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ヒロイック・プリンセス  作者: 木端妖精
一章 妖精のお姫さま
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第一話 夢の中

ちょっとスレた少女(9)が付き人(8)と一緒にオラオラと我が道を突き進むお話です。

7話まで家とお城の往復。8話から旅が始まります。

 冷たい光が薄ぼんやりと浮かんでいた。子供の頭ほどの大きさのそれは、しかし柔らかな光と相まって暖かくもあった。


 静寂が満ちる廊下。年季の入った石造りの一本道は所々にひび割れがあり、壁際には倒れた机や、砕けた花瓶が破片を散らばらせていた。床に敷かれたかつては真紅だっただろうカーペットは、今は土や泥で見る影も無いほどに汚れ、あちらこちらが虫に食われたように破れている。


 その中を、()()()()と小さな足音が行く。

 不安定に揺れるような足音。それは、調子が悪くて覚束ないとかではなく、まだ二本の足で歩き出して間もない風に感じさせた。


 不思議に浮かぶ光の(もと)に、暗い影の中から少女が歩み出てくる。肩甲骨まで伸びる癖の強い金髪に、ピンク色のふわふわとしたドレス。純白の手袋が白く細い手を覆う。年は三つか四つほどの幼い少女だった。片方の手を胸に当て、もう片方は弱々しく壁に添えられている。いつもは曇りのない宝石のような翡翠色の瞳は、今は不安に揺れていた。胸元の大きなルビーのブローチと銀細工のティアラにはめ込まれた丸いサファイアが、壁から外れ掛かっている蝋台の微かな火を映していた。


 少女は上の光を見つけると、眩しそうに目を細めた。どこか安心したように縮こめていた体を揺らし、光を求めて歩き出した。不安や恐れから逃れるための動き。

 少女の歩みは遅いが、確実に光に近付いて行く。時折倒れている机を避けたり破片を踏んづけないように慎重に歩を進めて、ようやっと光の前まで来た。顔の前に手をかざした少女は、反対の手を光へと伸ばす。少女にはその光がなんなのかはわからなかったが、球体の白さの中に触れれば全てを包み込んでくれそうな暖かさを見つけていた。


 その時だった。


 廊下の奥、闇の向こうから足音が聞こえてきた。少女のものとは違い、重く大きな音が断続的に響く。はっと息をのんで口元に手を当てた少女は、身を竦ませてそこから動けなくなってしまった。闇が蠢き、今にも何か恐ろしいモノが出てきそうな、そんな得体の知れない恐怖にただただ目を見開くばかりだった。


 足音が近付く。一定の間隔で何者かとの距離が詰まっていく。少女には、自分よりも重さを感じさせるその音が、まるで地面を大きく揺らしているように感じられていた。

 やがて、影の中から何かが現れた。影を払う光によって徐々にその姿が露わになると、少女は、押さえた手の内に緩く息を吐いた。人だ。……見知らぬ男だった。

 珍しい黒髪に、彫りの浅い顔。浮かぶ表情は、困惑。だが少女の姿を認めると一瞬目を大きく開いて、次には安心したように細く息を吐いた。彼も少女と同じく怖々と道を歩んでいたらしい。同じ境遇の者を見つけて安心したようだ。


 闇に溶け込むような黒いベスト。同色の長ズボン。胸元には灰色のネクタイ。その両脇に覗く白い布。少女にとって男の格好は未知なる物だったが、どうしてか気を抜いてしまっていた。常ならば顔を知らない誰かの前に立てば強張ってしまう体も、一人部屋にこもって遊んでいる時のような自然体だ。それはどうやら男の方も同じようで、彼のどこにも気を張った様子は無かった。


 少女にはなぜ自分がそうなっているのかがわからなかった。ただ、目の前の男性が自分に危害を加えるような存在ではないと確信していた。逆に、もう少し歩み寄って行きたくなるような気持ちも抱いていた。それはまるで十年来の友人に対するような……いや、もっと近い、親密な召し使いにでも会っているかのようだった。


 どれ程の時間が過ぎた頃か、男を見上げていた少女は、ふと自分がよくわからない場所にいる事を思い出して不安になった。夢の中をさ迷うようにただ一人薄暗い中を歩いて来たが、心細さを我慢するのは流石にもう、限界だった。

 誰かに……目の前の男性に包み込んで欲しくて一歩踏み出そうとした時、不意に光の球体が視界から消えた。意識の外にあった物の急な動きに少女は小さな悲鳴をあげた。反射的に後ろへ出した足が何かを蹴ってしまって、引っ張られるように倒れそうになる体を懸命に動かしてバランスをとった少女は、男が天井へと顔を向けているのを見て、釣られて上を見上げた。天井付近にやや小さくなった光の球体がふよふよと浮かんでいる。和らいだ光に、そこでようやく光を見つめてもあまり眩しくない事に気が付く。それでも思い込みか、少女はしょぼつく目を擦った。


