G 爵位と階級について
G 爵位と階級について
――貴族なら、何でも自由に出来ると思ってたんだけど。
最後の晩餐に描かれているような横長のダイニングテーブルに並んで座り、サーラとヤヨイは夕食を共にしている。テーブルには、ジャン・バルジャンが司教から手渡されたような二台の銀の燭台があり、そのあいだには羊の燻製の塊が置かれている。二人が座る二脚の他にも、まだ十脚以上の椅子が並んでいるので、空席が目立つ。
――何だか、牧場で乳絞り体験したあとに、牛丼屋さんへ連れていかれたような気分。昼間にシェパードらしきワンちゃんに追いかけられてた子では無いだろうけど、何となく食欲が削げる。
ヤヨイは、皿に載せられた一枚の燻製をナイフで一口大に切り、フォークで刺して口に運ぼうとするが、途中で躊躇し、口を付けずに手を下ろす。その様子を見たサーラは、ナイフとフォークを皿の上に置き、気遣わしげにヤヨイへ声を掛ける。
「どうした、ヤヨイ。マトンは苦手か。口に合わないのなら、別の物を用意させるが」
「いいえ、何でもないの。お話を続けて」
ヤヨイは、努めて明るく答え、サーラに説明の続きを促す。サーラは、どこか腑に落ちない表情をしながらも、軽く咳払いをして話を続ける。
「コホン。公爵は十代継承で、王室のみに与えられる。国内総人口の一パーセントに満たない。伯爵は三代まで有効で、学者や易者など頭脳労働階級に与えられる。総人口の十六パーセント程度。男爵は一代限り有効で、騎士、医師、鍛冶など技能労働階級に与えられる。総人口の約三十四パーセント。ここまでが貴族で、公名を持つのは爵位ある証だ。さて、ヤヨイ。初歩的な算術だが、百から一と十六と三十四を引くと、残りはいくつだ」
そう言うとサーラは、一口大に切った燻製を口に運ぶ。ヤヨイは、付け合せの粉吹き芋を咀嚼しながら、中空を見て暗算する。
――えっと、十七に三十四を足すと五十一だから。
「四十九、よね」
「その通り。国民の半数近くは爵位を持たない一般町人や村民であり、我々は市民との総称している。階級は、肉体労働階級に属する」
――四段ピラミッドの一番下ね。
「爵位については、それくらいだが、まだ他に疑問はあるか」
ナイフで燻製を切りながら、サーラはヤヨイに問いかける。ヤヨイは、ナイフとフォークを動かす手を止め、ためらいがちに訊ねる。
「応接間から客室に戻る途中に、グレイというかたに会ったの」
ヤヨイの口から、グレイ、という単語を聞いた途端、サーラは眉間に皺を寄せ、皿の上にナイフとフォークを置き、こめかみに片手を当てながら冷たい声で言う。
「王子なのに男の許婚が居て良いのか、という疑問かな」
――あっ、しまった。これは、タブーに触れちゃったのかな。
「ごめんなさい。聞かなかったことにしてください」
ヤヨイは、椅子からサーラがいるほうに降り立つと、深々と頭を下げて謝りながら言った。サーラは片手を横に動かしてヤヨイに着席を促すと、溜め息をこぼし、やれやれといった口調で話し出す。
「座りなさい。今からいうことは他言無用だ。いいな」
サーラは、ヤヨイの顔を見ながら念を押すように言う。ヤヨイは、緊張した面持ちで、大きく一度、首肯する。サーラは、重々しい口調で言葉を選びながら話す。
「資産や名誉目的で不逞な輩が寄ってこないよう、許嫁がいるとだけ公表してるにすぎない。お互いに、端から結婚する気はないんだ。私が女で、許嫁がグレイだとは、一部の貴族しか知らないことだ。仮にグレイが社交場で酔いに任せて口を滑らせたとしても、あの性格だから誰も信用しない。私が公務で外出する際には、その場での発言は、すべてフィアを通して行なっている。だから、何も支障は無い。説明は以上だ」
「待って。グレイは、それで良いと思ってるかもしれないけど、サーラは、それで良いの」
ヤヨイは、悲哀に満ちた顔でサーラに訴える。サーラは、どこか諦めたような表情で静かに言う。
「それが、公爵たるエンリ家に生まれた私に与えられた使命だから。高貴なる一族は、その厚遇を甘んじて受け入れ、それに伴う責務を果たさねばならない。悪いが、この話は、これで切り上げさせてもらう」
――そんな。王子さまなのに恋心一つままならないなんて、不自由極まりないじゃない。