S 判決は公爵の手に委ねられた
S 判決は公爵の手に委ねられた
――半焼してしまった議事場に代わって応接間にズラリと椅子が並べられ、臨時の会議が開かれている。犯人の扱いを巡り、断罪する貴族と擁護する市民とで意見が対立し、協議会は難航している。そして、その犯人というのが。
「一難去って、また一難だな。ニッシとフィアは、心中穏やかでないだろう。何てったって、同僚と生みの親なんだからな」
さも天気の話しでもするように、グレイはあっけらかんとした態度で言った。グレイとヤヨイは、最後列で裁判を見学しているのである。
――そう。主犯二人のうち、一人はニッシと同じ騎士団の団員で、もう一人は、フィアの母親で質屋を営んでる豪商だったのだ。
「でも、よく分かりましたね、グレイ。二人連れだとしか伝えてないのに」
「たまたま、前の晩に兆候を察知してたんだ。酒が入って口が軽くなると、ろくなことを言い出さないものだ。君も、気をつけたまえ」
そう言うと、グレイはヤヨイに向かってウインクした。
――近くで誰が聞いてるか分からないところでは、お酒を控えるようにしよう。そもそも、進んで飲もうと思わないけど。
「二人は、これから牢屋に入れられるの」
ヤヨイがグレイに質問すると、グレイは顎を撫で摩りながら答える。
「いや、どうだろう。今の議論の流れと、日頃のサーラの思考傾向から推測するに、国家転覆罪で死刑にするだろうな。って、おい。どこへ行く気だ。言いたいことがあるなら、挙手をしろ。野次や実力行使は、マナー違反だぞ」
グレイの制止を聞かず、ヤヨイは、やにわに走り出す。
――どれだけ悪いことをしたとしても、命で償わせちゃいけない。そう伝えなきゃ。だって、そうしなきゃ復讐の連鎖が生まれちゃうもの。
前方で背凭れの高い椅子に座っていたサーラは、隣に控えているフィアに耳打ちする。フィアはおもむろに前に進み出ると、目の前で項垂れている二人に対し、厳かに宣言し始める。
「では、判決を言い渡す。被告人二名は、公邸を故意に放火し、国務遂行上、人的物的問わず、多大な損害を与えたとして、厳格に罰すべきであることは、覆しよう無く明白である。よって、被告人はシケ」
「それだけは、命じちゃ駄目」
後方からの闖入者に、それまで水を打ったような静寂に包まれていた応接間に、ざわつきが生じる。
「静粛に、静粛にっ」
フィアが、腹の底から声を出して周囲に呼びかけると、議事場内に沈黙が戻る。サーラは、フィアとヤヨイに向かって手招きする。二人が近寄ると、サーラは小声でヤヨイに耳打ちする。
「法廷に乱入したんだ。死刑を取り消さねばならないだけの、何か理由があるんだろう」
ヤヨイは、サーラの耳元に手をあてて囁き返す。
「サーラだって、罪を償わせたいのであって、二人の未来を奪いたい訳ではないでしょう」
そう言ってヤヨイがサーラから一歩下がると、サーラは思案顔をしたあと、フィアに耳打ちする。
「死刑は撤回しろ。男は無期懲役、女は財産没収で済ませる。全責任は、私が持つ」
フィアは小さく頷くと、再び被告人の前へ歩み出した。