 光は揺らめき、蛇行しながら廊下の奥へと飛んで行ってしまう。あっと声があがった。水の中で発したようなこもった声だった。暖かい光がどこかに行こうとしている……。少女の胸に一抹の不安がよぎった。

 あの光が消えて闇が戻れば、目の前の男性もどこかに消えてしまうかもしれない。そう考えると不安で仕方なかった。それにもう暗いのは嫌だ。

 慌てて後を追おうとして瓦礫に躓きそうになり、しかし、自分の体の半分もある岩に両手をついてなんとか乗り越える事に成功する。埃に汚れたドレスを気にせず慎重に歩を進め、誘うように明滅する光を追った。

 優しい目で少女の動きを追っていた男も、彼女が光を見上げたまま横まで来ると、歩幅を合わせて歩き出した。二人に言葉は無い。先を照らす光を追ってどこまでも続く廊下を歩いた。


 時計も無く窓も無い廊下では時間がわからない。二人を導くように先を行く光を追い続けて、しばらく。

 どこからか優しい音が流れてきた。幻想的なハープの音色。遠くから聞こえるそれは、胸に染み込むような温かさを持って二人に届いた。少女が男を見上げると、男もまた少女を見下ろしていた。(まじ)わる視線に、どちらからともなく再び歩き出す。足は自然と音の方へ向かっていた。


 ゆったりと流れ、かと思えば速く、しかし流れるように緩やかに。徐々に大きくなる音に自然と足も速まる。行く先の影の中に右へ行ける道があった。光は、迷わずそちらに入って行く。これでもう何度曲がったか。数えきれないほど曲がり、そして歩いた。不思議と疲れは無いのが、少女にとって救いだった。


 二人が後を追って曲がると、そこは今までの場所とは違い、どこもかしこも手入れが行き届いていた。真紅のカーペットに埃は無く、石壁に汚れは無い。左右に三つずつ掛けられた蝋台が強い灯りを放っていた。木製の台の上の壺は磨き抜かれていて、一片の曇りも無い。


 一番奥に大きな扉がある。

 茶色い、両開きの扉。金に(ふち)どられ、細かい装飾が嫌味にならないくらいに施されている。

 光は、扉の前でくるりと回って見せると、淡く弾けて消えてしまった。ぱあっと散った光の粉がふわふわと地面に落ち、まるで雪のように溶けて消える。


 生き物染みた動きに少女が呆けていると、男は意を決したように頷いて大股で扉へと近づいて行った。慌てて少女も後を追う。明るいとはいえ、こんな所に置いて行かれるのはごめんだった。

 扉越しにはっきりと音が聞こえてくる。ハープの音色の出所はここで間違いない。左右一対の銀のノブを両方とも掴んだ男が、少女に目配せしてから勢い良く開け放った。


 乳白色の光が溢れ出す――。


 目を細めてしまう眩しい白さ。男の傍らで目を糸のように細めながらも、少女は部屋の中を見つめた。そうしていてこの眩しさは光が溢れているからではないと気が付いた。

 感嘆の息が漏れる。部屋の中は、一面が雪景色のように真っ白だった。明かりも無いのに壁中が優しい光を反射していた。


 部屋の中心に大きな椅子が一つ。部屋の色と同じ白色の柔らかそうな椅子に溶け込むように、真っ白な着物を着た、これまた白い少女が腰かけていた。年は七か八か、やや伏せられた顔は細く、合わさるまつ毛は長い。目を閉じ、一心に抱えたハープを弾く姿は幼いの一言では表わせられない不思議な印象を与えた。頬に掛かる長い白髪が腕の動きにあわせて揺れている。


 男と少女が二人揃って呆けていると、弦に指を躍らせていた手が止まり、そっと傍らの丸テーブルに伸ばされた。この少女の為だけに用意されているような小さなテーブル。その上に細長いグラスがあり、中には白から黒まで沢山の色を持つ柔らかそうな、(たわら)型の何かが詰め込まれていた。甘そう……。漠然と少女は感じた。


 そんな甘そうなものの内のひとつをひょいとつまんで口に運ぼうとした少女が、その途中で男達の方へ目を向けた。なんの気なしと言った様子だったが、男と少女の姿を認めると目を丸めて固まった。肩から滑り落ちた髪がさらりと垂れる。


