X 落としたのは金の斧ですか
X 落としたのは金の斧ですか
――便利だが、どこか先が見えてる現代日本を捨ててしまった私だけど、不思議と後悔は無い。
「小麦を収穫する頃には、建て直しが終わった公邸に戻れそうだ」
「そうなんだ。割と早いのね」
ヨハナが泉の水を飲んでいる横で、サーラとヤヨイは、頬を撫でる心地よい風を受けながら、草叢の上に座って話している。
――サーラは乗馬中だけはズボンを穿くけど、それ以外のときはスカートを穿くようになった。ドレスを着るようになって、身体のラインが強調されるようなってから気付いたんだけど、サーラは結構、出るとこ出た女性らしい体型をしている。手足が細長くて、腰がくびれてて、胸とお尻に丸みがあって。寸胴で大根足の自分とは大違いだ、って何を言わせるのよ。仕立て易さを優先したとばかり思ってたけど、もしかして、私に用意された服が直線裁ちのロングチュニックばかりだったのは、フィアなりの配慮だったのだろうか。
「焼けた部分を少し削ってみたら、焦げたのは表面だけで、中のほうは問題無かったからだ。あの屋敷は、その昔、当世で一番腕の良い大工に頼んで建てられたものだと聞かされていたが、なかなか堅牢に作られていたようだな」
「話に間違いなかったみたいね。良かったじゃない」
「あぁ。仮住まいが長期化せずに済みそうで、安心している」
そう言うとサーラは、腕を曲げて後頭部で両手を組むと、そのまま上体を後ろに倒して寝そべる。
――フフッ。王子としての重責が無くなって、のびのびしてる。気持ち良さそう。私も、寝転がろうかな。アレッ。
ヤヨイの視線の先では、ヨハナが耳を動かし、聞こえてくる物音に警戒している様子が窺える。
「どうしたのかしら、ヨハナ」
そうヤヨイが言うと、サーラは腕と腹筋で反動を付けて素早く立ち上がり、ヨハナに向かって静々と歩き出し、声を潜めてヤヨイに言う。
「また何かを察知したのかもしれないな。ヤヨイを見付けたときと、反応が似ている」
「そう。それなら、気を付けなきゃ駄目ね」
そう言いながら、ヤヨイもサーラの背後にピッタリとくっ付いて進む。
――不審者が、私みたいな人畜無害な存在とは限らないもの。用心に越したこと無い。
二人が草叢をかき分け、ヨハナが耳と鼻を向けていた方向に到着すると、そこには、根元が黒い茶髪の頭をした男が、詰襟姿で背中を向けて横向きに倒れている。
――おや。あの見覚えのある後ろ姿は、もしかして。
ヤヨイは、ザクザクと草を踏みながら急いで駆けつけ、男の横にしゃがみ込むと、両手で男の両肩を掴んで仰向けにし、顔や身体の腹面を確認してから言う。
「間違いない。キサラギだ」
「そのキサラギという男は知り合いなのか、ヤヨイ」
「えぇ。この子も、私と同じ町に住んでました」
「そうか。謎は残るが、怪しい人物で無いのなら良い。置き去りにするのは忍びないし、ともかく、別荘に運ぼう。私が脇を抱えるから、ヤヨイは足を持ってくれないか」
「わかったわ、サーラ」
サーラとヤヨイは二人がかりでキサラギを持ち上げると、ヨハナが待つところまで運び始める。
――またトラブルが起きなきゃ良いんだけど、そうもいかないかな。
楠キサラギ:十七歳。現代日本では現役受験生。ヤヨイの幼馴染。濃褐色の瞳。地毛は黒髪だが茶髪にしている。




