D エンリ公国の国勢
D エンリ公国の国勢
「遥か東の果てには、そんな国があるのだな」
サーラが、腕を組んで大きく頷きながら言った。ヤヨイは、胸の高さで指を広げた両手を左右に小刻みに振りながら謙遜する。
「それほど、感心するほどの国ではないわ」
「いや。人口が一億三千万人を有するとは、立派な大国じゃないか。ここは、一万三千人あまりだ」
――人口が多ければ多いほど良いってものじゃないわよ。
ヤヨイは、サーラが感心している隙に、煉瓦の壁に開けられた小窓から距離を置こうと後ずさりし始めた。しかし、すぐにヤヨイの動きに気付いたサーラに、背中に手を置かれて止められてしまう。
「私がついてるから、もっと小窓に寄って、遠くまでよく見てごらん。ほら、向こうで羊たちが、犬に追い駆けられてる」
サーラは、遥か先を指差しながらヤヨイに声を掛ける。サーラは、及び腰でおっかなびっくりに小窓に近付き、指差す方向を見る。
――うぅ。この尖塔、下から見上げただけでもビルの五階ぐらいの高さがあったのに。おまけに三方を森に囲まれた台地に立ってるから、見晴らしが良すぎる。町や村、それから、その向こうにある海を眺めるには絶好の場所だけど、風が強いから不安になる。この国には、板ガラスが無いのかなぁ。出来ることなら、サッシの付いた強化ガラスをはめるべきよ。
*
「ここは、議事場。今は会議をしていないから誰も居ないが、この通り、中は半円形にすり鉢状の階段になっている。この国は二つの議会による協議政で、こっちで行うのは貴族議会。反対側にも同じような部屋が鏡合わせにあって、そっちでは市民議会を行なっている」
サーラとヤヨイは、半円の中心点に向かって歩いている。先に進むサーラを、ヤヨイが半歩後ろからついて行くかたちだ。
――参議院と衆議院みたいなものか。
「そして、万が一意見が割れた場合は、国王が判決することになっている。ただ、私の両親である王と王妃は、ただいま隣国へ公務で渡航しているから、有事があった場合には、私が決断することになる」
一番下まで降りると、サーラは振り返って雛壇を見渡す。ヤヨイも、ひと足遅れてサーラに倣う。
「責任重大ね」
「私も、もう十六歳になった訳だから、一人前に責任を取る義務がある」
――んっ。いま、何て言った。
「サーラ。あなた、成人してるんじゃなかったの」
ヤヨイの疑問に対し、サーラは一瞬、虚を突かれたようにキョトンとする。そして、すぐに合点して説明をする。
「当たり前すぎて、説明不足だったかな。この国の成人年齢は、十五歳。ついでに言うと、だいたい三十代後半になると大病を患いやすくなり、五十歳以上は稀な存在だ」
――きっと、乳幼児の死亡率も高いわね。農業が全産業の四割、工業が同じく二割を占める発展途上国じゃ、医療サービスには期待できないか。