 お互いが何も言わずに見つめ合う。

 やがて白い少女は、そろそろと指に摘まんでいた物をグラスに落とし、椅子の中へ体を戻した。立派な玉座のような巨大な椅子の中にその小さな体が埋まってしまうと、半分も姿が見えなくなる。ややあって、再び少女が顔を覗かせた。病的に白い肌には朱が差していた。


 椅子がゆっくりと滑るような動きで少女達の方を向く。白い少女は、頬を染めたまま膝の上に手を置いていた。片腕に抱えたハープが彼女との対比で大きく見える。

 糸のように細い前髪の合間に金の瞳が覗く。そこだけ色鮮やかに輝いていた。それが、強く心に刻み込まれる。

 まっすぐ見つめられて、二人は思い出したように歩を進めた。


「こんにちは」


 挨拶の言葉が、はっきりと届く。

 水の中にこもるような二人の声とは違う涼やかな声。

 男が何かを言おうとして、しかし何も言えず、ただ会釈をするに留めた。男の動きに少女も慌てて真似をして頭を下げる。挨拶を返そうと口を開くと、出てきたのは音にならない何かだった。戸惑いに頭を上げ、男を見る。男は、神妙な顔つきで白い少女を見つめていた。


「突然の事で、大変戸惑っていると思います」


 ゆっくりと言葉が紡がれる。二人は、揃って頷いた。よく似た動きだった。くすりと漏れた笑いを隠すように白い少女が口元に手を当てると、振袖のように長く垂れた袖がずり落ちて、細い腕が露わになった。


「しかし、ご説明しても、きっと理解はできないことでしょう」


 慈愛に満ちた眼差しで二人を見回した少女は、なので短く、少しだけお話しします、と言った。

 反論の言葉は無かった。まるで死人のような着物の襟元を正した少女だけが口を開く。


「あなた達は、これからひとつになります。……怖がることはありません」


 ひとつに?

 理解できない言葉に少女が首を傾げると、傍らに立つ男が顎で先を促した。意味は理解できなくても、聞く以外に選択肢が無い事を男はわかっていた。


「元々、あなた達はひとつだったのです。それがこれから、元に戻るだけ……」


 元に戻れば、あなた……、と指を向けられて少女は身を跳ねさせた。あなたの命が助かります、と言葉が続く。


「覚えていませんか? あなたは今、病に伏しているのです。原因は、あなた方がふたつに別れていること」


 言われて少女は思い出した。確かにこの場所に来る前、自分は酷く苦しんでいたような気がする。体の芯に走る痛みを錯覚して首を竦め、体を丸める。あんなに苦しいのはもう嫌だと少女は思った。滲み出した涙がつうっと頬を伝う。

 その様子を見ていた男は、自分はどうなるのかと聞こうとしていたのをやめ、白い少女に目を向けた。やるならやってくれ、と表情が語っていた。男もまた、自分が病に倒れ、そのまま命を落とした事を思い出したのだ。

 少女は首を傾げて、しかし何も言わずハープを一撫でする。ポロロンと優しげな音が響いた。


「ならば、目を閉じて……この調べで、ひとつに」


 男が目を閉じ、促された少女も同じように目を閉じる。一呼吸の間を置いてハープが奏でられ始めた。静かな旋律が、まるで空気中に溶かそうとするかのように二人を包む。

 変化はすぐに訪れた。男の輪郭がぼやけ、少女の体に淡い光が纏わる。やがて二人は、どちらからともなく向き合って歩み合い、そのままひとつになった。音楽が止まれば、残っているのは金髪の少女が一人。男の姿はどこにもなくなっていた。


「…………」


 ぼうっと虚空を見上げる少女に、再度ハープを一撫でして口元に笑みを浮かべた白い少女は、さあ、もうひとつ、と静かに呟いた。

 人差し指で弦を弾き、空気を震わせる。流れるように手を躍らせた。


「これからのあなたには、きっと多くの困難があるでしょう」


 最初とも先程のものとも違う、どこか陽気な音色。音の先に沢山の息づく者達を垣間見ているかのような曲。一分も無い短い曲を弾き終えると、白い少女は、少女がこれを忘れないよう、もう一度同じ曲を弾いた。


「…………。覚えていてください。この曲は、わたしからの贈り物。あなたの物語に幸せが多くある事を願います」


 口を半開きにしたまま、くいと少女が顔を上げる。声はもう、遠くの方に途切れて消えた。辺りは白色にぼやけて、やがて少女は波に(さら)われるように意識を手放した。


 ――また会う日まで、良い目覚めを。


 こもった声が、意識の外に流れて行った。

TIPS

・過去の幼女と未来の幼女が一つに

あからさまなパワーアップ要素。

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