C 第一王子は訳あり
C 第一王子は訳あり
――眉目秀麗、という言葉が霞むくらいの端正な顔で見つめられては、まともに視線を合わせられるはずがない。
「助けていただいて、ありがとうございました」
ヤヨイがベッドから降りようとすると、王子はそれを片手で制しながら言う。
「どうか、そのままで。私は、当然のことをしたまでだよ。それに、礼ならヨハナに言ってくれ。最初に見つけたのは、彼女だから。――さて。フィアから聞いているだろうが、私はサーラという。爵位は公爵で、公名はエンリだが、気安くサーラと呼んでくれて構わない」
サーラは、爽やかな笑顔を向けながら言った。ヤヨイは、緊張した面持ちで鯱張りながら、おずおずと言う。
「私は、ヤヨイです。苗字は、櫻井」
「そんなに緊張しなくて良い。敬語も無しだ。私はフランクに話したいんだよ、ヤヨイ」
――いくら何でも、一国の王子にタメ口を聞く度胸は無いわ。それに、距離が近すぎる。こういうのって、謁見の間みたいなところに通されて、跪かなきゃいけないものじゃないの。
ヤヨイは、両手で布団の端を握って身を硬くする。すると、サーラはベッドサイドに腰掛け、語勢を緩めて言う。
「恐がってるようだから、素性を明かしたほうが良いかな。気になってることがあるなら、遠慮せずに言ってごらん。包み隠さず答えるよ」
――これは、何か言わなきゃ駄目よね。たしかに訊きたいことはあるけど、これは訊いちゃって良いのかなぁ。
「サーラは、その、女の子よね」
視線を上下に走らせ、ヤヨイがサーラの全身を見ながら慎重に言った。すると、サーラは快活に笑いながら言う。
「ハハハ。いきなり核心を突いてきたね。その通り。王子の身なりをしているが、中身は女だ。現国王である私の父が、第一子を王位継承者とすると宣言してしまったし、私も成人してるし、父も四十歳間近と高齢だからね。今年の暮れには、譲位式が執り行われる予定になっている」
――そんな大事なこと、あっさり言ってしまって良いものなのかな。よく知らないけど、そういう情報は、国家機密なんじゃ。
「今の話、私が聞いても大丈夫なの」
ヤヨイが言葉尻を上げて言うと、サーラは口を閉じて口角を上げ、ニンマリとする。そして、スプリングの反動を利用して勢い良く立ち上がると、ヤヨイに真剣な眼差しを向けながら言う。
「素性を明かしたのは、警戒心をいだかせないためだ。同性であると知れば、安心するだろう」
見つめられたヤヨイは、唾を飲み込んで小さく頷く。その様子を見たサーラは、再びベッドサイドに腰を下ろしながら言う。
「やっと目線を合わせてくれた。少しは警戒が解けた証拠だ。それじゃあ、今度はヤヨイの話を聞こうかな。ここに来るまで、何があったか話してごらん。どんな馬鹿げた話でも、最後まで聞くよ」
――にわかには信じ難い話をしなきゃいけないのか。はてさて。この型破りな男装王子に、現代日本社会を、どう説明したものだろう。
サーラ・エンリ:十六歳。公爵。第一王子。青紫色の瞳。金髪。