一周すると、光がレイラにも纏わって、ふわりと体が浮かび上がった。一瞬お腹の中が浮く感覚を想起して眉を寄せたものの、思っていたような嫌な感覚は襲ってこなかったので、眉は元通りの位置に。


 自分の意思に関係なく宙を浮かされても、レイラの表情はほとんど変わらない。

 されるがまま窓から屋内に体を戻されて床に足をつけたレイラは、空を飛ぶなどなんてことないように歩き出してスターチスを追った。

 どうやら初めての飛行でも彼女の心を乱すには至らなかったようだ。


「ここで、待っていてくださいね」

「ええ、わかったわ」


 タタッと上品な小走りでスターチスが部屋から出ていくのを見送ったレイラは、言われた通りその場で待機した。


 すん、と自然に鼻が動く。

 微かに甘い香りがする。自分の部屋とは違う匂い。

 これは、きっと恋の匂いね。

 そこにある素敵な香りにレイラは口角を吊り上げ、ややワイルドな笑みを浮かべた。

 貴族の令嬢として厳しくしつけられても、この野性味あふれる男性的な笑い方は直らなかったみたいだ。


「お待たせしました」


 なんてやっているうちに、大きな剣を持ったスターチスが戻って来た。

 磨き抜かれた銀の刀身は肉厚で、横幅は二十センチもありそうだ。それに対して持ち手は短く、大人の手なら片手でしか掴めない事だろう。スターチスくらい小さな手ならば両手でしっかりと持つ事ができる……のだが、おかしいのは、どう見積もっても数十キロは下らないだろう剣を彼女が軽々運んできたことだ。


「……それは、何かしら」


 レイラにしては率直な問いかけに、スターチスは刀身の陰から顔を覗かせて悪戯っぽく微笑んだ。


「これは妖精と精霊がうみだした大剣……妖精霊剣ジュラティオ」

「舌を噛みそうな名前ね……」


 持ち手と刀身の間に存在する厚い(つか)に嵌まった真っ赤な宝石を眺めながら呟いたレイラは、口の中でぺろっと舌を回した。


 妖精霊剣。

 妖精と、精霊の合作……。


 妖精といえば御伽話の存在だが、精霊は意外と身近な存在だ。

 人の営みには必ずといっていいほど魔法がついて回る。そして魔法とは、精霊の力である。

 しかし形を持つほどの精霊が人と接触する事は稀で、その点は妖精と同じだと言えるだろう。


 人の世に下りる事は稀な妖精と姿を見せるのは稀な精霊だが、この二者の友好は厚い。

 魔力の塊であると言われる精霊と自然の塊だと伝えられている妖精の親和性は抜群に高いのが原因だと推測されているのだが、実際はどうなのか、誰も知らない。


「古い本に登場した勇者が持っていたのは精霊剣だったわね」


 思い出すのは読み漁った英雄譚やら自伝やら歴史書やら絵本の事。

 たいてい勇者は精霊か妖精に出会い、剣や力を貰い、それで様々な活躍をして名を残すのだ。


「これは、お母様がここへ来るときに、大いなるターニア様から贈られた大切なもの」


 これを貴女に差し上げます。

 そう言われて、レイラは疑問を挟まずに頷いた。貰えるものは貰っておけの精神だ。

 といっても感じるところがない訳ではない。それ程大事なものを今くれるのはなぜか、と、口には出さずに考えた。

 ……きっと、これが『貴女の気持ちにこたえたい』という言葉の意味そのものなのだろう。


 実際その通りで、スターチスはレイラの真剣な気持ちに真っ向から応えるため、母の忘れ形見とも言えるこの剣を宝物庫から持ち出してきた。

 対外的な所有者はこの国の王ヒッダのものだが、この剣の持ち主は実質スターチスだ。なので誰の許可も得ず譲ってしまう行為に問題はない。いや、王にしてみれば大有りだろうが、この場では関係ないのだ。


