U サレンダーとさせていただきます
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「剥がすくらいなら、別の食べ物を注文しろよ」
グレイがサンドイッチからピクルスを抜いているのを見て、ニッシは嫌そうな顔をしながら言った。グレイは、パンを元通り重ね合わせながら言う。
「注文するときに、言い忘れたんだ。マスターが居るときは、言わなくても挟まってないから」
二人が座るテーブル席からカウンターの向こうを見れば、髪をシニヨンにまとめたふくよかな女が、注文に応じている。
「まったく。いい歳して、好き嫌いするなよ。ピクルスみたいな眼をしてるくせに」
「そういうニッシは、麦酒が飲めないじゃないか。麦芽みたいな眼をしてるくせに」
「誰が麦芽だ。――引くか、勝負するか」
ニッシは、裏返しにした山札の上に片手を置きながら、グレイに問い掛けた。グレイは、サンドイッチを齧りつつ、手札を見て言う。
「とても勝てそうにないから、一枚引くよ」
グレイが言うと、ニッシは裏向きのまま一枚引いてサンドイッチの皿の横に置き、そしてコーヒーカップを持ち上げて一口啜ってから言う。
「俺は、引かない。さぁ、どうする」
ニッシがカップを置いて言うと、ニッシは自分の前に伏せた二枚のうち一枚を表に返した。そこには、太陽のイラストと、十九という数字が書かれている。
「うーん、どうしようかなぁ」
グレイは、自分の手札とテーブルの上の札を見比べながら呟きつつ、サンドイッチを食べ進める。
「もう、引くことは出来ないんだ。さっさと決めろ」
「退くに退けない、背水の陣」
「おい、グレイ。戯言に付き合ってられるほど、俺は気が長くない。下手な時間稼ぎをするな」
ニッシは苛立たしげに言い、もう一度コーヒーを口に含む。グレイは、サンドイッチを食べ切ると、手札を空いた皿の下に伏せて置き、席を立つ。
「時間稼ぎは、勝負だけじゃないんだ。そろそろ頃合いだろうから、お先に失礼させてもらうよ」
「待て、グレイ。決着は付いてないぞ」
ニッシが抗議するのを受け流し、グレイはカウンターに近寄りながら、その向こうに居る女に声を掛ける。
「女将さん。俺の分のツケ、これで足りるかな」
そう言いながら、グレイは懐から一枚の上質な紙とペンを引き出し、数字とサインを書いて女に見せた。女は疑わしげな眼をしながらそれを受け取り、ランプの光に透かして見ながら答える。
「本物の小切手のようだね。それも、あんたの親父さんのとは違うものだ」
「脛を齧ってばかりいられないから。マスターにも、よろしく言っておいて」
「おや。遠出でもする気かい」
「エヘヘ。ちょっとね」
「よい旅を」
やり取りが終わってグレイが店を出ようとすると、ニッシが呼び止める。
「お前が引いたのは、三の女帝、八の正義、十の運命の輪で合計二十一。俺が引いたもう一枚は一の魔術師で、合計は二十だ。勝てたのに、なぜ逃げた」
「俺には、サーラを喜ばせることが不可能だから。話は通ってるだろうから、どうぞお幸せに」
真意を掴みかね、呆然と立ち尽くしてしまったニッシの肩を軽くパンパンと叩くと、グレイはスイングドアを押して店の外へ出る。




