Y 積もる話があるでしょう
Y 積もる話があるでしょう
――サーラと二人でキサラギを別荘の寝室に運び込んで、詰襟姿なので軍人かと勘違いしたニッシに学生服について説明したり、見知らぬ人間に驚くシエルに怖がらなくて良いと言ってあげたリしていると、キサラギが目を覚ました。
「あぁ、ヤヨイ。あれ。予備校の模試に向かってたはずなのに。あぁ、そうか。寝不足の上に猛暑を追い討ちされて、倒れたんだったな」
目元を片手で乱暴に擦りながら、キサラギは誰にとも無くそう言って、頭の中を整理し始めた。
――もぅ。だから、日頃から朝早く起きる習慣をつけときなさいって言ったのに。
「教材とか受験票とかを入れたリュックは、どこだ。カンニング疑惑が掛からないよう、スマートフォンも一緒に入れといたんだけ、どわっ」
キサラギはベッドの周囲をキョロキョロ見渡し、そこで初めて、自分をじっと興味深そうに観察する六つの目に気付いた。
――キサラギも、荷物は一緒に転送されなかったか。というか、気付くのが遅いわ。
「えっ、何。ここ、どこなんだ。俺の家でも、ヤヨイの家でもない。その三人は、誰なんだよ、ヤヨイ。だいたい、この一週間、どこにいたんだよ。俺以外、誰もヤヨイのことを覚えていなくて、頭がおかしくなったのかと思ったんだぞ。とっとと行け、なんて言わなきゃ良かったと、どんだけ後悔したことか。ここはどこかで、居なくなってから今まで何をしていたんだ」
あたふたと動揺して落ち着き無く動き、百面相をしながら、キサラギはヤヨイに矢継ぎ早に問い掛ける。
「落ち着きなさい。ここは、彼女と彼の家で、彼は、彼女の婚約者よ。私は彼女の好意で置いてもらってる客人で、あんたは泉の畔で倒れてた病人よ」
ヤヨイは、最初にサーラとシエル、次いでニッシを指差し、再びサーラを指差しつつ、これまでの経緯を説明し始める。
*
「という訳だ。落ち着いたか、キサラギよ」
サーラは、同情を滲ませた気遣わしげな口調でキサラギに言った。キサラギは、どこか落胆したように瞳を曇らせながら言う。
「あぁ。事情は、よく分かった」
しばらく五人に気まずい沈黙が流れた後、ベッドサイドに両手と顎を乗せているシエルが、キサラギの顔を下から覗き込みながら無邪気に質問する。
「お家に帰ってパパやママに会いたいの、キサラギ」
シエルの質問に対し、キサラギは眉をハの字に下げながら、少し困ったように笑って言う。
「どうだろうなぁ。顔を合わせれば辛辣な口を叩き合う親子だけど、会えないのは、ちょっと寂しい気もするな」
あさってのほうを向いて言うキサラギに、四人は掛ける言葉が見付からず、エスオーエスとばかりに、お互いに顔を見合わせる。やがて、ニッシが口火を切る。
「ここは俺に任せて、三人は席を外してもらえないだろうか。同い年の男同士で、内密に話し合いたいんだ」
そう言われた三人のうち、ヤヨイとシエルが、サーラに視線を走らせる。サーラは、大きく溜め息を吐きながら言う。
「終わったら呼んでくれ。――それじゃあ、リビングへ移動しよう」
「はーい」
そう言ってサーラが部屋をあとにすると、シエルは気持ちの良い返事をしてあとに続く。眉根を寄せながら小さく頷いたヤヨイは、一度、キサラギとニッシに目線を合わせたのち、何も言わずに立ち去る。
――私が、この世界に残るという選択肢をチョイスしたせいで話が複雑になって、キサラギに余計な悩みを抱えさせちゃった。どうしよう。