 剣を横倒しに持ったスターチスが息を吸って、吐いた。少し空気が震えている。どうしてか緊張しているようだ。手を差し出したまま、レイラは彼女が落ち着くのを待った。

 やがて数度まばたきをした彼女は、レイラの目を見てこう告げた。


「この剣とともに、この歌を貴女に捧げます」

「ええ……聞かせてちょうだい」


 再度深呼吸をしたスターチスは、次には静かに歌い出した。

 口から吸って、鼻から抜けるような軽快な、それでいて厳かな曲。

 妖精の無邪気なイメージとは少し離れたこの歌を、レイラはなんとなく「精霊の曲かな」と感じた。


「……。」


 繰り返して二度、小さく体を揺らして歌い切ったスターチスは、やや頬を赤く染めてふぅと息を吐き出した。

 一瞬剣が光を発する。それは魔力の波動そのもの。自分の体を突き抜けていく透明な感覚にも、やはりレイラは動じなかった。


「これでこの剣の所有権は貴女に移りました。人である貴女にも妖精が扱う時と同じように使えるようになったでしょう」

「そう。お礼を言うわ。素敵な曲をありがとう。剣もね」


 想い人の生歌などという激レアなモノは、正直剣より価値がある。たとえこの剣が国宝級という言葉では収まらないほどの価値があっても、今のレイラにとってはそうなのだ。


 彼女の声と曲を記憶野に刻み込んだ事で、レイラは"誓いのハミング"を覚えた。

 それから、差し出していた手で剣を受け取れば、驚く事に小柄なレイラでも片手で持ててしまった!

 十数キロはありそうなのに、まるでペーパーナイフでも持っているようだ。

 前世……記憶の中の別の世界にあった、空気を入れたビニル製の剣を思い浮かべてなんとなくがっかりしたレイラは、なんの気なしに剣を振った。


 ブオン!


 空気を薙ぐ重い音とともに半円を描いた刀身が床を斬りつけ、レイラの手に強い衝撃が伝わってきた。

 さすがにこれには驚いて思わず剣を放り出してしまいそうになり、強く柄を握った。


「あっ……」

「あら、ごめんなさい。傷ができてしまったわね」

「あ、いえ、構いません。……その剣は、私達妖精か貴女なら軽々と持てる魔法がかかってるんです」

「他の人間には持てないのかしら」

「いいえ。持つ人が軽く感じるようになるだけの魔法なので、触るだけなら誰にでもできます」


 でも。

 スターチスは、続けて説明した。


「見た目よりずっと重いその武器を持てる人間がいるとは思いません。王も、騎士の方も、持てませんでしたから」

「へぇ、そうなの」


 剣を持ち上げてみて、刀身に映る自分の顔にレイラは満足して頷いた。

 素晴らしい物だ。しかも、(つか)に嵌まる宝石には底知れない魔力が秘められているのを感じる事が出来た。きっと何かしらの魔法が秘められているのだろう。今彼女が言った使用者が剣を軽く感じるようになるという魔法以外の何かが。


「私からできるのは、これくらい……。さあ、レイラ。そろそろ戻らないと、パーティーが終わってしまいますよ」

「とても嬉しいわ、スターチス。ええ、そうね……流石に、お母様がカンカンになっていそうだわ」

「まあ、それは大変! 急いで戻らなくちゃ」


 話しながら、レイラは大剣を背と髪の合間に差し込んだ。

 かつての記憶の中ではこういった武器は、こうするのがセオリーだったからだ。

 しかし背負ったまでは良いものの、革やら何やらの留め具が無いので手を離せば落ちてしまいそうだ。

 ならばそこは魔力で代用。背中に魔力を薄く張り、刀身に吸着させる事で留め具なしでも背負う事ができた。


「あの……」


 ……そこで、スターチスから、この剣は所有者の意思一つで指輪にしたり大剣に戻したりできる事を知り、渋々指輪に変えて右手の中指に嵌めた。

 せっかくのスターチスからの贈り物だ、剣の(本当の)姿のまま持っていたいところだが、背負ったまま会場に戻れば騒ぎになるし、最悪盗人の烙印(らくいん)を押されてしまうだろう。これは仕方のない処置なのだと自分を納得させて、ルビーの嵌まった指輪を一瞥した。右手の中指。きらりと輝く宝石はまるで意志を持っているかのようだった。


「さて、ではこれは私からのお返しよ」


 指輪に触れて具合を確かめたレイラは、スターチスに向き直ると、自らの頭に手をやってティアラを外し、それを彼女の頭に乗せてあげた。

 装飾が少なくともその雰囲気と容姿から十分お姫様らしかったスターチスだが、その魅力はティアラによって何十倍にも引き上げられ、ますます姫らしくなった。似非お姫様のレイラにも引けを取らない美しさ。自分の素晴らしい発想に、レイラは秘かに興奮した。


「あの、あり、ありがとうっ」

「どういたしまして。じゃあ、私は行くわね」

「うん!」


 思いがけない贈り物に驚いたのだろう、上擦った声を出したスターチスは、さわさわと壊れ物でも扱うかのような手つきでティアラを弄り始めた。

 レイラがスターチスを綺麗だと感じたように、スターチスもレイラを可憐だと感じていた。

 妖精にさえ通用する幼い美貌の一欠けらを渡されて、戸惑い半分嬉しさ半分といったところだろうか?

 一人きりの生活に突如として乱入してきたこの女の子との繫がり自分の頭にある。

 まるで母に撫でられているかのように、頭が暖かくなった。


 レイラが帰る気配を見せると、スターチスはこくりと頷いた。幼さの増したその姿こそ、きっと彼女の素なのだろう。


「レイラ!」


 彼女に背を向け、テラスへ出るために窓に手をかけたレイラに声がかかった。

 振り返れば、スターチスは胸に両手を押し当て、片足を踏み出して不安げな顔をしていた。

 呼び止めたは良いものの続きの言葉が見つからない。そんな表情。


「何かしら」


 だからレイラは足を止めて、次の言葉を待ってあげる事にした。


「……また会える?」


 揺れる瞳がうっすらと濡れる。

 彼女の心が動いている証拠を目の当たりにしたレイラは、くすくすと上品に笑って、それから「ええ」と頷いた。


「必ず、また会いに来るわ」

「本当? 約束よ?」

「なくても来るわ。愛しい貴女の下へ……次は、貴女に相応しい女になって、ね」

「ふさわしい……?」


 言葉の意味が解らないのか、小首を傾げる彼女に、レイラは口の端を吊り上げる事で返事とした。


 色々考えてみて、レイラは今のままの自分ではどうやったってスターチスと結婚するなどできっこないと判断した。

 ――そもそも同性での婚姻など不可能である、などという常識は最初から勘定に無い。

 どんな問題も吹き飛ばせるくらい確固とした己となって、また会いに来る。その思いを込めて片手を上げれば、スターチスはおずおずと真似をして手を上げた。




 会場に戻れば、やはり母はカンカンになって待ち構えていた。

 衆目の中で叱りつける訳にはいかないのでなんとか堪えていた母だったが、娘の頭にあったはずの高価なティアラ――ディザスター家の財の三分の一を注ぎ込んで作らせた特注品――が無い事に気付いて問い詰めたところ、「失くした」とあっさり言われて卒倒した。

 父は涙目になっていた。

TIPS

・妖精霊剣ジュラティオ

妖精の楽園を統べる大いなるターニアが、人に惹かれ愛を誓った妖精へと手向けた剣。

炎精霊の宝玉は温度自在の炎を生み出す。


・誓いのハミング

いにしえの民が妖精や精霊と約束ごとをする際にみんなで口ずさんだ歌。


・スターチス

おめでとう、スターチスの好感度はMAX LVに達した!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